第10話 星屑のスターダスト ↑
カラオケボックスに入って受付を済ませ、エレベーターを待つ。
何があるか分からないので、一応二時間で入る事にした。九十九秒とあるくらいなので、そこまで掛からないだろう、とは予想していたが。
平日の真っ昼間からカラオケなど、本業を放棄している学生を除いて利用客は少ない。明梨の予想した通り、エレベーターはガラガラだった。中に入ると、上階へと続くボタンを押下する。
静かに、扉は閉まった。
二人は完全にお買い物帰りという格好だったが、どのような戦闘になるのか、それさえも分かっていないのだ。一応それなりのルールはあるようなので、試合開始前に状況を把握して、適時対応していくしか手段はない。
トットはベレー帽を被り直した。明梨は鞄から『ジャッジメント・ベル』を取り出し、腕に装着する。
「……いくぞ、トット」
「は、はいっ!!」
そして――――――――静かに、『スタート』ボタンを押下した。
空気が凍り付くような、不思議な感覚があった。何も変わってはいないのに、何故か『その場を移動』したかのような――雰囲気があった。
エレベーターの階層表示が壊れてしまったのか、全てのLEDが点灯し、不規則な表示になっている。上に移動していた筈が止まり、エレベーターは下降を始めた。
「<フロスト・ワールド>……ですね」
「フロスト……?」
トットは怪訝な表情で、辺りを漫然と見回しながら言う。
「一部の上流階級――『エンジェル族』や、『フェアリー族』が使う魔法です。本物そっくりの異空間を一定時間創り出す魔法で、中に閉じ込められたクリーチャーは術者が魔法を解除するか、術者の魔力が尽きるまで閉じ込められると言われます」
なるほど、第一階級が神にも匹敵する存在と成り得るわけだ。その魔力とレベルの高さは、目の前に居るうさみみ娘と比べると天地以上の差がある。
扉が開くと、再び明梨とトットはカラオケボックスの受付まで戻っていた。だが不思議なことに、カラオケボックスに人は居ない。店内に流れる曲も止み、静寂と化していた。
カラオケボックスを出ると、明梨はその異様な光景に辺りを見回した。そして――ごくりと、喉を鳴らす。
車は全て路上に停止し、動かない様子だった。ビルに設置されている巨大なモニターも、ただ暗いだけで何かを映している様子ではない。
本物そっくりだが、本物ではない。そういうことだろうか。
暫く歩くと、トットが急に明梨の背中に隠れた。不思議に思い、明梨は前方を目を凝らして確認する。
――――遠くに、人影が見えた。
黒髪の、眼鏡を掛けた少年だった。年齢は高校生、といった所だろうか。明梨と同じように、不思議な光景に辺りを見回しているようだった。
彼の後ろには、西洋人形のような金髪碧眼の娘が居る。身長は一メートル程だろうか、かなり低い――……あの姿は、見たことがあった。
「小野寺八橋……か?」
それなりに遠方だったが、少年が明梨に気付いた。『繊維の操り人形(マリオネット)』メアリィと共に、こちらに駆け寄ってくる。
「すいません、不死川さんですか?」
「ああ。あんた、小野寺だな」
明梨が返事をすると、小野寺八橋は安堵したような顔で溜め息をついた。
「良かった、普通なカンジの人で……。対戦相手には『クリーチャー』の姿しか現れなかったから、もしかしてヤクザみたいな人だったらどうしようかと……」
彼もまた、普通の少年のようだ。だが、彼の後ろに居るメアリィと言うらしきクリーチャーは、
トットが明梨の服を握る。怯えているようだ。
「第七階級……『マリオネット族』」
八橋と明梨は、互いのクリーチャーを見た。怯えているトットに対して、メアリィはどこか怒っているようだ。
「クズも同然の第十階級と、この私が戦うですって……? ふざけているわ。八橋、このゲーム、ふざけているわ」
「いや、デモ戦なんだから誰だって良いじゃない……」
もっともな意見だった。
「そもそも、第十階級如きが『エッグ』の管理者に成れると思っているのが盛大な思い上がりだわ。八橋、私にゴミ掃除をしろとでも言うのかしら?」
「いや、僕は何も言ってないんだけどさ……」
「あなたは本当に使えない八橋ね」
まるで夫婦漫才だ。八橋は溜め息を付いて、明梨とトットに向かって手を振った。
「すいません、気にしないでください。この子、ちょっとおかしいんで」
「誰がおかしいのよ!! 八つ裂きにしてボンレスハムみたいにするわよ!? 八橋!! この八橋が!!」
おそらく八つ裂きと八橋を掛けたのだろうが、特に面白くもなかった。それを敢えて言わないのは、少年の優しさだろうか。
ふと、上空で音楽が鳴り響いた。ちんどん屋のような古臭いメロディーと共に、ビルの屋上から何かが振ってくる。
それは加速度的に勢いを増し、音量と声量も大きくなっていった。
「はいはいはいはいはいは――――い!!」
ドカン、とすぐ近くのコンクリートに着地すると、雷の後のようにコンクリートがひび割れる。一体どれだけの足腰をしているのか、少女は無傷のようだったが。
両手を水平に、背筋を伸ばして、耳の尖った緑色の髪の女性が現れた。何やらマイクを片手に、カメラ目線で喋っていた。
カメラ目線……? 明梨は少女の視線の先を追う。妖精のような格好をしたクリーチャーが、カメラを構えていた。つまり実況中継されている、ということか。
見ているのはおそらく、『ヒト鬼族』を始めとする『第一階級』のクリーチャー達であろう。
「お待たせしました、これより『身体から☆出ますよ?』、デモ戦を開始します。あ、あたしは『エルフ族』のサトゥーリャ。愛情を込めて、『サトゥー』って呼んでね!」
テンションが高かった。
「はい、基本的な事は分かってると思うけど、ここでは対戦のルールを説明するよっ。まず、予選の試合形式は『ワン・オン・ワン』。一対一ってことね。ラウンド数は一ラウンド制だから、まだ戦える状況でも、負けちゃうとゲーム終了って事になりまーす。今回は星を賭けないから、関係ないけどね!」
人差し指を立てて楽しそうに笑うサトゥーリャ。だが、クリーチャーにとっては命を掛けた戦い。デモ戦だろうが、あまりに楽観的過ぎる。
これもまた、エルクレアが『ゲームセンター』だと定めた為なのだろうが、あまり良い気分はしない。
「試合が始まると、『シンクロ』の効果でプレイヤーは『二人分』動けるようになるよっ。勝利条件は、相手のクリーチャーをノックアウトすること。九十九秒経ったら、あたしが仲裁に入るからそのつもりでねっ。それと、ここは『エッグ』よりも魔力濃度が薄いから、各クリーチャーは魔法を使い放題じゃないってこと、忘れないでねっ」
なるほど、そういう要素もあるのか。敢えて試合会場を地球に模して造ったのは、好き放題に魔法を使わせないように、という配慮でもあるということだ。
「さて、ワンプレイヤー側!! 『狂気のマリオネット』のメアリィ!!」
「仕方ないわね。<
瞬間、八橋の隣に居るメアリィが、白く光り出した。慌ててトットが明梨の前に出ると、明梨を一瞥して頷いた。
――トットも、似たような事が出来るということか。
「対するツープレイヤー側は、『ゆるふわネコウサギ』のトット!!」
「れ、<
明梨はトットの邪魔にならないよう、後ろに下がった。八橋も同じ事を考えているようだった。二人はサトゥーリャを前に光る――……眩い光が凍結した世界の中に生まれる。
目を閉じ、光が過ぎ去るのを待った。
明梨は、トットが言っていた『試合のルール』を、今一度思い出した。
一つ。互いの対戦者は、星を賭ける。但し、お互いに対価となるものを賭けなければならない。
二つ。試合は相手を完全にノックアウトさせるか、九十九秒のタイムアップによって決定する。
三つ。対戦相手の選定はできない。
四つ。予選を通過する条件は、星を十個集めること。
五つ。対戦に使用する星は、対戦時間以外の如何なる時間にも移動することはできず、盗難、交換、譲渡などは不可能。
光の放出が止まった。明梨が目を開くと、メアリィは濃紺のドレスに身を包み、花柄のカチューシャを装備していた。パントマイムのように怪しげに両手を動かし、呪いのように呟く。
「下等階級風情が。身の程を教えて差し上げるわ」
対するトットは、以前も画面の向こう側に見た――バニーガールとマジシャンを足して二で割ったような格好。ぴったりとした襟付きの衣装に、紫色のスカート。小さなステッキ――ロッドと呼んだほうが良いだろうか。先端に星が付いたものを、手に持っていた。
「よっ、四百年続くネコウサギ族の由緒正しき歴史に従い、全身全霊で欺き生きる事を誓います!!」
サトゥーリャが楽しそうにメアリィとトットの間でマイクを握り、大声で叫んだ。
「それじゃあ、『アクション』で対戦開始だよ!! 準備はいいかな!?」
三本指を立て、豪快にカウントを始める。
「スリー!! ……トゥー!!」
メアリィは四つの魔法陣を、自身を囲むように設置していく。それは蒼い光を帯びていた。あの魔法陣から、何かが飛び出すのだろうか。
静かに舌打ちをすると、メアリィはトットを睨んだ。
「<
トットも負けじと、ロッドを身体の前に突き出す。
「イッツ・ショウタイム!!」
トットがそう唱えると、小さなステッキは伸び、杖ほどの大きさになった。それを手前に掲げる。
何をぼさっと見ているんだ。明梨は我に返り、準備に入った。何故なら、あの『トット』を動かすのは、明梨なのだから。今は、戦闘に集中しなければ。
そう――――ゲームに。
「……ワーン!!
戦いの火蓋は、切って落とされた。明梨はすぐに、トットをメアリィから遠ざけるようにバックステップさせた。
瞬間、先程までトットが居た場所に、無数の細長い糸が飛んできた。それは速く、そして長い。明梨の行動は懸命だったのだ。
「やっぱりか。距離が決まっている戦闘開始の安定行動は、大体は屈みガードかバックステップってな」
メアリィが戦闘開始前に「<
「何をしているの、八橋!! あなたがトロいから逃げられたじゃない!!」
「いや、僕のせいではないでしょ……勝手に動いたじゃん」
明梨はトットをメアリィから遠ざけると、すぐにトットに近付いた。
「お前の意志でも動けるのか、トット」
「は、はい。基本的にはプレイヤーの意志が優先ですが、プレイヤーとクリーチャーの意志が融合した場合、通常よりも高いスペックが発揮できると言われます……はー、はー……」
慌てて喋るトットは、既に涙目になっていた。先程の糸攻撃が、余程怖かったのだろうと見える。
逆に言えば、クリーチャーの思考はプレイヤーを邪魔する可能性がある、ということか。明梨は頷いた。
そういえば、風呂場でのトットは異様な反射神経と運動能力を持っていた。兎だけに、飛び跳ねて逃げる事は得意なのかもしれない。
意外と、戦う事は出来るのではないか。あまり弱くもなさそうだが――……
「第七階級ってのは、そんなに厳しい差なのか」
「まず、魔力に差があります。私は『エッグ』の監視下でも、精々一度の対戦に一回くらいしか――わわっ!!」
トットの居る場所へ、糸が伸びてきた。明梨はトットを高くジャンプさせ、壁跳びの要領でメアリィを飛び越え、反対側にトットを移動させた。
糸の破壊力は凄まじく、近くにあった電灯や電信柱が切り裂かれ、その場に崩れた。それを見て、トットの顔が青くなる。
なるほど。つまり、向こうのマリオネットは魔法の弾数がトットとは圧倒的に違う、ということか。
明梨の頭の中にも、トットの情報が流れ込んでくる。同時に、トットの心の中の声が聞こえた。
『あ、あんなのに当たったら、ゲームが終わる前に死んじゃう……』
何処にいても、会話は出来るのか。明梨は再確認する。
『戦闘終了後も、傷ってのは治らないのか?』
『はい、階級の高いクリーチャーは治癒魔法要員を雇ったりして治して貰えますが、私みたいな階級の低いクリーチャーは……』
『分かった。トット、とにかく攻撃を避ける事に専念するぞ』
つまり、デモ戦と言えども深手を負えば、次の対戦が厳しくなっていく、ということだ。自然治癒能力はあるだろうが、いきなり完全回復とはならないだろう。
――――大会は既に、始まっている。
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