第19話『お嬢様はパーフェクト』
男の遊ぶ場所なんてDNAレベルでほとんど同じ場所だと思うが、俺達三人がいつも遊んでいるのは、ゲーセンである。
特に格ゲーが三人共通して好きで、よく対戦している。もちろん、誰かの家にいった時も、全員それなりに新しいハードを持っているので、格ゲーで遊ぶ事が多い。
「何ここ。煙草臭い」
「あー……勘弁してあげてくれ」
銀華の身も蓋もない感想でわかる通り、っていうか、前置きもあったし確実にわかるだろうが、俺達は現在ゲーセンにいた。その名は『遊戯中心』
最寄り駅の近くにある路地に入り、廃ビルみたいな五階建てビルがそこだ。常連客が多く、時代の流れもあり、分煙化を考えたらしいが、常連達が断固反対し、そこは現在でも煙草の匂いが漂っている。
「この煙草の匂いがゲーセンらしくて好きって常連客もいるんだ」
主に、俺達三人はその部類である。もちろん未成年なので吸っちゃいないが、親が目の前でバカバカ吸うという共通点を持っており、煙草の匂いは嫌いじゃないという集まりなのだ。
「ふぅん。……ゲームセンター、ね。一応知識としては知ってるけど、わざわざ来る手間と、プレイにお金がかかるなら、ゲーム買った方が安く済むんじゃない」
「いやぁ。この雰囲気を味わいたいっつーのもあるけど、ゲーセンだと知らない人と顔を合わせてプレイできるってのも楽しみの一つだぜ。それに、コンシューマ機にならないゲームもあるしな」
「なら筐体買えばいいじゃない」
「どこの家もお前ん家みたいに金持ちだと思うなよ!!」
筐体なんて買ったら邪魔だし。つーかアレほんと中古車とか帰るレベルの金なんだぞ。そんなもん、どうやって買えっつーんだよ。
「買ってあげましょうか?」
「いらんわ。そんなコンビニでホットスナックおごるような気軽さで言うなよ」
揺らいじゃうだろ。
っていうか、我が家に置き場なんてねえよ。買ったら母ちゃんに怒られる。
「それで? いつも杏樹がやってるゲームってどれ?」
「ああ。あれだよ」
俺は、ちょうど近くにあったゲームの筐体を指差す。それは格闘ゲームの筐体で、俺達三人が最近ハマっているモノだ。
銀華とそれに近づく。すると、やつは何のためらいもなくそれに腰を下ろした。おいおい。やる気か?
「これ、どうやってやるの」
「ああ。まずそこに金入れて――」
「バカにしてる?」
「ごめん」こわーい。銀華こわーい。「まあ、どうと言われても、ほれ。ここにコマンドあるだろ?」
俺は、筐体の上に貼り付けてあるキャラシートを指差す。
「このコマンドを入力すると、キャラが技を発動する。コマンド入れないでも、ボタン押せば弱中強パンチってできるから、まあそれで相手の動きを止めて、入ると思ったタイミングで大技繰り出してくって感じか」
「ふんふん……」
頷き、銀華は財布(ブランド物。わかんないけど高そう)から一〇〇円玉を取り出し、放り込む。
選んだのは性能がオーソドックスな主人公キャラだ。説明文しっかり読んでいたんだな。
第一ステージの敵が出てくる。銀華は、何故か敵であるそのキャラのコマンドリストを確認していた。
そして、一戦目はキャラからコマンド技を受ける度、それを確認しているようだった。俺に、「この技は?」「これは?」「早く答えなさいのろま」と、言いたかっただけだろ的な疑問をぶつけまくってきたので間違いない。
ガードして長引かせてはいたが、しかしほぼ無抵抗で負けている。
続いて、第二戦。銀華は先制を取った。弱パンからフレームの少ない技を叩き込み、空中へ浮かせる。そして追い掛け、さらに同じ技を叩き込むという、明らかに初心者離れした技を魅せつけた。
「ええっ!?」
驚いたのもつかの間。ついでやつは、着地した敵がさらに技を繰りだそうとしたのを止め、大技を叩き込む。そして、なんとパーフェクト勝ち。上級者のプレイかと思った。
「ん。こんなモンね。どう?」
「ど、どうって……ええ……?」
超反応に困る。なんだこいつ。欠点はねーのか欠点は。
「つっ、次だ次!!」
俺は銀華が完クリするのを待ってから(ワンコイン!)、銀華の手を取り、立ち上がらせ、音ゲーコーナーへ導いた。そして、俺の財布から金を入れて、ギターの音ゲーをやらせてみたのだが。
「完璧」
その一言で演奏が終了した時には、周りが観戦者だらけだった。
難易度最高を一発クリアってお前。そんな甘い世界じゃねえだろ音ゲーって。しかも小慣れてる感じすらしてたぞ。なんでステップ踏みながら弾けんだろ。
周りの、音ゲーマーじゃない人も混ざった歓声が怖い。なんてとこでカリスマ発揮してんだ。
「次ぃ!」
また銀華の腕を掴み、今度はレースゲームのコーナーに。
これは俺が下手だったのもあるが、周回遅れにさせられた。
「ねえ。何なら杏樹は、私に勝てるの」
「ま、待ってマジで待って……」
俺の方がゲーセン先輩なのに。なんでここまで惨敗しちゃうの。そもそも生物としての基本的なスペックが俺、銀華には勝ててないんだ。
ゲーセンで自分の小ささを省みるハメになるとは悲しいじゃないか。やはり実力至上主義というのはどんな娯楽でさえある物なのね。
「げ、ゲーセンはもういいよ……他、他行こう……。争うことのない、平和な場所行こう……」
「争いも何も、ほぼ虐殺だったと思うけど」
「わかってるなら手加減しろよぉ!!」
なんて女だ。俺をいじめて喜んでいる。生粋のSじゃないか。
俺は、苦い思い出が一気に量産されてしまったゲームセンターから出て、さて次はどこに行こうかと、男友達と遊ぶスポットを思い出す。
「――って、ほとんどゲーセンしか行ってねぇー……」
俺は自分の青春がいかに煙草の匂いで満たされているかを実感し、泣きそうになった。別にカラオケでもいいが、しかし銀華と二人で密室ってのは、どうにも勇気がいる。こいつ、他人の目があっても危ないのに。無くなったら俺、行方不明として処理されるんじゃないのか。
「あら、そう。なら、歩きながら、興味が引かれた所へ適当に入ってみていいかしら」
「お、それいいね。助かる」
「ならそれで」
そう言って、ヤツが駅に向かって歩き出すので、俺はその隣を歩く。こうしてるとなんだかデートみたいで妙に照れくさいのだが、しかし俺達はそんな色っぽい想像ができる地点なんて、とうの昔に通りすぎたはず。こいつも、もうちょっと性格に可愛げがあればなぁ。
「……ちょっと」
「あん?」突然低い声で囁かれ、やべえ考えてる事バレた? なんて思ったが、なんと次の瞬間、銀華は俺と腕を組み始めた。
「ええええええええッ!?」
思わず、俺は悲鳴をあげてしまった。死んだ友達が、翌日普通に学校来てたみたいなインパクトが、一瞬にして俺の胸を支配したのだ。うあ、すげえ。温かいウォーターベットみたいな感触が俺の腕を包んでる。こいつ、デカい。すごい。完璧。
これは抗えない。冷血人間の銀華とは思えないくらい安らぐ感触だ。掌で直に味わいたい。
「うるさいわね。ちょっと静かにしてちょうだい」
そう言って、銀華はスマホを取り出し、天に掲げるようにして、まるでカップルみたいな構図の俺達を自撮りした。
「うん。ナイスアングル」
「お前は何してんの? え、俺無駄にドキドキしてんだけど」
「あらそう。私も。それより、これ」
えっ。お前も? あれ、そんなあっさり流していい言動じゃないよね?
と、うろたえる俺だが、スマホの画面を見て凍りついた。
俺達の後ろに、雨梨がいる。
「振り返らないで」
今、まさに振り返りそうだった俺は、そんな銀華の言葉で振り返らずにすんだ。あいつ、街路樹に隠れて俺達を尾行してる。
「ふふ。可愛いわよね。大方、私と杏樹がどうなるか気になって追ってきたって感じかしら」
「ど、どうする」
「どうするもなにも、別にこのまま二人でデートしてればいいじゃない」
「デッ、デートぉ!? これデートだったの!?」
「男女二人で出かければデートだと聞いたけど」
そういえばそうだな。
っていうか、叫んだ事でどうやら雨梨にも今の発言が聞こえたのか、俺にもわかるくらい殺意が飛んできた。剣山で背中を突かれてるみたい。
「さっ、さすがにほっとけねえよこの殺意……。八つ当たりで周りの人間に警棒振り回すんじゃねえか……?」
「ふぅん。じゃ、私と雨梨、どっちを取るつもり?」
「と、取るぅ?」
なんだそりゃ。なんで友達を取捨選択しなきゃならんのだ。雨梨も呼んで三人で遊ぶなりすればいいじゃん。
「そうよ。美女二人侍らせるなんて、都合のいい事言うつもり?」
「自分で美女って言っちゃうんだぁー……」
いや、認める。正直、雨梨と銀華、ついでに空乃さんは、美人すぎて引く。ちょっと引く。そんな時がある。
でもそれを自分で言うなよ。
「もしかして、誤魔化してるかしら」
「違うっつーの。別に都合のいい事を言ってるつもりはねえよ。いや、まあそう聞こえるかもしれねえけど。雨梨も銀華も友達じゃねえか。どっちかを選ぶなんて冷たいことはしねえよ。どっちかと先に遊んでる時、片方から遊ぼうって誘われたら、三人で遊ぶように言うってことだ。それだけの事だろ?」
確かに美女二人という事が事態をややこしくしているが、実際それだけのことだ。総一と優作に当てはめてみれば、なんてことはない。簡単な話である。
「……はぁ」
すると、銀華は妙に残念そうな溜息を吐く。
こいつ、俺が迷わず銀華選ぶくらいの忠誠心でも期待してやがったのか。俺はお前の家来じゃねーぞ。そんなこと言ったら『家来じゃないなら下僕ね』くらいは言われそうですけど。
「ま、そんな所だとは思ったけど。――雨梨にも意地悪したわね。三人でどこか行きましょうか」
「ああ? なんだ、急に。まあ賛成だけど」
「八方美人」
「美人のが得だろ?」
「ふふっ。そうね」
おいおい。なんか妙な機嫌の良さがあるぞ銀華。
今日は罰らしい罰なかったしな。ラッキーラッキー。
銀華の胸が腕から離れ、俺は少しだけ勿体無いことをしたなと思いながら、銀華を連れ、街路樹の陰に隠れている雨梨を呼びにいった。
「お前、尾行上手くなったなー」
「うっ、バレてる……!」
「バレバレよ。学校出た段階で気づいてたわよ」
アワアワと出てくる雨梨。怒られると思ったのか、肩を小さくしている。そんなになるくらいなら尾行なんてしなきゃいいのに。
「怒りゃしねーよ。もう慣れたよ」慣れたくはなかったけど、こればっかりはしょうがないよね。
「や、優しい……杏樹くん……!」
潤んだ目で、祈るように手を組み、俺を見つめる雨梨。
うん……まあ、反省してるならいいけど。
「腕を組みだした時は、杏樹くんも殺すしかない……なんて思って、ごめんね?」
「できればそういうのは心にずっとしまっといてね」
そして、滅多に穿かない靴下みたいに無くなっててくれ。
俺はそう願わんばかりだ。
「……杏樹?」
突然、男の声で俺の名前を呼ばれた。妙にしわがれていて、聞き覚えがない。
振り返ると、そこには、禿げた中年の男がいた。下品な笑みと、しょぼくれた茶色のジャケット。ピンクのタートルネックとベージュのチノパン。痩せていて、明らかに人生を渡っていくのにうんざりしていると言わんばかりの佇まいだ。
「……え、っと。誰ですか?」
「冷たいな……」その人は、なんとも微妙な――照れているのか、残念がっているのかわからない顔で、頭をガリガリと掻いた。「玖島季助(くじまきすけ)……って言ってもわからないか。お前の父さんだよ、杏樹」
真っ白な衝撃。
俺の頭を襲った。突然の記憶のフラッシュバック。きっと、俺が今まで見てきて、そしてこれからの人生で、最もクズだと思うであろう人間。
俺の親父が、そこにいた。
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