第22話『まだわかんねえけど』



  ■



 まあ、なんだ。

 男女の仲っつーのはわかんねーもんだよな。

 人生の哲学。永遠のミステリー。男と女は水と油に見えて、磁石のS極とN極みたいに引かれ合う。

 ヤミ金からの帰り道。俺と、雨梨に銀華、そして空乃さんと四人で車(王ヶ城家のリムジン!)に乗り、自宅に送ってもらっている時のこと。リムジンのふっかふかシートにケツの置き場を見つけられずもぞもぞと困っていたら、唐突に銀華が。

「心配したわよ、杏樹」

 その言葉で、俺は反射的に

「うわあああああああ銀華が俺を心配するなんてぇぇ!?」

 と叫んでしまった。銀華の手錠ナックルによる拳が俺の顎を綺麗にえぐり、意識が飛びそうだったけれど、なんとかこらえた。一撃食らっただけなのに八ラウンド戦ったボクサーみたいに意識が混濁する。

「うう……。お前、普段の自分をビデオ録画したら、絶対俺を殴れないぞ……」

「悪かったとは思っているわよ。改められる自信はないけど」

 なんだ、それじゃまるで改めたいと思っているみたいじゃないか。そんな気はさらさらないクセに。

「銀華ちゃんも素直じゃないねえ。杏樹ちゃん、キミも幼馴染ならわかると思うけどね、これは銀華ちゃん語でね、『明日からも元気でいつもどおりにしていてね』って言う意味なんだよ」

「空乃。いつから貴方は私の通訳になったのかしら?」

「これくらい通訳されないでも、杏樹ちゃんも雨梨ちゃんもわかってるさ。ねえ?」

「もちろん」自信満々に頷く雨梨。

「へ? え、ええ。まあ」流れで一応頷いた俺。

 銀華の言うことに真意が隠されてるとは知らなかった。空乃さんの適当とも考えられるが、雨梨も頷いてるんだし、まあ間違いないんだろう。うーん、友達としてもうちょっとよく見ないと行けないな。

「それにねえ、銀華ちゃん。杏樹ちゃんを物にしたいなら、もっとストレートに言わないといけないよ。この子どーにも察しが壊滅的に悪いっぽいし――うごっ!?」

 心が障子紙と言われる空乃さんに、銀華が手錠を投げつけた。

「余計な事言わないで空乃っ」

 常人からすればそうでもないが、銀華が間違いなく声をちょっとだけ荒らげた。常にフラットな精神の鉄面皮である銀華からすれば相当珍しいが、俺はそこに驚く前に、空乃さんが言った事に対して驚くことになってしまった。

「は? 銀華、お前、……え?」

 ちょっとまってくれ。俺の中には可能性が二つある。一つは、銀華が俺のことを好きだという可能性。もう一つは、銀華が本格的に俺のことを奴隷だと思い始めている可能性。だが、後者なら今更声を荒らげて否定することもない。つまり、可能性が高いのは前者である。が、どうにも今までの態度からして信じられない。

 好きな男を殴る女ってなんだよ。小学生の頃なら、好きな子をいじめる男子生徒というのもいたけれど。

「……バレちゃしょうがないわね」

「銀華お前……それまんま小悪党のような……」

 巨悪の銀華が身を落とすレベルで動揺しているとは。どうやら、間違いないらしい。

「そーかそうか。お前がまさか俺のことをそんな風に思っていたとは……」

 銀華が顔をほんのり赤くしている。多分相当はずがしがっているんだろう。常人なら友人の余計な一言で好意がバレたなんてなったら、顔真っ赤にして泣きだしてもおかしくないだろうに。

「いい、杏樹」

「はい」靴を脱ぎ、シートの上で自主的に正座する俺。

「別に返事はいらない。言いたくなったらでいいから、今まで通りでいなさい」

 そんな、銀華の男らしいとも言える発言で、その後はちょっと気まずい雰囲気が流れたくらいで済んだ。

 いますぐ答えを出せそうにない俺にとって、銀華の言ってくれたことは本当にありがたい。

 


 で、もう一つの事件。

 俺がヤミ金に拉致され、王ヶ城家か武蔵野家か小鳥遊家か。まあとにかく、その三家のどこかが俺の母ちゃんに連絡した。大事にはならなかったとはいえ(……ならなかったんだよな?)、さすがにあんな事態では大人に連絡しなくてはならなかったらしく、事件は母ちゃんの耳に入ることになった。


「ったくアンタはほんっとにしょうもない男だわ!! 杏樹に会うならまずすべきことをきちんとしてから、私の許可を取りなさい!! いい年こいて自分の責任ってもんもわかってないの!?」


 という悲鳴にも近い声が我が家のリビングに響き渡り、母ちゃんが親父にビンタを喰らわせた。一〇年以上ぶりの再会がそんな最悪のスタートから始まるんだから、こりゃ絶望的だわなどと言いながら、俺と撫琴は二階の俺の部屋で一緒にゲームやりながら震えていたのだが。

 なんと、二人は再婚することに決めたのだそうだ。

 母ちゃん曰く『手綱を握っとかないとまたどこで誰に迷惑をかけるかわからないし』とのことだが……。もしかして、母ちゃんも未練があったのかもしれない。っつーか、だったらそれ匂わせとけや。こっちがどんだけ迷惑したと。

 まあ、平和が戻ってきたのだから、全然かまいやしないんだけどな。



  ■



 そして月曜日になり、学校。

 土日は拉致されたり母ちゃんと父ちゃんが仲直りしたりでまったく休めなかったので、俺の安寧は授業時間にしかないんだなと確信し、廊下を歩いていた。さっさと教室で寝るために。

「せぇーんぱぁーい!!」

 後ろからの声に、俺はすぐさま「来やがったな歩風ぇ!!」と振り返る。が、歩風は思ったより近くに――つーか、ほとんど真後ろにいたので、迎撃する事もできず、懐への歩風の侵入を許してしまった。

 しかし、俺はその飛びついてきた勢いを殺さないように体を捻り、歩風を後方へ放り投げた。それにより慣性の法則に従って、歩風は俺から離れる。

「うぐっ……。先輩、腕を上げましたね……」

「なんの腕だ。飛びかかってくるんじゃないと、俺は口が酸っぱくなるほど言ったな?」

「聞きましたよ先輩。土曜日大事件だったみたいじゃないっすか! そういうのはこの賑やかし担当、香坂歩風も呼んでくれないと!」

「俺の話は聞いてねえじゃねえか! 誰がお前なんか呼ぶか!! 話ややこしくなるわ!」

 あの場に香坂が居たら、サッカーやってたのになぜかラガーマン登場したみたいな展開の読めなさになってたと思う。そもそも誘拐現場に呼べるか。

「あれ、聞きました? 誘拐の話か。誰に聞いたんだよ」

「そりゃーなこちーですけど?」

 なんで話してんだよ撫琴。

 そしてそんな事聞いて、なんでそんないつも通りのテンションなんだよ。こいつやっぱ神経図太いな? もうちょっと俺に気を使え。

「無事でなによりっすよー先輩。先輩がいない学校とか、アンコの入ってないアンマンっすよ」

「普通に味気ないって言えばいいだろ。そう言ってもらえてありがたいよ」

「でも、そんなに大事件あったにしちゃー落ち着いてるっていうかー。ニュースとかになってないですよね?」

「それはあれよ。三大財閥が内密に処理したんだってさ」

 シルバー・ファイナンスが入ってた雑居ビルはもう無いんだって。

 従業員は警察に別件逮捕されたそうだし。

 親父が借りてた金は王ヶ城家の金融機関が肩代わりして、そこに返せばいいらしいし。

 ……いや、こんだけ大事になって日本全国が知らないのって、正直すげえな。今までもこんなことがあったのか。金持ちの世界は闇でいっぱいや。

「ほへー。政治的っすねー」

 多分歩風は政治的の意味はよくわかってないと思うが、それでも納得したように何度も頷いていた。こいつの馬鹿っぽい所は嫌いじゃない。

「兄さん」

 と、歩風の後ろからひょっこり撫琴が出てきた。いつの間にいたんだろう?

「よう。どうした?」

「いえ、歩風は今日日直なんで、呼びに来たんです。どうせ兄さんの所だろうと思ったので」

「あ、忘れてた。ありがとなこちー! じゃ、先輩っ。香坂歩風はこれにて!」

 あぢゅー!

 と言って手を振り、廊下を走るなという注意書きをガン無視で走り去っていく。

「撫琴お前、香坂に誘拐のこと話したろ」

「ええまあ。面白そうだったんで。存外真面目に受け取ったらしく、あまり面白くはなりませんでしたが」

「実の兄が誘拐されたってのにお前酷いな!」

「無事だったからこそできることですよ。無事じゃなかったらもうちょっと面白い冗談を考えます」

「悲しみを笑いで打ち消そうとするなよ……」

 さて、と一息吐いてから、「それでは兄さん。また家で」と言って、撫琴も歩風の後を追い、一年の教室へと戻っていった。


 俺も、自分の教室にようやっと辿り着き、席に鞄を放り、談笑している優作と総一の元へ。

「ういーっす」

 その挨拶と共に二人の間に入って、輪を作る。

「よぉアンジー。まだオージョ来てねえぞ」優作がバナナを探すゴリラみたいに周囲を見渡す。

「そろそろ来るんじゃないか」総一もスマホをいじりながら呟いた。

「別に待ってねえよ。――あ、そうだ。忘れない内にやっとかねーとな」

 俺はズボンのベルトに手をかけ、カチャカチャとわざとらしい音を立てながらベルトを外そうとする。

「なっ、なにしてんだアンジー!?」まず反応してきた優作に、俺はしれっと「フルチンフラダンスの準備ですが」と言いながら、ズボンを脱ごうとする。

「なんでいきなりそんなことしだそうとするんだよ!? 男の裸なんて見ても嬉しかねえぞ!」

「……あっ、なるほどな。会長がほんとに……」

 どうやら察したらしい総一。

 それを聞いてようやく優作も察したらしく、絶望的な顔で俺の手を掴んでいた。まるでテストの山が当たったにも関わらず、思い出せたのはテスト終了後だったって感じの顔だ。

「っきしょー!! なんでマジなんだよぉ! 外れてると思ったから見たくもねえ罰ゲームにしたんだぞ! ズボン下ろすなよアンジー!」

 優作大はしゃぎだなー。

 ズボン下ろすわけねーじゃねーか。先にやっとけば薄情した後にやれやれーって軽いノリで空気作られないだろうから、先手を打ったまでのことよ。

 俺はベルトの金具をつけなおし、一息つく。

「いやいや、俺は確信あった。優作も人の事バカにはできないな」

「くそう……」

 落ち込む優作を、総一が肩を叩いて慰めている。なんで落ち込んでんだこいつ。

「さようなら、俺の二番目の恋……」

 あ、そうだったんだ。

 つーか代替わり早えよ。

「優作は本当に節操がないな。一人の子を長期間懸けて口説き落とすとかしてみたらどうだ?」

「俺にそんなこらえ性と度胸があるわけないだろ……。振られなれてるけど傷つきなれてるわけじゃねー……」

 優作重症っぽいな……。しかし間隔がなさすぎる所為で、またすぐに回復すんだろうなーって思う。多分総一もそう思ってるだろうから、俺達ホントに友達甲斐ってのがない。




  ■



「はい、杏樹くん。あーん」

 授業は全部寝ました。理由は疲れてたからです。

 一人になってゆっくり飯を食べたかったけれど、しかし雨梨がそんなことを許してくれるわけもなく、屋上で二人弁当を食べていた。

「あーんなんて恥ずかしい事できっか! 一人で食べれるから!」

 俺は渡された自分の弁当箱からカニクリームコロッケを頬張る。相変わらず雨梨の料理は美味い。

「どう? 美味しい?」

「ん、ああ。美味いよ」

「今日のはねー、自信作なんだー。こっちのが北海道から取り寄せた鮭のムニエルで――」

 材料がどこで取れたのかとか、どういう風に工夫しただとかを教えてくれる。すげえ気合入れて作ってんだろうなーってのは伝わってくるが、正直言われてもいまいちピンとこねえ。

「なあ、雨梨」

「ん、なに?」

 弁当の説明を中断し、俺の顔をまっすぐ見つめる雨梨。今言うことはないかもしれんが、今言っちゃいけないわけでもなし。早いほうがいいだろうと、俺は口を開いた。

「俺さ、今まで雨梨や歩風、銀華もそうだったけど、好意にどう答えていいかわからなかったっつーか……。いや、今でもわかってねーんだわ」

 頷く雨梨。

「親父みたいにちゃらんぽらんにはなりたくなかったし、でもなるかもしれねえって考えて二の足を踏んでたわけだけど、親父は一応ちゃんとしたしな。俺もこれからちゃんと考えて行こうと思う」

 また、雨梨は何も言わずに頷く。俺が全部言い終わるまでは喋らない気なのかもしれない。こういう細かい所に健気さが見える・

「いつかはきちんとするから、まだ今のままで頼めるか?」

 俺は頭を下げる。

 今まで明確に返事をしたことがなかった事もあって、緊張していた。だって、なんだかんだ言って、恋愛に発展するかはともかくとしても、俺は雨梨の事が友達として好きだ。……まあ、若干難はあるけど。しかしそれを補う程度にはいいやつだ。

 頭を上げると、雨梨は満面の笑みで笑っていた。

「ゴールじゃないけど、一歩進んでくれただけでもうれしいよ」

 そう言って、雨梨は自分の弁当箱からムニエルを取り出し、箸で俺に差し出す。

「あーん」

 また断るのは簡単だったけれど、俺は先程の引け目もあって、それを口にした。柔らかな鮭の身がほろほろと口の中で溶け、甘みが広がる。

「待つのはいいけど、早くしてね。じゃないと、首輪取ってあげないから」

 いたずらっぽく笑う雨梨に、俺は「努力するよ」と言って、首輪を触った。いろいろあったけど、こいつにも馴染んできた。おしゃれでする分には悪くないかもしれない。

 GPSと盗聴器さえなければ、だけどね。

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王ヶ城雨梨の強すぎる愛情 七沢楓 @7se_kaede

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