第32話 深紅の瞳
全身に走る痛みと、ナイフで刺されているかのような冷たさで目を覚ます。
ここは、どこだろう。
辺りを見回す。どうやら森の中にある川辺に打ち上げられたようだ。
なぜこんなところにいるのか、という疑問は即座に消えた。直前にあった出来事を思い出したから。
カイルの片腕を吹き飛ばしたところで反撃を喰らい、メイルの背から落ちたのだ。
そうだ。ティオ。ティオは無事なのか。あの2人から妹を取り戻せたのだろうか。取り戻せなかったとしても、逃げきれたのか。
答えなどでるはずもない。だから、信じるしかない。
不測の事態に陥りお互いはぐれてしまった場合のため、あらかじめ合流場所は決めてある。
すぐにでもそこに行ってティオの無事を確かめたい。だが、この体ではとてもじゃないがたどり着けないだろう。打撲や骨折がひどく、今の状態では魔獣1匹も倒せない。
まずは、体を温められるところ、雨風をしのげるところを探さなければ。飲み水や食料の確保もしないと。
「ぐっ」
無理矢理に体を動かし、立ち上がる。服からぽたぽたと滴が落ち、水面に波紋を作る。なんとなくその波紋を目で追うと、何かにぶつかって、新たな波紋を生み出した。
俺と同じく、ぼろぼろの姿で打ち上げられている、女の子。
赤色と黒色で構成されている軽鎧を身にまとっているが、腕や脚には傷が目立ち、露出部分にはそこかしこに青アザができている。
それでもなお、その姿は、思わず息を呑むほど美しかった。
キメの細かい肌。伏せられたまつげは長く、唇は桜色に色づいている。
濡れた髪は、漆を塗ったようなツヤのある漆黒。
気を失っているようで、ぴくりとも動かない。この子も何かと、誰かと戦ってここに流れ着いたのだろうか。
とにかく、このまま放置すれば死の危険もある。俺も自分のことだけで手いっぱいだが、置いていくわけにもいかない。
背中にかつぎ、森の中をのろのろと進む。魔獣がいないか探りながら進むため、歩みは遅い。ケガをしていて足を動かすのさえしんどいのに、軽鎧を纏った見ず知らずの女の子を背負ってるから、というのもあるけど。
今、何時だ。太陽の傾き具合を見ると、3時くらいだろうか。だとしたらまずいな。暗くなる前にちょうど良い場所を見つけないと。
道無き道をじりじりと進み続け、やっとのことで、小さな洞穴を見つけることができた。日は沈みかけていて、もうすぐ夜が訪れようとしている。
何はともあれ、ようやく体を休めることができる。
安全な場所を見つけて気が緩んだのか、女の子を降ろしたあと、地面に倒れ込んでしまった。道中で集めていた火をおこすための木の枝がバラバラと落ちる。
痛い。寒い。早く、早く火をおこして服を乾かさないと。
木の板と棒を使う方法があるが、今の俺にそれは難しいだろう。ここはやはり魔法か。火を発生させる魔法なんて使ったことがない。けど、生きるためにも、やるしかない。俺だけじゃなく、この女の子の命もかかっているのだから。
頼むぞ、いるかどうかもわからない契約竜さんよ。
両手の【竜の爪痕】に意識を集中させる。
火。炎。イメージしろ。
ダメだ、魔法を使う時のあの感覚がつかめない。いつもは、どうやってたっけ。今まで使った魔法を思い出せ。共通しているのは……。
銀。
「――顕現せよ。契約に従い古より君臨する其の偉大なる力を我が元に――銀浄の
銀色の炎が木の枝に移り、燃える。
よかった。なんとか使えたぞ。魔力量を少なくしたら火をおこすのにちょうどよくなった。
びしょ濡れの服を脱ぎ、パンツだけになる。温かい。火は小さいのに、こんなにも。
これなら体が温まるのにさほど時間はかからないだろう。服が乾くのも早いはずだ。
さて、自分はもう大丈夫だし次は女の子…気を失ってる子の服を勝手に脱がすのはいかがなものか。でも命にかかわるし…。
罪悪感に苛まれながら、そろそろと手を伸ばした、その時。
「ん…うぅ」
ずっと閉じていた瞳が開き、ばっちり目が合う。
ルビーのような、深くて紅い、瞳。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます