第二十二話 カマセじゃない第二位の強さって半端じゃないよね⑨


 もう一度だけ、前提条件をおさらいしておこう。


 悪魔であるカミオの特性は、あらゆる言語を自在に操れ、海の音から波の状況を理解出来るという、非常にインテリ方向へと振られている。

 そこに戦闘能力など期待してはならない。

 対するアスタロトは、悪魔の中でも特に優れた実力者である第一階級公爵ベルゼブブの軍団――蠅騎士団に所属するほどの悪魔であり、同時に天使の中で最上位の熾天使の特性も有している。


 その組み合わせは、単純な足し算で計れるものなどではない。


 熾天使としての能力を開放しただけであのベルゼブブを圧倒するほどなのだ。そこに悪魔アスタロトとしての能力が加わることがあるのならば、もはや誰にも太刀打ちできない。

 ベルゼブブのように、天使の翼を使った一撃を避けるほどの身体能力は、カミオにはない。

 受け流そうとしたところで、天使の恩寵の余波だけでも受ければ、カミオ程度の悪魔はそれだけで消滅してしまう。あれはベルゼブブだからこそ可能だった芸当なのだ。

 普通に戦えば、カミオに勝ち目はない。


 そう。

 普通に戦えば。


(――追放術式)

 戦闘能力の低いカミオだが、だからといって何の策もなく戦う訳はない。

 真正面から正攻法でぶつかるのみが戦闘ではないのだ。

 カミオは商店の一角を視線に映す。そこはアスタロトからの攻撃を避けるためにベルゼブブが逃げ込んだ場所であり、もはや元の原型など跡形もなく崩れ落ちている。だが、落ちているのは建物の残骸だけではない。

(あそこに落ちている果実を拾って、その一部分でもアスタロトの口に入れることさえできれば追放術式は起動するはずです。アダムとイブをモチーフにしたもので、この城下街に張られた結界の中をエデンの園と設定しているのならば、それは術式を組んだアスタロト自身にも通用するはず……)

 とはいっても、それが簡単な道のりでないことは明白。

 既にアスタロトはこちらへ向かっている。相手がカミオだからか余裕綽々といった様子で優雅に歩いてきているが、それでもこちらの思惑を探られれば、恐らく天使の翼で叩き付けられることになるだろう。

 そうなってしまえば最悪だ。

 翼での攻撃を受けたカミオが死んでしまうのは当然としても、その後ろで気を失っているジークにまで被害が及ぶ可能性があるのだ。例えその攻撃がカミオに向けたものだったとしても、二次災害的に、むしろ余波だけでジークもろとも死んでしまう。

 それだけは絶対に回避しなければならない。

 

 しなければならない理由がある。


 アスタロトの目的は、天使と悪魔の戦争を引き起こすことだとカミオは予想をつけていた。

 ジークを殺せばリリスからの報復を受ける。

 これだけは、ほぼほぼ間違いないといっていい。

 そして、原初の悪魔であるリリスと熾天使のアスタロトが明確に敵対するということは、悪魔と天使の戦争が起こってしまったのと同義とも取ることができる。

 そしてアスタロトは言っていた。

 大昔の天界戦争で矢面に立っていた天使や大天使よりも熾天使のほうが上位階級であると。

 そうなってしまえば悪魔側の勝算はかなり薄くなるはずだ。リリスや階級公爵悪魔達が多少は奮戦できるだろうが、それでも最終的には天使側の勝利に終わるだろうし、戦火の中で多くの悪魔が命を落としてしまう。

 悪魔だけではない。

 自分達とは何の関係もない争いで人間達も多くの命を落としてしまうだろう。

 リリスが現在、身を粉にしてまで救おうとしている人間が、だ。

(それでは、あまりにもリリス様自身が救われなさ過ぎますからね……)

 別にジークを助けたいなどという感情が発露した訳ではない。

 カミオはただ、側近として、常に側で努力を見続けていた者として、リリスという魔王の役に立とうとしているだけ。

 それ以外の感情に揺さぶられたのではない。

 そんなことがあるはずない。


 カミオは、ほんの一瞬だけ瞼を閉じる。


 戦闘の最中に視界を塞ぐなど愚の骨頂だが、波の音で周囲の状況を理解できるカミオにそのデメリットはない。アスタロトの位置も速度も理解できている。


 次の一瞬で全てが決まる。


 カミオがやるべきは果実を拾い、相打ちになろうともそれをアスタロトの口へ放り込む。

 それでこの身が朽ち果てようと、それでリリスが助かるのならば構わない。


 覚悟はできた。

 さぁ、ここからは逆転の時間だ。


 全ての前提条件を踏まえ、カミオは瞼を開けた。

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