第四話 名前って意外と大事になるよね②

 朝食を終えたリリスとジークはリリスの自室へと戻っていた。

 リリスがベッドの上に座り、ジークはその膝の上に座る体勢になっている。下心しかないリリスの提案でこうなったのだが、今となれば無邪気なジークの瞳によって罪悪感に押し潰されそうな気持ちになっているリリスだった。

 ジークはそんな葛藤など知らず、ごしごしと瞼を擦りながら、

「おなかいっぱいでねむくなってきちゃった」

「こらこら、さっき起きたばっかりでしょ。もうちょっとお姉さんとお話ししましょ」

「んー、なにはなすー?」

「そうね。ジークが私を倒しに来た理由でも聞こうかしら」

「?」

 リリスの質問に対して、ジークは首を傾げて答える。

「……そーだっけ?」

「あれ!? ジークって魔王である私を倒しに来たんだよね? 一晩経ってご飯食べたら忘れちゃったの!?」

「……………………すー」

「まだ寝ちゃ駄目! 難しい事を考えて眠くなる気持ちは分かるけれども! むしろその理由を忘れてたのにこの城まで来れた事を褒め称えたいわ!!」

「……ふあぁあ。ちょっとだけおもいだしたかも」

「偉いわよジーク。さぁ、それを私に聞かせてくれない?」

 そう言うと、ジークは「うーん」「えーとー」とどこから話し出そうか悩んでいるようだった。自分の膝の上で可愛らしい男の子が足りない頭を使っている光景に胸がキュンキュンしまくっているリリスだった。

 と、その時。

「ぼくはね、ジークなの」

「へ?」

「だからリリスをやっつけにきた」

 と、自信満々に胸を張るジーク。

「ええと? ごめん、私が馬鹿だからなのか何も分からなかった。どういう事なの?」

「だから。ぼくはジークだからリリスをやっつけられるんだって。むらのみんなも、そんちょーさんもそういってた」

「……??」

 どうにかして理解しようと思考を高速回転させるが、やはり理解出来ない。

 が、

「それについては私が説明しましょう」

 いつの間にかリリスの肩に乗っていたカミオが口を開いた。

「カミオは知ってるの?」

「はい。今朝そこの少年が住んでいた村へ行き、大まかな話を聞いてきましたので」

「あぁ、それで今日は私を起こさなかったのね」

「? それは第八番従者のガープに頼んだはずですが?」

「いやいや、誰も起こしに来なかったわよ……、って、ガープですって!? 確か食堂に居た群衆の中で見かけたような気がする!」

「……困ったものです。リリス様の従者とあろう者が、たかが一人の少年に心を奪われて仕事を放棄とは。……リリス様も大概ですが」

「何かボソッと呟かなかった?」

「いいえ、何でも」

 ごほん、とカミオは咳払う。

 そしてまたも膝の上で寝かかっているジークの頭に飛び乗り、

「おい少年。お前の故郷はミズガルズという村で合っているか?」

「……んー? あたまのうえからこえがするー」

「おいこらっ! 虫を退治するかの如く払うんじゃありません! いいから私の質問に答えなさいっ!」

「? そーいえば、ぼくのむらのなまえがきこえてきたようなー?」

 バサバサッ! と華麗にジークの払いを避けたカミオはリリスの肩に再度乗る。

「これで確信しました。この少年――ジークの居た村の長が『ジークってジークフリートのジークっぽくね?』と何も考えずに放った一言が原因だったそうです」

「待って。何か理解出来た気がするけど、理解しちゃ駄目な気がする」

「村長のその一言に何故か村の皆は大盛り上がり。ジークという名は、かの大英雄ジークフリートの生まれ変わりに違いないっ! とジークとその両親を囃し立て、調子に乗ったジークの両親が『よし! じゃあ我が息子がこの世界の魔王を倒しに行くぞ!』と、これまた酒の席で発言してしまい、引けに引けなくなってジークは村を出ましたとさ」

「出ましたとさ、じゃない! 何その村!? 揃いも揃って馬鹿しか居ないの!? そりゃあジークだって理由も忘れるわよ! だって、その話の中でジークほとんど出てこなかったもん!!」

「まぁ、何だかんだ言ってもまだ八歳の子供ですし直ぐに帰ってくるだろうと思っていたらしいのですが。……見ての通り、謎の膂力を発揮した結果こうして辿り着いてしまった訳です」

「……頭が痛いわ」

 思わずリリスは頭を抱えた。

 まさかそこまでしょうもない理由だとは思っていなかった。もう少しだけドラマチックというか因縁の対決的な何かを期待していたのに、蓋を開けて出て来たのは大人達の悪乗りというオチ。これではジークが可哀想だ。

 と、悲哀に満ちた瞳でジークの後頭部を眺めていると、その視線に気が付いたのか振り返る。

「どーしたのリリス? おなかいたくなっちゃった?」

 そう言ってリリスのお腹を「こすこす」と言いながら撫でるジーク。そこでリリスの理性はブチ切れてしまった。

「……決めたわ……っ!」

「あぁ……、また嫌な予感が……」

 リリスはジークの脇に手を伸ばしそのまま掴んで持ち上げる。

「うわわっ!」

「ジーク」

「?」

「私がジークを立派な勇者に育ててあげる事にしたから。存分に甘やかした上で、私がジーク成分を補給しながら、決して疲れない程度にビシバシ鍛えてあげる」

「ユルッ!? リリス様、それは流石に……」

「あ、やっぱりカミオもそう思っちゃった? じゃあ、三食お昼寝三時のおやつに夕食後のデザートも付けてあげる」

「まさかの下方修正だった!?」

「どうジーク? 立派な勇者になって私とイイ事しない?」

「リリス様、言葉が卑猥すぎて引きます」

 カミオのツッコミなど聞こえていないリリスはそのままジークを抱きしめる。

 そして、何故か返事が返って来ないジークの様子を見ると、

「……………………、すー」

 寝ていた。それはもう完全に。

「……これはオッケーって事よね!? 全てを私に任せるという無言の表現なのね!! よしならば私も一緒に寝てあげよう! 昨日は馬鹿な従者達に邪魔されたみたいだし、今日こそは私の身体の感触をジークに教えてあげるわ! ……はぁはぁっ!」

 その光景をカミオは決して見ようとせずに窓から去ろうとする。

「もう私は何も言うまい。これからここで起こる出来事は私の管轄外という事にしておきましょう」

 

 こうして、魔王城ニヴルヘイムに住む事になった勇者(8歳)とただのショタコン魔王様の物語が始まった。

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