第4話 先駆者

「その呼び方はやめてくれないかしら?」


 表情が少しだけ曇る。

 調子の乗って茶目っ気をだしたのは失敗だったようだ。お姫様、っていう呼び方にトラウマでもあるのだろうか。


「ごめん、ちょっとふざけちまった」

「いや、私も過敏に反応しすぎたわ。っと、そんなことより聞きたいことがあるのよ。ねえ、あなたって……」


 そう言いながらズイと身を乗り出し、真剣な眼差しで見つめてくる。


「どこか別の世界から来たの?」

「! なんでわかったんだ?」

「その反応を見るに間違いないようね」


 ふうと安心したように息を吐き出し、イスに深く腰掛け直す女の子。

 そうか、最初から俺が異世界人だってわかってたのか。


「実はね、私、小さいころにあなたと同じように別の世界から来た子に会ったことがあるのよ。その男の子もあなたと同じように見たこともないような服を着ていて、あなたと同じ場所にいてね」


 これは予想外だ。でも現に今俺がここにいるということは、前例があってもおかしくはないはずだ。


「その子はちゃんと元の世界に戻れたのか?」


 もし戻れていたとしたら、その方法が知りたい。


「それが、わからないのよ」

「どいうこと?」


 注文したコーヒーで喉をうるおしながら続く言葉を待つ。


「少し長い話になるわ……昔、お父様に連れられてパーティに出席したんだけど、幼い私はひどくつまらなく感じてね。勝手に抜け出したのよ」


 なんという活発さ。会って間もないけどなんかそういう感じがするな。


「それからひたすら歩いて、国境近くの草原に着いたら、一人ぽつんと立っている同い年くらいの男の子がいたの。迷子になったらしくて、その子の話を聞いてるうちに別の世界の人間だって気づいた。とりあえずお迎えが来るまで一緒に遊びましょうって誘って、日が暮れるまで遊びまわってたわ」


 そこまで言ったタイミングで料理が届いた。たっぷりチーズのグラタンは見るからに美味しそうで、思わずよだれがでそうだ。

 中には元いた世界のものとの違いがわからないカニが入っていて、味もタラバガニそっくり。そういえばこっちに来てから何も食べてないな……そう思ったら、この料理の美味しさもあいまって食欲が急にわいてきてガツガツ食べてしまった。


「すごい食欲ね、まあここの料理はおいしいから仕方ないわね。っと、続き続き。ここからが大事なんだから」


 口をもぐもぐさせながら耳を傾ける。


「暗くなって足下が見えにくくなってね、追いかけっこで走っていた私は数歩先が深い谷底だって知らなかったの」


 彼女の顔がどんどん苦しそうな、悲しそうな、痛みを耐えているような表情になっていく。なんとなく、本当になんとなくだけど先が見えたような気がする。


「そこで、私より先に谷底の存在に気づいたその子が、落ちる寸前の私を引っ張り戻してくれて、その反動で谷底に落ちてしまったの。私は泣くことしかできなくて、パーティを抜け出した私を探しに来た竜騎士隊も谷が深すぎてすぐに探しに行くことはできなかった。谷底に到達したのは二日後で、その子は結局見つからなかったの」


 そう言ったきり彼女はうつむいてしまった。スプーンはとうに置かれており、グラタンも8割ほど残っている。

 この子にとって、それはとても辛い体験だったのだろう。


「厚かましいかもしれないし初対面のくせに何言ってるんだってなるかもだけど、あえて言わせてもらう」


 そう前振りし、一呼吸置いてから続ける。


「それは、君のせいじゃないよ。なんとなくだけど、その男の子の気持ちがわかる。きっと、助けることができでよかったって安堵の気持ちに包まれていたはずだ。じゃなきゃわざわざ身を挺して助けようとしない」


 こんな言葉は言われ慣れているかもしれない。それでも、言いたかった。

 何度も言うが俺たちは会って間もない、初対面の間なんだ。なぜこんな濃い会話してるんだろう。なんとも不思議な感覚だ。


「それに見つからなかったってことは、元の世界に帰れたってことじゃないかな。大の大人でも自力で脱出することができない谷底なんだから」

「……そう、なのかな。そうだったら、いいな」


 うつむいていた顔を上げ、少しだけ弛緩した表情でそう言う。


「そうだ、俺が元の世界に戻れたらその子のこと探してみるよ。見つけたらまたこっちの世界に連れてきてやる。そうすれば再会もできるし万々歳だろ?」

「……ふふふ、そもそもまだ戻れるかわからないし、戻れたとしてもまたこっちに来れるかどうかわからないけどね」

「そ、そうだけど!」


 よし、微笑は引き出せたぞ。それだけでちょっと達成感。

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