第十八話 カマセじゃない第二位の強さって半端じゃないよね⑤

 ――城下街が閃光に包まれていた。

 

 生物の瞳を焼き切るほどの光量が視界を埋め尽くすが、アスタロトの翼と同様、その光の色は純粋なものではなかった。

 黒い光、と表現すれば良いだろうか。炎から発せられる橙色の光でもなければ、電気を用いた白色の光でもない。黒い光に包まれてはいるが、暗闇に飲み込まれるような感覚はしなく、黒いのに明るいという矛盾にも似た状態なのだ。

 その光を生みだしているのは、六枚の翼で空に浮かぶアスタロト。

 背の高い黒人女性の姿だが、長くウェーブで淡い紫色の髪や、額と右腕に着けている装飾具がその印象を大きく変えている。だが何よりも目を引くのは、もちろん六枚の翼だ。

 天使の翼、とベルゼブブやアスタロトは言っていた。

 そもそもアスタロトとは、本人が語ったように悪魔として生まれたのではなく、天使が地獄に堕ちた存在である。いわゆる堕天使という存在である彼女は、悪魔の力だけではなく天使としての力も揮う事が可能である。天使の位階の中でも最上級の地位である熾天使(セラフィム)にあったアスタロトの翼が、ちっぽけな悪魔であるベルゼブブを叩き付けようとする。

 ベルゼブブが避けるためにはドラゴンに掴まれている大剣を離すしかない。だが、そうすると今度は迫ってくる翼への抵抗手段を失ってしまう。

 そうこうしている間に一枚目の翼がベルゼブブの横っ腹に直撃する。

「ごっ、はっ……」

 見た目以上の質量があるのか、翼を受けたベルゼブブの身体がくの字に曲がり、そのままの体勢で吹き飛ばされていく。

 一度や二度では止まらない。五度六度と転がされるように地面を転がっていくベルゼブブは、大きくアスタロトから離れていく。普通の人間ならば地面との摩擦で皮膚が擦り切れて、下手をすれば死んでいてもおかしくはない。

 意識を失っているジークを庇いながらその傍らで眺めていたカミオも言葉を失いかける。

 だが、それでもアスタロトの表情は優れない。

「……わざと一撃目を当たりに行きましたね。六枚の翼を全て受ければ、お前といえどタダでは済まないはず。だからこそ、一枚目の翼だけを受けて距離を取った」

 吐き捨てるように言葉を投げかけられたベルゼブブは起き上がる。

 だが、見た目にもその姿は無事と呼ぶには躊躇われた。

 アスタロトの翼を受けた横腹からは、目に見えて分かる裂傷が刻まれていた。決して浅い傷ではないようで、片手で押さえているにも関わらず、その傷口からは血が噴き出している。

 黒いワンピースを水着にしたような服も、地面を転がった影響か、ところどころが破け、その隙間から垣間見える肌も擦れたように血で滲んでいた。

「……ちっ。お気に入りの服だったのに台無しじゃねぇか」

「お気に入りと言いますが、どうせクローゼットの中は同じ服だらけでしょう。そんな破廉恥なのか単に下品なのか理解できない服のどこが良いのですか?」

「馬鹿かお前は。リリスみたいにドレスで着飾っちまったら動きにくいだろうが」

 そう言ったベルゼブブは、挑発の意を込めて血の混じった唾を吐き捨てた。

 分かりやすいベルゼブブの挑発に冷ややかな視線で応対するアスタロトだったが、その顔色に反比例して、六枚の翼から発せられている黒色の光が強くなる。

 先ほどの一撃でここまでのダメージを負っている事を鑑みれば、あの六枚の翼を同時に受けてしまえばどうなるかは、深く考えなくとも想像がつく。

「流石はベルゼブブといったところでしょうか。たった一撃とはいえ、天使の翼を耐えきるとは驚きです。並の悪魔ならば、既に消滅していて不思議はないというのに」

 アスタロトの翼が勢いよく羽ばたく。

地面が掘られるのではと感じてしまうほどの烈風がベルゼブブを襲うが、そんなものが攻撃の内に入らないのは、ベルゼブブもアスタロトも同様。

「――ですが、これでお終いです」

 だが、アスタロトの声を聞いたベルゼブブが回避行動を取ろうとした時には、既に六枚の翼が放たれていた。六枚の翼、その一枚一枚が螺旋状に回転しながら対象をえぐりに掛かる。

「ッ!!」

 眼前に迫りくる六枚の翼は天使の恩寵を加えて放たれたもの。

 防御は――不可能。そもそもどんなもので防御しようとも、その遮蔽物ごと砕かれる。

 反撃は――不可能。虎の子の大剣はドラゴンに奪われたままだ。

 ならば残る手段は一つしか残っていない。

「ちっ……くしょう! このオレが逃げの一手を打つなんてな!」

 ベルゼブブは辺りを見回すと、飛び跳ねるように移動する。

 その先は、ほとんど真横にあった商店の一つだった。

 路地裏に位置するこの場所からでは壁が邪魔をして一直線には通れないはずだったが、先にあったドラゴンの攻撃によって壁は崩れ、ベルゼブブの身体は投げ込まれるように中へと入る。

「何を馬鹿なことを……。その行為に何の意味があるというのです? ベルゼブブとはいえ、死を直前にして恐怖にでも駆られましたか!?」

 苛立ちを抑えきれず、アスタロトが叫ぶ。

 その叫びに翼が反応して、より一段と光の密度が増す。

 黒き光の雨がベルゼブブの隠れる商店を覆いつくす。

 黒き光の翼がその威力と恩寵を以て、今度こそベルゼブブを呑み込んだ。

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