第20話 たったひとつの冴えた必殺技 ↑

 トットは軽く飛び跳ねて、痛みを紛らわしているようだった。明梨は『ジャッジメント・ベル』に表示された、トットの体力を見る――……このままタイムアップになってしまえば、確実にこの試合は負けてしまう。


 流石のトットもノーダメージではなかったが、ハヤテにも疲れを見て取る事は出来た。やはり、あの<巨人>という大技はハヤテにとって、それなりに体力と魔力を消費するものだったのだろう。


 左腕を構え、トットに向かって振る。格闘戦だ。ならば今のハヤテの速度であれば、トットに避けられない筈がない。明梨は再びトットを屈ませ、小さく飛び跳ねてハヤテの攻撃を避けた。


 ハヤテの動きにキレがない。トットにもダメージはあったが、まだ何もしていないのだ。魔力量は十二分にあった。


「どうしたんですか、ハヤテさん? もう岩は飛ばさないんですか?」


 ハヤテは何も言わず、トットに攻撃を続けている。だが、トットの速度を捉え切れないようだった。


 今の明梨とトットの意思は、完全に疎通している。


 確かな速度なのだ。


 ――――だから、もう一歩だ。


「あれ、もしかして飛ばせないんですか?」


 ハヤテは宙返りし、トットから距離を取る。そうして左手を大きく開き、トットに向けた。


 トットは全く、焦りの色を見せない。闘技室での対戦の時も、そうだった。トットは限界を超えると、ただ戦闘に集中するようになるのだ。


 ならば、完全にトットのペースだ。


「<岩五月雨>!!」


 爽子が叫んだ。ハヤテの左腕から、雨のように岩が乱射される。だがその速度は、トットにとっては大した事のないものだ――何より、初撃の時よりもスピードが落ちている。直線は僅かに放物線を描き、銃撃のような速度ではなくなっていた。


 良い兆候だ。時間はもう少し。もう少しだけ、引き延ばしたい。


 トットは踊るようにハヤテの岩攻撃を回避し、折れていない右腕を軸にして宙返り。ハヤテに踵落としを放った。


 手前に出していた左腕ではガードができず、ハヤテは生身の右腕を利用してトットの攻撃をガードする。


「遅い遅い!!」


 接触の瞬間に、挑発する事も忘れない。


 今がタイミングだ。明梨は、そう判断した。ハヤテは今まで、攻撃と防御の主軸をその強固な左腕に頼っていた。右腕でガードしたということは、つまり左腕では反応が間に合わないと感じた証拠だ。


 トットの攻撃は、ハヤテの左腕の死角から放たれた攻撃だったのだから。


「おい神凪ィ!! プレイヤーとクリーチャーの意思ってのは、同じ方向に向かないと正しく機能しないもんだぜ!?」


 明梨も、爽子を煽る。


「――う、うっさい!! ちゃんと疎通してるもん!!」


 爽子が叫んだ。トットの豹変ぶりに、余程慌てているようだ。それもその筈、トットがそのような態度を取れるなど、明梨にだって計算外だった。


 明梨はトットをハヤテから遠ざける。右腕を前に出し、目を閉じさせた。


 ――やるぞ、トット。


 言葉にもせず、明梨はトットと意思を疎通させる。トットも理解しているようで、笑みを浮かべていた。


「そろそろ、終わりにしましょう。ずっとこのタイミングを図っていたんです。貴方が魔力を使い果たし、無防備になる瞬間を」


 ハヤテが左腕を降ろし――もう、撃てないのだろう。岩の弾丸は。


 瞬間、トットが目を開く。


 トットの全身から桃色のオーラが立ち昇り、その周囲に光の魔法陣が現れた。


 そう、ハヤテの<巨人>でさえ、その魔法陣の大きさはトットの<星屑のスターダスト>には及ばない。


 それがどういう意味を持っているのか、明梨は理解したのだ。


「神凪!! お前も格ゲーマーなら知ってるだろ、格ゲーの中で唯一、最強の行動っていうものが存在する瞬間をよ!!」


 爽子が明梨とトットを交互に見据え、困惑して表情をころころと変えている。


 ハヤテが額から汗を垂らし、トットの行動を呆然と眺めていた。


 構わない。嘘も方便と言うが、この嘘は金になる嘘。


「――――無敵技だよ!!」


 そうして、爽子の顔色が変わった。


「お見せしましょう。ネコウサギ族に代々伝わる必殺技、その叡智を――――――――!!」


 トットはビルとビルの間を蹴り、上へと登って行く。それこそが、三次元のフィールドならではの行動だった。闘技室で夢遊の攻撃を避けた時、トットには壁ジャンプの才能があるのではないかと感じていたのだ。


 ビルの壁から、反対側のビルの壁へ。それを繰り返し、恐るべきスピードで上空へと登って行くトット。やがて明梨の視界からは豆粒のようになってしまっても、トットの視界は機能している。


 遥か下方で、トットの様子を呆然と眺めている爽子とハヤテ。最早、この距離では攻撃も出来ないのだろう。


 トットは羽ばたくように、バスロータリー側に向かって飛び出した。


 二人、宣言する。




「「<星屑のスターダスト>!!」」




 世界が暗転し、鳥のように遥か頭上に居るトットから星が零れ出る。


 トットはその星を、ハヤテに纏わり付かせるように飛ばした。


「なっ…………!? なんだこれは!!」


 ハヤテがその星を振り払おうとするが、何をしても星は消えない。


 当たり前だ。


 ――――ただの映像で、触れられないのだから。


「さあ!! これが一度限りの必殺技!! 『ロック』したぜ、お前のクリーチャー!!」


 明梨は考えていたのだ。


 どうして、ネコウサギ族の秘密兵器とも呼ぶべき<星屑のスターダスト>が、何の意味も持たない星の映像だったのか。


 質量を持たず、触れられず、勿論攻撃力を持たない。そんなものが、何の役に立つと言うのか。


 トットが言った。


『四百年続くネコウサギ族の由緒正しき歴史に従い、全身全霊で欺き生きる事を誓います!』


 欺き、生きる。


 それが、ネコウサギ族の戦い方なのだと。


「イッツ・ショウタイム!!」


 トットは不敵に笑い、膝を固めた。ハヤテに向かって、一直線に降りて行く。


 無敵技だと言った。ロックする技だとも宣言した。はったりだとバレれば、避けられて仕舞いだろう。


 この『纏わり付いて離れない星』が、ただの映像だとバレればの話だが。


 神凪爽子は『瞬速』。反応する生き物なのだ。


 即ち、土壇場の状況に立たされた時、反射神経を使って対処しようとする癖があるのだ。


 だから、待つ。そのトットの攻撃がどう動くのかを見極めようとする。<星屑のスターダスト>には、その意味の分からない技名により、何をされるのか皆目見当が付かないというメリットもあった。


 よって、この隙丸出しの攻撃を、『中身が分かってから反射神経を頼りに対処する』つもりなのだ。


 無敵技など、有るわけがない。


 この戦いは、ゲームであってゲームではないのだから。


「ガード出来るもんなら、ガードしてみろよ!! まあ、お前には無理だろうけどな!!」


 トットは落ちて行く。その上空からの速度を持って、ハヤテの左腕へと。


 だが、ハヤテの左腕は見る限りでも頑丈だ。この程度の攻撃では、ガードされてしまうのかもしれない。


 明梨は、大きく息を吸い込んだ。


『後悔、しないでよ? 言っとくけどあたし、新宿で一番反射神経良いんだから。デモ選でもクリーチャー同士の戦いに付いて行けたし、熟知されてるゲームじゃなきゃ負けたりしないわよ』


 ――――頼むぞ、神凪。


 明梨は、祈り。




「そいつは――――――――下段攻撃だからな!!」




 そう、叫んだ。


 刹那。


 全行動を爽子に一任していたハヤテが、左腕を避ける。


 無防備な首を丸出しにして、屈む。


 その、東京のゲームセンターでは誰も敵うことのない、圧倒的な反射神経を利用して。


 爽子は、『反応』した。


 有り得る筈のない、上空からの下段攻撃をガードするために。


「――――がっ――――」


 ハヤテの首筋に、遥か上空から勢いを付けたトットの両膝がめり込んだ。


 身体だけは丈夫だと言った、トットの性質を利用して。全身全霊の一撃を放った。


 ついにガード出来なかった左腕は垂れ下がり、トットはハヤテの頭部を右手で掴み、支点にして飛び上がる。ハヤテから距離を取った。


 着地すると、すぐに振り返って様子を確認する。


 ハヤテは――――白目を剥いていた。


 すぐにサトゥーリャは駆け寄り、ハヤテの様子を確認しようと――――


 する前に、ハヤテは前のめりに倒れた。


「え、えっと……。あの、起きるー? さっきのトットちゃんみたいに、起きてくる事、無いよね……?」


 何度か肩を叩き、様子を確認した。明梨も『ジャッジメント・ベル』の残り時間を確認する――……


 五、四、三、二――――――、一。


「――――まじか」


 サトゥーリャは空いた口が塞がらないようで、きょろきょろと辺りを見回した。観客席に座っていた数名のクリーチャーも、驚きを隠せていないようだ。


 唯一人、足を組んで笑みを浮かべている――エルクレアを除いては。


「『ゴーレム忍者』ハヤテ、ノックアウト。ということは……<スキャニング>はなし、ということで……えっと、じゃあ、つまり……」


 挙動不審に陥りながらも、サトゥーリャはトットの右腕を掴み。


 高らかに、天空へと向けた。




「勝者、『ゆるふわネコウサギ』のトット!!」




 静かに、観客席から拍手が巻き起こる。明梨は脱力し、溜め息を付いた。


 トットは未だ、何が起こっているのか分からないと言った様子だった。右腕を上げられた状態のまま、目を何度も瞬かせて呆然としている。


 エルクレアが拍手をしながら椅子から立ち上がり、明梨とトットの下にへと歩いた。ふと、明梨とエルクレアの目線が合う。


 エルクレアは微笑みを浮かべていた。


「おめでとう、不死川明梨君。ネコウサギ族代表、トット。二人共、見事な戦いだった」


 トットがエルクレアを見て、目を丸くしていた。ようやく、自分の状況を把握したようだ。その場に倒れているハヤテを見て、トットはようやく、感情が起こったようだった。


「……わ、私、本当に勝った……です、か? 私の勝ち、ですか?」


「ああ。トット君と明梨君の勝利だ」


 感極まったのか、静かにトットは頬から涙を零した。その頭を、明梨は何度も撫でた。


 艶やかな銀髪は、戦闘の砂埃にまみれて汚れていたが。トットは確かに、最弱のクリーチャーとしての勝利を掴み取ったのだ。


「勝てたよ、トット」


 それは二人にとって、途方も無い夢への第一歩であった。


「――――はいっ!!」


 泣きじゃくりながら、トットは明梨の胸の中で震えていた。それ程に、嬉しかったのだろう。何も出来ないと思っていたトット。何度も挫けそうになったが、その度に前を向いてきた。


 トットに出来る事を、全て使った。そうして掴み取った勝利だったのだから。


「はい、今この瞬間に、負けたプレイヤーから勝ったプレイヤーへ星が転送されました。それでは本日の対戦は、これにて終了となります!!」


 明梨はその場にへたり込んでいる、神凪爽子へと歩み寄った。爽子は自身の『ジャッジメント・ベル』に表示された星の数を見て、何をすることも出来ずにいるようだった。


 ただ、愕然としている。


 明梨は、爽子に手を伸ばした。


「……私、負けたのね」


 その手を掴む代わりに、爽子は明梨にそんな事を言った。明梨は笑わず、怒らず、冷静に頷きを返した。


「ああ。俺の勝ちだ」


 爽子は明梨を睨み付けた。爽子は明梨とトットを半ば殺すつもりで仕掛けたにも関わらず、爽子のクリーチャーであるハヤテは気絶しているだけだ。


 特に首の骨が折れている様子もない。激突の瞬間、明梨が意識して行った事だった。


 トットさえパニックにならなければ、明梨にはそれだけの余裕があった。


 それが、二人の圧倒的な力の差だった。


 ぼろぼろと、爽子の大きな瞳から涙が溢れる。明梨を睨み付けたままで、爽子は声もなく泣いていた。


「……するからっ」


「うん?」


 爽子は自分の手で涙を拭き、自分の脚で立ち上がる。


 そこに、誰の助けも借りる事はない。


「リベンジ、するからっ!!」


 きっと、神凪爽子は近い将来、不死川明梨の貴重なライバルとなるだろう。


 だから、明梨は爽子を笑わなかった。


「――――待ってるよ」

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