第十話 その異名って意味分からないもんね⑤

 カツカツとヒールが床に接地する音だけが鳴り響く。

 人間の身の丈の何倍もの大扉を開けて中に入ってみれば、そこに広がっていたのはこれでもかというぐらい豪華に装飾された内装だった。一般的な家であれば玄関に上がっただけという場所ですらその豪華さは色褪せていない。

 一瞬、太陽と見間違えてしまうほどのシャンデリアや壁に沿って置かれた花瓶、文化的なのか判断がつかない絵画が視線を移動させるごとに見えてくるというのに不思議と雑多感がないのは、単純にこの城自体がとんでもない広さだからなのだろう。

「おいおい、そう緊張することもないだろ。こんなものただのガラクタだ」

 そう言ったのは黒髪の美女。

 黒いワンピースを水着に変化させたような衣服を着ているので、後ろからでは全裸に見えないこともない格好をしている。手に持っていた大剣は無造作にも玄関に放り投げていた。

「……ガラクタとおっしゃいますが、相当お金をつぎ込んでいますよね」

「ははっ、何言ってんだよ。オレは第一階級公爵だぜ? この世界じゃリリスの次に権力を持ってるんだ。わざわざ金なんて出してるわけないだろうが」

「……そうですね。あなたはそういう御方でした」

 深い息を吐くカミオを楽しそうに見ているこの女性の名はベルゼブブ。

人間の世界では『ハエの王』『バアル』『ベルゼビュート』と様々な呼び名が使われる事もある悪魔で、その実力はサタンやリリスと互角か状況によってはそれ以上にもなるという。語られている性格は邪悪さと傲慢という言葉で表せれるらしい。

「ま、気にせず入れよ。あの森に来てたってことはオレに用事があって来たんだろ」

 そう言ってジーク達を置いてベルゼブブは城の中へ消えてしまう。

 ――あの森であった魔獣との一件後、立て続けに魔獣に襲われてしまったジーク達はベルゼブブの力を借りて何とか乗り切れたのだが、その後にこの城へ招待されてしまったのである。

 一度ではなく何度も命を救われてしまった身として、その誘いを邪険に出来るわけもなく今に至るというところだ。

 と、そこでカミオはジークが一言も話さなくなっている現状に気が付いた。

「これジーク、どうしたのです? 疲れてしまいましたか?」

 だがそれでもジークからの返答はない。

 不思議に思ったカミオはジークの頭から飛び立つとジークの顔の前に移動する。

「ジーク?」

「ねー、はとさん。あのおんなのひとがベルゼブブなの?」

 カミオの問いかけにジークは覇気のない声で返答する。なんというか、疲れているわけではなさそうだが普段の有り余ってる元気はなくなっているようだった。

 と思ったのも束の間。

 ジークは目の前で飛んでいたカミオの胴体をガシッ! と鷲掴みにすると、

「すごいかっこよかった! グワッてバシュってズババーンっておいぬさんたちをやっつけてたよっ! リリスよりかっこよかったっ!」

 まさに天真爛漫といった様子で瞳をキラキラさせながらカミオを振り回し始めた。

「ぐえっ! や、やめなさいッ!!」

「いいなーすごいなー! ぼくもあんなふうになりたいなー!」

 カミオの言葉は届かず、ジークは興奮気味に話し続ける。

 リリスが聞いていれば憤慨&激怒&嫉妬の三重奏でこの城に突撃してしまいそうな内容ばかりだったが、幸いにもこの城には許可のない通信用術式を妨害する術式が掛かっているため、リリスは状況を聞き取る事が出来ない。

 それはそれで色々と厄介な事態が起きていそうだがジーク達には関係ない事だ。

 少しばかり興奮が冷めた様子のジークから解放されたカミオは、玄関から見て右手のリビングと思わしき部屋へと入っていく。その後ろからカミオも同行する。

 玄関から圧倒的なスケールだったから想像できるが、リビングルームも想像を絶する広さだった。

 まず、テーブルの大きさがおかしい。五十畳ほどの部屋の中心に五メートル×十五メートルのテーブルが堂々と置かれている。一体どうやってそこに置いたのかは分からないが、テーブルの中心に点々と華が飾ってある。しっかりと手入れが行き届いている。

 この城に入ってから一度も使用人の姿を見てはいないが、どうやらここで働いている使用人は能力が高いらしい。これだけただっぴろい城の隅々にまできちんと配慮がされているのが良い証拠だ。魔城ニヴルヘイムの雑なお掃除係とはレベルが違っている。

「おっすー、待たせちまって悪いな。着替えに時間が掛かっちまった」

 城の内装に意識を奪われていたカミオの耳に声が聞こえてきた。

見れば、先ほどまでとは違う服装に変わっているベルゼブブの姿があった。先ほどの衣装が頭の悪い水着だとすれば、今回の衣装は破廉恥な図書館長といった風だろうか。

 ベルゼブブはカミオやジークを見ると、一番近くの椅子に座り脚を組む。組んだ脚の間から色々と見えてしまっているが、年齢的にジークは気にした素振りも見せず隣に座る。

「ねーねー、どうやったらベルゼブブみたいにつよくなれるの?」

「あん? どうしたガキ。強くなりたいのか?」

「うん。それと、ぼくのなまえはジークだよ」

「そうか。ジークっていうのか。勇敢そうな名前だな」

 ベルゼブブはジークの頭に手を置き、笑いかける。

「いいかジーク。大事なのはどうして強くなりたいか考えることだ」

「??」

「ははっ、まだ難しいか。でもな、それがちゃんと分かったら誰だって強くなれるもんさ」

 そう言いながらジークの頭を撫でるベルゼブブを見て、カミオは鳥肌が立った。

「(……まさか、あの傍若無人なベルゼブブでさえもジークのショタ力には敵わないというのでしょうか? よく考えれば魔王のリリス様でさえも虜にしたのですから可能性はなくもないのでしょうが……何というか、似合わな過ぎて気持ちが悪い……)」

「言っとくが、鳩野郎程度の思考を読むぐらいは造作もないんだからな」

 ビクゥッ! と震えるカミオ。

「まぁ、今はそれはいい」

 ベルゼブブはジークの頭から手を離すと、意図的に一段階ほど場の緊張感を吊り上げる。

それだけで、先ほどまではしゃいでいたジークは突如大人しくなり、悪魔であるカミオでさえベルゼブブの混沌とした魔力にあてられて表情を歪めている。

 ベルゼブブは端正な表情を歪ませると、テーブルに肘をついて口を開いた。

「さてと。じゃあそろそろ聞かせてもらおうか。勇者と悪魔なんつうコンビでオレの城に近づいてきた目的ってやつをな。場合によっちゃ、こっちもそれ相応の対応をさせてもらうからな」

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