第15話 休憩時間

 久しぶり、というほどでもないか。

 小柄な体躯。それに不釣り合いな、後ろで一くくりにされた長い髪。

 茶色の髪色と瞳は生まれつきなんだそうだ。

 その愛らしい童顔に似合わぬ鋭い目つきでこちらを見てくる。


「ソーマ、なんでこっちにいるの?」

「いや、それは俺のセリフだって。音波こそどうして」

「私は元々こっち側の人間だから」


 なんてことはない、と言わんばかりの涼しげな顔でサラッと爆弾発言してますよ。また混乱させる気ですか。


「え? は? ちょっと待って説明してお願い今すぐに」

「その時間はない。30分後に彼女が帰ってくるもの。だから5分話して25分イチャイチャする」

「その配分はおかしい。あとイチャイチャはしない」

「それは認められない。さ、早く質問に答えて」

「認めろよ……まあいいや。どうやっても何も、前触れ無く突然強いめまいと吐き気に襲われて、気づいたらこっち来てたってだけなんだが」


 俺がそう言うと、音波はなにやらぶつぶつ呟きはじめた。なぜ…やっぱり…でも…そうすると…etc。


 音波は毎年、長期休みになると家族旅行へでかける。休み中は一度も帰ってきたことはなかった。その間はずっとこの世界に来ていた、ということだろう。

 なら、元の世界に戻る方法を知っている?


「おい、音波」

「だとしたら…まだ難しい…時間が…」


 だめだ。聞いちゃいない。

 俺は無言でほっぺたをひっぱることにした。

 むにむにむに。おーのびるのびる。

 いつの間にか思案顔からへにゃあとした顔になっていた音波は、しばらくされるがままだった。

 が、急にハッとして、困ったようにこちらを見る。


「どうしようソーマ、考えてたらイチャイチャする時間なくなっちゃった」

「そこは重要じゃないだろ。それより教えてくれよ、元の世界に帰る方法。知ってるんだろ? あとその格好も気になるんだが」


 元の世界では見たことのない格好。体にぴったりと張り付くような黒い生地で、機動性は良さそうだ。

 まだ若干落ち込んでいる様子の音波は、また難しい顔をして答えた。


「これは私の所属している組織の服装で、このタイプは高速戦闘や隠密行動に適している。帰る方法については、知っているとも言えるし、知らないとも言える」

「要領を得ない答えだな。それに組織ってどういうことだ?」

「説明するには時間がなさ過ぎる。彼女が戻ってくるまで残り5分しかないから、手短に要点だけ」


 真剣な眼差しの音波と目が合う。それだけ重要なことなのだろう。


「ソーマには2つの選択肢がある。このまま彼女と旅を続けるか、私たちの組織に保護されるか。どっちがいい?」


 意外な質問だったが、これについては考える間もなく即答した。


「もちろん、ティオと旅を続ける。俺はあいつの相棒だからな」


 そう言うと音波は少しだけ表情を曇らせた。こいつにとって思わしくない答えだったのだろう。だが、これだけは譲れない。


「そう。私には決定権はない。上にもソーマの決断を尊重するように言われてる。また、その答えの場合は私が2人の監視任務につくようにとも。そこで、いくつか守ってほしいことがある。一つ、彼女と離れないこと。一つ、彼女に私の存在を知らせないこと。一つ、死なないこと」


「ちょっと待った、それはどういう…」

「彼女が来た。話はここまで。また会いに来る。ーー顕現せよ。契約に従い其の力を我が身にーー隠影ハイド・スキア」


 音もなく姿が消えていく。

 音波も竜契約者だったのか。


「ソーマー、お昼ご飯買ってきたわよー」


 ほどなくしてティオが戻ってきた。音波はすぐ察知できたけど俺はメイルの羽ばたく音が聞こえるまで気づけなかった。あいつ、すごいな。

 はあ、休憩の時間だったのに休憩できなかったよまったく。

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