第2話『運命の赤い鎖(物理)』
「マジで取れねえんだよこれ……」
翌日の学校。まだ朝の凛とした空気が満たされる教室で、俺は全く取れないままの首輪を指差し、げっそりとした顔をこれでもかと優作に総一の二人へと見せつけた。こんなに苦労したんだぞ、俺。と言外で語るように。もちろん、目立たないように教室の端で。
「うーむ。遠目で見るとなにかファッションのようだな」
太い腕を組む優作だが、冗談じゃない。取り外しできないファッションってなんだよ。呪われた装備かよ。
「チョーカーと言い張れば……まあ大丈夫そうだ」
総一は俺の首に巻かれた首輪を擦る。うおお、超気色わりい。くすぐってえやめろ。総一の手をやんわりと押し退ける。
「そのまま犬耳でもしてみるか? マニアあたりには受けそうだぞ、男の娘が学ランで犬耳の首輪とか」
「オメー、次に俺の事『男の娘』とか言ったらマジで顎弾き飛ばすぞ」
身長差があるので、俺は優作を見上げる形でガンを飛ばす。優作は一八五センチ。俺は一六七センチ。二〇センチ近くもあるのはさすがにずるいと思う。五センチでいいから寄越せよ。男は一七〇越えてるのと越えてないじゃ世界が違うんだぞ。
「別にアンジーのオカマ疑惑はどうでもいいとして」
「殺すぞ」
総一は睨みが効かない。くっそ。
優作は身体が大きいくせにちょっと気が弱い所があるから脅し効くのに。
「結局アンジーのストーカーって誰だったんだ。顔、見てないのか」
「見たよ……お前らがぶっ倒された後、自分から変装外してた」
「マジか! どんなブスだった!?」
「ブスが決定事項かよ! 俺にも相手にも失礼だな!!」
マジでいつか優作は殺す。完全犯罪の計画が立ったらすぐ実行してやる。
「……あの人だよ、あの人」
俺はそう言いながら、教室の中心で談笑する、王ヶ城雨梨を指差した。彼女は人気者なので、いつも教室の中心でああしてにこやかに女子グループを集め、話をしていた。それを周囲の男子達がチラチラと窺うのが、俺らのクラスの日常風景。
しかし、今は違う。優作と総一が王ヶ城をガン見していた。目立つから、さすがに目立つから。
「だーっはっはっはっは!! ありえねえ! それはマジでありえねえわ!!」
突然腹を抱え、大声で笑い始める優作。
「はは……今世紀最大笑わせてもらった」
そんな笑ってるようには見えねえ。それが総一の大笑いか。
つーかがっつり目立ってっから。教室中みんなこっち見てんじゃねえか。
すると、その隙を突いて王ヶ城さんが俺に対してにこやかに手を振ってきた。それを見て、二人が固まった。
「世界は嘘で満ちてる……」
「今この場に嘘なんて一つもなかったけどな」俺は優作の背中を叩いた。せっかく個体値とか厳選したポケモンが甥っ子に盗まれてた時のような顔をしている。
「最初から信じてたぞ、アンジー」総一が俺の肩に手を置いた。テメー最初から信じてなかったじゃねーか。その募金詐欺団体みてーな薄ら寒い笑顔はなんだ。
「まさか、オージョがアンジーのストーカーだったとは……。俺ちょっと凹みそう」
「もう充分凹んでそうだけどな……」
地面に体育座りでしゃがみこみ、俯いている優作は、すでに世界滅亡五秒前みたいな絶望感が漂ってきている。
「バイバイ俺の初恋……」
あ、そうだったんだ。
「まあ、どうせ叶わなかった恋だ」
「嘘だっ! 俺のシュミレーションでは百パー落とせてたんだ!」
総一の呟きに食ってかかる優作。俺は「妄想だからだろうな」と呟くが、都合の悪い事は聞こえない振りなのか、「うおおおい!」と言いながら総一の胸ぐらを掴んで揺さぶっている。クラスの女子から人気のある総一にそういう態度を取るのがどういう事か、まだ優作はわかっていないと見える。
現に今も『何あのゴリラ総一くんに粗相してんの?』みたいな侮蔑的視線が飛んできてるし。
「タイムマシンでも開発しないとダメだろうな……」
揺すぶられながらも表情を変えずに呟く総一。
「タイムリープに頼らないとダメか! 俺はそこまでモテないか!?」
「いや、そういうんじゃなくて……それくらいの栄光がないと無理かなって」
「カネ目当ての人間としか結婚できないのか俺は!?」
そんな二人を眺めていたら、王ヶ城がちょいちょいと指で俺を招く。
ストーカーされていた事から、かなり引っかかっていたが、しかし彼女と話さない事には、先が見えないのだ。
「しゃーねーか……」
俺はこっそりと教室を抜け、廊下に出る。先に出ていた王ヶ城と、廊下で落ち合った。
「なんだよ。っつーか、いろいろ聞きたい事があるんだけど」
首輪を指差し、「これを外せ」
「いや」すごくいい笑顔で返してくる王ヶ城さん。
「はいこれ、今日のお弁当」
グイっと押し付けるようにピンクの風呂敷に包まれた弁当を渡してくる王ヶ城。今までは誰に返していいかもわからず、机の上に放置していたらいきなり消えていたそれは、俺に一抹の恐怖を感じさせてくれたが、今はもうその主がわかっている。けど恐怖は消えてない。ストーカーはまだどうにもなってないからなあ……。
「悪いんだけどいらねーから。つーかこの首輪も取れ」
「が、頑張って作ったんだ……今までは言えなかったんだけど……」
顔を真っ赤にする王ヶ城。可愛さに騙されるとロクな目に合わないのはもう学習した。女の武器といわれるだけある。男の武器なんてねーのに。
「食べる代わりに首輪を……」
「いや」
なんで首輪に関してそんなに頑固なんだよ。
「首輪になんの意味があるっつーんだよ? これマジで勘弁してほしいんだけど。昨日も妹から『そういうのは家庭に持ち込まないでほしいんですが……』とか冷たい目で言われたんだよ」
別に妹と不仲であるとか下ネタも飛ばせないような関係であるとかそういう事はまったくないが、しかしだからと言って、SMはちょっと重いのだ。
「首輪って、普通はしないでしょ? それさえあれば、マトモな神経した女なら絶対近寄ってこないから……」
なるほど確かに。
俺も人用の首輪してる女なんて、普通好きにならない。ドン引きである。
「うぉぉぉぉッ!! 取れろ! 俺の青春がかかってるんだぁぁ!!」
首輪を引っ張り、渾身の力を込めて引っ張ったが、しかし全然取れない。結局俺が廊下を歩いていた生徒から注目を集める結果だけが残ってしまった。
「無駄無駄」きゃらきゃらと笑い声をあげる王ヶ城。
「それ、オリハルコンで作ったから……」
「マジで!?」
あれって架空の物質じゃなかったっけ?
つーか金属じゃなかったか。
「絶対に取れないよ……ハサミで切ろうとしても無駄」
確かに、刃が立っている感じさえしなかった。
「ピッキングしようとしても、そんなんじゃ無理」
それは試してないが……。まあ無理そうではある。
「絶対に取れない首輪――王ヶ城家の技術をすべて集めた、『運命の赤い鎖ver2.1』……」
えへへ……と不気味な笑みを浮かべる王ヶ城。
この首輪『運命の赤い鎖ver2.1』っていうんだ。運命も赤い鎖も見えないんだけど。つーかなに、『ver1.0』とかもあったの?
「あ、そうだ。どうせなら、お弁当一緒に食べる? 嬉しいな……杏樹くんとお弁当なんて……」
まだいいって言ってねーよ。話聞かねーなこいつ。
「はぁ……まあいいや。訊きたいこともあるし、付き合うよ。どこでだ?」
「えっ」まさか本当に了承されるとは思っていなかったのか、王ヶ城は顔を真っ赤にして、ぼそぼそと「じゃ、じゃあ昼休みに屋上で……」そう言って、逃げるように教室へと戻っていった。
同じクラスなんだから逃げても意味ねーと思うが、まあいいだろう。俺も教室に戻ると、ジト目の優作と総一に出迎えられた。
「お前……俺と一緒にモテない同盟を作るって約束してたのに……」
「してねーよ」
以前、総一だけが彼女持ちなのを妬んで、優作と一緒に泣き事を言った事はあったけど。
「ストーカーと食う飯は美味いか……?」
「まだ食ってねえよ!」
総一の憐れむような視線が痛い。
訊きたい事、っつーか用があるんだから昼食くらいはいいだろ。俺はそのバカ二人を無視して自分の席に座り、次の授業の準備を始める。
しかし実際の所、確かにストーカーと二人きりは危険な気もする。だからと言って、誰かを連れて行っても腹を割った話なんてできねーしな。覚悟を決めるしか無い。
■
昼休みっていうのは、高校生にとって大事な一時だ。飯とエロしか考えていない男子高校生にとっちゃあ、なおさらな事。その両方が満たせそうな彼女との昼食なんて、憧れ以外の何物でもないが、俺は誰も経験してなさそうなストーカーとの昼食を取ることになった。
チャイムが鳴ると同時に走って教室を飛び出した王ヶ城を、ゆっくりと追いかけるように歩いて屋上へと向かう。
ぎぃ、と切ない鉄の音が鳴るドアを開けると、暖かい風が俺の顔を撫で、明るさに目が眩む。屋上に一つだけあるベンチには、すでに王ヶ城が腰を下ろしていた。
「どーも」
「あっ、――杏樹くん」
微笑む王ヶ城。俺は彼女の隣に腰を下ろし、弁当の包みを解く。中には鮭のムニエルやポテトサラダ、彩りにプチトマト。炊き込みご飯まで。しかもこの香りは松茸……!
マジかよ。さすが王ヶ城家……。我が家に王ヶ城が作った冷蔵庫があるだけはある。
「えへへ。頑張ったんだ、全部手作り。鮭はきちんと骨取ってあるから、男らしくかぶりついても平気だよ?」
「お、おう」
骨まで抜いたとか言われると若干引くのはなんでだろう。ありがてーけど。
俺は弁当をかぶりつく。
「うまっ」
「嬉しいな……」
ジッと見んじゃねー。食いづれー。
「――で、訊きたいことがあるんだけど。なんで俺にストーカーなんてした?」
「ストーカーじゃなくて……彼女としての義務……」
「あれは世間一般ではストーカーって言うからな?」
しかも警察が動かないレベルの微妙にタチ悪いやつな。
「まあ、あくまでお前が彼女云々言い張るんならそれでもいいけど。なんで自称彼女なんてしだした」
「自称じゃなくて……」
「うるせえええええ!! 自称だったよ! 告白した!? してないよね!? じゃあまだ自称を出てないよ!?」
キレた。
どうでもいいが、俺って結構短気。帰ったら牛乳飲もう。イライラも収まって身長が伸びるワンチャンあるんだから、牛乳って夢の飲み物だよな。栄養価もたけーし、ハードボイルドな男はなぜかバーで牛乳を頼んでるし。酒頼めよ。
「あ、杏樹くんこわい……」
涙目でブルブルと震える王ヶ城。
「す、すまん……」
「でも、かっこいい……」
謝ったの撤回していいですか?
思った通りのリアクションが返ってこないのって、コミュニケーション取りづらい。
「じゃ、惚れた理由って言い方にしよう」
ホントは照れくさいのであまりこの言い方はイヤだったのだが。それ以外の言い方はすぐ否定の意見が飛んできそうだし。
「え、っと……。一ヶ月くらい、前なんだけど……」
俺の記憶と、王ヶ城の話を統合すると、こうなる。
一ヶ月ほど前。
俺はなんでか知らないけど、ちょっと遅くまで居残っていた。
当然、優作も総一もさっさと帰ってしまっていて、しゃーない一人で帰ろうと思い、教室へと戻った。そこには、黄昏時の教室で一人だけ残っている王ヶ城がいた。
「あれ……王ヶ城さん、まだ居残ってんの?」
その時はまださんをつけて呼んでいた俺。クラスメイトのよしみで、とりあえず声をかけた。
「あ……深澄くん……」
元気のない微笑みを返され、さすがに変だと思い、「どうしたん? 元気ない気がすっけど」と尋ねてみた。
「え……ううん、大丈夫だよ」
「そうかい。なら別にいいけど」
総一と優作のバカ二人ならもうちょっと深く訊いてみようと思ったかもしれんが、王ヶ城は単なるクラスメイト。悩みを訊くのは失礼だろうと思ったので、俺はさっさとカバンを取って教室を出ようとした。
「あ、待って深澄くん……」
「はい?」
「……ちょっと、相談があるんだけど、いいかな?」
「別にいいけど」
「したくないことをさせられそうな時って……どうしたらいいんだろう」
何を言っているのかイマイチわからなかったが、しかし俺が返せるのは「しなきゃいいだけじゃないの?」しかない。
「そういうのもあるのかな……」
「いや、それしかないんじゃないの?」
「例えば、親に言われた事だったら?」
「めんどくさいからパスする。まあ流石に家庭の事情とかあんのかもしれないけど、自分が嫌だとかできないこと抱えてもしょうがねーし」
完全に自分の考えで述べてしまったが、しかしこれは相当な図太さが必要だと我ながら呆れる。王ヶ城にこんなのできる図太さがあるとは思えない。
しかし、彼女はブツブツと何かを呟いて、
「そっか、ありがとう……。そうだよね、自分本位に生きなきゃだよね」
「納得してくれたんなら幸いだよ。俺は帰る」
バイバイ、二人はその言葉を躱して別れた。
これが事の顛末らしい。
「どこに惚れたキッカケが!?」
王ヶ城の話と俺の記憶をがっちり合わせた結果のエピソード語りだったので、確実に齟齬などはなかったのだが、俺にしてみればさっぱりわからない。
確かに恋愛に疎い気がする俺ではあるけれど、これだけで惚れるのだろうか。甚だ疑問だ。
「私は、王ヶ城の家の事とか、そういういろいろをお父さんに押し付けられてて……。だから、杏樹くんに教えてもらった通り……お父さんに全部言ったの。そしたら、お前の好きにしていいって言われたから……こうして自分の好きなように生きられるようになったの。……杏樹くんは、私の人生を開いてくれたから……」
「お、王ヶ城……」
そうか……。あの時俺が軽々しく言った言葉が、王ヶ城のストーカー魂に火を点けてしまったんだ……。
男は自分の言葉に責任持てなきゃダメ、ってことなんだな……。
俺は酷くうなだれながら、王ヶ城の作ってくれた弁当をパクついた。妙に美味い弁当が、心と腹にズシンと来る。
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