第十九話 カマセじゃない第二位の強さって半端じゃないよね⑥


 破壊が吹き荒れた。


 六枚の翼が螺旋状の回転をしながら突き進んでいく。途中に壁があろうと建物があろうと関係がなかった。天使の恩寵を加えられた翼の一撃は、決して威力を落とすことなくベルゼブブに襲い掛かり、逃げ込んだ商店ごと――まるで竜巻でも通り過ぎたかのように破壊され、崩れ落ちた。

 今や、そこにあった商店の面影など一切残っていない。

 ただただ、質量のない砂煙が立ち上がっているだけだった。

 その中で生きていられる者など決して存在しない。悪魔であろうと、それが例え第一階級公爵のベルゼブブであろうと、巻き込まれたのならば逃れようのない死が訪れていたであろう。

 アスタロトの側にいたドラゴンも、その一撃に感化されたのか、純粋に主人の勝利を祝っているのかは分からないが、大気を震わすほどの咆哮をあげていた。

 傍目で見ていたカミオですらベルゼブの死を疑わなかった。

 それほどまでに絶対的な威力だったのだ。

 

 と、その時。

 

 ビュンッ!!

 と、未だ消えることのなかった砂煙の中から一握りサイズの物体が飛んできた。

 人間が投げたようなヌルイ速度ではない。

 弓矢すらも超越した速度で。

「……」

 だが、アスタロトはそちらに視線すら向けない。

 恐らくは何かの拍子で生き残ってしまったベルゼブブからの抵抗であろう。

 だが、残念ながらそれはアスタロトに当たるはずもない方向へと飛んでいった。その程度の抵抗しか出来ないのならばベルゼブブも相当に深い痛手を負っているに違いない。

 ある意味ではガムシャラの一発とも呼べる。

 そう考えたからこそ、アスタロトは冷静に、次に放つ一撃へ意識を向けていた。

 ベルゼブブなどもはや脅威ではない。

 そう考えていたからこそ、アスタロトは失念していたのだ。

 いや、油断していたといってもいい。


 バツンッ!! と、側にいたドラゴンが爆発するその瞬間まで。


「……は?」

 未来を見通せるアスタロトにとって、不測の事態に見舞われるというのは本来あり得ない出来事であった。かつて、聖書の時代に天使の軍隊と戦った時ですら、その能力を駆使することで軍師のような役割を果たしていたのだから。

 故にこそ、今のように思考に空白が生まれるというのは、数千年の歴史の中でも非常に珍しかった。

 だがそれもほんの一瞬だ。

(……これは、私の用意した追放術式。……なるほど、ベルゼブブが逃げ込んだのは商店でしたね。そこで果実を手に入れてドラゴンの口へ投げ込んだというわけですか)

 アスタロトがジークを消すために仕組んだ追放術式。

 原初のアダムとイブをモチーフにしたその術式は悪魔ですらも消し去れる威力があった。神話の生物である悪魔に通用するのならば、ドラゴンにも通用するのは当然の通りである。

 内側から膨れ上がるように爆発したドラゴンの四肢はバラバラに散った。強固な皮膚も筋肉も、絶対的な死を与える術式の前には何の役にも立たなかったのだ。

 

「…………」

 ボタボタと、飛び散った肉片がアスタロトに降り注ぐ。

 そんな中でも、アスタロトはジッと壊された商店の方へと向いていた。

 ドラゴンを殺されたという事実に憤りを感じていないわけではないが、そちらに意識を向けてしまうのは、この状況ではあまりにも愚策である。

 ベルゼブブはまだ生きている。

 翼から逃れるために商店へ逃げ込んだのも、ドラゴンに果実を投げ込んだのですら、彼女の策の一部だったのだ。どこから考えられていたのかまでは不明だが、アスタロトとの戦闘が始まってから組み上げたものなのは間違いない。

 具体的な数字で考えるのならば、それは数分にも満たなかったであろう。

 およそそれだけの時間でドラゴンを殺されてしまった。

(流石はベルゼブブといったところでしょうか。熾天使の力を開放しているのに、ここまで生き残る悪魔がいるとは素直に驚きました)

 アスタロトは背中から顕現させている六枚の翼に力を集中させる。

 これ以上、ベルゼブブに時間を与えるわけにはいかない。

 今までも手加減してはいなかったが、次の一撃こそ、悪魔の大敵である天使の恩寵を最大限にぶつける。生き残られる可能性を限りなくゼロにする。何が起きようとも全力全開の一撃で終わらせる。それが最も効率の良い方法だと、アスタロトの未来を見通す能力も彼女に語り掛けていた。


今度こそアスタロトはベルゼブブに対する油断や余裕を一切捨て去った。

その直後。

 

砂煙の中から飛び出したベルゼブブが、アスタロトの顔面へ拳をめり込ませた。

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