第四話 

 スベントレナは、会議室のように長方形に並べられた事務机の一番奥の席に着いた。右手にサバティーが、左手にレベッカとオリビエが、スベントレナと向かい合わせになるようにロベリアが席に着いた。


「学院長をお呼びしたのは、今回召喚の儀式で不測の事態が起きてしまった事の報告と、今後の対応について御相談したいと思ったからです」


 サバティーは席を立ち、前口上を述べる。


「この件を放置しますとエレーナさんの学院生活に甚大な問題が起こる事は必然です。また召喚された男の素性も未知な為、ロベリアさんに来ていただきました」


 ロベリアは、相変わらず無表情で黙っている。


「ロベリアさんは『将軍ジェネラル』の技能スキルを持っていますよね? それで男の素性を見ていただきたいのです」

「何故、私が『将軍ジェネラル』の技能スキルを持っていると思われたのですか?」


 ロベリアは無表情のまま、逆に質問をする。


 『将軍ジェネラル』の技能スキルは王家の者以外には皆無と言って良いほど表れないのだが、王家の血を引く者でも滅多に表れないのだ。


「貴女は魔法そっちのけで剣の修業をしていますよね? 『将軍ジェネラル』のような技能スキルがない私でも分かる位、あなたの全身から立ち込めている気は剣技に寄っています」

「それは『将軍ジェネラル』の技能と関係ないと思いますが?」

「貴女はこれから起こる災厄に、自分が盾になって立ち向かおうと考えていますよね?」


 ロベリアは、相変わらずの無表情のまま黙り込んだ。しばらく無言が続く。何を思案しているのか、その無表情からは読み取る事は出来ない。


「これから起こる災厄について、学院はどこまで把握しているのですか?」


 また質問に質問で返してくる。『将軍ジェネラル』の技能スキルの事は徹底的に隠す気なのか……。そこまで隠さなくてはいけないような技能スキルでは無い筈だ。

 サバティーは、途方に暮れたようにスベントレナに視線を送る。


「学院も災厄について、確固たる確証を持っている訳ではありません」


 スベントレナは、目尻に深く刻まれたしわのある眼を真っ直ぐにロベリアに向ける。


「ただ、妖精竜が現れる時、世が乱れる事は確かです。これは貴女ならもう分かっていると思いますが、妖精竜が禍因ではありません。その子は、この危機に立ち向かう為に助勢に来てくれたのですからね……。

 たぶん今回の使い魔召喚の儀式で召喚された使い魔達は、みんな例年を上回る特殊能力を持っている筈です。統計的に見て、そろそろ災厄がやって来るのでは? という程度の事しか学院では分かっていません」


 それを聞いてもロベリアは、無表情のまま黙り込んでいる。その表情からは、何も読み取る事は出来ない。


「王家側は災厄の事を、どれだけ把握しているのですか?」


 再びサバティーが質問をする。


「同程度です」


 ロベリアは短く答える。

 確かにこれ以上の情報があるのなら、国も何かしら動いているだろう。動けないという事は、情報が少なすぎ確証も無いからだった。


「現段階で民衆に災厄の事を公表すのは得策ではありません。いつ、どこで、どんな規模で起こるか分からない災厄を説いても暴動が起こるだけです」


 ロベリアは、教師達を見回す。


「民衆にこの件を公表しない事と、私が『将軍ジェネラル』の技能スキルを持っている事を秘密にして頂けるのなら、男のステータスをお見せします」


 スベントレナが、了承したというように頷く。


 ロベリアは立ち上がり、右手人差し指一本を軽く振る。シャラランという軽快な効果音と共に半透明のメニュー画面が目前に現れた。その画面を幾度となくフリック、タップしていく。


 お目当ての項目が出たところで、画面の右上と左下を両手の人差し指で斜めに広げるように伸ばしていく。両手を広げたくらいに大きくなった画面の上部を親指と人差し指でつまみ、それぞれ逆方向に弾くようにフリックする。画面はくるりと反転し、教師の皆に見えるようになった。


 そこにはセント・エバスティール魔法学院の高等部一年生の名簿が映し出されていた。

 更にエレーナの名前をタップし、下段までフリックして行く。下段にある使い魔詳細をタップし、その部分を人差し指と親指を使って画面いっぱいまでピンチアウトしていく。


「これが、エレーナさんが召喚した男の素性です」


 ロベリアも、まじまじと男のステータスを眺める。


 名   前         タツヤ

 職   業     戦士 レベル1

 体   力        7626

 精 神 力        2559

 S T Rストレングス         784

 V I Tバイタリティー         761

 D E Xデクスタリティー         763

 A G Iアジリティー         759

 I N Tインテリジェンス         711

 M N Dマインド         689

 C H Rカリスマ         729

 L U Kラック         658

 技   能          なし

 特殊能力           なし


 一同は、特殊能力なしの欄に茫然ぼうぜんとなった。使い魔の主人マスターが、使い魔に一番期待するのが特殊能力だからだ。それが無いとは、使い魔が居る恩恵が半減してしまう。


 体力も平民並みだ。精神力に至っては平民の半分にも満たない。その他の能力値も月並みで突出しているモノはない。


「これでお分かり頂けたと思いますが、この男はただの平民です」

「ありがとう。後は私達だけで話し合うので退出して下さい。それから、あの男の件は箝口令かんこうれいが敷かれています。許可が出るまで他言無用ですよ」


 ロベリアは、無表情のまま画面を消すと一礼して出て行く。

 扉を出来るだけゆっくりと閉め、中の様子をうかがう。


「では、今後の対応について話し合いたいと思います。何か意見ありますか?」

「まず男の素性ですが、数値だけでは分からない事が多すぎますよね。ここへ呼んで直接尋問してみては如何ですか?」

「その前に……」


 サバティーの声に続いて三年担任のオリビエの声が聞こえた所で扉は強制的に閉じてしまった。最後に中途半端に聞こえた声は学院長のものだ。結界が張られた様だった。


 仕方なしに席に戻ろうとすると、数人の生徒達が駆け寄ってきた。いったい何の話だったのかを聞き出そうとしている様であったが、ロベリアは『たいした事ではない』とだけしか言わなかった。


 ロベリアは適当な席に着くと右手の人差し指を軽く振る。不可視モードにしているので誰からも見られる事は無いが、あの男からは死角になる所で操作している。

 素早くセント・エバスティール魔法学院高等部一年生の名簿を出す。使い魔一覧をタップすると、ずらりと並んだ名前の右横に使い魔の名前と特殊能力が表示された。


 素早くお目当ての特殊能力を見つけると、その主人マスターであるレイラの元へ向かった。


「レイラさん、お願いがあるのですが……」


 レイラは多少驚きの表情でロベリアを見上げる。中等部の三年間を同じ学院、同じ教室で授業を受けてきた級友ではあるか、今まで話しかけられた記憶はない。自分のような身分の低い人間と王家の姫君では接点がなさすぎる。


「何かしら、ロベリアさん」

「貴女の使い魔の能力をコピーさせて頂きたいのですが宜しいですか?」


 レイラはロベリアの肩のあたりに浮遊している妖精竜に眼をやる。


「ごめんなさい。私の使い魔は今、サラスナポスの町にいます」

主人マスターである貴女が呼べば、使い魔は一瞬であなたの元へ帰還します。ただし、再びサラスナポスの町まで向かわせるには少し時間が掛かってしまいますが、それでもお願いできないでしょうか?」


 レイラは眼をつむる。思念を使い魔に同調させると、使い魔の見ている情景が浮かんでくる。彼氏であるクリスティンは、セント・エバスティール魔法学院の姉妹校であるセント・ギルガラン騎士学校で剣の稽古中だった。


 ここからサラスナポスの町まで自分の足では三十分もかかるのに、使い魔のコタロウ(名前を付けた)は五分で行く事が出来る。今帰還させても何も問題はない。


「わかりました」


 レイラはコタロウに戻るように思念を送る。一瞬にしてレイラの目前に巨大な蜘蛛くもが姿を現す。


「それで、これからどうすれば良いのですか?」

「そのまま机上に居させて下さい」


 妖精竜の眼がキラリと光を帯びる。一本の赤色の光の筋が瞳より放たれ、コタロウの身体を上から下へひとでする。


 —— 『特殊能力アビリティー読み取りリーダー』完了。


 妖精竜が思念を送ってくる。


「ありがとう」


 ロベリアは、レイラに礼を言うと聖堂の奥にある控室の扉へ妖精竜を誘導する。

 妖精竜は、閉じている扉を素通りしようとしたが、体が半分すり抜けた所で何かに弾かれたように押し戻された。


 結界の力が自分の力を上回っている様だった。学年一の魔力を持ちながら全く使いこなせていない自分を、この時ばかりは恨めしく思う。

 ロベリアは、しばし思案のあとジェレミーの元へ向かった。


「ジェレミーさん、お願いがあるのですが……」

「盗み聞きなんて趣味が悪いですわよ」


 ジェレミーはロベリアの一連の行動から、何をしようとしているのか理解していた。


「事は国家の治安に関係します。貴女の使い魔の力で、この結界に穴をあけていただけませんか?」


 相変わらずロベリアの無表情からは、一切の感情が読み取れない。彼女が本気で言っているのか嘘を言っているのかも分からなかった。


「まだ能力を使った事が無いので、結界に穴をあける時に音が出るかもしれませんし、結界に穴が開いた事を、結界を張った本人に察知される可能性もあります」

「なら、今後の参考の為に実験しておきましょう」


 実験は安全が保障された場所、状況でするものだ。これではぶっつけ本番だ。その事を口に出そうとしたその時、机にポッカリと穴を開けてモグラが顔を出した。右手をシュタッと勢いよく掲げ軽く挨拶のような仕草をした後、その手をヒラヒラと振り大丈夫とアピールする。


 ジェレミーは、思わす机の下を覗き込んだ。穴は開いていない。次元を屈曲させているのか主人マスターであるジェレミー本人にも分からなかった。

 モグラが卓上にい出ると、穴は見る見る小さくなり、すぐに消えてしまった。


「少なくとも音は出ませんね。それと、穴をあけた証拠も残らないとは好都合です」


 ジェレミーは肩をすくめてみせる。


「分かりました。協力しましょう。ユウスケ……」


 ジェレミーはモグラに呼び掛ける。

 ユウスケは、素早く聖堂の奥にある控室に続く扉の前まで行くと扉をひときした。それだけで扉にポッカリと小さな穴が開いた。


 妖精竜は、普段のゆったりした羽ばたきと打って変わって素早くはね一閃いっせんさせて、その穴を潜る。

 妖精竜が穴を潜った直後、穴は跡形もなく消滅してしまった。


「ありがとう」


 ロベリアはジェレミーに礼を言うと席に着き瞑想めいそうを始める。そして思念を妖精竜に同調させていく。


「—— 男を召喚したと言うから問題があるのです。勇者を召喚したと言い換えればエレーナさんの名誉は傷付きません」


 スベントレナの声が聞こえる。妖精竜は、物陰から四人が見渡せる位置までこっそり移動する。


「勇者が召喚された理由はどうするのですか? ロベリアさんに災厄の件について公表しないと約束してしまいましたよね? それにあの男の能力……。平民並みの能力では、すぐに勇者ではないと露見します」

「サバティー先生。貴女は一つ重大なステータスを見落としていますよ」


 サバティーが首を傾げる。


「職業が『戦士 レベル1』だという事です。ここに成長の要素がうかがえます」

「平民の半分以下しかない精神力では、ろくな魔法が唱えられません。それに、どれだけレベルを上げようと基本能力を大きく変えることは出来ません」

「それは、我々の常識です。彼は異世界から召喚されて来た者なのですよ」


 サバティーは唇をみ締める。


「では、セント・ギルガラン騎士学校で修業をさせるのですか?」

「そんな事をしたら彼が平民である事が露見してしまいます」

「学院長、言っている事が支離滅裂ですよ」


 スベントレナは、あくまで冷静に続ける。


「彼には学院の地下に広がる地下迷宮ダンジョンで修業をしてもらいます」

「あの地下迷宮は平民クラスには難易度が高すぎます。よもや死んでも構わないとお思いですか? 学院長が守ろうとしているのは、エレーナさんの名誉ではなく学院ではないのですか?」


 サバティーは立ち上がり声を荒げる。


「学院長、彼は異世界からの召喚者として貴重なサンプルです。死なせるのは惜しいのでは?」


 二年担任のレベッカが、スベントレナとサバティーの話に割って入る。


「せめて、主人マスターであるエレーナさんも同行させた方が良いでしょう」

「エレーナさんは優秀な方です。『ユリエスの瞳』の技能スキルを持っていると仮定しても信じがたい魔力の持ち主です。若干ご友人に素行の悪い方がおられて、引き込まれている感じはありますが、あの男の為に危険にさらす事は無いでしょう」

「素行の悪い友人とやらがドリーヌさんの事を指しているのでしたら誤りです。ドリーヌさんは、夜にセント・ギルガラン騎士学校で剣を教わっているのです。いずれ神官戦士として前衛職に就くために昼も夜も修練に励んでいます。この学院で一番の努力家だと私は思っています」

「夜に習っているのは剣だけだと限らないでしょう。わが学院は淑女のたしなみ、規律を重んじています。夜な夜な遅くまで殿方と一緒にいるというのは問題があります」


 その点についてサバティーは、返す言葉が見つからなかった。

 ドリーヌは寮の門限破りの常習犯だった。また、学年一、二位を争う豊満で肉感的な肢体を男共がほおって措く筈もなく、騎士学校の生徒達だけで無くサラスナポスの町中の男共の注目を集めていた。


「それはさて置き、異世界から召喚された使い魔の勇者様を呼んで話を聞いてみましょう」


 スベントレナは使い魔という言葉を強調して言う。非常に面白がっている様だった。


 オリビエが男を迎えに席を立ち、扉へ向かって行った。

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