第13話『そこは戦場』

「いやあ、奇遇じゃないか杏樹ちゃん。キミも甘い物が好きだったんだねえ」

 ヘラヘラと笑いながら、空乃さんは俺の皿からイチゴのムースをパクる。テーブルから取れ。まだたくさんあるんだから。

 俺は空乃さんにパクられた分を補填しながら、

「別に好きじゃないっすよ。つか、別に甘い物好きイコール奇遇にはならんでしょ。甘い物好きの絶対数ナメすぎ」

「はは。まあそんなのいいじゃないか。――いやあ、でもちょうどいい。ちょっと来ておくれよ」

 そう言って、空乃さんは俺の手を掴み、撫琴と歩風が待っているテーブルとは反対方向へ俺を引っ張っていく。どうも、空乃さんも誰かと一緒に来ているようだ。その誰かに無理矢理連れて来られたんだな? そうじゃなきゃ、この人が自発的に外出なんてするわけがない。

 と、ここまで考えて。そんなモノ好き、俺には二人しか心当たりがない事に気づく。

 そしてその二人は、俺にとっての天敵であり、羊にとっての狼――つまりは今もっとも会いたくない人間ということになる。

「あぁ……」やっぱり。

 俺は、空乃さんに連れて来られたテーブルに座っている二人を見て、目を覆った。

「あれ。杏樹くんっ!」

 目を輝かせる雨梨と、

「何やってるの貴方」

 無表情のままコーヒーを飲む銀華である。

「どーも、お二人さん……」

 俺は、目を覆っていた手を離し、それを挙げて、挨拶にした。

 最悪だ。空乃さんだけならどうとでもなった。黙っといてくれと言えば、秘密を喋るような人じゃない(信頼しているというより、単純に面倒臭がるだろうというだけだが)。しかし、どちらか一人ならまだいいのに、両方が現場にいる状況というのは、どうにも胃が痛い。胃薬ダースでほしい。

「奇遇だね、杏樹くん」

 うっとりしたような視線で俺を見つめる雨梨だが、本当に奇遇なんだろうな。

 雨梨は、白と黒のチュニックワンピに、黒のレギンス。そして白のパンプス。涼しげである。

「俺、雨梨の奇遇は信じてないからな」

 首輪にGPS入ってる事はもう知ってるんだからね。

「ひっ、酷いよ杏樹くん。彼女の言う事を信じてくれないなんて……。私だって、杏樹くんを信じないのはダメだなって……。GPSで現在地確認するのは二時間置きにしてるのに……」

「それを信じてるって言っちゃったら、血まみれの包丁持って死体の横に立ってても容疑者から外れるレベルだぞ」

 全然信じてないよこの子。どんだけ俺の同行が気になるんだよ。俺は台風か何かなの?

「雨梨は昔っから、好きな物はずっと手元に置いておきたいタイプだから。諦めなさい、杏樹」

 と、銀華はチーズケーキをフォークで小さく切り、口に頬張った。

 銀華は、青いジャケットに白のブラウス。青と黒のボーダーが入ったスカーフを首から下げ、クロップドジーンズを履いている。そして、いつもどおり黒のハイヒールだ。

「お前がスイーツバイキングとか似合わねーなあ……」

 ぼそりと呟いた独り言だったが、銀華はにっこりと笑って、人差し指を立て、「注意一」と言った。

「学校外でも適用すんの!?」

 お前には軽口も叩けんのか。幼馴染なんだからもうちょっと優しくして。

「はは。雨梨ちゃんも銀華ちゃんも、杏樹ちゃんが好きなんだなあ」

 他人事みたいに言う空乃さん。事実他人事だからムカつく。

「もう付き合ってますからねー」

 と、雨梨が俺の腕を取り、組もうとする。だが、俺はそれをするりと躱す。

「付き合ってないしそんな予定もないですからねー」

 俺は笑顔で空乃さんに宣言しておく。

「ふぅん。ま、僕にはどーでもいいけどね。じゃ、杏樹ちゃん。キミは僕の隣に座るといい。銀華ちゃんと雨梨ちゃん、どっちか選ぶと喧嘩が起きるよ?」

「しないわよ」

「ぎんちゃんなら譲ってくれるもんね」

 空乃さんの言葉に、銀華と雨梨はそれぞれ返事をした。

 俺も雨梨と銀華が俺のポジショニングくらいで喧嘩するとは思えんが、四人がけのボックス席で、片方は銀華と雨梨。もう片方に空乃さん一人という状況だし、俺は空乃さんの隣に腰を降ろすことにした。

 ……撫琴と歩風には悪いが、とりあえず、今取ってきた料理を食い切るまではこっちにいよう。

「にしても、三大財閥のご令嬢三人がこうして、大衆スイーツバイキングにいるっつーのも、考えてみりゃ変な話だよな」

 俺はカルボナーラをフォークに巻きながら、三人の顔を見渡す。こうして見ると、こいつら顔のレベルも高いな。そんな連中が一同に会しているもんだから、周囲のカップル連れの男達がこっちをチラチラ見ている。

 ……今日この日がきっかけで別れるカップルが出ないか、祈るばかり。

「別に。ここは武蔵野家が親会社の店だから、招待券が来ただけよ」

 答えたのは銀華だ。ついこないだ空乃さんと再会したばかりだし、再会祝いという感じか。

 ……っていうか、ここ武蔵野家が経営してる店だったのね。スケールがちげえや。

「空乃さんもよく来ましたね。アンタ、外出が世界で一番嫌いな人種かと思ってました」

「はっはっは」笑いながら、何故か俺の頭をピコピコハンマーで叩く空乃さん。なんで?「僕も来たかったわけじゃないさ。今でもベットが恋しいよ? けど銀華ちゃんがウチまで来てねえ、無理矢理引っ張ってくるからしょうがなくさ」

「案外世話好きなんだな、銀華って」

「注意二」にっこり笑う銀華さん。

「俺もうお前と会話できないよ!!」

 ちょっと話振ったらこれだよ。ホント優しくない女だな!

「まあまあ杏樹くん。これもぎんちゃんの照れ隠しなんだよ。ねっ、ぎんちゃん」

「隠す物なんてないわよ」

 相変わらずツンとした態度である。これが噂のツンデレか。流行ってるらしいが、俺にはよくわからん。こう、後ろを三歩下がってついてきてくれるような大和撫子が俺の好み。

 いねーよなあ……。

「そういえば、杏樹くんは一人で来たの?」

 唐突に雨梨から話を振られて、「んなわけねーだろ」と笑いながら誰と来たか答えようとしてしまった。あぶねえ。答えたら歩風と撫琴が殺されるかもしれん。ついでに俺も危ない。

「ゆ、優作と、総一だよ。優作が甘い物好きでさ」

 これはマジの話である。ごつい顔と体に似合わず、やつは大の甘党であり、いつか女の子とスイーツを食べに行きたいなんて言っちゃあいるが、女友達もいないので、その日は多分、高校卒業までは確実に来ないだろう。

「ふぅん……」何故か雨梨は、ポケットからスマホを取り出す。そして、ジッとその画面を見つめた後、目を上げると、その目は座っていて、光とかそういう明るいイメージのあるものは消し飛んでいた。「杏樹くん……嘘吐いてるよね……?」

「うっ、嘘なんて吐くわけないじゃないですかー? 俺は正直者で通ってるんだぜー?」

「声が上擦ってるし、身振り手振りも大きい。間違いなく嘘ね」

 刑事みたいなことを言い出す銀華。ちょっと余計な事言わないで。俺の首がかかってるの物理的な意味で。

「嘘吐いてもわかるんだからね。杏樹くんの首についている首輪、『運命の赤い鎖Ver2.1』には、嘘発見器もついてて、私のスマホにリアルタイムでデータが送られてくるの」

「この首輪そんなハイテクなの!?」

 ふざっけんなよ!!

 居場所も嘘もバレちゃうんじゃ俺隠し事できねーじゃねえか!!

「雨梨ちゃんに隠すってことは、女の子だねぇ? うーん、杏樹ちゃんもモテるじゃないかー」

 またピコピコハンマーで俺の頭を叩いてくる空乃さん。マジで黙っててほしい。その言葉は火災現場にガソリンばら撒いてるくらいの暴挙だから。

「女の子……?」

 雨梨の眉がぴくりと動く。ちょっと、このスイーツ店を戦場にする気か。

「ちょ、待て雨梨。誤解するなよ? 落ち着いてそこのケーキを食べろ。そして一息ついてから俺の話を聞くんだ。妹と来てるんだよ、撫琴。会ったことあるだろ?」

 ごめん、歩風。お前のことをガン無視してしまって。けどしょうがないじゃないかこの状況は。

「えっ、撫琴ちゃん? なんだ、撫琴ちゃんも来てたんだ。ならこっちに呼ぼうよ」

 と、周囲を見渡す雨梨。俺は慌てて「いやいい! 大丈夫だ! 撫琴は人見知りするし、銀華と空乃さんには会ったことないから緊張しちゃってまた血を吐くぞ?」

「なんだいそれ? 杏樹くんの妹さん、体悪いのかい?」

 空乃さんが心配そうな顔をする。しかし、もう心配はないので「今のあいつが吐血するのは趣味ですから。病気はもう治ってます」

「そういえば、小学校の頃に妹どうとか騒いでたっけ。うるさかったからひっぱたいたけど」

「あったなあそんなことも……」

 銀華が指を組み、テーブルに肘を突き、その指に顎を乗せ、ニヤニヤと意地悪く笑いながら俺を見ていた。

 かつて、俺と銀華が小学生だった頃。俺は撫琴を可愛がっていたので、銀華にその可愛さをアピールしたりした覚えがあるのだが。確かその時、頬に一発キツイのをもらった気がするな。あんなに理不尽な暴力は中々お目にかかれんぞ。

「じゃ、俺はとりあえず飯も片付けたし。席戻るぞ」

「ああ、うん。今日はしょうがないから、撫琴ちゃんに譲るよ。よろしく伝えてね」

 俺は物か。雨梨に「わかった」と返事をする。

「今度会いたいわね。そういう場、セッティングして頂戴」

 銀華は、全然そんな会いたそうな様子は見せず、社交辞令というような様子で言った。だから俺も、社交辞令で「その内な」と言っておく。できれば会わせたくない二人なので、阻む方向で。

「ぐー……zzzzz……」

「空乃さんは寝てんのね……」

 ホントこの人はぶれねーな。食事もまだ途中だと言うのに、背もたれに体を預け、よだれを垂らして眠っていた。

 別れの挨拶も住んだので、俺が席を立ち去ろうとした瞬間。

「あれ、アンジーじゃね?」

「本当だ。……アンジー、なにやってんだ」

 聞き覚えのある声に振り返ってみると、皿いっぱいに料理を乗っけたアホ面二人。優作と総一が居た。なんだこの冗談みてーな知り合いとの遭遇率。漫画かよ。

 優作はどこぞのロックミュージシャンがシャウト決めてるガラの白Tシャツと七分丈の短パンとサンダル。

 総一は、黒のブイネックと焦げ茶のサマーマフラーにサルエルパンツでブーツ。

「よぉアンジー。奇遇じゃん」

 両手で持っていたトレイから片方の手を離し、それを挙げる総一。

「ワァオ! 三大財閥のご令嬢がみんな居る! ねえねえ俺ここ座ってもいい!?」

 現れて急にテンションを上げる優作だが、もちろん寝ている空乃さん以外――つまりは雨梨と銀華の反応は「やだ」と「ゴリラから卒業したら考えてあげてもいいわ」だった。

「いやあ、すげーメンツと飯食ってんなお前。政治家でも無理だぞ?」

「お前のメンタルの方がすごいよ……」

 暴言浴びせられてノーリアクションで俺と会話する優作からは、いつも女子からどういう風に扱われてきたのか想像できるだけの悲しさを感じる。っていうか、軽く尊敬する。こうはなりたくないが。

「つか、お前らはなんでここに?」

「優作が、甘い物食べたいが、女友達なんていないから付き合えって」

 総一の口から聞かされるそれは、さっき俺が言った事とまったく同じだった。悲しい、悲しすぎるぞ優作。

「なんで俺呼ばねーんだよ」

「呼ぼうとはしたが、優作が……」

「アンジーはどのフラグから回収しようか迷ってらっしゃるだろーと思ったからよー」

 まるで、俺は悪くないと言わんばかりに唇を尖らせる優作。まあ、結局こうして出会っているし、確かに歩風や撫琴とお出かけがあったので、反論できねえ。

「それで、このスイーツバイキングに来たんだが、そうしたらいろんなとこで男どもが『あっちにレベル高い四人組がいる』って言うもんだから、ナンパしに来た」

「総一はもう彼女いるだろ? 浮気とかやめろよな?」

「ナンパは優作の発案だし、そもそも俺はアシストだけのつもりだったさ」

 まあ、全部総一に持ってかれるような気がするけどな。その布陣。

 にしても、四人組ねえ?

 俺はキョロキョロと辺りを見回す。四人組はちょこちょこいるが、家族連ればかり。まさか家族連れを差してレベル高いとは言わねーだろうし……。

「現実逃避してるとこ申し訳ないけど、アンジーも女性としてカウントされてたみたいだ」

「ちきしょうやっぱりか!!」

 俺の肩に手を置く総一だが、俺はその手を払い、周囲の男を睨む。

「クソが……! どこに目ぇつけてんだ……」

「お前とおんなじ所だろ?」

「オラァッ!!」

 屁理屈ぶつけてきた優作に、俺は顎へアッパーをぶつけてやった。その勢いで、料理を放り投げる優作。だが、その料理は総一がキャッチした。

 ……お前、相変わらず器用なやつだな。

「そうそう。レベル高いと言えば、あっちに撫琴ちゃんと歩風ちゃん居たぞ。撫琴ちゃんは妹だろ。挨拶くらいしてこいよ」

 総一の言葉に、雨梨の目がギラリと輝いた。いや、輝いたというより、殺意が灯ったと言うべきか。

「香坂……歩風……?」

 呪詛みたいに歩風の名前を呟く雨梨。怖いよ。

「ああ。そいつ。撫琴ちゃんと友達だったんだな。二人で、アンジーが帰ってこないからって心配してたぞ。もう探しに来る頃じゃないか?」

 ちょっとやめて総一くん。お金なら二〇〇円まで払うから。火災現場に核弾頭放つような真似しないで。

 俺が総一の口を塞ぎ損なった事を後悔していたら、「あれーっ!? オージョ先輩に会長じゃないっすかー!」と、悲劇の引き金になる声が響いた。

 総一の後ろからやってくる歩風と撫琴。

「……杏樹くん、やっぱり嘘吐いてた」

 まるで、約束していた日曜日、遊園地に連れて行ってもらえなかった子供ばりの落胆を表情で見せつけてくる雨梨。そして次の瞬間ち上がり、ポケットから素早く警棒を引きぬき、歩風へ間合いを詰めて振り下ろした。

「ちょぉぉぉぉぉぉッ!?」

 俺の叫びと、雨梨の一撃が歩風を捉えるのは同時だった。

 しかし、歩風はその警棒を、ハイキックの要領で振り上げた足の裏でガードしたのだ。

「ふぃー……。ちょっとオージョ先輩! 学校じゃないんですからあんまはっちゃけるの禁止っすよ!」

「学校でだってダメよ。っていうか、学校の方がダメよ」

 珍しい銀華のつっこみ。銀華につっこみをさせるとは、やるな歩風。

 ……って、そうじゃない。俺は二人の間に入ると、警棒と足を降ろさせる。

「悪かった雨梨! 嘘吐いたのは謝るけど! でもこうなるから言いたくなかったんだよ!」

 雨梨の肩を掴んで、我に帰ってくれないかと必死に揺さぶる。

「どいて杏樹くん……殺すから……」

「殺傷沙汰禁止っつってるでしょーが! ほら、目を覚ませ!」

「まったく。せっかく香坂歩風にもチャンスを上げたというのに」

 そう言って、いつの間にか席を立っていた銀華が、雨梨の手首に手錠を掛けた。

「え、ちょっ、ぎんちゃんなんで!」

「今日は私が許可したデートよ。今日一日は不可侵。――それに」

 そう言って、雨梨は親指で、明後日の方向を指さす。そこには、このスイーツバイキングの制服を着た中年のおっさんが立っている。その表情は困惑というか、有り体に言って、あまり歓迎できない出来事に直面した時みたいに歪んでいた。

「すいませんお客様方……。そういうことは、外でやってください!!」

 怒られてしまった。

 が、考えれば当然である。雨梨と歩風、はしゃぎ過ぎ。

 つまり、俺達――八人揃って、追い出されたのであった。

「俺、まだ何も食べてない……」

 店を出る間際、優作の呟きが妙に悲しかったので、俺はそこで歩風や撫琴達と別れ、優作と総一で、他のケーキ店に行くことにした。

 殴ってごめんね。それと、巻き込んでごめんねという事で、ケーキをおごってやることにしたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る