第8話 勇者の宝

「まさか兄さんの方から尋ねて来てくれるなんてね、どういう心境の変化かな?」

「可愛い弟さんにどうしても会いたくて」

「相変わらず心の底から気持ち悪くなるような嘘を吐くのが好きですね。兄さんは」


目の前に俺と顔が良く似た貴族様がいる。

俺の方がイケメンだが。


グスリフ・バラリイポ


ぶっちゃけ俺の血の繋がった弟なんだがこの仮面のような笑顔に毒舌は相変わらずか。

まぁ、兄がこんなにイケメンだと捻くれるのもしょうがないかもしれない。


「貴族としての責務等全部私に押し付けて遊びまくってる兄さん」

「すかした面で平気で人に無茶振りする極悪ドSな弟さん」


と大変仲がいい兄弟なのだ。

人払いを済ませた屋敷の書庫でそれぞれが適当に本を物色しながら話す。

お互いに目を会わせることもなく会話をする。

本当に仲がいい兄弟なのだ。

適当にその辺にある本を取りページをペラペラとめくりながら会話が始まる。


「で、兄さんが俺に用も無いのに会いにくるわけないから本題に入ってくれない?」

「知ってるか?俺の部下のトリシェなんだがな、外見だけでなくとうとう握力までゴリラじみて」

「兄さん、本題」


俺の言葉をピシャリと遮る。つまらん男だねー。

お、官能小説発見。


「兄弟での小粋なコミュニケーションにより好感度上昇イベント人生において大事なことだと思うぞ弟さん」

「人生は有限です。必要のないイベントはスキップするに限ります」


今日一番の笑顔で言うことがそれか。

・・・俺達は大変仲がいい兄弟なのだ。

・・・多分、きっと、メイビー。


「分かったよ。依頼の件だ」


それを聞いた瞬間弟が本を閉じる音が聞こえた。


「へぇー...やっぱりいたんだ?」

「やっぱ、知ってやがったかこの野郎」


俺達兄弟の関係は特殊だ。

お堅い貴族様じゃ解決できない問題を俺が弟の代わりに仕事として依頼としてギルド経由で指名で受ける。

向こうも事情をいくらか察することが出来る俺を雇いたい。

俺も金が入る仕事をしたい。

よって今のような関係にある。

だか回ってくる仕事は碌なもんじゃない。

そりゃそうだ。

貴族からの仕事なんてのはどれもこれも面倒くさいもんばっかりだ。

今回はまた飛びっきりだったがな。


「僕だって聞いたのは噂さ。ほんのちょっぴり苦味が利いたところからの噂」

「噂ねぇ...貴族様は随分と悪趣味な好奇心と欲望をもてあましているらしい」

「ああ、そうだね。なんとも退屈な世界だからね。だから聞かせてよ兄さん。僕の悪趣味な好奇心と欲望を満たすためにさ」


自分の弟ながら相変わらずタチが悪い。

いや、だからこそこいつは貴族でいられるのであろう。

俺と違って。


「俺らよりはるかに大きい生物がいた」

「酷く抽象的だね。魔物、動物、それとも、人間によく似た姿の化け物でもいたのかな?」

「そこまで知ってるんだったら俺があそこまで行った意味なくね?」

「だから噂だよ。ただの噂で知った何の根拠も無い笑い話さ。確かめたくなるのも道理だろ?」

「いいじゃないか。噂は噂で。噂最高。その曖昧だからこそ夢が一杯詰まっているその概念を大事にしよう」

「そうだね。でも知りたくなっちゃうのさ、欲しくなっちゃうのさ。暇と金がある貴族なら尚更・・・ね」


チラッと弟の方を見ると楽しくなるとつい悪い笑顔に、状態の彼がいた。

子供の頃にはもっと純粋だったはずなんだけどな。


「あの子をどうするつもりだ」

「あの『子』か。随分と入れ込んだね」

「ウチのミセスマッソーが気に入ってるもんでね」

「トリシェちゃんか。相変わらずだな。今度会わせてよ」

「いやいや、貴族様にお見せ出来るような顔をしておらんのですよ」

「それでも見てみたいお年頃ってね。まだ貴族嫌いは治ってないのか」


ある理由でこいつはトリシェのことを一方的によく知っている。

だからこそだがあいつの貴族嫌いを抜きにしてもこいつと会わせるわけにはいかん。


「そのうちな」

「会わせる気ないくせに」


クククと笑う俺の弟。

昔は可愛いかったんだよ。

こんな黒い笑いをするような子じゃなかったの。

お兄さん悲しい。


「ところで兄さん」

「何だね、弟さん」

「この本覚えてるかい?」


俺の後頭部目掛けて弟が何かを投げてくる。

それをすかさず片手を後ろに回してキャッチする。


「さすが、冒険者」

「頭に当たって馬鹿になったらどうする気なんだ?」


本の角が当たったら痛いんだぞ。


「その心配は必要ないと思うな・・・もう既に手遅れだし」

「何か言ったか?」

「いいや、何も?」


何か腑に落ちないが投げられた本を確認する。

昔よく兄弟で読んだ絵本だ。

『勇者アキヒコの伝説』


「懐かしいな、おい」

「やっぱり覚えてたか」

「当たり前だろ。ていうかこの話なら誰もが知ってる話じゃないか」

「そうだね、二十年前の実話を元に作られた話だからね」


本の内容は子供だったら誰もが一度はあこがれる勇者が魔王を倒すまでの軌跡を描いたもの。

そしてこの絵本を俺達兄弟二人が揃って気に入ってた理由の一つがその勇者が実在したことだ。


勇者アキヒコ。25年前に異世界から魔王の脅威から世界を救うために召還された人物。

その召還された後、わずかな時間で魔王を討伐し、世界に平穏をもたらした。

残念ながらその後、今から10年ほど前に行方が分からなくなってしまった。

元の世界に戻ったとか、しかるべきときまで眠りについたとかいろいろ囁かれている人物である。


「でこの絵本がどうしたって言うんだよ?」

「その中にさ、勇者アキヒコが魔王を倒した後、世界が平和になりましたって最後の方に書いてあるでしょ」

「ああ、物語の終わりの定番だろう?」

「そしてそのさらに後に勇者は異世界からの宝をこの世のいろんな場所に分け与えたって書かれてる」

「ああ、いつかこの宝を二人で見つけに行こうって話もしたっけな...懐かしい」


なんとも無邪気なころがあったものだ。

俺も年とったなぁ...


「兄さん、もしその宝が本当にあるとしたらどうする?」

「おいおい、さすがにそんな夢物語」

「夢物語じゃなかったとしたら?」


いつになく真剣な声で帰ってくる。


「例え本当だったとしてどうでもいいだろうそんなもん。今は依頼の件でだな」


すっかり忘れていたが俺はこんなところでのんびりしている場合じゃなかった。

マッハでトリシェのところに戻らないと俺の愛しのリラちゃん(娼婦の女性)に羽振りの良い客がついちまう!


「その依頼の件とも関わるって言ったらどうする?」

「勇者の宝がか?」

「そうそう、その勇者の宝と兄さんが見つけたその大きな生き物は切っても切れない関係がある」


とてもそういう風に見えなかったけどな。

母親の死を理解していながらその愛を必死に求めていたアイズを思い出す。


「あいつは見た目は物騒だがただデカイだけのガキだぞ」

「そう、それだよ」

「ん?」

「兄さんはさ、勇者の宝ってなんだと思う?」


唐突に話が飛ぶなこいつは。

兄さん話についていくのに精一杯だぞ弟よ。


「剣とか、盾とか、あるいは金銀財宝とかか?」

「そう、普通はそうだと思うけどさ。異世界からの宝ってそういう普通のものとは違うと思ったんだよ」

「じゃあ、お前は何だと思ってんだ?」

「いろいろ調べてみた結果なんだけどさ」


と前起きを入れてから


「子宝ってのはどうかな?」

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