第21話 たったひとつの冴えた必殺技 ↓

 もうじき、夏は本格的に暑さを増すだろう。


 一LDKの明梨の家まで帰って来た二人は、先に戻って密かに準備していた夢遊の提案を受けて、ホームパーティーを始めていた。明梨の部屋は二階なので花火ができない。夢遊の部屋に集まった一同は、その豪華な食事を平らげた。


 遅れて集まった爽子は、少し不貞腐れていたが。すぐにハヤテが目を覚ました事で、幾らかの元気を取り戻したようだった。


「はーい! それじゃあ、花火の登場ですよー」


 夢遊は元気良く、部屋の角に置いてあった花火を手に取った。


「うおお――!! 今日はかっ飛ばすわよ――!!」


「……爽子ちゃん、野球じゃないんだから」


 一周回って気合いが入ったのか、爽子は逆にテンションが上がっていた。庭に着々と準備される花火用ロウソクに、水の入ったポリバケツ。明梨はそんな様子を眺めながら、庭に用意したベンチに腰掛けた。


 ……ところでこの庭、花火して良いんだっけ。無駄に広い敷地を眺めながら、明梨はそんな事を考える。


「見事な手合いだった、不死川明梨」


 明梨の隣に、先程一戦を交えた相手――ゴーレム忍者のハヤテが腰掛けた。


「なんか小馬鹿にし続けたみたいな感じになっちまって、悪かったな」


「いや、作戦のうちだ。対応出来なかった俺達の負けは当然」


 ゴーレム族のハヤテは、大変に潔い男だった。ぶっきらぼうな喋り方だが、爽子とは良いコンビになるだろう。ハヤテは一人、ビール缶を手にしていた。酒、飲めるのか。明梨は麦茶を片手に、その異質な光景に見入っていた。


 ふと、ハヤテが明梨の視線に気付いて言う。


「……ああ、これか? これは美味いな。よく熟成されている」


 酒の味の違いは、明梨には分からないが。すました顔でぐいぐいと飲む様は、どことなく力強い。


「しかし、あの発想は見事だったぞ。俺もすっかり騙された」


「<星屑のスターダスト>が、膝蹴りの必殺技っぽかったろ?」


「いや、実は星がただの映像だとは。あれだけの魔法陣を描いておいて、大したペテンだ。本当はなんという技名なんだ?」


 ハヤテにそう問い掛けられて、明梨は少し考えてしまった。使えるのも神凪爽子が相手の時のみ、一度きりの必殺技であることはほぼ確定で間違い無いだろうが――それでも、あえて名前を付けるとするならば。


「……まー差し詰め、<イワシドロップ>ってとこかな」


「いわし?」


「ああ、気にしないでくれ」


 トットが駆け寄ってきて、明梨に花火を見せた。特にハヤテは驚いている様子もなかったが、トットは興味津々だった。


 爽子もすっかり、花火を楽しんでいるようだ。夢遊もまた、線香花火を片手に静かな光を満喫していた。


「明梨さん、見てください! 星屑のスターダストですよ!」


「はいはい、危ないからこっち向けんな」


 まあ、トットが楽しそうで何よりだ。花火を楽しむ女性陣を横目に、明梨はふと気になった。


『身体から☆出ますよ?』に参加しているクリーチャーは、トットの話からすれば全員が自己申告だ。第三者の意図によって強制的に参加させられるケースは、今のところ見ていない――……


 ともすれば、隣でビールを飲むハヤテという『ゴーレム族』にも、参加するだけの理由があった、ということなのではないか。


 明梨はハヤテがビールのつまみに持ってきたスルメを噛みながら、ハヤテを見た。


「――あのトットという娘は、何故こんなにも物騒なゲームに参加する事にしたのか、聞いているか」


 先に口を開いたのは、ハヤテの方だった。ハヤテもまた、トットが『身体から☆出ますよ?』に参加した理由を知りたいらしい――やはり、あるのだ。ハヤテにも、命を賭けてまで『からでま』に参加しなければならない理由が。


 明梨は改めて、エルクレアの事を思い浮かべた。


 トットの事を祝福しているように見えたが、それは上から見下ろしているからだ。自分の地位は絶対に揺るがないのだから、気楽なものだ――どうして、そのような格差社会が生まれてしまったのだろうか。


 まだ、明梨とトットは第一歩を踏み出したところだ。エルクレアの居場所までは、遥か遠い――……


 或いは、この戦いを勝ち抜いた所で辿り着ける場所ではないのかもしれない。


「……ま、色々あってな。あんたはどうして、参加してるんだ?」


「そりゃあ、俺にも色々あるからだ」


 二人は笑った。やがて明梨とハヤテに気付いて、爽子が駆け寄ってくる。いつの間にかその左手には、スイカが握られていた。


「……どしたの、お前それ」


「ミュー先輩がくれた」


 見れば、夢遊はいつの間にか部屋に戻り、スイカを切っていた。花火はまだ少しだけ残っているが、終わればスイカパーティーだろうか。


 明梨は時刻を確認した。夏とはいえ、夜の九時。もうじき、高校生は帰る時間帯だろう。


「あたしは生ハムがのってる方が好きなんだけどね!」


「違う、神凪。それメロン。メロンの話だから」


 爽子はスイカを頬張ると、ハヤテを睨み付けた。ハヤテは臆することもなく、爽子の視線に応対する。


 明梨とハヤテが二人で話していたのが気に入らなかったのだろうか。


「ハヤテ!! 予選二回戦は、絶対勝つからね!! 星一個奪われて、結構あたし達やばいんだからね!!」


「承知の上だ。次は負けんよ」


 頼もしい言葉が帰って来た。爽子は力強く頷くと、部屋に向かって走って行った。


 ようやく花火を終えたトットが、明梨の下に走って来た。薄水色のワンピースが、夜の庭にぼんやりと浮かんだように見える。


 トットの両耳は、ワンピースよりも輝いていたが。


「そろそろ終わらないと、近所迷惑だな」


「ですね。楽しかったです」


「花火、初めてか?」


「はいっ!!」


 トットは明梨の隣に座る。クリーチャー二人に挟まれる奇妙さもさることながら、トットは明梨の肩に頭を預けて甘えてきた。


 少し気恥ずかしくなってしまうが、トットが甘えてくる事など、これまでの様子から考えれば珍しいことだ。明梨は表情が緩まないよう、意識して腕を組んだ。


「えへへへへ、明梨さーん」


「お前間違えて酒でも飲んだんじゃないだろうな」


「飲んでませんよっ!」


 トットはすっかり、明梨の事が気に入ったのだろうか。少し頬を朱に染めて、明梨の腕に抱き付いていた。


「私、明梨さんが私のプレイヤーで、本当によかったです」


 ハヤテが溜め息を付いて、立ち上がった。空のビール缶を手に取ると、明梨に背を向ける。


 明梨は少し苛々としながら、ハヤテに向かって小石を蹴った。


「そういう気遣い、いらねえから」


「くふふ、なんだ。バレていたか」


 その時、夢遊の部屋から音がした。明梨はその音色に聞き覚えがあったので、明梨は椅子から立ち上がる。トットも反射的に立ち上がっていた。


 爽子が部屋の中から、明梨の『ジャッジメント・ベル』を手に取り、窓を開いた。


「明梨の!! 鳴ってるよ!?」


 明梨は頷いて、爽子から自身の『ジャッジメント・ベル』を受け取る。ディスプレイは光っており、そこにはある文字列が記述されていた。


 その内容に、明梨は首を傾げた。


「新技習得……?」


「えっ!? マジで!?」


 爽子が首を突っ込む。ハヤテも興味があるようで、ディスプレイを覗き込んでいた。


 片付けるため、花火のポリバケツを掴んだトットが、きょとんとして明梨を見ていた。明梨は『ジャッジメント・ベル』に表示されたトットの新技習得表示を見て、怪訝な表情になってしまった。


『新技をインストール』という、謎のボタンが表示されている。


 つまり、ゲームで言う所のシステムアップデートのようなものなのだろうか。


「……トット、新技を覚えたらしいぞ」


「えっ!? そういうシステムなんですか!?」


 こっちが聞きたい。


 明梨は黙って、『新技をインストール』ボタンを押下した。


「きゃっ……!!」


 瞬間、トットの足元に魔法陣が現れる。トットが普段発生させているものとは違う、真っ白な光を放つもの――……その光は下からトットを眩く照らし、トットの長い銀髪を揺らした。


 まるで、トット自身が光っているかのようだ。異様な感覚なのかトットは自身の身体を抱き、身体を震わせていた。


「やっ……!! ちょっと、何ですかこれは……あっ、んっ……なんか、入って、くるっ……!!」


 僅かに頬を染め、身悶えするトット。明梨はそれを、白けた顔で眺めていた。


「……えろい」


「えろいな」


 爽子とハヤテが、トットを見てそれぞれ頷いていた。


 やがて光が治まると、トットは自身の両手を眺めて、首を傾げた。特に何かが変わっている様子ではないが――……


 明梨は『ジャッジメント・ベル』を操作して、トットの新たなステータスを確認した。トットの元々の数値は今までと何ら変わりのないものだ。必殺技の項目に表示されている、<星屑のスターダスト>の一つ下に増えている項目を確認する。


 その技名、<星影のシャドウ・スター>。


 ……またしても、何をする技なのか皆目見当がつかない。


 明梨が胡乱な表情で固まっていると、トットが明梨の『ジャッジメント・ベル』を確認し、あ、と呟いた。


「ネコウサギ族の秘伝の書に書いてあった、<星屑のスターダスト>の次の技です!」


「……あのさ、技の名前なんとかなんないの?」


「<イワシステップ>のあんたが言う事じゃないでしょ」


 明梨の言葉に対し、爽子が呆れ顔で反応した。どうやら、ネーミングセンスの問題はプレイヤーから伝染ってしまったのだろうか。いや、<イワシステップ>は周囲が勝手に考えたもので、自分が付けた呼称ではない。


 しかし、使ってみない事にはどうにもならないだろうか。明梨は『ジャッジメント・ベル』に表示された、そのネコウサギ族秘伝の必殺技其の二とやらを押下した。


 トットの周囲に、桃色のオーラが僅かな光を纏って渦巻く。トットは目を閉じ、自身の魔力を感じているようだった。


<星屑のスターダスト>は、それ自身に効果を持つものではなかった。意表を突く一手でどうにか勝ちはしたが、次の対戦は厳しい可能性もあった。それを考えると、この思わぬ新技の習得は明梨とトットにとって、プラスに働く事は間違いない。


 明梨も少しだけ、湧き上がる高揚感を抑えられずにいた。今度こそ、ちゃんとした性能の必殺技を手に入れる事が出来ただろうか。


「それじゃ、いきます……!! <星影のシャドウ・スター>!!」


 トットは高らかに叫び、その新技を発動した。


 瞬間、巨大な星が出現した。まるでトットを包み込むように光り、トットを内部に閉じ込める。


「おお……!?」


 スイカをかじっていた爽子が、その様子に魅入っていた。ハヤテもまた、食い入るようにトットの魔法を見ている。


 思わぬライバルの出現、といった所だろうか。よもや『第十階級』にこれだけの大きさを持つ魔法陣が描かれるとは、予想もしていなかったのだろう。


 そして、トットを包み込んだ星は巨大化し、その輝きを増し――――――――




 ――――――――消えた。




「あれ?」


 呆然とその場に立ち尽くすトット。上げていた左腕を降ろし、周囲を見回す。そうして、明梨と目が合った。


 明梨は、首を傾げる。


 トットも、首を傾げた。


「……あれ」


 何事もない。何も、起こらなかった。トットは暫くの間、目を瞬かせ――やがて、焦り出す。確かに減った魔力と、この魔法の存在理由に苦悩し。


「あれ……? 何もない……なんで……?」


 ぶわ、とトットの両目から涙が。明梨は寧ろ、自分が泣きたいくらいだと思った。まあ、トット自身もショックは大きいだろうが。


 何しろ、意味が分からないのだ。トット自身を包み込むということは、防御系の魔法だろうか。……いや、突如として現れた巨大な星は、トットの身体を擦り抜けた。


 これならば、まだ<星屑のスターダスト>の方が使い道があるのではないだろうか。


 明梨は血を吐くような思いで、トットに向かって歩いた。


「明梨さんっ……!! 何も、何も起こらないですっ……!!」


 その柔らかな銀髪を撫で、明梨は爽やかな笑顔になった。


「――――大丈夫、分かってる。お前にそういうの、期待してないから」


「ちがっ……!! 違うんです!! ネコウサギ族秘伝の必殺技は、ちゃんと代々伝わるものなんです!! そんな、役立たずな技じゃないはずなんです!!」


「よしよし、次も頑張ろうな」


 夢遊が窓を開いて現れた。エプロン姿のままで、爽子とハヤテを一瞥する。


「いつまでもそんな所に居ると、虫に刺されちゃうよ? 爽子ちゃん、帰る前にスイカ食べていく? 生ハムをね、のっけてみたよ」


「本当に生ハムスイカにしたのかよ!! 絶対微妙だって、というか何でスイカ被ってんすか!?」


 夢遊は頭にスイカの帽子を被っていた。作り物だと分かるが、どうにもその帽子はリアリティに溢れている。


 ……ツッコミが追いつかない。


「いいんですか!? わーい、じゃあ食べてから帰ります!!」


 すっかり歳下気分の爽子は、元気良く手を挙げて夢遊の部屋に戻って行く。ハヤテもふと笑って、空のビール缶を片手に部屋に入った。


 夢遊は明梨と目を合わせる。ふと思い出したかのように、両手を合わせた。


「あ、これはね。スイカセールの時に八百屋さんが配ってて」


「いや説明いらねえから!!」


「がーん!!」


 ショックを受ける夢遊を横目に、明梨は『ジャッジメント・ベル』を腕から外し、部屋に戻った。トットが明梨の服の袖を引っ張りながら、涙目で抗議する。


「違うんです!! 明梨さん、がっかりしないでください!!」


「してねーよ」


 明梨は賑やかな室内に上がった。


 唐突に現れた、『ソーシャル・エッグズ』。そして、沢山のクリーチャー達。本当に訪れた『異世界』とその住人達に翻弄されて、明梨は今更ながらに、この奇妙な状況に笑みを浮かべた。


 ついこの前まで、明梨はただのゲーマーだった。


 そして、『身体から☆出ますよ?』という、意味不明なタイトルのゲームも――――…………


「――――また、新技も『本物』にしてやるよ」


 唐突にそう言われ、頬を真っ赤に染めるトット。


『プレイヤー』と『クリーチャー』の奇妙な冒険は、まだ始まったばかりだ。










「ところでさ、『身体から☆出ますよ?』って、何でこんなタイトルなわけ?」


「以前はタイトルが違ったらしいですよ。第一階級の方々が、今回から変えたのだとか……」


「センスねえなあ……」










continue...?

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