Lv.0超最弱勇者(8歳)とスーパーショタコン魔王様

辻端かおる

第一話 魔王って大概悪い奴だもんね①

 魔城ニヴルヘイムにはこの世界を支配している魔王様が住んでいる。

 長くウェーブがかった金髪に病的なまでに白い肌。高くもなく低くもない人間の成人女性とそう変わらない身長。だがその肢体は誰がどう見ても美しいと表現せざるを得ない。これが人間の女性であったならば数百年に一度の美女として、その容姿だけを以て一国の妃に迎え入れられそうなものだが、生憎とそうはいかない。彼女の美しさは薔薇の棘のようにどこか人を遠ざけてしまう危なげさを感じさせてしまうからだ。

 年齢は外見で判断するならば二十代半ばか後半に差し掛かるといった所だろうが、悪魔である彼女に人間の歳月など当てはめてはならない。

 身に纏うドレスの色は赤。悪魔らしく人間の血を連想させるような赤を想像してしまうが、実際は紅と表現した方が正解なほど美しい赤色であった。それが彼女の鮮やかな金髪と合わさってよりいっそう彼女の魅力を引き出している。

 彼女の名はリリス。悪魔の世界においてかの有名なサタンよりも古い存在として君臨し続けている悪魔。時には原初のアダムの妻とされていたり、悪霊の母といわれていたり、時には吸血鬼として名を広めている彼女。様々な逸話を持つ悪魔は数あれど、ここまで厄介な逸話だらけの悪魔とてそう多くはいないだろう。

 ――で、ここからが本題なのだが。


「うわあああああああああああああああああああああん! お仕事が終わらないよおおおおおおおおおおおおおお!! もう疲れたんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 その、最古の悪魔でありアダムの妻であり悪霊の母であるリリスは現在、本人の体積の何十倍もある大量の書類に身体を埋まらせながらガチ泣きを決めていた。

「うぐっ……ぐすっ……。ひえーん! どう考えたって今日中に終わる量じゃないじゃん!? というか、もう二日も働きっぱなしじゃん!? うわーん!!」

 リリスが降参するように両手を上げると近くの書類がバサッと音をたてて舞い上がる。その光景がリリスの中で多少のストレス解消効果を得たのか、それとも徹夜続きのせいで妙なテンションスイッチが入ってしまったのかは不明だが、そこから数十秒ほどリリスは同じ行動を繰り返していた。

 この部屋には他に誰も居ない。流石に疲労困憊のリリスだろうと、部下が居る前でこのような醜態を晒す訳にはいかない。とはいっても、先ほどのガチ泣き声が結構な距離まで届いてしまっているうえ、こういった状態になるのも今日が初めてという訳ではないので、図らずともこの城に住んでいる悪魔達は皆リリスの地を知っているのだが、それでも黙っている心優しい悪魔達だった。

 そもそもはリリスがこの世界を支配したのが間違いだった。

 支配と聞くと傲慢な独裁者が強引に領土を開発したり非道な税を徴収したりする姿が目に浮かぶが、リリスはそのような事はしていない。悪魔がトップに立っているから支配などと言われているだけで、その実際は統治していると言った方が正しかったりもする。

 リリスは人間と悪魔の共存を目指しているのだ。その為に人間側に必要以上の負担を与える事もなく、むしろ今まで以上に住みやすくする為に政治や経済を自らがコントロールして出来るだけ裕福な暮らしをさせようとしている。悪魔側には人間に害のある行動を禁止し、その中で自由に生きる権利を与えようとしている。今は人間と悪魔が別々に暮らしているが、リリスの最終的な目標は差別のない完全平和な共存なのである。

 だがその結果として発生してしまったのが、この書類の山だった。

「うぅ……、ぐす……」

 泣き疲れたのか、リリスは暴れていた手足を止めてその場に寝転がる。だからといってリリスの精神が回復する訳ではない。どこを見ても書類書類書類書類書類。この部屋は元々執務室だったはずなのだが、リリスが支配者になってから数ヶ月も経たずに書類倉庫のような扱いに変わってしまった。その書類倉庫から二日も外に出ていないのであれば、いくら最古の悪魔だからといって精神の摩耗具合は半端ではないのだろう。

 と、その時だった。

 ギギ、と不安定な音と共に部屋の扉が開かれる。入って来たのは紙袋を足に引っかけた一羽の鳩。その鳩は意思でもあるかのように部屋の惨状を確認し、リリスの右肩に停まる。

 そして溜息という鳩らしからぬ行動を取ると、呆れたように口を開いた。

「リリス様、まだ終わっていなかったのですか?」

 実はこの鳩、人間にとってはあまりメジャーではないがカミオという悪魔なのである。

「終わると思ってるの!? 私が一日に処理できる量より増える量の方が多いっていうのに!?」

「ですからこうして人間の里にお使いに行ってきたのではないですか。はい、頼まれていた栄養ドリンクですよ」

「頼んでねぇよ! 私は『なにか体力が回復しそうな食べ物を買ってきて』とお願いしたはずよね!? それがどうして栄養ドリンクになるの!? てか何これ、グロッ! 赤黒い液体に謎の内臓的なモツがプカプカ浮かんでいるんだけど!?」

「この世界ではこれが栄養ドリンク的な物として親しまれているようです」

「何かここの人間達の文化に馴染める気がしなくなってきたわ」

 はぁ、とリリスは溜息を吐く。

 そして栄養ドリンク(飲む気はない)をどこか端に寄せると、リリスは近くに散らばっていた書類を拾い上げる。一息つけたのでお仕事再開である。

 カミオも鳩の姿ながらリリスが散りばめた書類をいそいそと元に戻し始める。

「そういえばリリス様、」

 小一時間ほど作業に集中していたある時、

ふと、とある人物の事を思いだしたカミオがそのように口を開く。

「なによ」

 リリスは書類に目を通しながらも耳だけはカミオの言葉に集中している。比率としては7:3ぐらいの集中力。当然7は書類の方だ。

「先ほど城に戻る際、久方ぶりに勇者が城に攻め込んでくる姿を発見しました」

「よしこうして仕事などしていられるか直ぐに迎撃の体勢を取ろうぞ!!」

 リリスは手元の書類を放り投げるとズンズンとした足取りで扉へ向かう。

「あぁ……、ストレスで死んだような目をしていたリリス様が生き生きとしていらっしゃる」

 その光景にカミオは涙を流しそうになる。主が元気を取り戻したから、ではない。こうして息抜きをしている最中にも仕事は山のように増えているので、結局は一時のイベントが終わった後に待っているのは地獄のような(悪魔だけに)量の仕事だと理解しているからだ。

 とはいえ、リリスが出て行った今、カミオ一人で残った仕事を引き受ける気など毛頭ない。あくまで自分の役割は補佐でありリリスの代行などではないのだ。

カミオは軽い溜息をつきながらリリスの肩に停まると、先ほど見た勇者の話をする。

「しかし……、勇者とは本当に久しぶりですね」

「私が魔王になった当初はそれこそ山のように来ていたんだけどね。戦いは嫌いじゃないから楽しかったんだけど、いつからかぱったりと来なくなったわね」

「魔王が世界を支配し始めたという言葉の響きだけで反発が来るのは当然です。それでも、リリス様が人間達に不当な扱いをしないという事が分かったから反対する者もいなくなったのだと思いますよ。なにせ今ではリリスブロマイドが高値で取引されているぐらいですので」

「……何それ?」

「一度城に来た勇者たちが記憶だけで描いたリリス様の似顔絵に裸体を組み合わせた絵画のような物です。流通から販売までしっかりとしたルートが出来上がっているので、今ではそれで稼ごうとする者が後を絶たないんだとか」

「消してしまえそんなルート!! この勇者の相手が終わったら最優先事項じゃ!!」

 と騒ぎながら、リリス達は大広間に到着する。魔城ニヴルヘイムの最上階に位置するこの部屋は文字通り大きな広間になっていた。扉から見て奥側には数段の階段があり、その先には壇上のようなスペースが存在する。その壇上にはやけに豪華な椅子が一つだけ置かれており、リリスはその椅子に腰かけると目線の先にある扉をジッと見つめる。

「今回の勇者はここまで来られるのでしょうかね?」

「どうだろうね。この最上階に辿り着くまでに十幾つの部屋と門番が待ち構えているからね、並大抵の人間じゃ途中でリタイヤしちゃうんだもん」

「出来れば強い勇者であって欲しいですね。せっかくの余興が直ぐに終わったのでは興醒めです」

「こらこら、あっちは真剣なんだから余興とか言っちゃだめじゃない」

「ですが、人間がリリス様を倒す姿など想像できないので」

「分からなくはないけどね。そもそも悪魔と人間じゃ基本スペックが違うんだし。私はその悪魔の中でもトップクラスの逸材なんだし」

「――では、試しに一階の門番と連絡を取ってみましょうか。第一の関門を突破できていないようでは期待のキの字も出来ませんからね」

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