王ヶ城雨梨の強すぎる愛情
七沢楓
第1話『ストーカーこと学園のマドンナ』
「そろそろヤツが来る頃だな……」
友人の一人、
「ああ……。どんなヤツが来るのか、楽しみ」
そう言って、手に持っているエアガン――ウィルディ・ピストルにBB弾を詰めていくのは、友人その二。
「ストーカー撃退に協力してくれんのはありがたいけど、そんなに重装備で大丈夫か? 訴えられたら逆に捕まるぞ?」
ここは俺の家、その玄関先。道行く人達が抗争に行くヤンキーでも見るような侮蔑的視線を向けてくるのが妙に気になる。そりゃ、住宅街のど真ん中でバットとエアガンなんて持ってるヤツらがいたら、そんな目もするだろう。
「バッカ。ストーカーなんてしてくるヤツがわりーのよ。世の中そう甘いもんじゃねー」
と、優作はホームランでも打つ気概でバットを振るった。
「優作の言う通りだな……。ストーカーは見つけ次第射殺してもいいんだ」
クルクルと指先で銃を回しながら、無表情で恐ろしい事を言い出す総一。なんでだよ、日本は死刑さえそう実行されない国なんだぞ。恐ろしいよ。
「……やりすぎないよう頼むよ」
無駄だとは思ったが、一応言っておいた。
ヤツらは「おう!」と声を揃えて叫ぶ。ホントに大丈夫かよ。
俺――
先ほどもさらりと話したが、実は最近ストーカーに付け狙われているのだ。
学校の帰り道、背中に視線を感じたり。
朝、学校の机に弁当が置かれてたり(一口食ったら美味くて全部食っちまった。不覚)。
帰宅すると、家の前で俺ん家をジッと見てたり。
まあとにかく、これが人為的な現象でなかったら、俺は多分速攻で部屋に引きこもるところだが、人為的な現象なので、友達に相談した結果。
『なら、俺らがふん縛ってやるぜ!』
と、サムズアップを決めてくれたので、その厚意に甘える事にした。
まさか、バットとエアガンを持参してくるとは思わなかったけれど。
「お前ら、俺のストーカーって事は、相手は女の子だろ? 女の子相手にエアガンぶっ放してバットで撲殺するつもりか?」
「いーや、アンジーのストーカーだろ? 男って可能性もあり得る」
優作はバットの持ち手を股間へとあてがう。テメー、下ネタかよ。
ちなみに、アンジーは俺のアダ名。
「男なんてありえねーよ!」
「アンジー、女顔だからな……」
ボソリと恐ろしい事を呟く総一。なんだよそれこえーよ。確かに男らしくない顔立ちしてるけど。でも男からストーカーされるって、俺もう外出れないよ。
「まあ、女性だとしたら、捕まえてエロ同人みたいな目に合わせてやるぜ」
げっへっへ、と下衆い笑いを浮かべる優作。だから女子にちょっと敬遠されているって事に、気づいていないんだよなあ。
「どうでもいいが、エロ同人って別に乱暴されるモノだけじゃないよな……」
「ホントにどうでもいいな……」
マガジンを出したり入れたりしている総一の呟きに呟きで返す。
「しかし……。ストーカーか、どんなやつなんだろうな。アンジー、姿見たのか」
門柱から少しだけ顔を出し、道の左右を覗き込む総一。
すっかり陽が傾いてきた。西部劇ごっこなんかしたら栄えそうだよな。ちょうどウィルディ・ピストル持ってるやつもいるし。まあ、当時リボルバー以外あったのかは、ちょっとにわかなんでわからない。
「いや、見てないな。やつは相当尾行上手いみたいだし」
俺が振り向くと、すでに引っ込んだ人影以外見えない。多分、体格からして女性だとは思うんだけど。でも家を監視してる時は、どうも変装――っていうか、全身黒尽くめにしてるみたいだしなあ。
「そうか。ま、現れたらふん縛るだけだ」
と、鋭い目付きで周囲を見回す総一に、俺は少しかっこ良さを感じてしまった。こいつ、拳銃が様になるな。
「――おい、やべー。あれやべー、マジ怪しい」
いつもあまり口調や感情を見出さない総一が、そんなギャル語っぽい言葉を発しだしたので、俺と優作は只事ではないと思い、総一と一緒に門柱の陰に隠れ、その視線の先を見た。
確かに、怪しいとしか形容できないモノが、住宅街の真ん中を闊歩していた。
黒いニット帽、厚手の黒コート、ズボンやブーツも黒。顔もデカイサングラスで隠していて、全身の中で白いのはマスクくらいのモノだ。指の細さで女性だとはわかったが……。
「「こえええええええッ!!」」
俺と優作の絶叫が住宅街に響いた。
それでも周囲の家から誰も出てこないのは、都会の無関心さを象徴しているようで、ちょっと悲しい。
「なんだよあれ!? 中にどんな化け物詰まってんの!? 悪夢だぁぁぁ!」
あれが俺のストーカー!
ストーカー! いやだ! 正直美少女だったらなあって期待してた俺のあこがれはどこに!!
「やべえ……トンボくらい持ってくればよかった……」
頭を抱える優作。グラウンド整備するあんなもんで殴ったら人間は間違いなく死ぬ。
「いや、待て。あれがストーカーって判断するのは早い」
あれがストーカーじゃないって言うんならそれはそれで日本が心配なんだけど。あれは何もしてなくても通報される可能性のあるやつだろ。
だが、実際の所、やつは俺ん家の前にある電信柱に身を隠し始める。
そこで、門柱の陰に隠れていた俺らと、電信柱の陰に隠れたやつの目があった。
ストーカーと監視しあうとってもシュールな光景が五秒ほど続き、やつはびっくりしたのか、一瞬体をビクリと跳ねさせ、逃げ出そうとした。
「待ちやがれぃ! ストーカー!!」
門柱から飛び出した優作は、ビシッと名探偵のごとくそのストーカー(疑惑)を指差した。俺と総一も、後からゆっくりと這い出る。何故か立ち止まっていたストーカーは、ゆっくりと振り返り、「――私が、ストーカー……?」と、マスクでこもった声を出す。
「そうだ! 人の後尾行するなんてストーカーか探偵しかしねーだろ!」
「私はストーカーじゃないわ……。彼女……」
「すごい嘘吐いた! この人さらっとすぐバレる嘘吐いたよ!」
俺は悲鳴に近い声で反論した。当たり前だ。顔も名前も知らない恋人なんていてたまるか!
「決定だな……」総一は呟きながら、ウィルディのスライドをガチャリと引っ張った。
「おう。とっ捕まえて事情を詳しく訊こうじゃないの」優作はバットを肩に置き、ニヤリと笑った。
こいつら、マジで女性に暴力振るう気だ……!
「マジでか、お前らマジでいいのか。頼んだ俺が言うのもなんだけど」
いや、そこまでしろとは一言も言ってないんだけど。
「俺はSだ!」これは優作の言。
「男女平等」これは総一の言。
総一はともかく、優作は完全にリビドーぶつける気でいるじゃねえか。
もうどうなっても知らないぞ、俺は。
しかし、それで怯むかと思ったら、意外にもストーカーは乗り気で、ポケットから警棒を取り出し、振るって伸ばした。それはどうも、特注なのか普通の警棒より長く、警棒というよりは剣のようにさえ見える。
「……武器を持参とは、ますます手加減する理由がなくなったぜ。オラァ!!」
ダッシュしてストーカーへと近づいていき、バットを振り下ろす優作。
だが、ストーカーはスッと一歩後ろへ下がり、そのバットを躱した。
「ふむ……。大男からバットを振り下ろされてあんな自然な動きができるとは……相当の使い手と見た」
俺の隣で、なんかバトル漫画みたいな事を呟き出す総一。やめろよ、授業中とか聞いてたら吹き出しそうになる。
「優作! 伏せろ!!」
叫んで、優作がそれに反応した瞬間、総一はエアガンを発砲する。
しかし、発砲されたBB弾を警棒で叩き落とすストーカー。
「気をつけろ! 相当の手練だ!」
「わかってる! サポート頼むぜ総一!」
なんだこの状況。
俺の友達がストーカーとバトル漫画みたいな戦い繰り広げてる。
他人事だったら超おもしれえ。でも当事者だから開放されたい。今だけは都会の無関心さがありがたい。
優作がバットを振り回すも、ストーカーはまるで舞う木の葉のように華麗な動きを見せ、バットを躱していく。なんて冷静な動きだ。
「素人め……」
ボソリと何か呟いたと思いきや、彼女は身を屈ませ、警棒を優作の腹に突き刺した。
「ぐ……ぉ……ッ」
小さく息を漏らして、優作の巨体が沈んでいった。
「優作ーッ!」
「女子に蔑むような目で見られても、決して怯まなかったあの優作が……」
いや、それは精神的ダメージだからだろ。
俺の突っ込みが口をつく前に、ストーカーが突っ込んできた。
「チッ――!!」
BB弾を連射してストーカーを迎撃しようとするが、しかし、先ほどと同じようにすべて叩き落とし、総一の懐へと潜り込んだ。そして、首を思い切りぶん殴ると、先ほどの優作と同じように、総一も倒れた。「ガッテム……」と呟いて。
「そ、総一まで……」
残るは俺一人。
ジリジリと距離を詰めるストーカー。俺は、足が竦んで動けない。
「やっと……二人きりなれたね……」
気絶した人間が二人も倒れている状態を二人きりと言っていいんだろうか。
ストーカーが、マスクとニット帽、サングラスを外した。
丸く釣り上がった猫みたいな瞳、血色のいい唇に処女雪のような白い肌。有り体に言って、そうはいない美貌の持ち主だったが、俺はその人物に、見覚えがあった。
「お、王ヶ城さん……」
それは、学園のアイドルとして名高い、
学園のアイドルという古めかしい言葉をあまり使いたくはないのだが、王ヶ城雨梨はそういう人間だった。
成績優秀、スポーツ万能。すれ違った人間が振り向き、一目惚れするのではないかと思うほどの美貌。さらに、実家が日本で三大財閥に数えられる王ヶ城の家。それを鼻にかけない人当たりのいい性格。
アイドルと呼ばれるには充分すぎるほどのスペックを誇っている。
言うなれば高嶺の華であり、俺は事務的な会話を少々したことがある程度だったはず。
「な、なぜ王ヶ城さんが……」
目の前に立った王ヶ城さんは、ギラギラと光る目を俺に向けてきた。
「酷いなあ、杏樹くんのお友達。私の事ストーカーだって。誤解にも程があるよね?」
「いや! 絶対誤解じゃないよね!?」
警察につき出したら傷害と迷惑防止条例違反で確実に有罪喰らうやつだろこれ。俺は迷わず被害届出すよ。
「誤解、じゃない……?」
何故か生卵を食べているのを目撃した外国人のように目を丸くする王ヶ城さん。おかしい、絶対おかしい。なんでそこまでナチュラルに驚けるんだよ。恋人をストーキングするって、どんな文化圏の人間だ。見知らぬ女を拉致して結婚する拉致婚って文化はテレビで見たことあるけど。つーか恋人じゃねえ。
「杏樹くんも……私の事を……ストーカーだと思ってたの……?」
「うっ……」
涙目を見せる王ヶ城さんに少しの罪悪感を抱いたが、しかし、そんなのに怯んじゃいられない。いくら美人でもストーカーに振り回されたくない。
「そ、そりゃそうだろ! 弁当を机の上に置くのはいいが、尾行って! しかも家の前まで来て家を監視だろ!? これをストーカーと言わずして何になる!」
「彼女でしょ?」
「言わねーよ!!」
段々と理不尽な事を言われてるのに腹が立って、口調が普通に戻ってきた。何が王ヶ城さんだ! もう王ヶ城って呼び捨てでもいいくらいだわ!
「言わない……。言わないんだ……そっか」
「お、おう。言わないんだよ。普通、言わないの」
がっつり落ち込んだのか、うなだれる王ヶ城。さっきからこいつの思考が俺には一ミリもわからない。
「じゃあ、これから言うようになってもらうしか……」
ぶつぶつと呟きながら、彼女はコートのポケットから何かを取り出した。
黒い輪っか――夕日に照らされるそれは、どう見ても首輪だった。
「な、なんですかねえそれ……」
「人型の首輪。――とりあえず、杏樹くんにはこれをつけてもらうから……」
「なんで!? 前後の文脈繋がってたか今!?」
言うや否や、王ヶ城さんは神速の警棒使いで俺の首を叩いた。
痛みさえ感じない。まるで首がすっ飛ばされたかと思った。
そのまま、まるで地面に飲み込まれるように意識がブラックアウト。
ね、寝てらんねぇ……。ここで寝たら俺、何されるかわかったもんじゃねえ……。
もちろん、そんなんで意識が繋ぎ止められるはずもなく、俺の意識は闇に溶けていった。
■
「――きろ、アンジー……起きろって、アンジー!!」
野太い声と、体を揺する振動に意識が覚醒し、俺は勢い良く上半身を起こした。寝転がっていた俺を見る優作と総一は、安心したように胸を撫で下ろしていた。
「よかったぜアンジー。無事だったか。俺らが気絶から目覚めたらお前も気絶してるからさ、メンヘラ気質のストーカーに殺されたかと」
涙目になり、俺の肩をバシバシ叩く優作。いてーよ。
「まあ、無事だったのは何よりなんだけど……。一部、無事じゃないところがある」
総一はそう言いながら、とんとん、と自分の首を突く。それが俺の首元を差しているのだと気づくまで数秒ほど要し、俺は血の気が引く音が聞こえた気がした。
嘘だ嘘だ嘘だ! 叫びながらも、首を触ってみた。ゴツリとした硬い感触。それは明らかに、首輪のモノだった。
「うわあああああッ!! ちっきしょう!」
俺は叫びながら、必死にその首輪を取ろうとしてみたが、しかし取れない。
「どうも、それ取るのには鍵が必要みたいだぞ。鍵穴ついてるし」
優作は、なんか交通事故にあった猫でも見るような気の毒極まりない視線を向けてくる。俺は、「マジでぇ?!」と絶叫しながらガチャガチャとさらに激しく首輪を引っ張った。頷く二人の目は、『あーこれ外れそうにねーなー』と雄弁に語っている。
手伝ってくれてもいいじゃねえかクソっ。引っ張ってると痛いし……。
一体どういうつもりだ、王ヶ城雨梨!!
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