第10話『現状、6人』
俺と総一、優作の三人には、贔屓にしている溜まり場がある。学校の近くに、インスタントラーメンやジュース、うどんやそばなど、珍しい自販機がたくさん並んだ休憩所のような場所がある。誰が管理しているのか、どういう意図で建てられた場所なのかはわからないが、そこはあまり知られていない超穴場スポットである。
ログハウスのようなその休憩所で、俺達三人は久しぶりの男臭いバカ話で盛り上がっていた。――と言っても、優作が興味を持った所為で、もっぱら俺の最近あった女難についてを話す事になってしまったのだが。
「三大財閥が一つの学校に固まるのって、すげーよな」
「しかもその三人がアンジーの友達だろー? こりゃもう奇跡ってレベルで確立低いぜー」
自販機で買ったラーメンを啜りながら言う総一と、自販機で買ったハムチーズサンドを持ちその総一の肩を叩く優作。俺達は備え付けの白いテーブルを囲みながら、話をしていた――というより、一方的に俺がからかわれているだけなのだが。
「どうも、雨梨と銀華は家が近いからで選んだみたいで……」
しかも、二人は友達だから、一緒の高校に行こうと約束していたそうだ。
「ああ、三大財閥の家がそもそも横浜にあるからな」
俺が知らない事を、まったく蚊帳の外であるはずの優作がなんで知ってるんだよと少しばかり疑問だが、しかしこいつは何故か知らないけど可愛い女の子の情報に詳しい。一歩間違えればストーカーだぞと思いつつ、それを気にせず話を進める。
「空乃さんは……雨梨と銀華が絶対選ばなさそうな学校を選んだんだと」
「なんでまた? だって三人は幼馴染だったんだろ? ……仲悪かったのか?」
「いや、仲は悪くなかったらしいが……。知り合いがいると話しかけられるだろ? それがめんどくさいし睡眠時間が減るからいやだったんだって」
空乃さんの『やー、庶民学校だったら会わないと思ったんだけどねー。失敗失敗』という、照れくさそうに頭を掻く姿が、妙に印象深い。
幼馴染の会話よりわずかの睡眠時間を優先するとは……恐るべし、小鳥遊空乃。
「それって、人としてどうなんだ」
総一の意見はもっともだと思う。俺も、『この人きちんと人間の生活を送れてんのかな』って思った。睡眠時間がどう考えても二十時間はありそうな人だし……。もったいねー人生送ってんなー……働けんのか?
「俺、『徘徊する寝袋』生で見たぜー。爆笑モンだったよマジで。学校を寝袋で歩くんだもんなー。美人だったけど」
苦笑か思い出し笑いか、とにかく大笑いに届かないくらいの笑いを見せる優作。
「……よりどりみどりだな、アンジー」
総一にしては珍しく、表情を崩した。唇をほんの少しだけ釣り上げ、鼻で笑ったのだ。俺と優作は少しばかり驚いたが、しかし総一は普段からテンションはともかく明るいヤツなので、それほど驚きを表現しなくてもよかった。
「いや、雨梨と歩風だけでよりどりみどりなのか?」
「武蔵野会長は間違いなくアンジーに気があると思う」
「好きなヤツに手錠かけるか?」
「オージョという具体例がもうあるだろ」
なるほど、一理ある。
最近慣れ始めていた首輪の感触が思い出したみたいに首を襲った。
「でも銀華はねーだろ。あいつ、自分と同じくらいの年収稼げない男はイヤとか言いそうじゃん」
ちなみに、俺はそんな自信ない。
「あー、言いそうだなーそれ!」
「俺はそう思わないけどな」
優作は同意してくれたのだが、総一は何故か否定した。
「ああいうタイプほど、甘えられると弱いタイプだ」
「さすが、唯一の彼女持ちは説得力が違うねえ」
確かに、この中で唯一女性経験のある総一が言うのだから、一定の信憑性があるのだとは思うが。しかし、俺にはあの鉄面皮が甘えられると弱いなんて、信じられん。
「まあ、試してみるのをおすすめしよう」
「手錠かけられたらどうするんだよ」
「……ピッキングでも覚えるか?」
「できてたまるかぁ!」
「アンジー髪長めだし、ヘアピンを常に装備するっつーのはどうだろう。ピッキング用に」
「そうしたら女装みたいになるよなあ……」ジロジロと俺の髪を見る優作。
俺の髪型は、眉や襟が隠れる程度の長さ。まあ、男としては長い部類に入るだろう。顔的に短い髪が似合わないというのがあるのだが。
「現段階でも充分に女装っぽいから安心しろっ!」
と、優作が親指を立てたので、俺はすぐにそれを掴み、関節とは反対の方向に折る。
「あだだだだだだだだッ!?」
「俺の事を男の娘とか女装癖とかオカマとか言うんじゃねええええええッ!!」
「言ってない言ってない」
総一は俺が掴んでいた優作の腕を何とか切り離させながら呟く。
どうも、女装癖とかそういう類の単語言われるのはダメなんだよなあ。
「いててて……アンジーキレんの早いっつーの!」
「悪い悪い。どうも、女顔だという事を匂わせる言葉はダメなんだよ」
「ま、コンプレックスってやつだな。俺もこの髪色はちょっとコンプレックスだ」
自分の前髪を捻る総一に、俺は「ええ! 総一お前、それ地毛だったの!?」と思わず反応する。
どーりで、学校側から何も言われないはずだよ。
「俺もなー、鍛えてねーのに筋肉増えちゃうのがコンプレックスだなあ」
優作のコンプレックスは、鍛えても肉がつかない俺にとっては羨ましい事この上ない物だった。
「でもそのおかげで、運動部によく誘われるんだろ?」
「まあそうなんだけどさあ、個人的に運動部って汗臭くって嫌だぜー」
と、言いつつ。優作は運動神経バツグンなんだよな。体育の授業では確実にクラスナンバーワンになる。しかも、高校入ってから初めてやった競技なんかもあるので、そりゃあもう最初から持ち合わせたポテンシャルが違うってことなんだろう。
……そんな男を警棒とはいえ、ワンパンで気絶させる雨梨って一体。
「けど……運動部に入って結果を出せばモテるだろ」
総一の提案に、「めんどくせーからやだわ」と言って、わかってねーなーみたいな顔をする。
「それに、俺みたいなゴリラ体型は女の子敬遠すんだよ。もっと細いのがいいんだってよー」
ふてくされたように、ペットボトルのコーラを飲む優作。
「なるほど。ゴリ理論か……」
とある漫画に出てくる人気キャラで、スポーツマンなのに何故かモテそうにない男を差す理論である(総一談)。
「俺をゴリって言うなああああああああぁ!」
先ほどの俺みたいにキレ出すかと思いきや、優作は机に突っ伏して泣きだしてしまった。相変わらず、体型に反比例して気弱なやつである。
「あーあ、泣かしちまった」
「ある程度の年齢までいったら、泣く男が悪い」
その意見はわからんでもないけれど、しかしそれを泣かせた本人が言っちゃダメだろ。
「ぐす……っ。いいよなお前らは……総一は彼女持ちだし……アンジーはフラグ乱立してるし……」
「彼女、可愛いぞ」
「フラグ乱立って……正直一人だけなら嬉しいんだが……」
「うぉぉぉぉぉんッ!!」
狼か何かみたいな遠吠え。多分だけど、負け犬の遠吠えってやつである。
「つか、総一なんでここで自慢してんだ! せめて謙遜しようぜ!?」
「わかった。俺の彼女、……その、可愛い方じゃ、ないぞ」
「そういう謙遜じゃなくって!!」
「嘘吐いてんじゃねええええ! 写メ見せてもらったけど可愛かったぞクソァ!! つーか、彼女への罪悪感からなのか言い方柔らかくしてんじゃねえよ!」
優作がもう、泣くのもやめて単純に怒鳴ってきている。どんだけ彼女欲しいのこいつ。
「っていうかなあ、俺はアンジーにも怒ってんのぉ!」
「お、俺かよ?」
「そうだっつーの! オージョに香坂、武蔵野会長に小鳥遊先輩。可愛い妹までいやがって!」
「首輪、タックル、手錠、寝袋、吐血……」
なんで総一は各々の問題行動を呟く。怖いこと言うんじゃねえ。
「まあ、普通に考えるなら香坂が一番普通か」
「そうだなあ。一番常識人なのは妹の撫琴ちゃんだけど、実妹だしな」
いつの間にか冷静さを取り戻している優作が、総一の言葉に頷いている。
「妹までそういう話に巻き込むなよな」
一応、言っても無駄だと思うが、二人に進言する。が、やっぱり無駄なので、俺は買ってきたお茶を飲み、二人の話題を見守ることにした。
「でも、話を聞く限り……小鳥遊先輩は別に、フラグって感じじゃないぞ」
「バカだなあ総一。初めての友情が愛情に、なんてのはよく聞く話だぜ?」
ギャルゲーでな。
「なるほど、その理論が武蔵野会長にも当てはまっている、と」
「そう思うぜ俺は。アンジーとは幼馴染だろ? 楽しい思い出が美しい思い出に変わったっつー可能性は、ある」
無いと思うぞ俺は。
俺と銀華の関係性は一方的な物で、どう考えてもパワーバランスがはっきりしていた。俺がMに目覚めて銀華を好きになることはあっても、銀華が俺を好きになることはないと思う。そんなにかっこいい所を見せた覚えがない。
犬から助けたとか、いじめっ子から守ったとか(つか、銀華がいじめっ子だったし)、好かれそうなエピソードに思い当たらない。
「ま、SはMに依存するって言うしな。もしかしたらもしかする大穴って感じか?」
「シャレにならないこと言うんじゃねえよ……」
銀華に依存されたら、俺の胃がオカリナみたいになることまちがいなしだ。俺にとっての銀華は、ネズミにとっての猫と同じなんだから。
「オージョは本人のやる気次第、ってところか。な、アンジー」
「やる気ってお前なあ……」
俺の肩に手を乗せる総一。そんなヤツを疲れたような視線で睨み、やんわりと手を退けさせた。
「実際、手綱を握れさすりゃ、オージョは超優良物件だと思うぜ?」
「浮気とかした日には、王ヶ城家の力で亡き者にされると思うが」
「だからシャレにならない事言わないで!?」
マジでありそうっ!
今だって「物にならないなら杏樹くん殺す」とかいつ言い出すかビクビクしてるんだから!!
「ヤンデレヒロインが出てくるギャルゲー、貸してやろうか?」
親切で言っているんだろうが、しかしギャルゲーはちょっと参考文献として頼りないので、遠慮しておいた。というより、雨梨に見つかったらソフトぶっ壊されそうなので。
「とりあえず当面は……。王ヶ城からどうやって逃げるか、なのか」
「まあ、そうだな……。もうちょっと落ち着いてくれないと、こっちもそれで精一杯だしさ……」
総一の言葉に頷く俺。
答えなくてはならないと思っているが……少なくとも、今は誰かと付き合う気は出ないし、そもそも恋愛感情も芽生えてない。っていうか、恐怖値が上回って考える暇がない。
「なんの話してるの?」
「「うわぁぁぁぁぁッッ!?」」
突然俺の後ろに立っていた雨梨に、俺はもちろん見えていたはずの総一と優作まで驚いていた。
「な、なんで雨梨がここに! ここは光源高校に通ってるやつでもあんまり知らない場所だぞ!?」
「首輪だよ、首輪。GPS仕込んであるから」
「犯罪それ!! 外せこれぇ!!」
「やだ」
またいい笑顔で拒否を表す雨梨。これはおそらく、GPS以外の機械も入ってると思ってよさそうだなあ……。
……空港のゲート通る時とか、金属探知機に引っかかるんじゃねえの? 修学旅行までには取ってもらわなきゃ……。
「取って貰えないとは思ってたが、それならなんの用だ?」
「うん。実はちょっと一緒に出かけたいなって思って」
「いや、俺は今日優作達とカラオケに……」
その前哨戦がてら、こうして溜まり場に着ていたのだが。
俺は助けを求めるように、総一と優作を見る。その時の俺は売れ残ったチワワ並に悲壮感があったはずである。しかしやつらはそれを「ああ、連れてってくれて構わないぞ」「楽しんでこいよー!」とチワワな俺を言葉で蹴っ飛ばしやがった。
「裏切り者ぉ!」
「仲間だった覚えなどない」
「女の子に好かれる男は敵だ!」
と、俺を迷わず雨梨に引き渡す。
「いい友達だね、杏樹くん。じゃ、行こっか?」
「待って話聞いて! 恨むぞテメーら!!」
俺は雨梨に首輪を掴まれ、引きずられていく。この細腕にどれだけのパワーを蓄えているんだと驚愕し、抵抗も試みたが絶望することになってしまった。
これを幸せと言っていいのだろうか。羨ましそうに見てくる優作を見ながら、首を傾げるしかなかった。
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