第9話『究極の怠け者』

 ああ、眠い。

 内心でそう呟き、俺は廊下を歩く。

 昨日の夜、俺は銀華の家で夕食をごちそうになり、離れていた間の事を互いに報告しあった。と言っても、俺は中学高校と遊びほうけているだけだったので、大した事は話せず、ほとんど銀華の話を聞いているだけだったが。

 やつは一人暮らしだった。高校生が住むには度が過ぎた高級マンションではあったが、しかし武蔵野家からしたらランクの低いそこになぜ一人で暮らしているのかと言えば、社会勉強との事だった。

 しかも晩飯は銀華の手作り。ローストビーフにポテトサラダ。トマトスープとパン。見た目も美しいそれに舌鼓を打ちながら聞いた話によれば、やつは中学の三年間ドイツに留学していたらしい。何をやってたのか説明されたが、わからなかったので割愛。

 俺と銀華は、まあいじめっ子といじめられっ子の関係だったとはいえ、俺も決して銀華の事は嫌いというわけではないので、それなりに話は盛り上がってしまい、帰りが遅くなったのだ。

 案外積もる話はあったということだな。

 まあそれを差し引いても、案外銀華が話好きだったというのもあるが。おかげで話を切るタイミングを何回も逃した。

 ――で、その結果。俺は二日続けて寝不足の頭をぶら下げて登校することになってしまった。

「ういーっす……ふあ……あーあ……」

 教室に入ると、先に来て談笑していた総一と優作の輪に入る。

「大きなあくびだな。……どうした」

 総一は、俺の開いた口をジッと見ながら呟く。どーせ、グー入りそうとかくだらない事を考えているに違いない。

「いや、昨日銀華の家にお呼ばれしてさ……」

 もう一つあくび。すると、優作が「お前、まさか大人になったのか……?」と青い顔で震えながら俺の肩を掴む。その顔は、万引きを犯した子供に「あなた盗んでないわよね!?」と尋ねる母親の様な必死さが滲んでいる。

「ちげーよ。三年会ってなかったから、積もる話もあったの」

 寝不足なのでテンションは上がらない。もうちょっと必死さがあってもいい気がするけど、しかしその冷静さが信憑性に繋がったのか、優作はホッとして肩から手を離す。

「よかったな、命拾いして」

 と、総一が何故か俺の背後を見ながら言った。人と話すんだからキチンと俺の目を見ろよと思いつつ、「なに言ってんだよ。いくら銀華だって命までは取りゃしねー」と言いつつ振り向く。


 そこには、目の光が失せ、警棒を俺の首元に添える雨梨が立っていた。


「うぎゃああああああああッ!!」

 朝っぱらから情けない悲鳴をあげ、俺はすっ転んだ。ホラー映画で、逃げ切ったと思ったらいつの間にか殺されていたというような恐怖。

「杏樹くん……。ぎんちゃんの家、行ったんだ……何もないようで、よかったよ……」

「あ、当たり前じゃないの」

 いや、確かにちょっとドキドキしたのは認めるが。

 けどそういう所はもう通り過ぎてると思うのよね、俺と銀華。大体向こうは俺の事を単純におもちゃかパシリと思っているだろうし。

「ぎんちゃんを殺さなきゃならないとこだったよ……」

「お前ら一応友達だろ!?」

 そんな簡単に殺害宣言していいの!?

 まあ、銀華は殺しても死なないだろうとは思うけど。

「愛の前に友情なんて関係ないよ」

「銀華が聞いたら泣くんじゃねえの……?」

「……ぎんちゃんの心配するの……?」

「するだろ殺害予告されちゃ!」

 なぜ悔しそうに歯を食い縛るの雨梨さん。

「……具体的には、なにしたの」

「飯食って話しただけだよ。離れてた間の事とか思い出話とか」

 なーんで付き合ってもねーのに浮気の釈明みたいなことしてんだろうな俺。

「それなら、いいけど」

 そう言って、雨梨はふらふらと自分の席に戻っていった。

 どうやら納得してくれたようだ。

 俺は深い溜息を吐いて、安堵する。

「お前、段々と肝が座ってきたな」

「最初の頃ならもっと慌てて釈明してたよなー」

 と、なんだか含みをもたせた視線を総一と優作の二人から浴びせられる。なにをニヤニヤしてんだちきしょうめ。

「ここ最近のおかげでな。……俺、今日は午前中サボるわ。代返よろしく」

 自分の席にカバンを置いて、ひらひらと手を振りながら教室を出ようとする。

「あー、まかしとけ。屋上か」

「そう。今日は天気もいいしな」

 そんな俺と総一の会話に、優作が大声で「フラグ立てんなよー!」と乱入してきた。

「屋上でどうやってフラグ立てろってんだよ」

「いるんだよ、屋上にはヤンキー少女が。そしてその孤独を癒してあげれば、見事フラグ達成!」

「ゲームのやりすぎだ」

 ま、優作も冗談で言ってるんだろう。楽しそうだし。

 俺はヒラヒラと手を振りながら、教室を出た。



 普段から率先してサボるタイプではないのだが、最近の俺はちょっと疲れ気味である。首輪つけられたり警棒でぶん殴られたり、やっかいな後輩に好かれたり妹が血ぃ吐いたり手錠はめられて校内歩かされたり。

 これで疲れないのはさすがにいろいろどうかしている。

 なので、睡眠に逃げることにしたのだ。

 我が校の屋上は立入禁止なのだが、何故か鍵は開きっぱなしなので、昼休みになると弁当を食べに来る生徒がいたり、俺みたいにサボって寝ている生徒がいたりする。

 どんどん薄暗くなっていく階段を登り、錆びついた鉄製の重たい扉を開くと、眩しい光が室内に飛び込んでくる。その光を掻き分けるみたいにして、俺は屋上へと足を踏み入れた。

 白く塗られた地面に、落下防止用の緑色した高いフェンス。そして、その隅っこに一つだけあるベンチ。バスケくらいなら余裕でできそうな広さがあり、この空間を独り占めできるのはかなり贅沢だ。

 そして俺の贅沢はそれだけに終わらない。来る途中購買で買ってきたいくつかのパンと飲み物、さらに携帯ゲーム機と、家と同じテンションでぐーたら過ごす気だった。

 さすがにこれ以上のサボり上手を、俺は知らない。いたら出会ってみたいものだ。

「ぐー……zzzz……」

 いたよ。

 学校に寝袋まで持参して、よだれ垂らして寝てる女が。

 屋上の中心で紺色の寝袋に身を包み、すごく幸せそうな顔で寝ている女生徒。

 俺は軽く引きながらも、しかし体の距離は縮め、その女生徒の前にしゃがみこんだ。

「……ヤンキー、って感じじゃあねえなあ……」

 優作は『屋上といえばヤンキー』みたいな事を言っていたが、しかしこれはどう見てもヤンキーじゃない。だったらなんだ、と言われると困るけど。

「むにゃむにゃ……。もう食べられないよ……」

「そんなベタな寝言を言ってるやつ初めて見た」

 すげえ、マジでいるんだ。

 ちょっと感動したが、しかしその大声で起こしてしまったのか、「……むにゃ」と一言もらしてから、ゆっくり目を開いた。

 黒髪のボブカットほどの長さだが、なぜか片目は隠れている。顔の半分隠れてしまっているが、その凛々しい顔立ち――高い鼻に細い顎、切れ長の目は、どことなくガラス細工を思わせる涼しさがある。

 だが、その顔の造形に反して、その表情はなんともニヤけているというか……だらしないというか……もったいねーなーと思う。

「……美味しそうなもの持ってるねぇ」

 彼女は、俺が腕に抱えていたパン達を羨ましそうに見つめていた。

「僕は小鳥遊空乃たかなしそらの。三年生だよ」

「……深澄杏樹。二年っす」

 小鳥遊、って。三大財閥の一つじゃん。なんでそんな人がこんなとこで寝てんだ。っていうか、この高校にいたのか……。

「先輩を敬うという形で、僕にパンをひとつくださいなー」

「ま、別にいいっすけど」

 俺の返事で、彼女は非常にノロノロとした動作で立ち上がった。俺はそこで、その寝袋が歩ける寝袋だということに気づく。まあ、だからどうってわけでもないが。

 出てきたブレザー姿の彼女は、長い手足とスレンダーな体つきのモデル体型。近寄りがたい感じはするが、表情の所為かそれは幾分か緩和されている――というか、ほぼ相殺だ。

 寝袋を地面に敷き、その上に座って、俺の腕にあるパンをババ抜きで引くカードを選ぶような動作で引く。

 選んだのは、アンコとマーガリンの入ったコッペパンだった。

 俺は焼きそばパンを選び、包みを開いてかぶりつく。

「……小鳥遊先輩って、あれですよね、三大財閥の……」

「うん、そうだけどー。まあ、家の方は兄さんが継ぐから、僕は気ままにやらせてもらってるんだぁ」

 幸せそうな顔でコッペパンを口に運んでは、咀嚼する。この姿だけ見ると、普通に顔がいいだけの先輩なんだが。

「小鳥遊先輩なら噂になってもおかしくないだろうに……。なんで俺、知らなかったんだろう」

「あー、それはほら。僕、滅多に授業出ないからねえ……。それでずっと寝てるんだ」

「出席点やばいんじゃないすか」

「大丈夫大丈夫……。何せ、家がこの学校に多額の寄付金を払ってるからねえ」

「なにそれずるっ! 今俺の中で先輩の印象最悪なったわ!!」

「はははー。僕は怠けるためなら、どんな事でも利用するのさー」

 そう朗らかに言いながら、彼女は再び俺が買ってきたパンの一つ、カレーパンを取り、またもそもそと食べ始める。この人、俺が買ってきたごちそうをよく無遠慮にバクバクいけるな。別にいいけど。

 俺も焼きそばパンが終わったので、たまごサンドを取った。

「ま、そんなんだから友達もいないしねー。そりゃ噂にならないさ。僕がこの学校にいるってのは、雨梨も銀華も知らないんじゃないかな?」

「えっ、そうなんすか? 雨梨も銀華も?」

「と、思うよ? やー、昔はよく遊んだなあ……。でもほら、僕はこんな性格だろう?」

 普段なら、「いや、こんな性格って。まだ会って五分ですけど」と言っていた所だが、しかしこの先輩。その短時間でも『極端すぎるめんどくさがり』とわかるほど単純な性格をしている。

「だからさあ、会いに行って「うわー空乃さん久しぶりー」なんてことになって、積もる話に花が咲いたら、めんどくさいだろー?」

「それはめんどくさがらないであげましょうよ……」

 昔よく遊んだんだったら尚更だろ。

「でもさあ、雨梨ちゃんはまだいいのさ。問題は銀華ちゃんだよ。あの子結構話好きだからねえ……。ちょっと苦手なんだよ、ついてけなくてさー」

「あー、そうっすねえ……」

 それはごめん。正直わかる。俺も昨日大変だった。

 眠気と戦ってたし、あくびしたら『私の話つまらねーかこら』とでも言いたげな目で睨んでくる。でもそういう時に限って睡魔って襲ってくるんだよ。あいつら絶対精霊か何か。それも悪魔系の。

「って、そういえば。さっき雨梨とか銀華とか親しげに呼んでたし……。銀華ちゃんの意外な話好きもわかるって……キミ、誰?」

「あー、名前はさっき言ったんでいいっすよね? 一応、二人の友達です」

「……ごめん、できれば名前もう一回」

「マジかよ……」

 名前なんて重要なもん聞き逃したらそのままにするなよ。

「深澄杏樹です。今度は覚えてください」

「zzzzz……ぐぅ……」

「嘘ぉ……」

 寝てるよ。なんで人が話してる最中で寝られんだよ。さっき充分寝てたんじゃねえのか。

「おいコラァ!! 起きろ小鳥遊ぃ!!」

 俺は小鳥遊先輩の肩を掴んで思い切り揺すり、それでも起きないので今度は軽く頬を叩いた。

「んぁっ、……うう……ひどいな……ええと、……ミス・アンジー」

「誰だその外人ミュージシャンみたいなのは!! 俺は深澄杏樹、深澄杏樹です!! っていうかせめてミスターにして!?」

「二回言うと、選挙活動のようだねえ……」

「名前覚えてもらうって点じゃあ一緒ですからね!」

 小鳥遊先輩から離れ、俺は溜息を吐き、買ってきたお茶を飲んだ。叫んだら喉が乾いてしまったのだ。

「あ、僕にもくれない?」

「いっすよ」

 飲みもん無しで食事っつーのは辛いからな。俺がペットボトルを差し出すと、彼女はこくりと一口。

 一瞬、まさか半分以上いかれるんじゃねえかと疑ったが、そんなことはなかった。

「あ、そうそう。名前で思い出したけど、僕の事は空乃でいいよ」

「……いいんすか? でもまだ初対面だし……」

「いいのいいの。……みんな、僕のことは小鳥遊家の令嬢としか見てくれないからねー……こうして学友と話す場くらいは、空乃個人でいたいんだ……」

「……そ、そうすか……んじゃ、空乃さんで……」

 ううむ。やはり令嬢は令嬢で悩みがあるんだなあ。まあ確かに、小鳥遊家ほど大きな家になれば、そのネームバリューが大きくなるのも納得だ。

 貧困な頭で必死に想像してみると、確かにあまり気持ちは良くない。

「――って、作り話すると、抵抗があるって人もみんな名前で呼んでくれるんだよねー」

「俺の同情返してください」

 なんだよ作り話かよ!!

 もう必死に想像したの全部無駄じゃねーか! それ聞いた後じゃ前フリにしか聞こえねーわ!

「あははー。まあいいじゃない。友達同士、名前で呼び合おうじゃないか。ねえ半熟くん」

「誰だよ。つーか名前ですらねえよ」

 『は』以外あってるのが質悪いな。

「え、っと……。住吉くん?」

「せめて名前間違いで固定してくれませんかね!? 杏樹って呼んで!」

「杏樹、オッケー覚えた。覚えたよー」

「……ほんとかよ」

「ほんとだよー。信用ないなあ」

「んじゃ、テストしましょう。せーの」

「サンジ」

「杏樹」

「……」

「……」

 二人して押し黙ってしまった。どうも、俺達の間には決定的な認識の違いがあるようだった。

「……空乃さん、いまなんて?」

「あ、杏樹」

 この人、目を逸らしたぞ。

 しかも吹けないらしい口笛を吹いてやがる。

「いやいやいやいや! 無理だろ! よく言い張れたな!?」

 この人は俺がパツキンの外国人にでも見えてるのか。

「と、ところで杏樹ちゃん。キミは何しに来たのかな? 僕はよくわからないけど、今って授業中なんじゃないのー?」

 話題を逸らすようなタイミングで、慌てて口を開いた。もう間違いを認めているようなもんだ。

「いや、無理でしょ空乃さん。諦めて認めましょう」

「はっはっは。先輩に無礼だなぁ杏樹ちゃん。僕はきちんとキミの名を呼んだよ?」

 どこから取り出したのか、空乃さんはピコピコハンマーで俺の頭を軽く叩く。

 ぽこん、ぽこんとマヌケな音が屋上に響いた。

「いや、明らかに文字数が……」

「はっはっは。杏樹ちゃん、僕ってば結構打たれ弱いんだよね。そろそろ泣くよ?」

 言った先輩の顔は相変わらずのニヤケ面ではあるものの、しかし目には確かに涙が浮かんでいた。

 打たれ弱いってレベルじゃねえ。心の強度が障子紙。

「……何故にピコピコハンマー?」

「うん? 責めるのは止めたのかい? まあ、キミが女性を泣かせて喜ぶ鬼畜じゃなくてよかったかなー」

「ご要望とあれば、もっといろいろ言いますけど」

「やめてくれよー? 仲良くキャッキャウフフの精神で付き合って行こうじゃないか」

 なら名前くらいキチンと呼べ。そう言おうとしたが、これを言ったら確実に泣くなと思ったので、口を噤んだ。

 それにちゃん付けとはいえ、もうきちんと呼んでいるのだからいいだろう。これ以上言うのは男らしくない。

「ああ、まったく。寝に来たってのに疲れちゃったよもう……」

「なんだ。キミも寝に来てたのかい? じゃ、寝るとしますかー」

 そう言うと、彼女はごろりと寝転がり、一瞬で寝息を立て始めた。なんて女だ。

 けどまあ、大人しく寝てくれるのはありがたい。俺も寝に来たんだから、サクっと寝ちまおう。空乃さんほどじゃないが、俺も寝付きには自信があるほうなのだ。

 寝転がると、陽に晒された地面の暖かさと、日光が直接当たる気持ちよさで、俺の身体が包まれる。そうしたら後はこっちの物だ。俺の意識は波間に漂う流木のように、どこかへと流れていった。




   ■




「ぐぉー……zzzzz……」

「むにゃ……うーん……zzz」

 俺と空乃さんのいびきが重なる屋上。二人して春の日差しを浴びながら寝ていたのだが、突然俺の脇腹に激痛が走って、俺は「いてぇ!?」と叫び、どちらかと言えばその声で目覚めた。

 見えたのは空。そして、俺の顔を覗き込む雨梨と銀華の顔。しかも、何故か双方ご立腹な表情。え、なんで?

「……お前ら、どうしてここに?」

「私は朝、杏樹くんと柴田くん達の話を聞いてたから」

 雨梨は同じクラスだから、それを聞いててもおかしくはないな。それに、性格上ここにやってくるのも納得だ。

「私は昨日の話の続きがあったから、昼食でも食べながらと思って、貴方のクラスに行った所で、雨梨に会ったのよ」

 銀華はそれでついてきた、と。っていうかまだ話すつもりなのかよ。

「……で、その女は誰よ」

 そう言って、やつは俺の頭に枕のような体勢で敷かれた物体を指差す。見れば、寝袋にくるまった空乃さんが俺の枕になっていた。この柔らかい物体は、空乃さんの腹らしい。

「でえええ?! なんで空乃さんが俺の枕になってんだよ!?」

「むにゃ……うるさいな……」

 そう言いながら目を開いた空乃さんは、まっさきに雨梨と銀華を視界に捉える。

「あれえ、雨梨ちゃんと銀華ちゃんじゃないか……久しぶりだねえ……」

 と、まだ眠気覚めやらぬと言った腑抜けな声で呟いた。

「……久しぶり? 私が貴方を知っていると?」

 考える前に訝しげな視線を浮かべる銀華だが、しかしその反対に、雨梨は必死で思い出そうとしていた。妙に性格が出るリアクションである。

「もしかして、空乃さんですか!?」

 雨梨は目を見開き、口元を隠し、俺の頭の下にいた人物の名を呼んだ。

「え……空乃?」

 どうやら、銀華は空乃さんの事を呼び捨てらしい。……まあ、目上の人を敬わなさそうな人間だしなあ。っていうか、自分以上に目上の人間なんていないと思ってそう。

「なんで空乃さんがこの学校に――っていうか、なんで杏樹くんにお腹枕してるんですか……!?」

 事と次第によっちゃあ警棒を取り出すという意思表示か、すでに手がポケットへと伸びている。

「んー? 寝辛そうにしてたからねえ、僕は寝袋があるからいいにしても、そうしてるとなんだか罪悪感が湧いてきてね。膝枕はちょっと照れくさいし、僕が寝辛いしで、考えたらこうなったって感じかなあ」

 ……俺としては、腹枕の方が照れるんだけど。エロいし。

「この学校七不思議の一つ、『徘徊する寝袋』が空乃だったとは、ちょっと予想してなかったわ」

 どうやら空乃さんは、そういう方面では有名人だったようだ。銀華の元にはそういう話がよく転がってくるんだろう。っていうか、寝袋着たまま歩くなよ。あんた美人なのにもったいねえなあ。

「って、いいから杏樹くん、どいてどいて!」

 雨梨にムリヤリ起こされ、そして空乃さんもムリヤリ起こされた。彼女は仕方ないなあという空気全開で、渋々寝袋を脱いだ。

「まったく……。まだお昼休みじゃないか……せめて最終下校時刻までは寝かせてくれよ……」

 言いながら腕時計を見る空乃さん。っていうか、もう昼休みかよ。さすがに午後の授業は出ねーと……。

「どうやって帰る気なのよそれ……。最終下校時刻回ったら、学校から出るのは無理よ?」

 銀華の言葉に、空乃さんは「出られなくなったら明日まで寝るだけだよー? 当然じゃないか」と、もよおしたからトイレに行くというのと同じテンションで言ってのけた。そんなバカな。

「か、変わってないですね空乃さん……。私達二人の面倒をお願いされてても、構わず目の前で寝て、遊ぼうって起こしても全然起きないあの時を思い出します……」

「あははー。あの頃に比べたら寝起きがよくなったよー」

 寝起きだけよくなってもしょうがねえだろ。

 つーかそれでよく『積もる話がありそうでめんどくさい』とか言えたな。全然無さそうじゃねえか。

「そうだ、銀華。さっき空乃さんがな、お前の事話好きでめんどくさいとか言ってたぞ」

「……なんですって?」

 面白そうなのでチクって見た。

「ちょ、杏樹ちゃん? ――やー、違うよ銀華ちゃん? 僕は気を使わせない意味合いでねー? 僕みたいなのが先輩風吹かしたってしょうがないだろー?」

 涙目で俺を見る空乃さんだが、俺はにっこりと微笑み返してやった。

「そう……。空乃が私をどう思ってるのか、よくわかったわ。それなら、覚えてる限り思い出話してあげようじゃない。全然、貴方に気なんて使ってないって事、わからせてあげるわ」

「か、勘弁してくれよー空乃ちゃん……。僕、もう眠い……」

「さっき杏樹を腹に乗せて気持ちよさそうに寝てたじゃないの」

 そう言ってギャーギャーと話始める二人。

 いやあ、感動の再会ってやつですね。涙が出そうだ。俺のじゃなくて、空乃さんのだが。俺も本音を空乃さん通して言えたし、なんだか満足だ。

「んじゃ、俺教室帰るわ。お前らは思い出話、もうちょっとしてけよ」

 雨梨の肩を叩き、俺は屋上の出口に向かおうとする。が、背中に雨梨から声をかけられて、肩越しに振り返る。

「あ……、ありがと杏樹くん。ぎんちゃん意地っ張りだから。ああでもしないと、素直に空乃さんと話しなかったかも。幼馴染ってだけあって、ぎんちゃんの事わかってるね」

「いいってことよ」なぜか評価が上がってる。ちょっとした空乃さんへのイタズラだったのだが。まあ、それなら別に弁解する必要もあるまい。

 俺はそのまま、清々しい気持ちで屋上を出た。こんなに清々しいのはしばらくぶりだな。

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