第12話『洋服を見よう』
最寄り駅に隣接するショッピングモール。『ハピモア』学生の遊び場であり、休日は親子連れなんかでも賑わうという、レジャースポットである。
スポーツジムやゲームセンター、服屋に飯屋にパティスリー。とりあえず、遊べる所は大体揃えてみましたというような場所だ。
入ってすぐは吹き抜けの広場。イベントの為のステージや、アイスなんかの屋台。カフェテリアがならんでいる。
「それで、ハピモアに来たのはいいですけどー。どうします? 一回出てカラオケってのもありだと思いますけど」
歩風が、キョロキョロと当たりを見回している。しかしそんなに周囲を見回しても、デートしているカップルや、親子連れしかいないぞ。
「俺はカラオケパス。昨日もカラオケ行ってきたばっかなんだよ」
「しかも、王ヶ城先輩とですよ」
いいんだよ誰と行ったかまで言わなくて。
歩風にそれ言うとめんどくせーことになりそうじゃねえか。
「ほへー。先輩度胸ありますねー。ストーカーとカラオケっすかー。あたしとも行きましょうよー」
「少なくとも今日はいやだ」
「んじゃ明日!」
「お前は待つって事ができないのか」
犬以下だな歩風。犬だって訓練次第では延々待てるというのに。
「そういや、撫琴は服買いたいとか行ってなかったっけ?」
「ええ。夏物をそろそろ揃えておこうと思いまして」
と、何故かスカートの裾を摘み、頭を下げる撫琴。なんだその上品な挨拶みたいなのは。
「撫琴が行く店は女の子女の子しててちょっと居づらいんだよな。早めに済ませてくれよ」
「大丈夫ですよ、兄さん。溶け込めてますから」
「どういう意味だコラァッ!!」
嬉しくない! 全然嬉しくないから!!
と、思わず感情的になってしまったが、ここは人の往来が多いショッピングモールの広場である。ジロジロ周囲から見られてしまい、俺は思わず恥ずかしくなり、撫琴と歩風の手を掴み、そそくさと近くの入口に逃げ込んだ。電気量販店のハピモア支店の前までやってきて、俺は溜息を吐く。
「いやー、先輩に手をつないでもらえるなんてー! デートの甲斐があったってもんっすよ!」
照れくさそうに、俺の手を両手で包み込み、何か塗りこむみたいに撫で回す歩風。俺はすぐに、その繋がりを切った。ちょっとやめて、妙に気持ち悪い。
「デートじゃねーっつの。大体な、妹同伴のデートってなんだよ」
「違いますよ、私と兄さんのデートに歩風がついてきたんです」
「形は確かにそうだろうが……」
しかし、お前ともデートじゃない。お出かけだ。
「いやいや、なこちー。結婚前に顔合わせとして、妹も交えてデートってのは結構あるって聞くぜぇー?」
「結婚も予定してねーだろ! 勝手な事ばっか言うんじゃねえ!」
学生結婚なんてやだよ。俺は現実的な性格なのだ。イマドキ、愛があれば生きていけるなんて信じてる青臭い人間は高校生でだっていないだろう。
「歩風が義姉……。ううん、そら恐ろしい物がありますね」
「なんでよー! なこちー、親友の恋路くらい応援してくれてもいいじゃんよー!」
「兄さん以外だったら無責任に応援できるんですけどね……」
「それナチュラルに失礼じゃない!?」
俺もその気持ちはわかるので、何も言わない。四六時中歩風のテンションに付き合わされるのは、軽い拷問のように思えるからだ。
まあ、いつまでもこの場にとどまってそんな話していてもしょうがないので、まずは撫琴の行きつけである服屋へ向かった。
ハピモアの四階にある、やたらふわふわした服ばかり置いてあるそこに、俺達三人でやってきた。
「うーむ……。女の子ってこういうの穿いて大丈夫なのがすげえよなあ……」
俺は近くにかけてあったひらひらのスカートを取り、まじまじと見てみる。男としては、これから伸びる足がエロいのでたまらんのですが。しかし穿く所を想像すると、すげースースーしそう。
「あたしもスカートは苦手っすねー。足を露出する分にはいいんすけどー」
突然、後ろからひょっこりと現れた歩風が、スカートをつまむ。
「やっぱ大事なところの防御力が高い方がいいってことですねー。お揃いお揃いー!」
「やなお揃いだなっつーか、下ネタはやめようね!」
さっき、俺は現実的な人間なんだよと言いつつ、やっぱり女性には夢を持っていたいのである。まあ、歩風はそういうの平気そうなので、あんまり歩風という個人に対して夢を持ってないからいいんだけど。
しかし、他の女性に対して持っているかと言われると……それもまた別な話なんだよなあ……。
俺が夢見る女性はどこにいるんだろう。
「あの、ここ行きつけなので、私と一緒に来ている身の上でそういう話をされると、来づらくなるんですけど……」
俺と歩風の見苦しい話は店中に響きわたっていたのか、撫琴が少し顔を赤くしながら近づいてきた。
「ん、あー悪いな」
「ごめーんちっ」
あまり悪びれた様子を見せない歩風。お前が振ってきたネタなんだから、もうちょっと誠意を見せろ。
「それで、買ったのか?」
「あ、その前に兄さんに見てもらおうかと思いまして」
どうですか? と、手に持っていた空みたいな色したミニスカートと、鎖骨辺りが露出する白いブラウスを体に当てる。爽やかな印象で、撫琴には良く似合っている。
「うん、似合ってると思うぞ」
「そうですか? なら、これにします。歩風も、ここで服を買ったらどうです?」
「うーん……。あたしが着るには大人しすぎるっていうかー」
確かになあ。歩風の今着ている服から察するに、どうもパンクなファッションのが好みらしいし。それに、今スカートは苦手だと言っていた。この店は見る限り、ほとんどスカートだ。歩風の好みとは正反対。
「ま、確かに歩風がスカート穿いてるのなんて、制服でしか見たことないですしね」
そう言って、やつは今の服を持って、ささっとレジに向かった。
「先輩、先輩」
歩風は俺の服の裾を掴み、上目遣い。なんだかおもちゃをねだる子供のようだ。
「やっぱ、スカート穿いた方がいいっすかね?」
「ああ? ――いや、別に。どっちでもいいけど、似合ってりゃ一番だよ」
本当は、露出度高い方が嬉しいとか、絶対領域があるといいとか、そういういろいろがあるけれど、それを言うほど俺も子供ではないのである。欲望に正直だと、好感度が下がるのは優作で確認済み。
「そーっすよね! 似合ってたらいいんですよね!」
「ま、歩風はスカートも似合うと思うぞ」
フォローみたいな言い方になってしまったが、歩風は「さっすが先輩!」と言いながら、俺の背中をバシバシ叩く。いてーよ。
「二人は私を、二度とこの店へ来させない気ですか」
怒った表情の撫琴が、店員から袋をもらうと、急ぎ足でやってきた。
「はあ……。やっぱり、歩風を認めるわけにはいきませんね……」
その呟きに、歩風が必死の反論をするが、しかしその反論がうるさいので、何も意味を成していなかった。俺は、そんなヤツの首根っこを掴んで、店の外に出た。
■
歩風行きつけは、撫琴行きつけの店の近くにあった。
黒い壁黒い床。服も黒い物が大きく、やたらキラキラした飾りや、赤やピンクなどの目立つ色で英語が乱暴に書かれていたり。店員もビジュアル系みたい。
「撫琴が行ってる店と雰囲気が違いすぎて、なんかクラっとする……」
うーん……。女の子がいく服屋ってのは、どうにも店ごとに独特な文化を持ってるみたいだ。これが極端な例だってのは、なんとなくわかるけど。俺いっつも安価で有名な店で、適当に買ってるからなあ。服の値段なんて言わなきゃバレねーんだから。
値札見てみたら高いし。なんだよこれ。
「んんー。どれにしよっかなー」
ハンガーにかけられた服を、一つ一つ覗きこんでいく歩風。ジッパーやら金具が多いせいで、妙にがちゃがちゃうるさい。
「相変わらず、歩風の選ぶ服は、妙に目にうるさいのが多いですね……」
先ほどの考慮もあってか、囁くような声の撫琴。
俺も同じくらいの声量で、「いいんじゃね? 歩風っぽいし」と返事。
「でしょ! ――んじゃ、これとこれ!」
なぜかくじでも引くみたいに、適当な感じでスカートと上着を抜き出した。お前本当に選んでんのかよ、と思ったが、選ばれた二つ。白と黒のボーダーに、うさ耳を模したパーカーがくっついた半袖。赤いチェックに黒いフリルで縁取られたミニスカートは、歩風の活発さを引き立てるにはナイスなチョイスだと思った。
それらを体に当てて、「どうっすか! 可愛い?」と訊いてきたので、俺は茶化さないで正直に「似合ってると思うぞ」と答えた。
「なこちーの時と一緒じゃないっすか!」
「兄さんって、もしかして誰にでもそういう事言ってるんですか?」
「え、なぜバッシング!?」
正直に答えたのに。しかも怒らせるような事は言ってないのに。
「褒め言葉はその都度変えたほうがいいですよ、兄さん」
俺の驚きが顔に出ていたのか、撫琴に窘めるように言われた。なんでだよ、と訊こうと思ったのだが、「何故か訊くのは、男として野暮という物ですよ、兄さん」と先に釘を刺されてしまった為、口を開く事ができなくなってしまった。
男らしさを持ち出されると弱い。女みたいな名前、そして顔なので、どうにもコンプレックスがあるのだ。
「まあ、似合ってるっていうならこれにしよーっと。すいませ~ん! お会計お願いしまーす!」
歩風は近くに居た店員さんに声をかける。居酒屋かよ、と思ったのだが、店員の女性は親しげに、「お、歩風ちゃん。今日は友達も一緒?」と服を受け取る。
おお、服屋で店員に顔を覚えられている。なんてオシャレな。
「友達っていうか、一人は彼氏で、もう一人はその妹っす!」
「え、彼氏……?」
何故か、その店員は、俺と撫琴を迷うような視線で交互に見る。
「……彼氏じゃないけど、俺が兄です……」
わかってるよね、わかってると思うけど。俺は一応手を挙げた。
すると、店員さんは「そ、そうですよね! ジーパンですもんね!」と慌てたように言った。
「俺は妹と性別を迷われるレベルなの……?」
「い、いえ。迷ったのではなく、その、女性しかいないんじゃと思っただけで――」そこまで言って、店員は失言した事を自覚したらしい。
しかし、時既に遅し。俺は悲しさから走り去った後だった。
「チキショォォォ!! 俺はもうこの顔を捨てる! 捨てるぞぉぉぉ!!」
「うおっ!? 先輩どこ行くのー!?」
「ほっといてあげてください。兄さんはいっつも間違えられるクセに、いっつもこうして走って逃げるんです。店員さん、あの女顔はほっといて、お会計を」
「え、いいんですか……?」
と、こんな会話があったので、撫琴と歩風が俺を追いかけてきてくれたのは、十分ほどしてからだった。しかも歩いて。
なんか、別の意味で悲しくなった。
■
で、時間も程よく経ったので、俺達はパティスリーにやってきた。ファミレスみたいな広さで、中心にスイーツや料理が乗ったテーブルがある。色とりどりで、柄にもなく、宝石箱みたいだと思った。
席に通され、二人は俺に荷物を預け、さっさとスイーツを取りに行く。
で、帰ってきた二人は、更に乗ってるのが不思議なくらいのケーキやらを抱えて戻ってきた。正直、甘いものがそんなに得意じゃない俺は軽く引いていた。
「お前ら……マジか」
四人がけのテーブルに、俺は二人と向かい合う形で座っていた。若干撫琴のほうが多いな……。
「どーせなら食べないと損っすからねー。先輩も、行けば取り過ぎちゃいますって」
「全品制覇が目標ですからね」
その志の高さは他の事だったら尊敬してたなあ……。
元を取らなきゃ、という考えはまあ、賛成だが。しかし無理して腹いっぱいにして気持ち悪くなると、逆に損した気になるよな。
俺は席を立ち、二人に料理を取ってくると告げて、中央のテーブルに向かった。
周囲は女性ばっかりだ。……まあ、俺を男だと思ってる人間はいないんでしょうね……。ボーイッシュな恰好してるヤツがいる、くらいに思われてるんだろう。
さっきの一件から、完全にやさぐれた俺は、ちょっと心の栄養が足りてない。
俺はカルボナーラと、イチゴのムースを選び、席に戻ろうとする。
――が、
「あれぇ、杏樹くん?」
振り向くと、そこには、『徘徊する寝袋』として有名になっている先輩。小鳥遊空乃さんが居た。俺と同じく、皿に料理を乗せているので、バイキングに来たんだろう。
「……美味しそうなの持ってるねえ」
奇しくも、初めて会った時の第一声と同じである。
なんでいるんだよ、外出もめんどくさがりそうなアンタが。
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