第11話『両手に荷物』

 雨梨って演歌が好きらしい。

 優作と総一達と行くはずだったカラオケを、雨梨と二人きりで行くハメになり、俺は今流行のロックバンドだったり懐かしのJ-POPなんかを歌ったりしたのだが、雨梨は『天城越え』とか歌い出したので、世代が離れていないにもかかわらずジェネレーションギャップを感じたりしてしまった。しかもめっちゃ上手い上にマイク手放しゃしねえ。

 まあ、そんな不満はあったが、しかし概ね楽しいカラオケだったことは間違いない。意外な雨梨の姿も見れたし――男三人でカラオケ行くより、可愛い女の子と二人きりの方が間違いなく青春としては実りがあるよな。

「たっだいまー」

 声になんとなく違和感を抱きながら、帰宅する。

 廊下奥のリビングから撫琴が出てきて、「おかえりなさい兄さん」と出迎えてくれる。

「よう、ただいま。すぐ晩飯作るからさ」

「兄さん、なんだか声が枯れていますね。カラオケですか」

「ああ。まあな」

 頷くと、何故か撫琴は首を傾げ、「なんだかご機嫌ですね」と怪訝そうな顔をする。意識していなかったが、ご機嫌だったのか俺。雨梨とカラオケに行って?

 ……まあ、楽しかったしな。

「馬場先輩や柴田先輩達とのカラオケ――じゃなさそうですね。……もしかして、王ヶ城先輩とですか?」

「そうだけど」

「……兄さんには危機意識って物がないんですか?」

「そう言うなよ。雨梨だって、接し方がわかりゃ悪いヤツじゃねーんだ」

「どうですかねえ……。ま、兄さんが無事ならそれでいいんですけど。――そうだ。私、服を買いに出かけたいのですが、明日付き合ってください。服なんて重い物は持てません」

「お前はどんだけ買う気だ。別にかまやしねーけど」

「……あんたら、玄関先でなにやってんの? 今から出かけるわけじゃあるまいし」

 いつの間にか、俺の後ろに、我が家の大黒柱であり母親の、深澄沙羅みすみさらが立っていた。黒髪のボブカット、黒いチェックのポンチョとスキニージーンズ。ベージュのパンプスを履いており、身内の贔屓目というのではないが、綺麗な顔立ちをしていると思う。見た目だけなら、子持ちとはまったく思えないだろう。事実、酔っ払うと未だにナンパされたりするのだとよく自慢してくる。

「うおっ、母ちゃん。帰ってくるならメールしろって言ってんだろ。晩飯の材料あるかわかんねえんだから」

「おかえりなさい、母さん。今日は早いですね。まだ七時ですよ?」

「はい、ただいま。晩御飯はいいから。ビールとおつまみあれば」

「母ちゃん……きちんと食えよ……」

 と、言いつつ。あまりうるさく言う気はないのだが。

 母ちゃんは、俺達が子供の頃に、親父と離婚。親父は俺達の親権をはなから拒否し、母ちゃんに押し付け逃げた。しかも、養育費すら払わない始末で、母ちゃんは女手一つで俺達を育ててくれたのである。そんなんだから、まあ食事くらいは好きにさせてやりたいな、という息子心だ。

「で、兄さん。今日の晩御飯は?」

「オムライス。材料は多分あるから、母ちゃんの分も作るか?」

「オムライスより、オムレツの方がいいな。ワインあったっけ?」

「あるんじゃね? 母ちゃんが前に全部飲んでなきゃ、だけどな」

 俺達は玄関先でそんな会話をしていた事をふと思い出し、やっと靴を脱いで家の中に入った。俺はこれから、すぐに晩飯を作らなくちゃならない。

 台所でエプロンを結び、冷蔵庫から材料を取り出し、野菜を無心で切る。家事をしていると、なんだかいろんな嫌な事が忘れられるような気がする。俺は家事に逃げるタイプなのだ。



  ■



 そして、晩飯も終わり、俺は自室でプラモを作っていた。とあるロボットアニメの主人公機。見てはいないが、デザインが好きなので買ってみた。何故かやってるのが深夜なんだよなあ……。いつか見てみようとは思うのだが、眠くて起きてられない。その内DVD借りてみるか。

 そんな事を思っていたら、ベットの上にほうっておいたケータイが鳴り出し、驚いた所為で作りかけのプラモを落としそうになった。ほっと一安心してから、そっとプラモを床に置き、ケータイを取る。どうやら歩風からの電話らしい。

「はいもしもし?」

『もしもーし!! どーも香坂歩風でーす!』

「うるっさ!」

 反射的にケータイを耳から離す。こいつ電話はもうちょっと声を抑えてくれよ。耳キーンってなる。

「声は抑えような。俺の耳ぶっ壊れちゃうから」

『はーい!』

 だからうるさいって。人の話は聞こうね。

「つうか、お前あれな。字面で見ると、『香坂』って文字見ると『看板』に見えてしょうがなかったよ。ケータイの画面で見ると」

『あー、それ中学校の先生に言われましたねー。失礼しますよまったく! 誰が広告塔ですか!』

「そこまで言ってねーから。――んで、なんか用か?」

『用が無いと電話しちゃいけないんですか?』

「彼女かお前は!! いや、彼女でも用の無い電話はカチンと来るけどね!」

 用も無いのに電話してくる神経は、俺にはわからん。

 それは『なんか面白い事言え』っていうのと同じくらい無茶ぶりなんだぞ。

『冗談ですよー冗談。ほら、会長に命令権もらったじゃないですかー』

「え? それはアドレス交換で使っただろ?」

『ええ!? 先輩のアドレス割高過ぎません!? オーボーです!!』

「冗談だよ。アドレスくらい普通に教えるって。んで、命令権がどうした?」

『その命令権、明日使わせてください! 出かけましょ!』

「あー……」命令権にはしたがってやりたいんだが……。

 明日は撫琴と出かける約束をしている。俺は約束がバッティングしたら、先約を優先する事にしているのだ。

「悪いな。約束は守りたいんだけど、明日は妹の撫琴と先約があってさ」

『……撫琴? あれ、先輩の苗字ってなんでしたっけ?』

「は? 深澄だけど」

 っていうか、お前俺の苗字知らんかったんかい。薄情者め。

『もしかして……撫琴、って。なこちーですかね? 多分同じクラスですよ!』

「マジで?」いや、でも撫琴なんて名前がそう何人もいるとは思えない。ってことは、撫琴と歩風って友達だったのか。

「……お前らが友達って、なんかイメージ合わねえなあ」

『そーですか? 妙に波長が合うんですよねー。……なこちーなら、私がついてくるのいいって言ってくれるかもですよ?』

「なるほど。――じゃ、ちょっと聞いてみるか」

 俺はケータイを持ったまま部屋を出て、隣にいる撫琴の部屋をノックする。すぐに「どうぞ」と返事が来たので、ドアを開けると、水色のパジャマに着替えていたやつはベットに寝転がって読書していた。

「ちょっといいか?」

「はい、なんですか兄さん」

 本から視線を逸らす撫琴。俺はケータイを指さしながら、「実は、後輩の香坂歩風から、明日出かけないかって誘いが来てるんだけどさ」

「歩風……? 兄さん、歩風と知り合いだったんですか?」

 とても意外そうに目を丸くする撫琴。

「ああ。前に言ったろ、スピーカーみたいな女と知り合ったって。会話の流れで、お前と友達だって知ってさ。――んで、明日出かけようって誘われて、先約があるって言ったら、撫琴ならついていくのを許可してくれるだろうから言ってみてくれないかってさ」

「歩風ですか……」

 何故か妙に撫琴が嫌そうな顔をしている。

 お前ら本当に仲いいんだろうな。すげえ微妙な表情じゃねえか。やだよ俺。どっちかがめちゃくちゃ嫌そうにしながら出かけるとか。そんなの取り持てるほど、俺のトークスキル高くないんだから。

「ま、いいでしょう。歩風と兄さんがどれだけ仲がいいのか、見極めるのも悪くはないですし」

「……はあ? ま、いいなら了解しちゃうぞ」

 俺はケータイを耳に当て、「聞こえてたか? いいらしいぞ」と歩風に伝える。

『やった! んじゃー、明日のお昼一二時頃、光源駅前の広場でどうですか?』

「ん、了解」

『明日はおめかしして来てくださいねー!』

「……それ、どっちかっつーと俺の台詞なんじゃねーの?」

 おめかし、ねえ。

 どうでもいいが、おめかしって割りと死語な気もするんだよなあ。



  ■



 そして――翌日。

 今日は土曜日である。ゆとり教育の恩恵として、土曜日は休み。まあ、部活とかあれば学校行くらしいが、俺は帰宅部だし。文芸部の撫琴は行く必要がないらしい。

「……歩風、遅いですね」

 俺と撫琴は、光源駅前の噴水広場のパイプベンチに座り、待ち合わせ時間を十分以上過ぎたのに来ないというバカを待っていた。

「ホントにな。あいつから誘ってきたんじゃねーか」

 俺は白地に黒の文字で英語が入ったTシャツに、黒のジレ。デニムのパンツにスニーカー。

 撫琴は、花柄のワンピースに茶色の飾りベルト。ヒールの高いパンプス。撫琴はフェミニンなファッションが基本である。

「おかしいですね。歩風は時間に厳しい方なのですが」

「マジで? あいつルーズそうだけどなあ」

「……何かあったのかもしれませんね。電話してみましょう」

 と、撫琴がマジ心配そうな顔で、持っていたハンドバッグからケータイを取り出す。それを見ると、歩風が遅刻するというのが撫琴の中でどれだけありえないかがわかるというものだ。

「せーんぱーい!! なこちー!!」

 噴水広場全体に響き渡るくらいの大きな声がして、駅からダッシュしてくる人影。歩風その人である。本当に人の目を引く女だな。

「おっせーぞ歩風!」

 俺は控え目かつ一応大きな声で返事をすると、やつは俺達の前まで走ってきた。

 その格好はパンクというか、黒地にピンクの文字が入った長袖のTシャツ。二枚重ねらしく、肩口からピンクと黒のボーダーが伸びている。

 さらにホットパンツからは白く、長く、スラっとした足にブーツを履き、パンクスファッションに身を包んでいた。

「お前、足キレイだなー」

「うおっ、先輩からお褒めの言葉をいただけるとは! 照れるっすねー」

「兄さん……。歩風は調子に乗りやすいんですから、あまり褒め過ぎないでくださいよ」

「なんだよなこちー。自分は褒めて貰えないからって嫉妬かー?」

「うるさいアホ風」

「先輩の前でそのアダ名はやめてよー!」

 アホ風か。いいなそれ。

「先輩っ! 悪そうな顔してますけど、このアダ名で呼んだら先輩にも酷いアダ名つけますよ!!」

「ほー。例えば?」

「う、えー……っと……。ギャルゲーの主人公とか……?」

「それは酷いアダ名なのか……?」

 っていうか、それならもう優作につけられてるし。認めてないけど。

「俺もそんなんで呼ばれたら恥ずかしくて街歩けねーしな。武士の情けだ。呼ばないでおいてやるよ。――んで、歩風は部活とかやってないのか?」

「一応陸上部入ってるっす。これでも短距離にはちょっとした自信があるんすよ」

 えへん、と胸を張る歩風。……撫琴以上、雨梨以下って所か。

 俺の見立てでは一番でかいのは銀華。

「歩風は相当な物ですよ、兄さん。短距離なら、学園で一番速いそうです」

「へえー。そりゃすげえ」

 いや、でも確かにいっつも走り回ってるもんな。そりゃ速くもなるわ。

「ふふん。疾風のスプリンターっすよ」

「だっせえー……」

 なんだ、その陸上漫画みたいなアダ名は。

「スプリンターって響き、かっこいいじゃないっすか。私なんてそれで陸上部入ったようなもんっすよ」

 お前はその程度で部活を決めるのか。

 やる気の元が安上がりでいいなーと思いつつ、しかし頑張っているようなので、歩風は偉い。

「お前って、学園で一番のスプリンターとか言われてるのに、変人女子の筆頭なんだな」

「えー? 常識人ですよ私?」

「お前が常識人だったら俺は賢者になっちゃうよ」

「私は神ですかね」

「お前も充分非常識だから!!」

 道端で(意図的に)血を吐いたりしやがって。どれだけ俺が恥ずかしい思いをしたか。

「頼むぜおい。店の中で血を吐いたりしないでちょうだいよ。服とかにかかったら買取だからね」

「ご安心を兄さん。兄さんの方を向いて吐きますから」

「殺人現場みたいになっちゃうだろ!?」

 俺が撫琴殺して返り血浴びたみたな。

 やだよ俺そんなんで警察のお世話になるの。

「まー、世間話もここらへんにしておいて、そろそろどこかで落ち着きましょうよ。お昼、食べてきてませんよね?」

「ああ。どーせならみんな一緒のがいいと思ってな。お前もだろ?」

 頷く歩風。俺達兄妹も、出かけるならせっかくだし外がいいということで、食べてきてない。

「お前が遅刻すっから、腹が減って大変だ」

「ホントです……。お肉食べたいです……」

 相変わらず、身体が弱いとは思えないほどがっつりしたのが好きだな撫琴は。

「へっへっへ。まあ、これを見てくださいよ」

 そう言って、歩風がズボンのポケットから取り出したチラシを俺に渡してきた。開くと、そこには近くのショッピングモールにあるスイーツショップで、スイーツバイキングがやるという知らせ。

「スイーツって、俺甘い物そんな得意じゃねーんだよなあ。それに、腹の足しにならねーだろ」

「ちっちっち」人差し指を立て、左右に揺らす歩風。「そこは軽食なんかもありますし、デートで女性と一緒に来る男性の需要にもきちんと答えてるらしいっす。友達が、デートしたいならここおすすめって」

「ふぅん……」

 改めてチラシを見る。二時から九〇分間の食べ放題。料金は一人一五〇〇円か……。軽食もあるってんなら、俺でも楽しめそうだな。

「んじゃ、二時まで時間つぶして、言ってみるか」

「ケーキですか……。なるほど、舌がケーキモードになっちゃいます」

「さっすがなこちー! んじゃあー、さっそく行きましょー!」

 そうして、俺達は三人並んで、駅に隣接するショッピングモールへと向かう。一人は妹だが、しかし女の子二人に挟まれて歩くというのは、なんだか居心地があまりよろしくない物である。……どういう男だと見られてるんだろうな、俺。

 

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