第18話『銀華との放課後』
銀華は俺とは違うクラスなので、俺達は廊下で別れた。別れ際に、「じゃ、放課後迎えに来るから」と言われ、放課後に俺の寿命が尽きるかもしれないと覚悟を決めた。悪い事をしてないというのに、まったく心臓に悪い。
「おはよーさん」
クラスの扉を開きながら挨拶すると、すぐに「よー色男」と返事が来た。優作と総一が、優作の席で談笑していたらしく、俺を手招きしていた。つーか、お前の挨拶でクラスメイトがくすくすと笑ってんだけど。
「朝からご挨拶だなこのやろう」
「朝は挨拶が基本だろ。もう毎朝恒例になってきてんなー。香坂とのコント」
他人事だと思ってケラケラ笑う優作の顎に一撃鋭い右フックを叩き込んでやりたくなったが、しかし実際言っている事が事実なだけになんともやりきれない。
「いっそ香坂と付き合ってみたらどうだ。意外に、ああいうのがいい子だったりするぞ」
総一に肩を叩かれ、なんとも危険な提案をされる。
「まあ、そりゃ歩風はいい子だぜ。さすがにわかる。けどなあ……」
知り合ったばかりとはいえ、いいやつだし、一緒にいりゃそれなりに楽しいのもわかるが……。そういう関係になるかと言われると、ちょっと想像できない。
「アンジーよう。俺が言うのも何だが、これはどう考えても、一生分のモテ期が来てるだろ。ここで男らしくいかねーと、一生彼女できねーな」
優作の言葉は、説得力があった。確かに、ここまでわかりやすくモテる事が今後あるとは思えない。
「……しかしなあ、雨梨と歩風っつーのは、もうちょっと考えさせてほしいかなあ」
俺の言葉に、優作と総一が顔を見合わせた。まるで、俺だけ空の色が緑色だと言い出したような、『こいつ何言ってんだろう』って空気が漂ってる。
「……アンジー、マジで言ってる?」
意を決したのか、優作が調子のおかしい機械でも覗きこむような顔で俺を見てきた。失礼な。なんだこいつ。
「何が? 今のところ、嘘をついた覚えもないけど」
「いや、会長忘れてるじゃん」
「……銀華ぁ?」
今度は、俺が優作を、壊れた機械を見る視線で見る番だった。
「マジで言ってんのか、はこっちの台詞だぜ優作。銀華が俺の事好きだってわかったら、フルチンでフラダンスしてもいいね」
「よっしゃ言ったな! ゼッテーやれよな」
「ああ、いいぜ」
何故か、優作と総一がガシッと握手する。なんでそんな自信満々なんですか。やべえ、今更だけど不安になってきた。
「ちょ、何、お前らそんな確信があんの?」
「ある。もし仮に違ったら、逆に俺らがフルチンフラダンスしてもいい」
総一の言葉には、妙な説得力がある。さすがこの中で唯一の彼女持ち。
「実際、会長が男を名前で呼ぶのってアンジーだけだし、会長を名前で呼ぶ男もアンジーだけだもんな」総一が同意を求めるように、優作を見る。
「ああ。俺らとは態度がちげーもん。俺らなんか、もうお役所仕事丸出しよ。運転免許の違反キップ切る警官みてー」
それは俺に対しても同じだと思うがなあ……。
結局の所、あいつが普通に接するのって、親とか雨梨しかいないんじゃないの?
「大体、会長と二人きりで会える男なんてアンジーしか知らねーモンなー総一」
「そうそう。会長の家行って、晩ご飯食べたんだろ」
「別に銀華と二人で会うくらい、誰だってできんだろ……。今日も放課後呼ばれてるし」
「えっ……?」ぽっかりと口を開ける優作。まるで埴輪だ。
「ほう……やるなアンジー」優作はニヤリと、ポーカーでいい手が来た時みたいに不敵な笑みを浮かべる。
「でも別にデートじゃねえぞ。注意一〇溜まった罰だから」
「それは結果を聞いてから、俺らが決める。っつーわけで、土産話よろしく」
優作が俺の肩に手を置く。
そして、総一もそれに倣い、俺の両肩に二人の手が乗った。なんだ、この世界の平和が託されてるっぽい絵面は。
どちらにしても、期待されてるような色っぽい話は出来ないと思うけどなあ……。
■
――最近、結構まじめに授業受けてる気がする。放課後にロクな事が置きないのは学習済なので、少しでも無事に過ごせる授業時間を大切にしようと、身体が無意識に眠りを拒否してるのかもしれない。
けどまあ、あっという間に放課後である。最近、男子高校生としては珍しいが、授業時間を倍くらいにしてもいいとさえ思ってきた。少なくとも、授業中なら目立つことはないからだろう。
実際、放課後になったらすぐ銀華が来て、俺の前に立ち、「じゃ、行きましょうか」なんて言う物だから、早速目立っていた。遠くで女子が雨梨を囲み、なにやらこしょこしょ話しているが、『深澄と会長がどっか行くって』とか、『まさかデート?』とか、おそらく雨梨にいらんことを吹き込んでいるんだろう。
「行くのはいいけどよぉ……雨梨誘った方がよくねえか」
女子達を真似たわけではないが、俺も周りに聞こえない程度の小さな声で銀華に訊いてみた。だって雨梨が、目の前で欲しかった最後のおもちゃを買われていった子供みたいなとんでもない顔している。
「別にかまやしないわよ。雨梨はああ見えてちょっとアホ入ってるから、明日には忘れてるわ」
「そうかぁ!? あいつほど執念深い人間を俺は見たことねえぞ!?」
っていうか、それは本当に友達を指して言う言葉なのだろうか。
「それとも、何もしてない雨梨にも罰を受けさせろと? なるほど、確かに杏樹と一緒なら喜んで受けるでしょうね。けど杏樹はそれでいいわけ? 人間として恥ずかしくない? もしここで雨梨を引き込んだら、一生人間のクズとして蔑むわよ」
「えー……」
俺はそこまで言われるようなことをしようとしているのだろうか。
そもそも、俺はそこまで言われるような罰を受けなくちゃいけないようなことをしたんだろうか。そんな覚えないんだけど。
「わかったよ……」
さすがに、そこまで言われちゃ無関係な雨梨を巻き込むわけにもいかんだろう。
「さすが杏樹。それじゃ、行きましょうか」
そう言ってスカートを翻し、凛々しい姿で先に教室から出て行く銀華。俺も、その後に続いて、ちょっと居心地が悪くなってしまった教室を出た。銀華人気あるからなあ。今も教室の視線独り占めだったよ。
そんな銀華の隣に立ち、一緒に廊下を歩くと、すごい視線を感じてなんだか具合が悪くなりそうなほどだ。よくここまで見られて平気な顔してられるなあ、と思うが、きっと昔から慣れてるんだろう。良くも悪くも、注目を集める女だったからな。
小学校当時は恋愛感情なんて、周囲のみんな含め、俺にも理解できない物だったので、あの頃は『銀華に振り回される苦労人』というポジションだったのに、今じゃ役得呼ばわりされる始末。いつからイジメられても美人なら喜び、という歪んだ知識がみんなについてしまったのだろう。
学校から出ると、銀華は校門前でくるりと振り返り、「雨梨とカラオケ行ったそうね」と、脈絡のない事を言い出した。
「ああ、行ったよ。雨梨歌うめーな。演歌ばっかだったけど」
どう合いの手を入れたもんか、どうリアクション取ったもんか迷ったが、しかし基本的に歌が上手いと、どんな曲でも聞けてしまう物で、演歌もいいなとか思ってきている。
「銀華ってカラオケとか行くの?」
「行かない。クラシックとジャズしか聞かないから」
「マジか。漫画のキャラみてーなやつだな」
確か、お経も入ってるくらいだから無くはねーだろうが……。しかし高校生のカラオケでクラシックとジャズを歌って盛り上がるとは思えん。
いや、別の意味で盛り上がりそうだが、それは多分銀華のリサイタルだ。……パー券作れば売れそうだな。
「……お前、実は歌ド下手とかないよね?」
「注意一一」
「まだ増えるのかよ……」
罪も背負ってないのに。どうやって償っていけばいいのか途方に暮れそう。
「人前で歌った事はないから、上手いかどうかはわからないわ。けどまあ、音感も普通だし、音痴ってことはないと思うけど」
「上手いイメージあるけど、逆に下手だったら可愛いかもな」
つい口が滑って軽口を言ってしまい、俺は『しまったー刑罰増えるー』と心の中でムンクの叫びみたいになってたのだが、銀華は表情も変えず。「注意一〇」と呟いた。
「やっぱり増え――! ……て、ない?」
あれ、さっき一一って言われたよな?
減ってるぞ?
そうか、褒めれば減るシステムなのか! イラッとさせたら増えるんだから、上機嫌にさせりゃ減るのは当たり前だよな。
「いやー、前から思ってたけど、やっぱあれだわ。銀華は生徒会長あってるね。まさに生徒会長って感じするもん」
「……それは褒められてるのかしら?」
「もちろん! 美人だし、確か頭もいいよな? さすがだぜ銀華さん!」
「……露骨に機嫌取るようになったわね。注意二〇」
調子に乗り過ぎた。
一気に二倍になった。何してんだ俺は。
「さすがね杏樹。私の神経をここまで逆撫でする人間は、ちょっと思い当たらないわ」
「わざとじゃねーよ! つーか今までも別に逆撫でしたつもりはねえぞ!?」
やっぱ銀華が俺の事好きってのはありえねえ。間違いねえ。これは百歩譲って、からかいがいのある友達くらいの感じだ。保険をかければ、使えない部下くらいにしか思われてない。
……実際男二人のフルチンフラダンスなんて見てもしゃーねーしな。罰ゲーム変えてもらおう。
唐突に、というわけでもないが、俺はそれを忘れないよう、肝に銘じた。
「……ねえ、杏樹」
「あん?」
「こういう時、学生の友人同士というのは、どこへ行って何をするものなのかしら」
「お前、俺の事友達だと思ってくれてたのか……」
なんか感動してしまった。その感動と引き換えに、「注意二一」と宣告されてしまったが。一〇〇まで行ったらさすがにマジの死刑食らいそうな気がする。
「一応幼馴染でしょ。それを友人と思わないなんて、あなたは私をどれだけ冷たい女だと……」
「いや、そこまで考えてなかったけど、友人同士っつーのとはちょっと違う風に思ってんのかな、と思って」
「今は友人同士よ。私の友人は雨梨と空乃と、あなたしかいないんだから。大切にしなくちゃね」
「その言葉は嬉しいんだけど、態度が伴ってないよね」
しれっと、「そうかしら」なんて前髪を掻き上げる銀華。あれで大切にしようとしていたのか。
「それで? 友人同士っていうのは、どうやって遊ぶのかしら。……まさか小学生の頃と同じでいいとは思わないけど」
「当たり前だろ。高校生で鬼ごっことかやってたら恥ずかしいぞ。買い物とか、ちょっと寄り道してお茶してもいいし、ゲーセンカラオケ……まあそんなとこか? 別に行きたいとこ行きゃいいんだよ」
「ふうん。……結構なんてことないのね」
「遊びがなんてことあっちゃ困るだろ。……あれ、遊び? 罰じゃなかったのか?」
「罰、受けたいのかしら」
「め、滅相もない!」
俺はアホか。銀華がせっかく罰のことを言わないでいたんだから、そのまま忘れてくれていることを期待してればいいのに。
「そうね……とりあえず、杏樹。いつもどおり、遊んでるスポットに案内しなさい」
「別にそんくらいはいいけど……」
罰じゃないよねそれ。俺がランジェリーショップ巡りしてるとか、覗きスポット探求してるとかなら、確かに罰というか恥を晒す結果にはなるが、俺はどう頑張っても本屋の成人誌コーナー止まりだ。しかもそこに案内するわけがない。
結局、銀華の狙いがよくわからないまま、俺はいつも優作や総一と遊んでいる場所を周ることにした。
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