第5話 契約
「あなたがその子じゃなくて残念だったけど、会えてよかった。助けることができて、よかった。あのとき男の子を助けられなかったから、余計に」
「いや、お礼を言うのはこっちだよ。この世界に来たばっかりでいきなりカラスみたいな変なやつに襲われて死ぬかと思った」
「あの場所はいつ戦闘が行われるかわからない危険な国境地点で、人なんてめったにいないから、私があそこを飛んでいなかったらと思うと……。あんな場所で魔獣に遭遇しちゃったのは運が悪かったけど、その点は不幸中の幸いというか」
そっか。仮にあのカラスに襲われてなくても2国の小競り合いに巻き込まれてたかもしれなかったってことか。
「俺は本当に運がいいよ。君みたいな親切な子に拾われたんだからさ」
「べ、別に親切とかそんなんじゃないわよ。さっきも言ったけど過去のこととかあって……それに竜契約者たるもの人助けは当たり前であって」
それからもあたふたと否定していたが、その様子がなんともコミカルで笑いをもらしてしまった。ほめられるのに弱いということがよくわかりました。
「あ~もうこの話はいいから! ……ねえ、私からちょっとした提案があるんだけど」
さきほどまでの暗い表情から一転、目を輝かせながらそう言う。
「これも何かの縁、あなたが元の世界に戻るのを手伝わせてくれないかしら?」
「むしろこっちからお願いしようとしてたところだよ。助けてもらった上になんて図々しいやつって思われないか不安で言おうか迷ってたけど」
この提案は願ったり叶ったりだ。先に向こうから言ってくれるなんて。
「じゃあ決まりね」
「あ、でも君にもやることがあるだろうし、そんなに急がなくても大丈夫。夏休みははじまったばっかりだし、もう少しこっちの世界にいたいからね。こんな経験めったにできないし」
危機的状況にいるというのに、俺はワクワクしていた。だってそうだろ? 異世界に行ってみたい、竜や魔法を見てみたい、なんて一度は想像するはずだ。はずだよな?
「いやいや、大丈夫じゃないでしょ! 元の世界に戻れるかわからないのよ?」
「そりゃそうだけど、焦ったってどうにもならないからなぁ。こっちで仕事みつけてなんとか生活しながらのんびり帰れる方法探そうかなぁなんて」
そう告げると、目の前の女の子はハァと大きめのため息を吐き、浮かしていた腰を沈めた。
「あなたがどれだけのんきでマイペースなのかがよくわかったわ……お金の心配はしなくていいわよ。私がだすから」
「いや、さすがにそれは」
「もちろんタダで、ってわけじゃないわ。色々と手伝ってもらう予定。私の竜の世話とか」
「ああ、なるほど。それはありがたいな」
こんなかわいい子に雇われるとかむしろご褒美……ゲフンゲフン。
「だから……私についてこない? 私はある目的があって旅をしてるんだけど、そろそろ相棒が欲しいなって思っててね。ほら、旅は道連れって言うし。一緒に行動した方が便利だし、急がなくていいなら、旅をしながら元の世界に帰る方法を見つけることだってできるはず。どう?」
そう言って手を差し出した。
反射的にその手を握りそうになったが、その前に確認したいことがある。
「なぁ、ちょっと疑問なんだけど、過去に俺と同じ世界の人間に会ったっていっても、俺たちは初対面のはずだよな? どうしてそんなやつにこんな提案をするんだ?」
それを聞いた彼女は一瞬ポカーンとしたのち、自信満々にこう言い放った。
「1番の決め手はカンね。一緒に旅をすれば何か面白いことが起こりそうだなぁっていう、カン。あんたは知るよしもないだろうけど、こういうときの私のカンってかなり当たるのよ」
今度はこっちがポカーンとする番だ。俺もたいがいだけど、どれだけ大ざっぱなんだ。こんな豪快な人見たことないぞ。
てかあなたって呼び方からあんたって呼び方になってるよー早速雑になってるよー。
「どんな理由だよ……でもそういうのもありか。時には勢いも大切だって言うし。それじゃあ」
差し出されたままの白く小さな手を、力強く握る。
「これからよろしくな」
「こちらこそ、相棒さん。私と一緒にくるからには退屈させないわよ」
そりゃ退屈しないだろうな。退屈するはずがない。16年間生きてきてこんなに心が踊ったことは一度もない。
「そうだ、自己紹介がまだだった。俺の名前はソーマ。楓ソーマ」
「私の名前はティオ。さんづけとかは面倒くさいからやめてね。私も呼び捨てにするから」
「了解。あらためて、よろしくな、ティオ」
「よろしくね、ソーマ」
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