第39話 魔獣潜む森の中で

 なるほど、そういうことか。ユキトも女の子だもんな。そりゃ気になるか。


「お、いいね。さあ俺と一緒に水浴びを楽しもう!」

「うむ、じゃあ交代で使うとしよう。無防備なところを魔獣に襲われたらひとたまりもないからな。言い出した手前、私が先なのは心苦しい。君から使うといい」


 そう言ってユキトは俺の発言に特にリアクションも示さないままスタスタと歩いていってしまった。ぐぬぬ、スルースキルを身につけたか。

 俺は手早く水浴びを済まし、見張りをしていてくれたユキトに声をかける。


「終わったぞ~。交代しようか」

「では、私も使わせてもらうとしよう。わかっているとは思うが、もし覗いたら……」


 目が怖い。怖いよユキトさん。端正な顔だとすごんだ時の迫力が半端ではない。


「了解であります軍曹どの。可及的速やかに見張りに行ってまいります」

「無事、任務を遂行できるよう祈る」


 ビシッと敬礼をする。妙に堂に入っているなぁ。

 ユキトが見えない位置、且つ離れすぎずすぐ駆けつけることのできる位置に移動する。


 今のところ魔獣は現れていない。だが油断は禁物だ。やつらはどこに潜んでいるかどうかわからないのだから。例えばそうーー地中、とか。


 そう考え、地面を見た瞬間、ボコッと表面が盛り上がり、モグラ型の魔獣が目の前に現れた。


 ティオと一緒に魔獣退治をしたときと同じだ。気が緩み、油断しきった状態のときに現れた魔獣と同じタイプ。


 あの時に感じた死への恐怖が甦りそうになる。


 同時に、ティオがかけてくれた言葉も思い出す。


『大丈夫。あなたは強くなった。はじめて会ったときよりも、格段に。自分を信じてあげて。なんてったって、この私が特訓してあげたんだからね!』


 そうだ。ギルやカイルと戦った時だって、ティオに励まされて恐怖を克服したんだ。


 離れていても尚励まされるなんて、とんだ相棒さんだよ。


 ここで恐怖に負けて立ちすくむわけにはいかない。冷静に。落ち着いて。


 魔獣はその鋭い爪をこちらに向け、地面から飛び出した勢いそのままに襲いかかってくる。

 俺は背中から魔宝剣を抜き放ち、それを受け止める。


 よし、動ける。大丈夫だ。

 魔獣は攻撃が失敗したと見ると即座に距離をとり、うなり声をあげはじめた。それと同時に魔法陣が構築されはじめる。


 俺もそれに遅れないよう詠唱をはじめる。モグラ型の魔獣の魔法が何かは知らない。もしかしたらすでに強化魔法を使っているかもしれない。


 いずれにせよ、ここで俺が選択するのは、強化魔法。

 お互いの詠唱が終わり、魔法が発動する。

 魔獣は爪を地面に突き刺した。瞬間、地面が隆起し、4本の土の槍が形成される。

 モグラらしく地竜と契約しているようで、その属性は地。相性が良い契約例だ。

 槍といっても武器というわけではなく、先端のとがった濁流、とでもいうのだろうか。

 剣で断ち切ることは不可能だろう。避けつつ魔法の発生源の魔獣を叩くしかない。

 土の槍は同時に迫ってくるように見えるが、僅かに1本ずつ遅れている。普段の俺なら1撃目さえかわすことは困難だろう。


「――白銀のノグレー・アルミュール」 

 だが、強化魔法を使った今、倒すのは容易い。魔力量も日毎に高まっていくため、以前とは比べものにならないくらい身体、感覚器官が強化されている。スペックに脳が追いつかないくらいだ。


 強化された視力、反射神経で1本目の槍を避けることに成功する。これで勝ったも同然だ、後は遅れてやってくる槍をステップで避けつつ前へ進む。


 魔獣の魔法が終わった時、発動させた主は真っ二つになっていた。


 剣を振り抜き1匹目を仕掛けた後、不意打ちをしようと背後から迫ってきた2匹目を回転斬りで倒す。


 2匹目の存在に気づいたのは1匹目の魔法を避けていた時。音波に稽古をつけてもらったおかげだ。


 1日だけとはいえ、音波の稽古、助言はとてもためになった。強化魔法において意識すべきは視力、反射神経に加え、聴力。1つだけを意識するのではなく、その3つを上手く使えばごく小さな変化に気づくことができ、ある程度敵の動きを読むことができる。


「ソーマ、無事かっ!?」


 戦闘音を聞きつけたのか、ユキトが焦った様子で駆けつけてきた。


「ああ、たいしたことなかったよ。骨折してたのが上半身でよかった。下半身がやられてたらあそこまで動くことはできなかっ!?」

「ん? どうした?」


 そこには、一糸纏わぬ姿のユキトがいた。

 慌てて顔を逸らす。ほんの一瞬だけ見えてしまった。いやもうほんと一瞬だけ。ほとんど何も見えなかった。ホントだよ?


「ゆゆゆゆユキト、ふ、服! 服を着るんだ!」

「ふく? ……あ」


 どうやらお気づきになったらしいです。


「……見たか?」

「一瞬だけですほとんど何も見ていません」

「ほとんど?」

「はい。胸がちらっとだけ視界に入ってしまいました美しかったですまるで美術品のようでした」

「……う」

「う?」

「うわああぁぁぁぁああああああ!」


 すさまじい絶叫が森を駆け巡る。

 声が遠ざかっていくのを聞くに、急いで湖の方へ戻っていったようだ。

 早く着替えてください。執行猶予が伸びるだけなので。


 てっきりボッコボコにされるのかと思っていたのだが、着替えを終えたユキトは、なんというか真っ白に燃え尽きていた。


「もうおしまいだ……裸を見られるなど……責任をとってもらうしか……いっそソーマを殺して私も死のう……いやそれでは恩人に失礼だ……」


 体育座りをしながら、ぶつぶつぶつぶつよくわからないことを呟き続けている。これは危ないかもしれない。色々と。


「まあ俺がいうのもあれだが、元気だせよ。な? 今は魔獣を警戒しつつ村を探すことに集中しよう」

「ふはっ、そうだなそうだなそれがいい早く忘れよう忘れる努力をするべきだ君もね」


 ルビーのような瞳も今は濁って見える。これが死んだ魚のような目ってやつか…。

 よろよろと幽鬼のように歩いているユキトと一定の距離を保ちつつ探索を再開する。


 立ち直るまでに時間がかかりそうだなぁ。


 ユキトのためにもさっきの出来事は記憶の奥底に封印するとして。

 森の中を進みながら魔獣との戦闘を振り返る。自分でも、よくやったと思う。恐怖心に打ち勝ち、冷静に戦闘を終えることができた。それだけで、少し誇らしい。過去の自分にリベンジを果たすことができた。


 どんよりとしたムードのユキトとは対照的にホクホクしている俺。そんな調子で歩いていたら、不意に悲鳴が聞こえてきた。声質的に子ども、だろうか。

 俺もユキトも先ほどまでの気分を消し、一度顔を見合わせると、何か言葉を放つ前に駆け出す。

 走りながら2人とも強化魔法を完成させ、脚力を強化して加速し、悲鳴の発生源に急ぐ。


 子どもが魔獣に襲われている? 

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