第2話 竜と少女

 呆けていた俺のすぐ横に、息絶えたカラスが落ちてきた。

 それを合図に我にかえり、今しがた起こったことを整理する。


 えーとつまりなんだ、突如現れた竜が俺を助けてくれて、とりあえず生きのびることができたようだ、と。うん、生きててよかった本当に。


 いやいやいや、色々とおかしいでしょう。てかやっぱりここ間違いなく日本、地球じゃないわ。4枚羽で魔法使うカラスとか、ファンタジーの化身と言っても過言ではない竜とか元の世界にいるはずないわ。


 ということは、俺は異世界に飛ばされてしまったわけだ。

 因果関係は全くわからないが事実として受け入れるしかない。


 ああ、これからどうすればいいんだよ。文字通り右も左もわからないし言葉も貨幣も何もかも不明。そもそも人間がいるかどうかだって。

 あの竜がしゃべりだしたりしないかなぁとか考えながら頭上を見あげていると、異変に気づいた。


「一難去ってまた一難、か……」


 とかニヒルにつぶやいてる場合じゃねええええ! あの竜こっちに向かってきてるよっ! 


「もうやだあぁぁぁぁああ!」


 一度助かったと思わせておいてコレはないでしょう神様ぁ! 


 何回も死の危険にあいテンションがおかしくなってしまった俺はパニック状態でガムシャラに走り出す。こうなればヤケだ。死ぬまで走り続けてやる!


 と意気込んだのも束の間、ものの数秒で竜に捕まえられてしまいました。

 安心してください皆さん。捕まっただけです。殺されたり食べられたりしたわけじゃありません。


 誰に説明してるんだろうとか思いながら、流れゆく景色を眺める。

 俺は今、その大きな大きな足につかまれて空を飛んでいる。修学旅行は風邪で休んだからこれが人生初フライトだ。きっと元の世界でこんな初体験をしたことある人はいないだろう。いたら困る。


 これからどうなっちゃうんだろう。何でこの竜は俺をつかんでいるのかな。あ、幼竜のエサにされるとか? そもそも竜って人間食べるのかなおいしくないよきっと俺の肉なんて。

 麻痺しておかしくなったテンションが徐々に下がっていき、再び訪れようとする恐怖心におびえていたそのとき。


「ふう、ここまで来れば安全ね」


 頭上から女の子の声が聞こえてきた。

 幻聴か? ありえる。今の精神状態なら。それにしてもこんな鈴の音を鳴らしたようなキレイな声の持ち主なんて今まで会ったことないぞ。こういうときは普通知ってる人の声とか聞こえてくるんじゃなかったっけ。


「おーい下のあなた、大丈夫? ケガとかしてない?」


 幻聴じゃなかった! ということはこの竜を操っているのは上の女の子で、助けてくれたのもこの子で、つまり今度こそ本当に助かったってこと……?


「あ、ああ、大丈夫。おかげさまで」

「そう、ならよかった。もうすぐ地上に降りるから、話はそれからにしましょう」

「うん。えーと、なんだかよくわからないけど、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 正直今すぐ聞きたいことは山ほどあったがグッと抑えて、眼下に流れゆく景色をさきほどとは違うおだやかな気持ちで眺めながら、地上に着くまでの時間を過ごす。


 ひたすら草原が続いているだけだと思っていたがそんなことはなく、数分後には民家、そして町が存在していることがわかった。


 それにしても飛行機並の速度で飛んでいるのに、風圧やGをほとんど感じないのはなぜだろう。もしかしてこの竜、魔法でも使っているのだろうか。


 その疑問は着地の際に解消された。減速し、真下に音もなく着地するとき、竜から魔法陣が出現したからだ。


 昔、本で竜はその1対の翼だけでは身体を支えられず飛行することができないっていう記述を見た気がするのだが、なるほど、この世界の竜は魔法を使って飛んでいるのか。


「ふう、到着っと。メイル、おつかれさま。先に竜舎に行っててちょうだい」

「きゅいきゅい~」


 どうやら俺を助けてくれたこの蒼い竜はメイルという名前らしい。見た目に反してかわいい鳴き声なのね。


 さ、まずはこの命の恩人たる女の子と話をしよう。俺を助けてくれた理由とか、あわよくばこっちの世界のこととかも聞いてみよう。ちょっと図々しいかな。でもそれくらいしないと生きて元の世界に帰れそうにないしなぁ。


 声をかけようとした瞬間、その子が振り返る。そのせいで言うべき言葉を失ってしまった。


 日の光を浴びて黄金に輝く髪。肩からするりと流れるそれはまるで最高級のシルクのようだ。肌の色は透き通るような白。まつげは長く、その大きな瞳は吸い込まれそうになるほど深い、翠。


 この子、とんでもない美少女だ。


 向こうも俺の顔を見て固まっている。ただ俺とは違って、みとれている、というよりも、観察するような、深く考えているような、そんな表情をしている。

 お互い固まることしばし。先に我にかえって話だしたのは向こうだ。


「な、なによ、そんなにジッと見つめて。あ、もしかして私の美貌に見とれちゃったとか? ならしょうがないわね。それはいたって正常な反応だもの」

「え?」


 いけない。あまりに予想外な言葉が飛び出したもので思わず真顔で聞き返してしまった。


「……! ジョークよ軽い冗談よ決して本心とかじゃないから緊張をほぐそうとしただけだから!」


 そういうことにしておこう。顔真っ赤だけどな。


「まあそれはいいとして。改めて、助けてくれてありがとう。君が来てくれなかったらあそこで死んでたよ」

「いいのいいの。私もあなたに聞きたいことがあったし」


 ? こっちの世界に来たばかりの俺なんかに何を聞くつもりだろう。この制服が珍しいとかそんなのかな。


「まあ立ち話っていうのもあれだし、ゆっくり話せる場所に移動しましょう。時間は大丈夫?」

「大丈夫」

「よし、決まりね。私のあとに着いてきて」


 なんだかトントン拍子にことが進んでいくな。きっと俺はとても運がいい。助けてもらった上にこっちの世界の人間とこんなに早く話すことができたのだから。

 足早な彼女に着いていきながらそんなことを思うのであった。あ、いきなり変なカラスに襲われて死にかけたことは除外で。

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