第9話 お買い物ハプニング ↓


「俺はどうすればいいんだ? 戦うのはトットなんだろ?」


「いえ、正確には二人で戦う事になります。明梨さんは私と『シンクロ』していますから、対戦中は神経レベルで私に指示を送る事が出来るんです」


 なるほど。正に、進化した格闘ゲームのようなものか。明梨は『ジャッジメント・ベル』を左腕に装備し、装着感を確かめた。


 対戦相手のクリーチャーは、『繊維の操り人形マリオネット・メアリィ』。プレイヤーと違い、クリーチャーは写真も公開されるようだ。見たところ、姿形は正に西洋人形のようだが――クリーチャーである以上、これも動くのだろう。


 ゲームオーバーになれば、プレイヤーにも『罰ゲーム』と呼ばれるものが待っている。


「トット。一応聞いておきたいんだが、『罰ゲーム』って何なんだ?」


 明梨が問い掛けると、トットは首を振って答えた。


「内容は大会開催ごと、人によっても変わるので、何かまでは特定できないのですが……過去に参加したプレイヤーは皆、廃人のようになってしまったとか……」


 思わず、喉を鳴らした。


 あの場所に集められたゲーマーは、両手で数えられる程度の人数ではなかった。ならば、それだけの数の罰ゲームを受けた人間が居るということだろうか――……それならば、流石に表立った問題になるのではないか。


 しかし、魔法を扱うような連中なのだ。何が起きても不思議ではないと言えば、そうなのだろうが。


 トットは俯いて、長い兎の耳をぐったりと垂らしていた。表情を確認しなくても一目で様子が分かるので、便利なものだと思う。


「どうした? トット」


 顔を覗き込むと、やはり気負っている様子だった。


「……あの、明梨さん。もしデモ戦をやって駄目そうだったら、遠慮せずに辞退してくださいね」


 ――――辞退。


 その言葉を聞いた時に、明梨は疑問に思った。


「『辞退』、できるのか? 今も」


「ええ、確かエルクレア様がそのように仰っていたような……。確認する必要はありますが」


 予選であれば、まだ『辞退』ができる?


「そうすると、罰ゲームは……」


「その時の状況によって、変わる筈です。星の数が少ないほど、より厳しい罰ゲームになるのだとか」


 星を五つ集め、十個揃えた時にゲームクリアということは、半数『以上』は予選落ちするというわけだ。


 以上というのは、即ち途中で『辞退』するプレイヤー。それらは恐らく、自らの残りの星を放棄して『辞退』を行うのだろう。そうなれば、必然的に『予選』を通過できるプレイヤーの数が減る。プレイヤーからしか星を奪えないのに、持ち星五個、クリアまでに十個ということは、通過するためには確実に一人は落とさなければならないからだ。


 ゲームオーバーになれば罰ゲームが待っているということは、逆に言えば自分の星が残り一つや二つになった場合、そのプレイヤーが『辞退』する可能性は極めて高い。


 逆転不能なゲームで、わざわざ罰ゲームを厳しくさせる必要もないだろう。


 ともすれば、『辞退』の存在によってゲーム性は破綻している。敢えて『辞退』をさせるように、仕向けられたゲーム――……? プレイヤーには、元からあまりペナルティを付加させないように考えられた、ということか……?


 しかし、まだ仮の話だ。トットのこの認識では、まだはっきりとしない。


「あの、もし仮に辞退したとしても私、明梨さんを恨んだりしませんので……」


 トットは虚ろ気な瞳で、部屋の隅を見てそう言った。明梨は苦笑して、トットの頭を撫でた。


「ま、お前が本当に『無理』なのかどうか。話はそれからだな」


 今は悩んでも仕方がないことだ。明梨の知識では、辞退に関するそれ以上の事は分からない。ならば、目の前の対戦に集中するべきだと考えた。


 それが、このトットという少女に関するより詳しい情報を得る事にも繋がる。




 ○




 新宿までは、電車で三十分程度だ。明梨とトットは二人、新宿駅東口まで来ていた。


「わあ……!!」


 東口の改札を出て階段を上がると、トットが周りの様子を確認して、目を輝かせた。


 目の前に広がる、巨大な建造物。エルクレアの造ったものと違うのは、それら全てのビルは趣味嗜好で造られたものではなく、電気や水道、ガスが通っているということだ。


 見たところ、『ソーシャル・エッグズ』に機械の知識はありそうだが、まだエレクトロニクスが全域に広がっているようではなかった。その推測は、理想郷の外殻にあったゲーム台が偽物である事に帰属する。


 まして、トットは最も位の低い、『第十階級』だ。そんなものとは無縁の世界に住んでいただろう。


 今のトットは、兎の耳をカモフラージュするために明梨のベレー帽を改造して耳を通してある。若干痛々しいが、仕方が無い事だろうと割り切った。


 猫の尻尾はジーンズの中に隠してある。着ている服が全て明梨の私服なため、どうにもアンバランスだった。


「尻尾、大丈夫か?」


「……ちょっと、ムズムズしてドキドキします」


 それは、良いのだろうか。悪いのだろうか。感覚がさっぱり分からない。


 ちなみに、明梨はいつものように『鰯』シャツだった。


「すごいです、明梨さん!! 私、こんなの初めて見ました!!」


「人が多いから、はぐれるなよ」


「あ、はい!!」


 新宿ならば、トットの妙ちくりんな格好もそこまで目立つ訳ではない。実際、少し目に留まる程度で人々は通り過ぎて行く。


 明梨はトットの手を引いて、新宿の街を歩いた。


「どこに行くんですか?」


 無論、目的など決まっている。明梨は少し気不味い様子で、トット自身を指差した。


 ……流石に、下着なしはまずい。それだけは明梨のものを穿かせる訳にもいかず、またトットは一枚も服を持っていないときている。


 異世界ではどのような服装だったのか分からないが、奴隷に近いとなるとまともな服装は望めないかもしれない。


 一着くらいは外用の服を揃えておかないと、外出に困るだろう。


 無意識に貯めておいたアルバイト代が、こんな所で役に立つとは。改めて行っていない学費と生活援助資金を親が送ってくれる事実に感謝しながらも、明梨は心の中で謝罪した。


 女性物の服売り場に入ると、カラフルな色遣いに早速躊躇した。明梨は苦笑して、鞄から財布を取り出す。


「トット、買い物の仕方、分かるか?」


「え、ええっと……数字は、分かります。見た事があります」


「小さい値札付いてるから、そいつが金額な。で、それをあそこの――レジやってる人に渡して、金を払う。上限五千円な。安いやつにしてくれ」


「何を買えばいいのですか?」


 敢えて言わせるのか、それを。


 天然ながら、トットは破壊力抜群の質問を放った。実は策士ではないのだろうか。


 これなら、予選通過は問題無いのでは。明梨は無益な事を考えながらも、目を逸らして言う。


「何って……その、あれだよ。下着」


「したぎ?」


 違った。


 ただのアホだった。


 やはり、おつかいの仕方も分からないような子供に高い買い物をさせてはいけない。いや、子供ではないが、ペットも同然だ。


 時刻を確認する。十三時までは、まだ時間があった。エレベーターなど新宿駅近くであれば沢山あるので、適当なビルに潜り込めば一人になることも難しくはないだろう。


 明梨は覚悟を決めて、トットの手を握ってピンク色の空間に突っ込んだ。


 極力人に見られないように意識して、明梨は下着コーナーへと入る。当然辺りには明梨を除いて、男性の気配はない。店員さえ女性ばかりだ。


 歩いているだけで羞恥心が沸き上がってくるというのは、あまり無い体験だった。


「じゃあ、このへんの中から適当に選んでくれ」


 トットは目を丸くして、明梨を見た。当たり前ながら、明梨が着るものではない事を確認しているようだった。


「えっ? まさか、これって私の着るもの……」


「そうだよ。良いから早く選んでくれ」


 ふと、トットの目尻から涙が溢れた。瞬間的に、明梨は真っ青になった。


「あ、ありがとうございます!! 大切にします!!」


「馬鹿おま、声!! でっ……」


 近くに居た店員が、吹き出した。瞬間、明梨と目が合う。


 二十代後半くらいの女性店員だろうか。ニヤニヤとした笑みで、こちらを見ている。


 死にたくなった。


「ごめんなさい明梨さん、これ、サイズが分からなくて……」


「……ああ、そうだな。とりあえず、試着してみような……」


 心の中で苦い顔をしながら、明梨はいくつかの下着をトットに持たせた。


 試着室へ向かうと、先程の女性店員が付いて来る。……暇なのだろうか。何なのだろう。自分に喧嘩を売っているのだろうか。明梨は余程殴りたい衝動に駆られたが、敢えて黙っていた。


 試着室にトットを放り込むと、カーテンを閉める。すると、先程の女性店員がにじり寄ってきた。


「ねえ、ねえねえ。彼女? 彼女にプレゼント?」


 ……このババア。


 明梨は目を逸らしたまま、引き攣り笑いを返した。


「……エエ、マア」


「っかー。アツいねー、お兄さん。わざわざ女物の下着売り場に首突っ込むとか、やるね」


「ハア、マア。アリガトウゴザイマス」


 片言でそう口にすると、女性店員は品のない笑い方をして、明梨の背中を叩いた。


 これは、拷問だろうか。一体どうして、自分はこのような仕打ちを受けているのだろう。


 明梨がそう思っていた時だった。明梨の目の前の視界が、突然開けた。


 カーテンが開いたのだと気付いた時には、明梨は絶句していた。下着姿になったトットが、明梨の前に顔を出したのだ。


「ど、どう、でしょうか」


 何故、自分に確認を取るのか。分かっていたが、明梨は涙目になって笑った。


「あ、ああ。良いんじゃないかな、サイズは問題ない?」


「はい。これが一番、ぴったりみたいです」


 女性店員はニヤニヤ笑いながら、明梨とトットの様子を眺めていた。


 幸いにもトットは尻尾を隠してくれていたので、ベレー帽から突き出た耳に気付かれる事はなかった。


 明梨が尻を気にしている事に気付いたのか、トットはウインクをした。


 いや、確かにそうなんだが、気にする所はそこだけじゃないだろ。と、心の底でツッコミを入れながら。


「じゃあ、それにすると良いよ」


「あ、でも、これの方が安いみたいです。こっちの方が良いですか?」


「いや、好きなのでいいよ」


 トットは頬を赤らめて、もじもじと両膝を擦り合わせた。明梨は既に半分以上放心状態で、トットの様子を何の感情もなく見ていた。


「あ、明梨さんが、選んだものを……大切に、したいです」


 ――――――もう、やめてくれ。


「サ、サイズがあってた方が良いから……それが、良いんじゃないかな……」


「はいっ!! じゃあ、これにしますね!!」


「じゃ、じゃあ……レジ行くから、着替え直して……」


 カーテンを閉めた。閉めた体勢のままで、明梨は固まる。


 試着室の向こう側から、布の擦れる音が聞こえてくる。明梨はただそれを聞きながら、心の中で滝のように汗をかいていた。


「明梨さんが選んだものを……大切に……したいです……」


 先程の女性店員が、猫撫で声でトットの真似をした。


 びくん、と身体が反応した。


「いやー、すごいね、明梨さん。超良い彼女持ったね。何? いつから付き合ってんの? もう、した?」


「……すいません、もう勘弁してもらえませんかね。後、何言ってるのかさっぱり分かんねえっす」


「あっはっは!! いやー、初々しいねえ。青春だねー」


 再三からかわれた後、明梨はトットの手を引いて下着売り場を離れた。その場をもって、明梨はその体験を無かったことにした。


 最後に女性店員がレジに立ち、会計を済ませた後で「これで頑張ってね!!」などと言われたが、明梨はその体験を無かったことにしたのだった。


「あ、あの、私が持ちますからっ」


「良いよ、ていうか体裁的に俺に持たせてくれ」


 これ以上、周りから怪訝な顔をされたくないという想いもあった。


 次は昼飯だ。再び、腕時計を確認する。十二時を回った所だ――……あまり人が来ないエレベーター、企業が使うものか飲み屋に通じているものが良いだろう。カラオケボックスに入り、一人になる瞬間を待つというのも悪くはない。


 明梨は近くのハンバーガーショップに入った。トットはまたも、きらきらと目を輝かせる。


「……なんだか、良い匂いがします」


「トットって牛肉、大丈夫?」


「ぎゅー? ……ぎゅーが分かりませんが、雑食なのでお肉もお魚もなんでもいけますよ!」


 兎と猫の中間って、一体どういう存在なんだろう。明梨は少し疑問に思ったが、恐らくトットに聞いても答えは返って来ないだろうと考え直した。


 ハンバーガーのセットを二つ注文して、金を払う。トットはしきりに鼻を動かして、店内をすんすんと嗅いでいた。その様子は美味いものにありつこうとしている動物そのものだが……


「ねえ、見て見て、あれ」


「うわー。髪真っ白ー。耳ついてる。外国人のオタクかなあ」


 サボりと思わしき女子高生グループにヒかれていた。


 気が付かなかった事にして、明梨は明後日の方向を見詰めながら二階へ。トットの格好はなるべく地味なものを選んだつもりだったが、やはり髪の毛が目立ち過ぎるだろうか。


 幸い、クリーチャーだと気付かれてはいないようだが。あまりに特殊な出来事過ぎて、逆にバレないという感覚も新鮮だ。


「明梨さん、これは?」


「ハンバーガーだよ。食ってみ?」


 トットはハンバーガーの匂いを嗅いでいる。明梨はその様子をぼんやりと眺めながら、窓の外を見渡した。


 ――ついに、デモ戦。『身体から☆出ますよ?』の始まりというわけだ。ルールは相手をノックアウトさせるか、九十九秒のタイムアップを持って終了。


 エルクレアが理想郷の外殻を『ゲームセンター』だと名乗るように、すっかり格闘ゲームのようなルールだ。


 しかし、完全に違う部分もある。例えば、クリーチャーは生きているということ。そして、戦う場所によって戦術も変わるということ――……。


 そして、クリーチャーにとっては命と存在意義を賭けた対決だ。そういう意味で、全くこれは『ゲーム』ではない――明梨の格闘ゲームの知識が、どこまで役に立つのか。


「こ……これは!! 活きの良いホリガーノルトの味がします!!」


 そして、このお惚け娘に命を賭けた戦いなど、出来るのだろうか。


 明梨は軽い溜め息をついた。

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