第16話「すき焼きも戦場」

 金持ち三人が食材費を持ってくれるとの事なので、食材の値段を見ずに買うというセレブ行為を楽しみ、俺は大荷物を持って三人を引き連れ、帰路を歩いていた。

「ねえ、杏樹くん……。それ、重くない?」

 隣を歩く雨梨が、俺の両手にぶら下がるパンパンに膨らんだビニール袋を心配そうに見ている。なにせ九人前のすき焼きの材料だ。その重さは半端じゃない。だが、それを三人に分配することなく、俺は一人で持っていた。

「重たくないさ。気にすんなよ」

 実際すげえ重たいが、強がって笑顔を見せる。

「で、でも……腕震えてるよ?」

「いいのよ雨梨。放っておきなさい」

 まだ心配をやめない雨梨に、雨梨とは反対の隣を歩く銀華がいつも通りのそっけない表情をしている。

「こいつは男らしさなんてバカな物を気にしてるんだから。やらせておきなさい。心配するのはプライドを傷つけるだけよ」

「それダダ漏れなのが一番プライド傷つくんですけど!?」

 男が男らしさ気にするってのをバラすんじゃねえよ。それは男らしくないってのを暴露してるようなもんだぞ。あれ、なんかわけがわからなくなってきた。

「二人共甘いね。こういうのは何も言わず持ってもらう物なのさ」

 俺達の前を歩く空乃さんが、振り向いて人差し指を左右に振る。いや、まあそうされた方がいいんだけどさ。でもあんたが言うのは間違ってるぞ。アンタは多分俺が女でも持たせるだろ。

「あー空乃さん、行き過ぎ。そこ、赤い屋根」

「ん、ここか」

 空乃さんは、遠慮無く敷地内に入ると、玄関を開けて、「どうぞ杏樹ちゃん」と紳士みたいにエスコートしてくれた。

「あら、紳士的ね」

「空乃さん紳士ー」

 銀華と雨梨の声に、俺の心がちょっと揺れる。荷物持ってなかったら俺だってよー、と思うのだが。しかしこんな重い荷物を女性に持たせるのは……。でもあれかっこいいなちくしょう。

 そんな悔しさを押し殺し、俺は空乃さんが開けてくれたドアをくぐり、「ただいまー」と家の中へ声をかける。そうしたら、リビングのドアが開いて、母ちゃんが出てきた。

「待ちくたびれたよ杏樹ー」

 母ちゃんは、いつものビシっとした格好から、パジャマである白いキャミソールと薄いピンクのハーフパンツ。そしてすっぴんという、だらしない格好をしている。

「友達来るっつってんだからせめて外着にしてくれよ!」

 母ちゃんがんなのを聞くとは思ってはいなかったが、一応言うしかない。

「べっつにどーでもいいじゃん。友達の母親なんて気にしないし……って、みんな女の子なの?」

「いや、総一と優作も来るよ」

「ああ、柴田と馬場ね。――んで、そっちの三人、名前は?」

 三人が恭しく頭を下げる。その動作に品性を感じるのは、やはりいいとこの生まれだからだろう。

「はじめまして、お母様。王ヶ城雨梨です。杏樹くんにはいつもお世話になっています」

「同じく、武蔵野銀華です。本日はお招きいただきありがとうございます」

「小鳥遊空乃です。どうもー」

「んー? 王ヶ城、武蔵野、小鳥遊? どっかで聞いたことある苗字だけど……どこだっけ? 有名人だったかなー」

 いや、三大財閥だよ。俺が言うのもなんだけど、多分普通の社会人ならぶっ飛ぶくらい驚いててもおかしくないハズなんだよ。

「まあいいや。雨梨ちゃんに銀華ちゃん、空乃ちゃんね。どうぞ入って。あ、撫琴の友達って歩風ちゃんも、もう来てるから」

 どうやら、二人は俺達より早く来ていたようだ。まあ、買い物してたしな。それが当たり前だ。……まだ総一と優作が来てないっていうのがちょっと心配ではあるが。まあ、大丈夫だろ。ゴリラキャラは丈夫だって相場が決まってるしよー。

 まさかゴリラキャラが虚弱ってことはねーだろうし。それは看板に偽りありだからな。

 母ちゃんは三人を手招きし、リビングへ向かう。俺もそれについていくと、リビングでは撫琴と歩風がゲームに興じていた。

「おっ、どもっすー。お邪魔してまーす」

 撫琴と格ゲーに興じている歩風が、ゲーム画面から目を離さないまま挨拶をして来た。

「うげっ、なこちーちょっとまっち! 今挨拶してたし!」

「ふっ……。格ゲーで一瞬たりとも気を抜くべきではないと、この深澄撫琴。神妙に警告しておきましょう」

 言いながら、撫琴のキャラと思わしき大剣を持った男が、歩風のキャラらしい中華風キャラに空中コンボを叩き込んでいく。撫琴、格ゲーガチ勢だからなあ……。

「なんであたしの攻撃当たらねーでなこちーの攻撃だけ当たるんだあー!」

「歩風はフレーム数の多い攻撃を多用し過ぎなんですよ。弱攻撃をもっと使っていかないと」

 俺には撫琴が何を言っているのかよくわからない。歩風もわかっていないようで、弱攻撃を連打しているのだが、結局撫琴にボコられている。

「うぼわー!」

「弱連打しろって言われてそのまま弱連打するとかバカすぎでしょ……」

 なんだか知らんが楽しんでいるらしい。この二人は放っておこう。

「まあ、お前らも歩風みたいにゆっくりしててくれよ。俺はちゃっちゃと飯作っちゃうからよ」

「わかった。じゃあ杏樹くんの部屋、家探ししていい?」

「それが許可されると思ったのかスカポンタン。ダメに決まってんだろ」

 雨梨にはきちんと否定の姿勢を見せなくちゃならない。マジで家探しされたら、多分俺は殺される。

「なら、私は杏樹のプラモデルいじくり回すわ」

「対抗意識張るなよ! やったら俺の全存在を懸けてお前を止めるぞ!!」

 俺のプラモに触るやつは、たとえ神であろうと許さん。いろいろ手間暇をかけて、最高にかっこいいポーズや汚れ方なんかを研究して飾ってあるやつなんかもあるんだからな。

「杏樹ちゃん、ベットどこ?」

「誰がそこまでゆっくりしていいと言った」

 初めて来た人の家で、しかもベットまで借りて寝ようとする空乃さんちょっとすごい。

「常識的な範囲で、ゆっくりしてろよお前ら」

 返事がないのがいささか不安ではあるが、しかし母ちゃんが、『とっとと作れバカ息子』的な視線を向けてきたので、俺はもう作らなくちゃならない。っていうか、もう材料を片付けてしまいたい。

 キッチンに赴き、今すぐいる食材だけ残し、エプロンをかけ、さっそく料理を始める。

 すき焼きに大事なのは割り下なので、それをまずは作ってからだ。まあ市販のを使ってもいいとは思うが、お客様もいるし、久しぶりに母ちゃんが休み取れたんだし、どうせなら美味いものを食べてもらおうという俺なりの思いやりだ。

 割り下を作り終わって、材料を手早く切る。そして、それらをダイニングのテーブルに乗せ、割り下を引き、材料を並べて、卵も用意して完了。飯はどうやら母ちゃんが炊いてくれてたようなので、準備オッケー。

「できたぞー」

 俺の声に、各々勝手な事をやっていた連中がダイニングに集まってくる。

「椅子足りないから、立食形式でやるぞ。鍋も小さくて足りないから、ホットプレートで」

「っていうか、柴田と馬場は?」

 母ちゃんは、小鉢に卵を割り入れ、他の人に渡していく。

「ああ? まだ来てねえのかよ。雨梨、どんだけ強く殴ったんだよ」

「熊倒した時とおんなじくらい」

 冗談だよなそれ。

 熊倒せるって、人類とは呼ばない。霊長類最強と呼ぶ。

「いや、俺達ならもう来てる」

 気配もまるでなく、俺の両隣を総一と優作が選挙していた。

「いつの間に来た、総一……っていうか、優作は大丈夫なのかよ」

「ああ。ちょいと痛かったがよぉー、もう平気だぜー」

 と、優作は力こぶを作った。なんであんだけふっ飛ばされて、頭から落ちたのにもかかわらず、こんなにも早く回復できるんだよ。……ゴリラキャラだもんな(現実逃避)!!

「そんな……半日くらいは気絶したままになるはずなのに……!」

 雨梨はどんだけ力強く殴ったんだ。見捨てた事に対して罪悪感芽生えそうなレベルで殴ったってことはわかったけど。

 まあ、優作が効いてないってんならいいか……。今度から雨梨がキレたら優作を盾にするか。ここまで丈夫だって分かった以上、罪悪感が湧くこともあるまい。

「全員卵いったかー」

 母ちゃんの言葉に、皆が声を揃えて「ありまーす」と答える。なんだか長いこと準備に手間取ったような気がするけれど、やっと飯にありつけるというわけだ。

「いい、アンタ達! 肉ばっかり食べないで、きちんと野菜も食べるんだよ。若い内に食生活無茶して、ツケを払うのは歳取った自分なんだからね」

 母ちゃんの年の功全開な音頭を聞き流し、俺達はみんなで手を合わせて、各々煮えてきた肉やら野菜やらに箸を伸ばした。

「う……お、美味しい……」

 雨梨の感想を皮切りに、歩風や銀華、空乃さんの三人も、口々に「美味しい」と言ってくれた。さすがの俺もドヤ顔を隠しきれない。特に、銀華が美味しいと言ってくれたのはすげえ嬉しい。こいつが素直に人を褒めるなんてないだろうし。

「ただのすき焼きがなんでここまで美味しいの……?」

 頭を抱える雨梨。まるで食欲がなくなったと言わんばかりだ。

「お、おい。どうしたんだよ雨梨」

 俺は雨梨の肩を掴む。そこに、銀華がさらに俺の肩を掴み、首を振る。なんだってんだ。

「今、雨梨は敗北感でいっぱいになってるのよ。放っておいてあげなさい。――ついでに、私にも敗北感を植えつけたこの罪は大きい。注意六。死刑、極刑、打首獄門二セットずつ」

 にっこり笑う銀華さん。

 ええええええ。美味い料理作ったのにそりゃねーだろ!

 っていうか、全部セットでやるもんじゃねえよ。どれか一回で死んじゃうから。

「先輩女子力高すぎでしょー」

 母ちゃんの言葉を無視して、バクバクと肉をやっている歩風。我が家の金じゃねーけどちょっとは遠慮しろよ。

「これで家事全般できちゃったらもうお婿は無理っすねー。顔と相まってお嫁さんになるしかないっすねー」

「お前肉食うの禁止な」

「うえーっ! すき焼きで肉食うなって、ゲームハードだけ買ってソフト買えないくらい味気ないっすよ!」

「香坂歩風。お金を出している私が許す。食べていいわ」

「うわーい! さすが地獄の学園警察!」

「注意一」

「なんすかその掌返し!」

 ぎゃーぎゃーうるさい二人。

 っていうか、歩風は相性の悪い人間が多すぎる。俺が知ってるだけで雨梨と銀華か。よりにもよって反発でかそうな二人を狙いすましたかのように。

「相変わらずアンジーの飯は美味いな……」

 野菜と肉を交互に黙々と食べていた総一。周りが騒がしいのはお構いなしのようだ。

「なに、柴田と馬場はよくウチ来てはご飯食べてたわけ?」

 母ちゃんが、俺の男友達二人に酒を飲みながら絡んでいた。いい歳こいて息子の友達と同じ目線に立つんじゃねーよ。

「遊びに来て、遅くなった時とかよく泊まってるよな。優作」

「そうなんですよー。知らない内にお邪魔しちゃっててホントすいませーん」

 優作が妙にニヤニヤしてんのがすげえ癪に障んだけど。こいつまさか、人の家の母親にまでロックオンサイト合わせてんじゃねーだろうな。

「いやーほんと相変わらずお綺麗で。若いっすよねーアンジーの母ちゃん」

「人の母ちゃんとっ捕まえて若いなんて言うんじゃねーよ気色悪い」

 優作のナンパが段々本格的になってきたので、俺は一応止めに入った。まあ成功例ゼロだし、つーか息子の友達と付き合うわけないので、まあ止めなくてもいいのだが。目の前で母ちゃんナンパされるっつーのは意外にキツイものがある。

「んだよアンジー。別にいいだろー」

「よくねえよ。そういうのは俺のいない所でやってくれ」

「いやあ、俺をお父さんと呼ぶ覚悟をしてもらおうと思ってな」

「もしそんな事態になったら、俺が知ってるお前の秘密、母ちゃんに全部バラして止める」

 一気に顔が青ざめる優作。アホめ。これだから恥を毎日こさえてるヤツは。お天道様に顔向け出来ないことはするなよ。

「そういえば、いいのかな」突然、何かを思い出したみたいに空乃さんが口を開く。

「何がです?」

「いや、お父様帰ってくる前に、余所者の私達がご飯いただいて、いいのかなって」

「あんたそんなこと気にする人だったんか……」

 俺にはそれが意外すぎて怖い。

「一応これでも良家出身だよ。それくらいはね」

「ウチは大分前に離婚してるから、そんな心配はいらないよー」

 そう言って、ビールを一気飲みする母ちゃん。どう見てもビールの一〇分の一も肉を食べてない気がするが……。大丈夫か?

「そ。ウチは片親。親父はどこ行ったのかわかりゃしねー」

「ふうん……。ならいいや、遠慮なくいただくよ」

 あ、そうくる。普通ちょっとは気遣い的な物を見せるんじゃないの?

 別に気に病んでないしいいんだけども。なーんか腑に落ちねえなあ……。

「いやー、沙羅さんみたいな人を逃しちゃうなんてバカな男っすねー」

 いつの間にか母ちゃんの名前と、母ちゃんの隣というポジションを手に入れた歩風が、母ちゃんのグラスにビールを注ぎながらおべっかを使っていた。

「話わかるねー。あー、歩風ちゃんだっけ? ま、とりあえず一杯」

 母ちゃんが、まだ残っていた缶ビールを歩風に勧めようとする。そして歩風も、「いただきまーす!」とコップに注いでもらおうとしていたので、俺は慌てて「アホか! 未成年だから歩風は!」と、母ちゃんの缶ビールを奪った。

「香坂歩風。そのポジションを変わって……」

 そして、いつの間にか歩風の後ろに立った雨梨が、歩風の首に警棒を突き立てていた。

「うわお! びっくりした……。普通に言ってくれたら普通に変わるっすよ!」

 と、ぶーぶー文句垂れながらも、歩風が雨梨に、母ちゃんの隣というポジションを変わる。歩風の反対には撫琴がいたので、無理に入るという事もできないんだろう。

「改めまして。杏樹くんとお付き合いさせていただいてます、王ヶ城雨梨です」

「すごいさらっと嘘吐いたな!!」

 俺の突っ込みなど無視して、母ちゃんに酌する雨梨。こいつ、外堀から埋めようとしてやがる。将を射んと欲すればまず馬を射よ、ってやつか。

「ふうん。杏樹と付き合ってるの。……ま、見た目は合格」

「ありがとうございます」

「母ちゃん違うよ! そればっちり嘘だから!」信じてるよこの人。ダメだってそんな燃料与えるようなことしちゃ。被害被るのは俺なんだから。

 つーかなんだよ、この悪巧みっぽい雰囲気。料亭で選挙戦略練ってるんじゃねえんだぞ。

「そうっすよ! 先輩とお付き合いしてるのはこの香坂歩風! 香坂歩風ですよ! 香坂歩風に清き一票を!」

「お前はまるまる選挙みてえになってんじゃねえか!」

「二股だけはしないように」

「一股もしてないんだよ俺は!!」

 ほんとに外堀が変な形に埋まっていきそうで怖い。日本式の城建てようとしてんのにパルテノン神殿が建ちそう。

「会長はいいんすか。アンジーのお母さんに挨拶しなくて」

 今よりもっと面倒にしようとしてか、総一が余計なことを銀華に言い出した。いいんだよしなくて。

「しないわよ。杏樹が困ってるみたいだしね。――杏樹。ツッコミばかりしてないで、食べることに集中しなさい。ここでどうこうなる問題じゃないわよ」

「お、おう」

 銀華が意外にも常識的なことを言い出したので、俺は思わず面食らってしまった。品よく白滝を食べる銀華の隣にポジションを取り、俺も食べることにした。それもそうだよな。こういうのは俺が認めなきゃどうにもならねーよな。

「おいおい……。会長本気だぜぇー……外堀飛び越えて内堀埋めようとしてんじゃねえか……」

「さすが会長だ。順序ってモノをきちんと押さえてるな」

 何やらこしょこしょやってる優作と総一だが、正直丸聞こえである。銀華より遠い俺に聞こえているのだから、もちろん銀華にも聞こえているわけで。

「そこのアホ二人。注意三。即死刑」

 と、にっこり笑い、人差し指を立てる銀華。

「容赦なさすぎだろ会長ー!!」

「ガッテム……」

 優作に総一の二人も、俺の半分とはいえ、一気に極刑を食らっていた。よほど言われたくない話題だったようだ。まあ銀華はプライド高いだろうし、俺みたいなモンとどうこう言われるのは耐え難いだろう。

「……我が家も随分賑やかになりましたね」

 今まで黙っていた撫琴が、突然に口を開く。っていうか、傍らに置いてある卵の殻三セットから察するに、お前見ない間に相当の量食ってたな?

「静かよりは大分いいと思いますが……兄さんも大変ですね」

「え、何が?」

「……そこでそう返せる兄さんは、ちょっとすごいと思います」

 驚いたような、それでいて納得したような顔をする撫琴。なんというか、アイスクリームにキムチが乗ってるような複雑さ。よくわからないが、すごいって言われてるのなら褒められてるんだろう。

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