第8話 道ほど
「おい、死ぬかと思ったぞ」
「それはよかった。そうじゃないとおしおきにならないし」
宙を舞い街道に落ちる瞬間、唐突に強風が巻き起こりケガなく着地することができた。これもティオの魔法なのだろう。
「でも、すっげえのな魔法って。あのカラスに襲われたとき以来だけど、こんなに近くで見たのははじめてでちょっと感動」
「ソーマの世界には魔法がないの?」
ティオはきょとんとした顔で聞いてくる。
「うん、ないね。あるのは科学だけ」
「でも、魔法っていう概念はあるのね」
「あるっちゃあるけど、俺たちにとっては架空の存在だ。魔法も竜も。向こうの世界では魔法の代わりに科学っていうのが発達してる。魔法は、理解できない超常現象みたいなもんだ」
魔法という言葉はとても便利だ。理論のわからないもの、理解できないものは何でも魔法のようだ、と言えば解決する。
「ふーん、じゃあ私たちにとってはその科学、ていうのがソーマの世界の魔法にあたるわけね」
「そうだなあ、なんだか不思議な感じだよ」
「それはこっちの台詞よ。魔法だってちゃんとした仕組みがあるし」
「へえ、なら俺も使えるかな」
「まず無理ね」
うわ、すっぱり言われたよ。ちょっとショック。
「そりゃまた何で?」
「だって、竜と契約を結ばなければいけないもの」
「竜と契約?」
「そう。竜契約。でも契約は人間と竜、双方幼いときにしか行えないの。だからソーマの年齢じゃ無理ね。竜も今は国が管理しているし」
あーやっぱりそうか。変な奴にあんな強大な力渡したら大変なことになるだろうし。
そこでティオはびしっとこっちに指をさして、こう告げる。
「だからあんたは私の手伝いをしてればいいのよ!」
うう、なんか情けないなぁ。この先どこかで戦闘があっても力になれないなんて。
「ということで早速仕事ね。まず朝ご飯食べ終わったら私と一緒にメイルの体を洗うこと。いいわね?」
「あのでっかくて蒼い竜か」
「そうそう。まああれでも竜の中じゃ小さめの方なんだけどね」
あ、あれで小さいのか。人間2人余裕で乗れるくらいなのに。じゃあもっともっと身体の大きい個体も存在する、ってことだよな。これから目にする機会があるかもしれない。楽しみすぎる。
ともあれまずは仕事だ。ティオの指示とはいえ俺を助けてくれたわけだし、ピッカピカに洗ってあげよう。メイルも一緒に旅をする仲間だからな。
俺たちは宿で朝食をとり、竜舎へと向かった。
ティオは今日も楽しそうに変な鼻歌を歌いながら歩いていた。
異世界の朝も元の世界と大差はなく(空気はおいしくて自然豊かだけど)早起きしたため妙に清々しかった(朝から激しい運動をしたせいかもしれないが)。
町から竜舎まではさほど遠くはなく、すぐに着いてしまった。
動物特有のにおいに、どうもうな鳴き声。動物園のようだが、中にいるのは巨大な竜のみだ。
「メイル~。お風呂の時間よ~」
ティオがそう言うと、ぎゃお~と鳴きながらメイルが飛んできた。相変わらず竜にしてはかわいらしい鳴き声だ。荘厳さも何もない。
飛んできたメイルはティオのすぐ横に着地し、すりすりと頭も寄せていた。
「きゅい~」
「よしよし、昨日はよく眠れた? そう、隣の竜がうるさかったのね、かわいそうに」
頭を愛おしそうになでるその姿はまるで妖精のようだ。姿だけね、姿だけ。
「あんた、今失礼なこと考えたでしょ?」
「いえいえそんなことは。それより早く洗わせてくれ」
「仕事熱心なのは良いことね。はい、タオル。ソーマにはまず翼を洗ってもらうわ」
「任せろ。ピッカピカにしてやるよ!」
そう言って俺はメイルの翼をごしごしこする。メイルも最初は嫌がっていたが、俺のゴッドハンドによりすぐにおとなしくなった。
「きゅ、きゅう~」
心なしか至福の表情をしているように見える。
「すごいわね、人見知りのメイルがここまで身を任せるなんて」
「ふふふ、妹に鍛えられたマッサージテクを竜用に応用したのだ。まさかここまで効くとは」
「へえ、私も今度やってもらおうかしら」
「おう! ティオの体のすみからすみまでもみつくして快感の彼方に…」
「やっぱりやめとくわ。あと後で魔法執行の刑だから」
「調子のってすみませんでした」
「よろしい。次はしっぽね」
「了解であります」
それからティオと二人でメイルをピッカピカにし、今日のことを話し合う。
「昔会ったあの子もソーマもあの谷の近くの草原にいたから、向こうの世界とつながってる可能性が高いわね。とりあえず何かてがかりを探しにそこに行きましょう」
「そうだな。俺も異論なしだ」
「それじゃあ早速行きましょう」
ティオはメイルにまたがり、こちらに手を差し伸べてくる。
俺はその手を取り、ティオの後ろに座る。
「あの、俺はどこにつかまればいいんだ?」
「そっちには手綱がないもんね。仕方ないから私につかまりなさい」
「では、失礼して」
ほっそりとした腰に手を回す。どうしよう、ちょっとドキドキする。
「つかまったわね。変なところ触ったら……わかってるわよね?」
「は、はい」
気をつけよう、本当に。
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