第3話 母の祭壇
「ねぇ、もう帰りましょうよ」
「もう13回目だぞ。不吉な奴だ」
「もう帰りましょうよ」
「14回目だ」
何度だって言わせてもらう。
あんな化け物を調査するとか。
しかも住みかがあるかもしれない場所に探りを入れるとか。
何度だって言いますよ。言いたくなりますよ、ええ。
「俺だって鬼じゃない。倒せ、とは一言も言ってないだろ」
「俺を置いて先に戻れ!って言って欲しいです」
「何言ってんだ。それはいざと言うとき可愛い部下が言ってくれるセリフだろう?」
「いえいえ、部下思いの隊長が言ってくれるはずです」
「「ハハハハ」」
二人揃って笑う。
お互い目は笑ってないですけどね。本音だから。
「とにかく大丈夫だ。さっきも言ったが殺気がまったく無かった」
「殺気とか、隊長、もう夢見る子供って歳で無いでしょう?そういう物語の中だけのものへ憧れとか童心は捨てちゃいましょう?ネバーランドはどこにもないんですよ?あだっ!?」
ちょっとからかったらグーですよ。
グーパンですよ。
「殺気はある。お前が鈍いから感じないだけだ。それにさっきのあいつの態度、落ち着いて見てみれば友好的なもんだって分かるだろ?」
「どこが?」
未だ恐怖のあまり、手放せないでいる上半身半分のお手ごろサイズウサちゃんを見せて言う。
「これのどこが友好的?」
「それ渡すとき、分けてあげるって言ってただろう?確かに素手で引き裂いたときは驚いて逃げようかと思ったが」
「おい」
「それに普通に挨拶もしてきた。お前も生き残ってるし友好的だろ。そもそもアレが何なのか分からんが」
「そりゃ、そうかもしれませんけど」
でも、たまたまじゃない?
本当にたまたまじゃない?
「いや、もう絶対たまたま私無事なだけですって」
「そうか、でも調査はやめないからな」
「あー、帰りたい、もう帰りません?」
「15回目だ」
何回も何回も説得する私を無視して先にどんどん進んでいく隊長。
あれを見た後になんでそんなに行動できるんですかね。
私には出来ません。
そしてどんどん進んでいく隊長の後を渋々ついていく。
酒だ。帰れば私に酒が待っている。
奢りだから死ぬほど飲んでやる。生きて帰れたらだけど。
そんな自分の欲望を胸に生きる意味を見出していたら突然隊長が足を止めた。
「どうしました隊長?」
「なんか、匂わないか?」
「匂う?」
言われて鼻を使いスンスンと周りを嗅いで見る。
確かに、ちょっと臭い?かな
「確かに臭いですね?なんだろうこの匂い?」
「お前ちゃんと風呂入ったのか?」
「し、失礼な!私の脇からはフローラルな香りをかもしだす魅惑なボディであって決してこんな臭い匂いじゃない!」
「とりあえず先に進むか」
私の必死の弁明を無視してくれた隊長と共にさらに先に進む。
「やっぱり臭いな」
「先に進むにつれてこの匂い強くなってきてません?」
「やっぱりお前風呂に」
「そこから離れてください」
一応私乙女だぞこの野郎。一応・・・
「まぁ、お前が臭いのは良いとして」
「良くないよ!?」
「この匂いは死臭...か?」
「そう...ですね」
一気に私達の空気が引き締まる。
冒険者という仕事柄嗅ぎなれている、嗅ぎなれてしまった匂い。
物言わぬ死体となった者達の呪われた匂い。
これはそれに近い。
「慎重に行くぞ」
「了解」
さらに先に二人で進む。
どんどん匂いがきつくなってくる。
そして
「足跡はここで終わってるな」
「家?ですかね」
先ほどの化け物の足跡が途切れたところに木で出来た家らしきものがあった。
そしてこの死臭もその家から出ている。
「ねぇ、隊長」
「なんだ」
「もう、帰りましょうよ」
「16回目」
「いや、これは洒落になってませんって」
「少なくともあの小屋の中を見なきゃ終われないだろう。例え『何が』入っていたとしてもな」
「危険です」
「お前違和感を感じないか」
「何のです?」
「あの家はあの化け物が入れるサイズとして出来てないだろう?扉も常人が通れる大きさのものだし、そもそも家自体が小さすぎる」
「えっと、つまりあそこに化け物は住んでいるわけじゃないってことですか?」
「例のお母さんかもな」
「お母さんってだってあんなに大きい化け物のお母さんでしょ?」
入らないでしょ?
「てっきり同種族だと思ってがもしかしたらどっかのいかれた人間の女があれを作りだした・・・とか?現に人間の言葉を喋ってたしな」
「さすがにそれは・・・どうなんでしょう?」
「まぁ、真実がどうであれ、やはり見ていく必要がある。こんな状況、一つでも多くの情報を持ち帰らなけりゃ信じてもらえんぞ」
「マジですか」
「マジです」
「言っとくけどお前も来るんだからな。おい、なんだそのか弱い乙女を演じようとして失敗したブサイクな顔は」
「だって行きたくないですもん。絶対中身やばいですって。ブサイクでもなんでもいいから帰りましょうよ」
「17回目」
ここは必死に説得する場面でしょ。
説得しなきゃあかんでしょ。
中身は分からないから幸せなときもあると思うよ私は。
昔、まだ貴族だった頃に誕生日でプレゼントされた昆虫標本セットも箱から出さなきゃ良かったって心底思ったよ。
「というかだな、トリシェ」
「なんですか隊長?」
「ここにあの化け物がいなくてあの家の中にも入れなさそうってことはだな」
「はい」
「あの化け物は何処にいったんだろうな」
「はい?」
そういえばそうか。
足跡はここで止まってるし。
と思ったら後ろから声が聞こえてきた。
「あれー?さっきの人達だー?」
二人で振り返る。
居ました。発見しましたよ隊長。
真後ろに居ましたよ。隊長?ほら隊長こっちを見て?
そんなまずったなみたいな顔してないでこっち見て?
「何してんのー?」
隊長?返事隊長からしてくださいよ。
おい、隊長。おっさん。殺気無いんだろ。なんで必死に顔逸らしてんだ。
おい!おーい!
「あ、もしかして遊びに来てくれたのー?」
こ、これはどうするべきだ。
冷静に考えてみよう。
まずイエスと答えた場合は
「本当~?じゃあお人形さんごっごだねー?」
と言って私達の頭がブチッと千切れるパターン。
駄目だな。
もしノーと答えた場合は
「えー?じゃあ死んで」
これまたプチっと蟻のように潰されるパターン。
どうしませう。
希望が見えませぬ。
と私が必死に考えていたらどう解釈されたのか
「うーん。お母さんに聞いてみるねー」
お母さん?
化け物が先ほどの家の前までいき扉を開く。
あれ?もしお母さんとやらが隊長の言うとおりあの生物を作り出した張本人だったとしたら。
これ私達結局殺されるんじゃない?
「お母さん良いってー、中入ってみてー」
断れない...ですかね?
「ほらー、早く早く」
断れないですね。はい。
出荷される動物ってこんな気持ちなんだろうか?
流されるままに二人で家の中に入ることになった。
そしてやっぱりやめておけばよかった。
だから言ったじゃないですか隊長、帰りましょうって。
「お母さん、お友達だよー」
そう言って化け物は挨拶をする。
家の天井から縄で首を吊るされた白骨死体相手に。
そして私と隊長は何も言い出せなかった。
その白骨死体の下にまるで祭壇のように積まれた
おびただしい数の腐った肉と骨の山を見てしまったから。
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