第23話 妹じゃなくて幼なじみ。幼なじみったら幼なじみ

「答えられる範囲であれば」


 まだ少しむくれながら、音波は不機嫌そうに言った。


「音波は元の世界とこっちの世界を行き来してるんだよな? なら、帰る方法も知ってるはず。教えてくれないか?」


 今すぐ帰りたいわけじゃない。だって、知ってしまったから。ティオのことを。

 けど、俺には自分の世界がある。家族も、友達も、生活も。だから帰る方法は把握しておきたい。そうすれば情報を集める手間も省けるし、ティオを手伝える時間も増えるしね。


「もちろん知ってる。自分が帰る方法なら。けど、ソーマが帰る方法は知らない」

「どういう意味だ?」


「転送魔法は、その竜の一族ごとに方法が異なる。さらに異世界への転送ともなれば秘伝中の秘伝。竜の中でも使える個体は少ない。しかも膨大な魔力を使うため1ヶ月は魔法を使えなくなる。結論、契約竜とコンタクトを取れなければ無理」


「そうか、俺、まだ自分の契約竜と会ったこともないし、話したこともないもんな。…ん、待てよ、なら、なんで別の世界の人間である俺がこっちの世界に来れたんだ? 竜と契約してなかったのに」

「それについては、偶然としか言いようがない。何百年に1度くらいの頻度で、なぜか異世界人がこちらの世界にやってくる。おそらくソーマもその中の1人」


 まさに神様のいたずらとしか言いようのない出来事ですな。他人事みたいに言ってるけど、すごいっていう実感がない。俺にとっては元の世界の住人である音波が近くにいるせいかな。


「ほうほう。なら、俺はいつ竜と契約したんだろうな」

「? 覚えてないの? てっきり覚えてるものだと…竜契約は双方幼い時にしかできない。でも、ソーマには【竜の爪痕】がある。推測するに、幼い頃に偶然こちらの世界にやってきて、その時たまたま竜契約をし、そのあと転送魔法で元の世界に戻った」


「待て、だとすると今回俺がこっちに来たのは…」

「そう。これも推測なんだけど、ソーマがこっちの世界に来たのは契約竜の魔法によるもので、さらにソーマの意思ではなく竜自身が魔法を使って呼んだのだと思われる」

「一体過去に何があったんだろう。それに、俺の契約竜は何のためにそんなことを?」


 わかったことも多いが、また新たな謎が湧いてくる。まるでイタチごっこだ。


「それはわからない。契約竜に直接聞くしか。今ソーマの契約竜の行方を組織が追っているんだけど、なかなかつかめない」

「とにもかくにも契約竜と会うしかない、ってことか。なら今できることはないな。そっちに裂く時間は、今のところないから」

「そう、ソーマが動く必要はない。うちの組織が全面的にバックアップする」


「なあ、さっきから気になってるんだが、なんで俺ごときにその組織とやらが動くんだ? 協力してくれるのはありがたいんだけど」

「彼女に話さないと約束するなら、教えてあげる」

「彼女、ってティオのことだよな。なんで教えちゃダメなんだよ」


 さっきから質問ばっかりだな、俺。でも質問せずにはいられない。


「それは、彼女がマテリア王国の人間だから。その点、異世界人であるソーマにならある程度話しても問題はない。私のいる組織は、世界の均衡を保つことを第一目標としている。だから、ソーマの契約竜の情報を集め、その動向を追わなければならない。まだ調査中で詳しいことは言えないけど、ソーマの契約竜は特別。世界の均衡を崩す存在になるかもしれない」


 今までティオにも異常とか言われてたけど、そこまでの竜なのか。

 なら、契約竜と会ったとき、どれだけの魔法を使えるというんだ…?


 ティオに話してはいけない、というのには納得できた。世界の均衡を保つということは、どこにも肩入れしてはいけないということ。例外は、同じく均衡を保つべく劣勢な側に協力することか。


 その点、国籍というか、所属する場所が一切ない俺には何を話しても問題はない、と。

 俺が迂闊に話さないよう、特別な竜の契約者を死なせないよう、音波を監視・護衛任務につけた。


 ありがたいことにはありがたいんだが…なんとなくきな臭い。何が、とまではわからないけど。注意した方がいいかもしれない。


「音波、色々教えてくれてありがとうな。監視・護衛任務もお疲れさま」

「どういたしまして。任務の方は、対象がソーマだから苦ではない。むしろご褒美」

「そ、そうか。あとついでに、頼まれてほしいことがあるんだけど」

「もちろん引き受ける。何すればいい?」

「聞く前からOKしちゃった!?」

「ソーマの頼みなら基本何でも引き受ける。えっちいのも大歓迎」

「いや、それは遠慮しとくわ。頼みたいのは、音波の戦闘技術を教えてほしいってこと。普段から身のこなしが違うし、気配も感知しにくいし、その技術を、身につけたいんだ」


 俺がそう言うと、ガッカリしたような表情の後に心配そうな顔になった。ティオほどじゃないけど、表情から読みとりやすいな。


「それはいいけど、大丈夫なの? 日中あれだけ特訓してるのに、夜まで…」

「大丈夫だ。昔からタフさだけが取り柄だからな。音波も知ってるだろ?」

「知ってるけど、突発的な戦闘が発生した場合、疲れが抜けてなくて体が動かない、なんてことになったら困る。だから、私が大丈夫だと判断した日のみ行うことにする」

「じゃあ、今日は?」

「ダメに決まってる。ソーマも自分の体だからわかっているはず」

「だよなぁ。それじゃあまた今度お願いな」

「うん。私の訓練は彼女より厳しいから、そのつもりで」

「うっへえ。まあいっちょ頑張るとしますか」

「彼女のため?」

「そりゃあな」


 ギリッ。

 あれなんか、すごい歯ぎしりの音がするよ?


「浮気はダメ、絶対」


 今回は後ろから両耳を引っ張られる。ずっと外で話してたから耳も冷えててすごく痛いんですが!


「いたたたたた、そもそもつきあってないし、音波は妹みたいなものだって何度も」

「私も何度も言ってる。妹じゃなくて幼なじみ。幼なじみったら幼なじみ」

「このやりとり、いつまで続けるんだよ…」


 特訓の約束も取り付けたし、有益な情報もたくさん手に入れることができたし、得たものは大きい。


 こっちに来てから1日の密度が濃い。濃厚すぎて胸やけを起こしそうになるくらいに。


 頭がパンクしそうな毎日だが、なんとかやっていける。きっと、目的があるから。


 音波を振り切り、ティオが寝ているベッドにたどり着いた俺は、その天使のような寝顔を見ながら今日1日を反芻する。


 ティオの草笛。寂しそうな横顔。初めての戦場。死の恐怖。ツンデレ金髪ツインテール。音波の温もり。新たな情報と、新たな謎。オトハハオサナナジミ。いかん、最後のは洗脳されてる。


 考えるべきことは多いけど、今日はあまりに疲れた。肉体的にも、精神的にも。だから考え込むのはやめて、寝ようと思う。

 そう決めた途端、体からスッと力が抜け、意識も遠のいていく。

 ティオの横に体を横たえ、俺はあっという間に眠りについた。

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