第二十話 カマセじゃない第二位の強さって半端じゃないよね⑦
勘違いされているかもしれないが、ベルゼブブは最初からこの作戦を考えていた訳ではない。アスタロトからの攻撃を避けるために逃げ込んだ先が商店だったのは本当に偶然だった。逃げ込んだ先で果実を見つけたのも偶然。運命に愛された訳でも、世界が彼女のために必然を用意した訳でもない。
それは純粋に、偶然を偶然で終わらせなかっただけの話。
偶然の糸を繋ぎ合わせ、神話上の生物であるドラゴンを殺し、こうして熾天使としての能力を開放しているアスタロトに一撃を与えられた。
そんな芸当が、何万分の一を掴むような偶然を引き当てるなど、可能なのか?
当然だ。
それが可能だからこそ、ベルゼブブは第一階級公爵の地位に居座っているのだ。
アスタロトの顔面に叩き付けた拳を振り切る。
六枚の翼で宙に浮いていようと関係がなかった。
熾天使の能力を開放していようと関係がなかった。
圧倒的な腕力で殴り飛ばされたアスタロトは地面に叩き付けられる。
今までの威勢はどこへやら、遅れて地面へ着地したベルゼブブへ畏怖の視線を向けている。
――そうなると誰もが思っていた。
「なっ……、てめぇ……ッ!」
ベルゼブブは思わず歯ぎしりする。
拳を振り切ったベルゼブブの眼前に映ったのは、第一階級公爵の一撃をモロに受けたというのに平然と、それこそ何もされなかったかのようにその場に佇むアスタロト。
見た目にも彼女に変わった様子はない。
それどころか、彼女は逆にベルゼブブの首元を掴んだ。
「……ぐ、……が……ぁ」
たったそれだけでベルゼブブは制圧された。
第一階級公爵としての力をもってしてもアスタロトの指を首から引き剥がせない。呼吸器官を押さえつけられていることで上手く力が入らないという理由もあるが、それを抜きにしても恐ろしい力だった。
ベルゼブブでさえ経験したことがないほどの握力。
それほどの力を発しながら、アスタロトは言う。
「ドラゴンを倒したからといって私も倒せると思いましたか?」
そのまま六枚の翼を動かす。
天使の翼がガチャガチャと動き、それぞれの翼が羽根を繋ぎ合わせたような剣へと形を変えた。羽根の剣など、本来ならば鋭さとは無縁のはずなのだが、天使の恩寵を加えられた熾天使の『それ』から発せられている黒い光から漂うのは、明確な死の気配。
ベルゼブブほどの悪魔でなければ、近くに寄っただけでも消滅していただろう。
「言ったはずですよ。私の階級は天使の中でも最上位の熾天使だと。かつて天界での戦争で矢面に立って戦っていた並の天使や大天使とは次元が違うのです」
アスタロトが警戒していたのはベルゼブブの狡猾さだけだった。
『蠅の王』との呼び声通り、蠅のように薄汚く生き残り、こちらの隙をついて予想外の行動を取るのがベルゼブブの本性だ。それは側近として長年見てきたアスタロトが一番知っている。
だから、ベルゼブブが何の策もなく殴りかかってきたのは好機だったのだ。
第一階級公爵の力など、熾天使の前では無に等しいのだから。
「……ち、く……しょ……」
悪態を吐くベルゼブブ。
だがもはや、その声に迫力はない。
こうして意識を保っているだけでやっとなのだ。
いや、この後に起こる出来事を考えれば、素直に気を失っていたほうがまだ救いはあったかもしれない。悪魔にとって最大の弱点である天使の恩寵を含んだ剣で身体を切り刻まれれば、身体だけでなく精神すら焼き殺される痛みに悶え苦しむことになるのだから。
「今度こそ終わりです」
悪魔と天使。
聖書の時代以降、再び相まみえた二つの存在。
その戦いは片方の勝利によって幕を閉じた。
「さようなら『蠅の王』ベルゼブブ」
アスタロトがそう囁いたその直後。
天使の翼によって形成された六つの剣が、ベルゼブブの身体に突き刺さった。
それは悪魔であるベルゼブブにとって致命的過ぎる一撃。
どのような策を弄しようと、抗うことの敵わない一撃が。
ベルゼブブをこの世界から消滅させた。
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