第11話 星屑のスターダスト ↓
「八橋!! 私の使用可能な技くらい、心得ていますでしょう!? 文字通りですわ!!」
「う、うんっ!!」
八橋が右手を上げ、合図をするかのように下ろした。瞬間、メアリィの両手が眩く光り出す。メアリィの合わせた両手の前に、糸を繋ぎ合わせて造られた――――西洋刀のようなものが現れた。
それはメアリィの身長程に大きく、とても彼女が振り回せるような質量のものではないが。
大方、魔力のお陰で操作はできるのだろう。
「<
メアリィが高くジャンプする。彼女の周囲にある四つの魔法陣は、彼女に合わせるように動いた。
使用可能な技くらい、心得ている……? 明梨はそれを、疑問に思った。何故なら、これは『からでま』のデモ戦。これまでに戦いもルールも説明されてはおらず、従って八橋もメアリィを動かすのは初めてな筈で――……
その時、明梨の左腕に装着している『ジャッジメント・ベル』に、技の名前が表示されている事に気付いた。
そうか。明梨が知らないのではなく、無いのだ。トットには、汎用的に使用できる技のようなものが。
一つだけ、不思議な文字列がディスプレイに表示されていた。それがトットが使う事のできる技なのだろう。
但しそれは、トットの体力メーターと思わしき表示の下に示されている――魔力メーターと思わしき表示の数値と、おおよそ同じ程度の魔力量を使用する、と読み取る事ができた。
メアリィの剣は振り被ると巨大化し、電信柱程の大きさになり、トットに襲い掛かる。横っ飛びにその斬撃をかわし、トットは車道に出た。
技は一つ、しかも一発限りということだ。
既に二つの技を見せているメアリィに対し、トットの技は一つしかない。それを考えると、トットの魔力が低いと言われている事も頷ける。
しかし、全身を魔法陣で取り囲んでいるようなクリーチャー相手に、どうやって攻撃を仕掛けるというのだろう。メアリィの<
トットの魔法、<星屑のスターダスト>。メアリィの魔法とは違い、一体何に使う事が出来るのかもよく分からないが……。おそらく星を飛ばすなど、遠距離系の攻撃になるかと予想される。
トットの魔力は低い。一発が限界だと言っていた。ともすれば、ここぞという時に使うことが出来るよう、取っておかなければならないか。
なら、どうやってメアリィを後一発の状態まで攻める――……?
「八橋!! すぐに終わらせるのよ!!」
「……分かったよ」
メアリィの両手に抱えていた巨大な剣がただの糸と化し、消えた。魔力によるものなので、一定時間を越えると消える、ということだろうか。
「<
蜘蛛の巣のように、トットの周囲を取り囲むように糸が張り巡らされた――まるで、漁だ。トットは囲まれ、逃げ場が無い状態になっていた。
「にゃ――――!! ぎゃ――――!!」
トットの慌てぶりも、最高潮に達していた。
張り巡らされた糸を蹴るようにして、メアリィが急速にトットへと接近する。
――どうする? これでは、先程のようにトットを逃がす事が出来ない。メアリィの糸攻撃は、何でも有りなのか――決められたモーションに定められていない所は、ゲームよりも遥かに難しい。
弾丸のように突っ込んできたメアリィの拳が、トットを襲う。トットはそれを、ステッキを用いて防いだ。ガツン、と鈍い音がして、トットが衝撃に耐える。
明梨は反応出来ていない。――今のは、トットの反射神経か。
格闘ゲームの世界などよりも、遥かに速い。人間に反応する事は不可能かと思われる速度だ。これではプレイヤーが居た所で、大して意味は無いのではないか……?
「げふっ――――」
メアリィの拳を防いだまでは良かった。だが、続けて繰り出される右足にトットは反応できず、もろに首を蹴られて頭から乗用車に突っ込んだ。
「――――ぐあっ!?」
瞬間、明梨も首筋に激痛を受ける。
なるほど――――文字通り、『シンクロ』というわけだ。トットの痛みは、明梨も受けることになるということか。
砂埃が舞い上がり、トットの姿が見えなくなった。明梨は首元を抑え、その場に跪いた。
メアリィの<
「面白くないわ」
わざとらしく、溜め息をつかれた。
明梨はどうにか、立ち上がる。砂埃が晴れると、トットはまだうつ伏せの状態から起き上がれないようだった。
痛みが伝わるとは言え、本人のそれとは比べ物にならないか。
「あなた、何も出来ないじゃない。時間の無駄だわ」
確かに、試合開始からここまでにトットは一度として攻撃出来ていない。これでは、戦闘とは呼べない――狩猟だ。まだ、逃げる事が出来る分だけ狩猟される兎の方が状況が良いかもしれない位だった。
「げっほ……けふっ……」
どうにか、トットは咳き込んで立ち上がった。口元には血が滲んでいる。ステッキは転がり、乗用車の下に潜ってしまったようだ。
「分かったでしょう。第十階級は他よりも遥かに差があるのだから、参加するだけ無駄なのよ。存在を許されているだけ有難いと思いなさい」
トットは、明梨を一瞥する。そのアイコンタクトを受けて、明梨は目を丸くした。
その瞳には、覚悟が感じられた。トットの全身から、メアリィのように――とは言っても、メアリィと比べると、それは非常に頼りないものだったが――蒸気のような、桃色のオーラが立ち昇る。
そうか――――やるのか。
「……ちょっとだけ、身体は丈夫なんです」
トットをキャラクターセレクトした時、あまりにも弱いステータス表示の中で、一つだけまともな数値を示しているものがあった。それは、『T』の文字。
おそらく、『タフネス』の略だったのだろう。
トットは両手を合わせ、意識を集中させた。やがてトットの周囲に、メアリィと同じような魔法陣が現れる。メアリィと違い、トットは目の前に一つの魔法陣を展開させるのが精一杯だと、明梨にも一目で分かったが――……メアリィの出現させているそれのような、小さな魔法陣を常に展開させるタイプのものではないと分かった。
いくらか大きめの魔法陣。それは、一度きりの技だ。
「まだ、マジックは終わっていませんよ。『ネコウサギ族』に代々伝わる、とっておきの技を披露しましょう」
八橋が少し緊張した表情になり、メアリィが険しい顔をトットに向けた。
これは、デモ戦だ。勝った所で、何かのアドバンテージが得られる訳ではない――だが死んでしまう可能性があるとなれば、話は別だ。なんとしてでも、この場を生き延びなければならない。
そのような気持ちが、明梨にも伝わってくるようだった。
「お祖父様。……今、助けます」
ふとした呟きが、トットの唇から漏れた。距離の遠い明梨には聞こえる筈もなかったが――何故か、明梨の耳に届いた。
トットと『シンクロ』をしていたからだろうか。だが、明梨には疑問だった。
そういえば、トットがどうして『身体から☆出ますよ?』に参加することになったのか、まだ話を聞いていない――……
トットが動き始めるまでをじっくりと観察しているメアリィに対し、トットは両手を向ける。それを見て、メアリィは鼻で笑った。
「良いでしょう。やってごらんなさいな」
安い挑発に乗ることもない。
トットは端正な眉を覚悟に固め、険相な双眼でメアリィを見据える。合わせて、明梨は『ジャッジメント・ベル』に表示されている技名のボタンをタッチした。
「「<星屑のスターダスト>!!」」
二人は、同時に宣言した。
空が瞬間的に暗く染まり、カメラのフラッシュか、或いは落雷の瞬間のように世界は『暗転』した。
宣言と共に、魔法陣は弾け飛んだ。トットの全身が淡く光り、明梨の『ジャッジメント・ベル』に描かれた、トットの魔力メーターと思わしきそれが確かに削られた。
飛び道具ではなく、自身を強化するタイプの魔法か。明梨は注意深くトットを観察した。彼女の身に何が起こっているのか、それを確認しなければならないからだ。
「差し詰め、ダイナソーダウンロードってとこか」
それは、明梨のよく知るゲームの必殺技だった。明梨の呟きを、他の誰かが理解することは出来なかっただろう。
トットの全身を無数の星が覆っていた。細かい粒子のように、それらは流れ、地に落ちていく。トットは覚悟を決め、腹を括ったのだろう。一定時間の効果を自身に与える必殺技。明梨には、そのように見えたのだ。
メアリィは依然として、厳然な態度でトットを見ていた。だが、その表情には少しだけ焦りが見える。
「はああああああ――――――――!!」
トットは全身に星を纏い、メアリィに突っ込んだ。明梨は、トットのその動きを見て――――そして、驚いた。
弾丸のように、地を駆けるトット。その両足は速く、確かにメアリィと距離を詰めるまでは一瞬だ。
「受けられるものなら受けてみたらいいです!! これがネコウサギ族の必殺技――――!!」
だが――――星のエフェクト以外は、何も変わっていない。
元からトットは人間感覚で言えば、かなり速いのだ。
「<星屑のスターダスト>!!」
トットは、捻り込むように拳を突き出した。
スパン、と軽快な音が漏れる。
それは、メアリィがトットの拳を左手でガードした音だった。
……そして、静寂は訪れた。
トットは現状に反応出来ず、目をぱちくりと動かしていた。メアリィもまた、珍しく額に汗など見せて、トットに首を傾げた。
トットも、メアリィに首を傾げる。
沈黙する二人の間で、星屑のエフェクトだけが妙な存在感を主張していた。
「……何の、魔法なの?」
あまりの衝撃のためか、メアリィは頭に盛大に疑問符を浮かべた状態のまま、直接トットに聞いてしまったようだ。
「え? それはもちろん、強化系の……」
トットも混乱しているためか、メアリィに現状を説明する。
「……変わった?」
「さあー……」
メアリィはトットにヤクザキックを放った。それは大した威力ではなく、トットのスペックを確認するかのような、手加減の一撃だった。
にも関わらず、トットはそのキックを避ける事ができず、吹っ飛んで明梨の所に転がってくる。それを見て、明梨は確信した。
――――何も、変わっていない。
「え……ええー!? お、おかしいですよ!! ネコウサギ族に伝わる、秘伝の技のひとつで……」
大真面目にそう言うトットに対し、ついにメアリィは怒りの頂点に達したようだ。
ぶるぶると、メアリィが震えている。最早八橋にも制御出来る状態ではないようで、やれやれといった様子で苦笑し、近くの柵に腰掛けた。
「『マリオネット族』は、『ソーシャル・エッグズ』誕生時から続く由緒正しいクリーチャーの種族……それが、こんな小娘と同格にされるとは……許すまじ!! 許すまじ、『からでま』!!」
その『からでま』に参加したのはメアリィの意志で間違いないだろうということは、既に周知の事実だった。
少し変わったというか、変な性格の娘だ。明梨は思いながら、それでも今のトットと比べれば遥かにスペックの高い相手だということを、これまでの対戦経験を通して理解していた。
ならば、どうするか。
「八橋!! まだ私の魔力は大丈夫ね!?」
「……まあ、まだいけるよ」
「『奥義』よ、八橋!! これでさっさと終わりにさせていただくわ!!」
トットが顔を上げ、メアリィの変化に気付いた。……同時に、この状況が文句無しに危険なだという事を、混乱の中でも把握したかのように見えた。
八橋の意見は全く通らないようで、八橋は溜め息を付いて『ジャッジメント・ベル』を操作した。瞬間、メアリィの周囲にある四つの魔法陣が、メアリィを軸に回転を始めた。
明梨は少しずつ、把握を始めていた。トット達『ネコウサギ族』がどうして、これまで酷い扱いを受けていたのか。何故、階級が下なのか。
全く意味がないかと思われる必殺技。確かに、体力も速度も、火力も上がってはいない。
「そ、そんな……じゃあ、ネコウサギ族は何のためにこの技を……」
蒼白になって、トットが呟いた。
既に、武器はゼロ。今のトットがメアリィに勝てる要素は、一ミリもない。だから、明梨は『ジャッジメント・ベル』を確認。
すぐに、走り出した。
メアリィの魔法陣は巨大化し、一つに集合した。メアリィの上空に浮かび上がった巨大な魔法陣は、メアリィ自身を浮遊させるほどの強烈なパワーを持っていた。
下から吹き上げるような風に、メアリィの金色の長髪が揺れる。
「ま、これが覚醒必殺技みたいなモンだったら、そろそろ頃合いだろうがよ……!!」
言いながら、明梨は歯を食い縛った。
メアリィの視界には、トットしか見えていないだろう。八橋はメアリィを見ている。つまり、今この場で明梨の行動に気付いている者は、一人として居ないのだ。
「……ご、ごめ、なさ……」
トットは臆病になり、震え、その場から動けずにいる。それを見て、明梨は舌打ちをした。
――先程から、ずっとトットを動かすように指示しているつもりなのだ。
「思考停止したらそこまでだぞ、トット……!!」
通常のゲームとは全く毛色が違う要素が、一つあった。それは、『いかにプレイヤーが落ち着き払っていたとしても、クリーチャーが完全に自分の思い通りに動くとは限らない』ということ。
それが証拠に、八橋は戦闘に参加出来ずにいる。呆然とメアリィの行動を見守り、技を撃つだけのコマと化していた。
あくまで、プレイヤーの『意志が優先』。極端に怯えを感じ、思考が止まっているクリーチャーに意志はなく、本能に支配されている。
動かす事は、そう容易ではないということだ。
メアリィの上空にある巨大な魔法陣から、巨大な糸が出現する――いや、それは果たして『糸』と呼ぶべきだっただろうか。まるで針のように鋭く尖り、さながら糸で出来た槍のようだった。先程までの糸と違い柔軟性を持たず、魔力によって固められたそれを、メアリィはトットに向ける。
トットが放った<星屑のスターダスト>の時と同じように、世界は『暗転』する。その間に、明梨はトットの至近距離まで迫っていた。
もう、コースを変えることは出来ないだろう。直感的に、そう判断していた。
「<
メアリィは掲げた右腕を振り下ろした。同時に、巨大な魔法陣から出現した糸の槍がトットを襲う。トットは為す術もなく、頭を抱えてその場に蹲った。
――いや、蹲ろうとした。おそらくは。
それよりも早く明梨はトットを抱え、進行方向に跳んだ。
「なっ――――!?」
メアリィの驚きが漏れる。今までトットが立っていた場所に<貫通する糸>は直撃し、その巨大な攻撃範囲は明梨の背中を掠る。声もなく、焼けるような痛みに明梨は顔をしかめた。
コンクリートの車道に激突し、今度は盛大に肘を擦り剥く。トットの身体を抱きかかえ、明梨はコンクリートの地面を転がった。
瞬間、ホイッスルの音が鳴り響く。
「そこまで――――――――!!」
八橋が立ち上がり、メアリィは空中から静かにコンクリートの車道へと降り立った。
浅い呼吸の音が聞こえる。それは自分のものか、はたまた胸の中に居るトットの息遣いなのか。
ようやく状況を確認したトットが、明梨を見上げた。
「えっ――……?」
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