第5話『これが妹の冴えたやり方』

 俺と撫琴、そして王ヶ城の三人で並び、深澄家へと帰ってきた。

 赤い屋根の小さなお家――って、もうジェネレーションギャップを感じてしまいそうなキャッチコピーが似合う、普通の一軒家である。

「おじゃましまーす」

 王ヶ城が頭を下げ、靴を脱ぎキョロキョロと玄関から見える範囲――つまりは廊下を見回す。

「なんだ? 珍しいか。漫画とかだと、お嬢様キャラって、主人公の家に来て『えっ、ここは物置きではありませんの!?』なんて言うよな」

 俺が冗談めかして言うと、王ヶ城は頬をふくらませて、俺の胸を叩くように、軽く手を添えた。

「もう、私はそんなに常識知らずじゃないよ」

 あはははー、と笑い合って、妙にいい雰囲気になる俺達。

 なんだかしばらく体験していない、普通の青春、って感じがする。

「……兄さん、油断してるようですが、その人はストーカーですからね」

 背後で囁く撫琴に、「わかってんよ」と視線だけで返した。警棒でキツイのをもらい、その上外せない首輪までされても普通に話せるんだから、俺って結構図太い性格してるような気がする。どこでだって暮らしていける自信が湧いてくるな。

「王ヶ城先輩、キッチンはこっちです」

「あ、うん」

 撫琴にリビングへと案内され、その先のキッチンで買ってきた材料を手渡される。

「じゃ、キッチンお借りするね。腕によりをかけて作るから」

「おー、よろしく~」

 ガサガサとビニール袋から材料を取り出している王ヶ城を横目に、俺と撫琴はダイニングテーブルで向かい合う。あいつ、撫琴の信頼回復の為に作るってのを忘れてるくせえな。完全に俺見て言ったよ、今。

「さすがに、ここまで存在を無視されると、なんか癪に触りますね……恋する乙女が無礼でも許されるのは少女漫画の中だけですよ」

「悪気はないんだ。勘弁してやれ」

「なおムカつきます」

 そりゃそうだわな。

 興味ないんです、って態度で表されてるってことだし。

「ま、そこまで怒ってるわけではないので、いいんですけどね」

 そう言って、撫琴はキッチンへと視線を向けた。その先には、もちろん料理を作っている王ヶ城の姿。

「……実際、王ヶ城先輩って料理できるんですかね。お嬢様って、料理する必要ないじゃないですか」

「できるみたいだぞ。弁当食ったけど、めちゃくちゃ美味い」

「……マジですか」

「マジで」

「兄さんとどっちが美味しいですか?」

「さあな。でも美味いのは保証するぞ」

「保証されても、マズイって言うんですけどね。どこぞの新聞記者バリに難癖つけてやりますよ」

「いや、あれ別に難癖じゃねえから」

 嫌な小姑を演じるんだっけ。まあ、本人が自信アリみたいだから、任せてはみたが……。

「実際、お前大丈夫なの?」

「何がです?」

「いや、あいつ、結構プッチンいきやすいじゃん。キレてお前に襲いかかるなんてことも……」

「心配はご無用です」と、何故か自信満々に胸を張る撫琴。

「その心は?」

「私は兄さんの妹です。それに、兄さんが私に甘いということは、先ほど後をつけていたのなら感じ取れていたでしょう。つまり、私に手を出す事は得策じゃない――王ヶ城さんならわかるはずです。最大の邪魔者が、皮肉にも兄さんに守られているわけです」

 ふっふっふ、と不気味に笑う撫琴に、俺は思わず「よくそこまでしてくれるな、お前」と訊いてしまった。

「ええ、さすがに目の前で警棒振り回されては、家族として心配にもなりますよ。――決して、私が『お兄ちゃん大好き!』なキャラだということではないので、そこら辺は勘違いしないよう、おねがいしますね」

「んなの当たり前だろ」

 普通に仲のいい兄妹だと思ってはいるが、しかしそこまで好感度上げた覚えはない。クイックロードで選択肢を選びなおすところだ。

「私は生活力がないので、兄さんに彼女とか作られると食生活が荒れそうですしね……」

「お前、いい加減小声で本音言う癖治したほうがいいぞ」

「おや、聞かれてしまいましたか」

 撫琴は料理――というか、家事一切がまったくできない。だから、滅多に帰ってこない母さんに代わり俺が家事をしている。

 ……まあ、確かに王ヶ城と付き合ったりしたら、晩飯作る時間とか無くなりそうなほど拘束されそうだ。その想像が簡単にできて、ゾワッときた。背筋が泡立つ。

「ま、早めに本命を見つける事をおすすめしますよ。――王ヶ城先輩の警棒に耐えられるような、頑丈な女性を、ですけど」

「嫌だよそんな鋼鉄の塊みたいな女」

「肉体的に強いか、もしくは王ヶ城先輩が手を出せない女性しか、今のところ兄さんの彼女にはなれませんね」

「王ヶ城は剣道の有段者だぞ? しかも大の男が三人、一瞬でぶっ倒されるような。そんな女がいるわけ……」

 そこまで言って、俺には二人の該当者が思い浮かんだ。

 一人は香坂歩風。あいつは王ヶ城の警棒を白刃取りした。つまりは、運動能力が王ヶ城並にあるという事だ。

 そしてもう一人は目の前にいる妹。深澄撫琴だ。俺が防護壁になっているから手を出せない、という理由だが――。

 しかし撫琴は実妹だし、実質的には香坂一人しかいないって事か……。

「俺の未来って結構真っ暗かも……」

 香坂相手でも、王ヶ城とあんま変わってない気がする。

 もっと普通の女の子いねえのか。ちょうどいいの。

 俺は総一辺りに相談しようかなと決めた所で、王ヶ城が「おまたせ」と言いながら、料理を運んできた。

 撫琴は俺の隣に席を移し、王ヶ城はそんな俺達の向かい――撫琴が座っていた席に腰を下ろした。

 机の上に並べられた三人前の料理は、ハンバーグをメインディッシュにコンソメスープとシーザーサラダとパンで、俺の料理よりも見た目が綺麗に仕上がっていた。ハンバーグにかかったソースなんて、フランス料理みたいに皿がキャンパスと化したのかと思うほど綺麗にかかっている。

「ほう……」

 かっ、と目を見開いて、撫琴はフォークとナイフを取り、ハンバーグを小さく切り、頬張った。

 そして、もしゃもしゃと咀嚼し、ゴクリと飲み込む。

「ど、どう?」

 緊張した面持ちで、王ヶ城は撫琴の言動を見守っていた。

「……このハンバーグはできそこないだ。食べられないよ」

「えっ――!」

 絶対の自信があったらしい王ヶ城は、目を見開いて撫琴を見ている。俺ならグラっときてしまいそうな視線だが、しかし同性にとってはなんてことはないらしい。

 つーか、どこぞの新聞記者バリに、って。あれ比喩じゃねえのかよ。

「我が家の味付けってものがわかってませんね、王ヶ城さん。これではまだまだ、兄さんを預けるわけにはいきません」

「……お、おかしい……杏樹くんの反応を見て、好みの味付けにアジャストしたはずなのに……!」

 確かに、俺好みの味である。

 なので、撫琴が食べた後こっそり食べていた俺は思わず叫びそうになったのだが、撫琴にばかり注目していた王ヶ城はそれに気づかなかったらしい。あぶねえあぶねえ。撫琴のモノマネが無駄になる所だよまったく。

 つーかそんな事してたのかお前。やっぱりちょっと引くわ。

「ほ、本当にマズイの?」

 王ヶ城らしからぬ往生際の悪さである。必死の形相ですがりつくように、撫琴を見る。

 だが、さすがは演技で血を吐けると自称する女だけはある。まったくブレないまま、「ええ。マズイです。私は病弱なんですよ? 塩分が濃すぎます」と吐き捨てるように言った。

 いや、お前濃い味大好きじゃん。つーかもう病気治ってるし。

 結構さらっと嘘吐くね、お前。

「そ、そうだった……! 健康状態を度外視していた……!!」

 過ちに気づいた。そう言わんばかりに、頭を抱える王ヶ城。

 俺も乗っておいてなんだが、まったく過ちじゃないんだよなこれ。

「ご、ごめんなさい撫琴ちゃん……。つ、作りなおすよ」

「いえ、これでいいです。もったいないですからね。次は気をつけてください」

「うう……ごめんね……」

 そう言いながら、ハンバーグを頬張る撫琴。

 こいつ、気に入ってやがる。めっちゃ食指進んでるやん。

 しかし王ヶ城は罪悪感からか、そんな光景に気づかず、自分の手元に視線を落としたままだ。

 ちょっと元気ない位がちょうどよく見えなくもないが。

「あっ、兄さん」

「ん?」

 呼ばれたので、隣の撫琴西線を移す。すると、ティッシュを俺の唇にあてがい、拭う。

「口の周りを汚すなんて、子供みたいですね、兄さん」

「お前に言われたくねーんだよ。ほれ、ティッシュもう一枚貸せ」

 撫琴からティッシュを受け取って、俺は撫琴の口を拭き返してやる。

「ああ、すいません兄さん」

「あ、お前ニンジンのグラッセ食ってねーじゃねえか。食えよ、ただでさえ不健康に見えるんだから、健康によさそうなモン食わねえと」

「いりませんよ。私は好きな物だけ食べて太く短く生きると決めたんです。どん兵衛のように」

「インスタント食品を人生の例えに使うな」

 俺はフォークでニンジンを刺して、それを撫琴の口に突っ込んだ。

「わひゃっ! ……んぐぅ、兄さんこそ、シーザーサラダのピーマン残してるじゃないですか」

 言うや否や、仕返しとばかりにピーマンを俺の口に突っ込んでくる撫琴。

「うごぉ!」苦味が口の中に広がる。仕返しとはいい度胸してんじゃねえかこんちくしょう。

 俺もさらにやりかえしてやろうかと思ったが、もう撫琴の嫌いな物はない。

 そんな、俺達のやりとりを見ていた王ヶ城が、ぽかんとした顔をしている。随分間抜けな顔だ。どうしたんだろう。

「な、仲がいいんだね?」

「え、普通じゃねえの。なあ、撫琴」

「そうですよ。これくらい、兄妹同士なら普通ですよ」

 ふっふっふ、と笑う撫琴。

 そして、「はっ」と口を開いて、王ヶ城は撫琴を見た。

(違う……! 撫琴ちゃんは気づいている……! そうか、洗脳しているんだ……!! 幼少時から一緒にいたから、杏樹くんに『これが普通の兄妹』と認識させているんだ……。まるで恋人同士みたいな振る舞いを……!!)

 後に聞いた話では、王ヶ城はその時、こんなことを考えていたのだという。

 そして、その視線に気づいた撫琴は、フッと鼻で笑う。

(どうやら気づいたようですね。私の牽制に……。兄さんがどれほどのアホかという事実に……)

 二人の間で火花が飛ぶ。

 で、その時俺は、「なんか妙に見つめあってるけど、ハンバーグマズイっつったの根に持ってんのかな」くらいに思っていた。確かに俺は結構なアホである。

 すぐそこで女の戦い――修羅場が起こっているのに気づかなかったんだから。

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