第21話『慣れたくなかったわ』

 親父との感動的ではまったくない再会が終わって一週間。

 どうも、親父は存外近くに住んでいるらしく、それからもちょこちょこ会ったりしていた。会う度に「沙羅はなんて言ってる?」「沙羅は俺と再婚する気あるかな?」とかものすごく必死に聞いてくるのが若干気持ち悪いと思った。

 俺はまだ、親父と再会したことを母ちゃんに言ってない。

 忙しくて家に帰ってきてにというのもあるが、実際『離婚した親父に会った。母ちゃんと再婚したいって』などと無責任に言えるほど子供じゃないし。

 なので、親父に再会したことは撫琴にしか言っていなかった。


「どうしたらいいかな俺」

「どうもしなくていいんじゃないですか?」

 撫琴の部屋で、その主に親父の事を相談したら、机に座って偉そうにされながら、すごくそっけない事を言われた。

 ベットに腰を下ろし、占い師に『いつ結婚できますかね』って聞くアラサー女子みたいになっている俺は「え、いやでも頼まれてるし」とあっけにとられた顔をする。

「そもそも、お父さんもお母さんもいい歳ですよ。縁があるならまた復縁しますし、無いならこのままです。それに、お母さんは『付き合ってる人』はいなくても、『好きな人』ならいるかもしれませんし」

「……あると思うか」

「……すいません。ないと思います」

 俺達二人は、小さな頃から母ちゃんに『結婚も恋愛も散々だ』とか『愛だの恋だのろくなもんじゃない』だのと言われ続けてきている。だからこそ、お互い恋愛に興味が持てない。撫琴は可愛いのに彼氏がいないのは、多分そういう理由だ。

 俺も、親父と母ちゃんのそういう色々を見てると、どうしても優先順位が低くなってしまい、こうして複数人からの好意にも尻込みする始末……。

「そのキッカケを作ったお父さんに、お母さんが再婚するわけないじゃないですか」

「だよなぁ……。俺も正直ないなぁ、って思ってんだよ。撫琴はどうだ? 親父に帰ってきてほしいか?」

「正直記憶がないので……。私、小さかったですし」

 それもそうだ。

 俺はギリ物心あったから覚えている。一〇年以上前になるもんなぁ。

「でもまあ、帰ってくるというのでしたら、別にどっちでもいいですが」

「俺もそんなもんだ。っつーか、実感沸かねえよなぁ?」

 頷く撫琴。

 実際そんなもんだよなぁ。ドラマチックな別れをしたわけでもなく、酷い事をされたわけでもないので、ちょっと戸惑いはあるけれど復縁するならすれば? くらいのテンションなのだが。

「でも、個人的には、兄さんの為という点だけ見れば、お父さんには帰ってきてもらった方がいいかなとは思います」

「俺の為?」

「ええ。兄さん、今はいろいろ大変でしょう。王ヶ城先輩に会長と、歩風まで。それだけの人数の好意を受け止めるためには、やはりお父さんがちゃんとできるという所を見ておかないといけないんじゃないでしょうか」

 どうやら撫琴には、俺の懸念はバレバレらしかった。

「いや、別に大丈夫だから。トラウマってんでもねえし、ちょっと心配ってだけで、時間が経てば自然に好きな人だって――」

「王ヶ城先輩を目の前に『時間さえあれば』なんて言える度胸があるのでしたら、私は構いませんが」

 ぐうの音も出ない。無理。怖い。

「やっぱ協力するしかねえんだなぁ……」

 溜息を吐いて、項垂れる。撫琴も、項垂れはしなかったが、溜息を吐いていた。



  ■



 で。

 俺は自分が勇気を出すために、親父を利用するべく、教えてもらった親父の自宅へと向かった。我が家からは二駅ほど離れているボロいアパートが親父の家であり、今は日曜なのでおそらくいるだろうと踏んでやってきた。連絡すればよかったのだが、うっかりというやつである。

 誰にだってあるから仕方ねーよな?

 そんなわけで、アパートの鉄製階段をゆっくりと登り、一番奥の扉をノックする。

 ……いないや。無駄足である。何やってんだ俺。連絡すればよかった。

 俺はケータイを取り出し、親父の番号を呼びだそうとする。

「そこのぼっちゃん」

 振り向くと、どうやら今しがた階段から登ってきたと思わしき男性が俺に話しかけてきた。灰色のスーツに群青のネクタイ。茶髪の無造作ヘアーと、新人ビジネスマンといった風貌。

「……なんすか?」

「いやあ失敬。わたくし、こういうもんです」

 そう言って、懐の名刺ケースから、一枚の名刺を取り出し、俺に渡す男性。

 どうやら、シルバー・ファイナンスの白江隆臣というらしい。

「……もしかして、親父が金借りてるっていう……」

「ええ、そうです。まあ、所謂街金ですわ」

「親父ならいないみたいっすよ」

「あー、別に玖島さんに用があるわけじゃないんですよ。借りたモンはほとんど返してもらったし。用事があるのはねえ、深澄杏樹くん。キミなんですよ」

「は?」

 白江さんは、ポケットから黒い、テレビのリモコンみたいな物体を取り出した。それを俺の腹に押し付け、バチンと火花が目の前で光ったと思ったら、俺の意識は真っ暗になった。

 ああ、これ、スタンガンだ。

 崩れゆく意識で、意外にも俺は冷静にそんなことを思っていた。



  ■



 目が覚めたら、手首をガムテープで固定されてた。

 周囲を見ると、そこにはどう考えても堅気じゃない男達が雁首揃えて俺を見ていた。しかも、ドラマとかのヤクザの事務所っぽい場所にいるし。

「すいません、なんですかこの状況」

「……大声とか出さないのかよ」

 目の前に座っていた禿頭で紫のシャツと灰色のズボンという、道で見かけたら視線を合わせず逃げるタイプの男性が、俺の事を興味深そうに見ていた。俺は応接セットのソファに寝かせてもらっていたらしく、その大男はローテーブルを挟んだ向かいのソファに座っている。

「慣れてるんで」

「どんな体験してんだお前!?」

「いや、拉致はさすがに初めてですけど。警棒でぶん殴られたり、手錠させられて校内一周させられかけたり、後ろから狙われたり、正直いつか拉致に発展してもおかしくはないかなーって、ちらっと考えたことあるんで」

 いつか雨梨が、後ろから俺を警棒でぶん殴って気絶させ、屋敷の地下に閉じ込め、俺をペット扱いしてくるんじゃないかと考えていたので、覚悟はできていたのだ。いや、まさか親父が使ってる金融会社からとは思わなかったけれど。

「そいで? えーっと、なんですかねこの状況」

「俺が説明しますよぼっちゃん」

 と、白江さんが大男の隣に腰を下ろした。

「ぼっちゃん、三大財閥はご存知ですね?」

「まあ、日本人ならほとんど知ってるんじゃないですかね」

 教科書にも載ってるしな。

 雨梨の家とか戦艦作るのに一役買ったらしいじゃん。すげえよ。

「王ヶ城、武蔵野、小鳥遊。まあ、日本で最も大きい家です。言わば、この一つにでも噛めれば、それはもう成功の片道チケットってことですよ」

「……なるほど、わかります」

 実はよくわかってないけど、すげえんだろうなってことはよくわかる。

「つまりね、ぼっちゃん。あんたはすごいってことなんですよ。その三つの家のご息女と関わりがあるあなたは」

「確かにそうですね」

 俺、そんなすごいのか。今まで普通に流してきたけれど。あいつらすげえやつらなんだよなぁ。

「で、だ。ぼっちゃんの親父さんは、我々に借金がある」

「もうそんなに無いはずだろ?」

「ええ、ええ。確かに、早ければ来月には返し終わるでしょう。――我々が何もしなければ、ですが」

「貸した金が返ってくるんなら、することなんてないんじゃないですかね」

「ぼっちゃん……我々はヤミ金ですよ」

 あれ? さっき街金って言ってなかった?

 いや、どう違うか知らないけど。

「貸した金と法的利息だけで満足するなら、ヤミ金なんてやってないんですよ」

「まあ、そうでしょうねえ……」

 ヤミ金やってる理由なんて言われても、俺は普通の高校生だからどうリアクションしていいかわからず、曖昧に頷いた。

「簡単に言うと、ぼっちゃんは人質ですよ。三大財閥に対する、ね」

「えーと……。つまりアンタらは、俺をダシに三大財閥から金ふんだくろうと」

「厳密には、あなたのお父さんの代わりに払ってもらおうってことですよ。こっちにはね、法的にグレーとはいえ、まだまだ利息が発生させることができるんですよ」

「あくどい商売だなぁ……」

「ヤミ金ですから」クスクスと笑う白江さん。「にしても、あなた顔に見合わず度胸ありますねえ。どうです、手を組むという形にしますか? ある程度のマージンをお約束しますよ」

 ヤクザな商売の人に褒められても嬉しくない……。

 俺は基本的にイイモノで売ってるんだから。

「いや、被害者って立場にいさせてください……」

 っていうか、こんなシリアスな雰囲気滅多にならないからテンションの置所がわからない。俺はいま泣き叫べばいいんだろうか。でもんなことしたらうるせえってぶん殴られそうだよなぁ。勝手な大人である。泣き叫ばれることしてるのはそっちじゃんか。

「おい」白江さんが、隣のハゲた大男に向かって、顎で俺を差す。

「うっす」そんな短い返事で、大男は俺にボディタッチしてくる。

「ちょっ、なんすか怖い! ホモですか!?」

「違うわ!!」そう言って、大男は左手の薬指に輝く指輪を見せてくれた。

 そして、俺の服を弄り(疑いが晴れてなかったので、俺はこわばったままだった)、ケータイを発見し、それを白江さんに放り投げる。

「なんのつもりですか? ケータイなんて」

「そりゃ、三大財閥のご息女に連絡するんですよ」

「もしかして、三人全員に連絡する気ですか?」

「……それが何か?」

「……あのですね。俺、思うんですけど。ただでさえ大きい財閥ですよ、それを一気に三つも敵に回して、俺の人質としての価値にもよるとは思いますけど、交渉の手間とかもあるし、一つずつ確実にこなしていった方がいいんじゃないですかね……」

 三つ全部敵に回すっていうのは、もう日本を敵に回すと同義なんじゃないかなって思う。――まあ空乃さんっていうか、小鳥遊家はどう動くかいまいちわからんが、王ヶ城家は間違いなく動いてくれると思うし、武蔵野家は……まあ、銀華とは長い付き合いだ。さすがに助けてくれると思うんだ。多分。

「……我々にどうしろと?」

「多分、動いてくれる確率が一番高いのは王ヶ城家ですし。王ヶ城家にだけ交渉を持ちかけて、他の財閥にも協力を仰がせる形に持っていった方が、交渉の進めやすさとしてはいいと思うんです」

「なるほど。一理ある。……深澄のぼっちゃん。キミちょっと度胸座りすぎじゃないかな」

「いやあ、俺もちょっと驚いてて……」

 結構こういうの向いてるのかもしれん。

 向いてたくねぇ!!

 やべえよ。野球選手なのに明らかに書道の才能が開花しかけてるような。職業選択のミスが起こりそう。

「それでは、早速王ヶ城のお嬢さんに電話を――」



「その必要はないですよ」



 突如、室内に凛とした声が響く。

 誰もが周囲を見渡す中、突如として入り口のドアが真っ二つになり、室内へ倒れこんでくる。その向こうには、雨梨と銀華と空乃さんが立っていた。

「なっ――三大子女!?」

 白江さんの驚き。

 そして俺もぽっかりと大きく口を開け、なんで? なんでここに!? と言葉に出来なかった。

「杏樹くんが何故か金融会社にいるって言うから、心配になって来てみたら、なるほどねえ……三大財閥を敵に回す……死ぬのが怖くない、と」

 雨梨のオーラも怖かったけれど、俺はそれより雨梨の持ってる凶器が怖い。

 あいつ、なんで日本刀持ってんだよ。

 以前言ってた、家に日本刀があるってマジだったのか。あれで扉真っ二つにしやがったのか!?

「てっ、めえら! なんでここが!?」

 青ざめた顔で叫ぶ白江さん。周りのヤクザ達も臨戦態勢を取り始めている。

「杏樹くんの首輪。GPS入ってるんです」

 あっ。そういえば忘れてた。

「あと、言ってなかったけど、盗聴器も……」

 すごい小さい声だったので聞き逃しそうだったが、俺はそれをきちんと耳で捕らえたので、「盗聴器ってお前!! もうこれ訴えたら勝てるだろ!! 白江さん! これで訴えて正式にお金取りましょうよ!!」

 俺の痛恨の説得は白江さんには通じていなかった。目の前に立つお三方に夢中らしい。クソめ。美人に見惚れてんのか。

「え、SPも連れてねえで、高校生三人だけでヤミ金事務所に来るとは……いくらなんでも自分たちを過大評価しすぎだコラァ!!」

 と、大男が先陣を切る。

 右の拳を雨梨に向かって振り下ろすが、雨梨は刀を裏返し、峰で大男の胴を思い切り振りぬいた。一瞬にして糸がちぎれた人形みたいに地面へ沈む大男。

「……安心して、峰打ちだから」

 くぅー、と拳を握り、『言ってみたかったんだこれ』と言わんばかりに歓喜の笑顔を見せる雨梨。

 ……峰打ちとは言うが、今の一撃は当たりどころによっては死んでてもおかしくないなぁ……。

 雨梨はその大男を踏み、ヤクザ集団の中へ突っ込んでいく。おいおい∨シネマかよと突っ込まずにはいれない光景だが、しかし雨梨はばったばったと斬り伏せていく。それを呆然と見守る中、銀華と空乃さんが駆け寄ってきた。

「大丈夫かしら?」

「いやぁ、貴重な体験だったね。三大財閥のボクらでさえしたことがないよ」

 と、銀華に空乃さんが、俺の拘束を解いてくれる。

「ああ、助かったよ。拘束自体は銀華からよくされてるから、あんま違和感なかったのが悲しいけど」

「注意五」

「五!?」

 その注意量の多さに驚きはしたが、なんかホッとしてしまう。俺の中のMが目覚めかけてる可能性があるな……。

「はっは。杏樹ちゃん。銀華ちゃんだって心配してたんだ。そんな言い方はしちゃいけないよ」

 と、空乃さんにピコハンで頭を叩かれる俺。

 うわ、これも久々に感じるぞ。

「空乃。あなたも罰を受けたいの?」

「勘弁してくれよ銀華ちゃん。ボクは面倒な事が嫌いなんだ」

 そう言う割には来てくれてんだよなぁ空乃さん。いい人だ。

「杏樹くん!!」

「どわぁ!!」

 突然の耳元からの大声に、俺は驚いてしまい、音源から離れようとしたが、音源こと雨梨が俺の腕をがっちりロックし、離れられなかった。

「びっくりさせんなよ!」

「終わったよ、杏樹くんを困らせたヤツらの掃除!」

 周囲を見ると、確かに立っているヤクザの姿はない。

 まるで、犬が投げた棒を拾ってきたから褒めてくれと言うような雨梨に、俺は自然と「おつかれさん」なんて労いの言葉まで言って頭を撫でていた。

 ……お嬢様を敵に回すもんじゃねえな。俺は改めて、そう思った。

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