第十九話
黒装束の男は、竜也とエレーナの様子を物陰から観察していた。対峙した印象では、ただの平民という噂以上のものを感じさせはしなかったのだが、使い魔の男は治癒魔法の副作用を受けている気配を見せてはいなかった。
あの時、
自分の素早さの数値を考えれば致し方ない事かもしれない。むしろ、不意打ちの状況にも
その後のエレーナの行動を思い返して見る。一瞬の
その後も背後から顔のすぐ横を通過する
それなのに、その後の男の行動は、エレーナの仁愛に背いているようにしか見えなかった。その行動一つ一つ思い返して見ると
もう一度、飛び出して行って使い魔の男を殺害してやりたくなる。だがそれはエレーナも望みはしないだろう。
勇者の片鱗は確認できた。ここは引くべきだろうと結論付ける。
男は、懐から奇妙な形をした宝石を取り出すと頭上に掲げた。
「転移、エルスミスト」
男が小さく呟き、宝石を握りしめた手に力を込める。奇妙な形をした宝石は砕け散り、男の頭上に降り注いだ。粒子一つ一つが輝きながら男を覆っていく。
粒子が全て地面に落ちた時には、男の姿は
一瞬の
男は、まず顔を覆っているマスクを引き下げ、大きく息を吐いた。続いて手に持っている
「あら、お帰りなさい、あなた。もう仕事は終わったの?」
隣の部屋はキッチンだった。そこで女性が料理をしている。エレーナの母親のエミリアだった。
最近、趣味で始めた料理だったが、何を料理しているのかは調理している原料を見ても想像がつかない。元は肉だったのか魚だったのかすら分からない物を煮込んでいた。
「暗殺は失敗した」
男……ロナウドは、テーブルに着きながら短く答える。水差しから水を一杯グラスに注ぎ、一気に飲み干す。
「それで、おめおめと帰って来たの?」
エミリアの眼が、すっと細められる。
「エレーナに邪魔されてな……」
ロナウドは、右手の手首をエミリアに見せる。竜也に
エミリアはその腕を取ると、そっと手首に手の平を
ロナウドはそのまま眼を
しばらくして光が収束してゆく。怪我が完治してきた証拠だった。それでもまだ眼は開けられそうになかった。治癒魔法の副作用だ。数十秒間、
「あの使い魔の男は、治癒魔法の副作用をものともせずに動いていたぞ」
エミリアは、初めて竜也と顔を合わせた時の事を思い返していた。魔法の
「あの使い魔の男にも勇者の片鱗があったという事だ」
「そんな物、何の役にも立たないわよ」
エミリアは鼻で笑う。治癒魔法は治療する場所に直接触れていないと効果が薄れる。最低でも相手の身体に接していないといけないのだ。離れた場所からでは効果が全く無い。
「まぁ、その通りなのだが、勇者という者は必ず何かしらユニークスキルがあるものだ。それに……」
自分の命を顧みず、使い魔の男を助けようとしたエレーナの姿を思い浮かべる。
「エレーナは、自分の身を挺して使い魔の男を守った。命もいとわない行動の裏には、男への恋情が垣間見えた」
ロナウドは、忌ま忌まし気に鼻の頭に
「それで暗殺を中止したというの?」
ロナウドは仏頂面で頷く。
「嫁ぎ先の選定は中止だ。退学させるという案も再度凍結する」
「分かったわ。そろそろ夕食にしましょう」
エミリアは、謎の煮込みを皿に盛りテーブルに並べ始めた。
ロナウドは、肉なのか魚なのかすら分からない煮込みを凝視する。いや、何だって良い。一番重要な事は、食べられるのか? という事だった。
◇
ロベリアは寮の自室に帰ってくると、まずベッドに倒れ込んだ。
制服が
現在は、使い魔のソウイチロウに竜也の見張りを任せている。学院の防犯システムとサバティー先生の実力があれば、問題ない気もするのだが、暗殺騒ぎがあった直後だけに、もう一度見張りに行かなければならないかもしれないと思っていた。
どうしようかと迷いながら仰向けに転がり直る。天井を仰ぎ見ながら右手人差し指を軽く振る。シャラランという軽快な効果音を響かせて、メニュー画面が目前に表示された。
トピックスニュースの最上段にNewのマークを見つける。その題名を読んで
勢いよく上半身を起こしてもう一度よく見てみる。
—— 竜也、特殊
しかも更新時間を見てみると、ちょうど正門前で一悶着あった時間帯だった。
ロベリアは慌ててセント・エバスティール魔法学院の一年生の名簿を呼び出す。エレーナの名前をタップして、下段まで猛スピードでフリックして行く。最下段にある使い魔詳細をタップすると、問題の
技 能 おっぱい鑑定 三級
ロベリアは、ものの見事に固まってしまった。『おっぱい鑑定』とは、いったい如何なものなのか……。
意を決して特殊技能である所の『おっぱい鑑定 三級』の欄をタップする。
—— エクストラスキル。女性の胸を見ただけで、誰のおっぱいか識別できる。
ロベリアは、今度こそ本当に卒倒してしまった。意味が分からなかった。
ベッドに仰向けにブチ倒れると右手の手の平をメニュー画面に
もう一度、見張りに行こうと思っていたのだが取りやめる。気力を根こそぎ持っていかれてしまっていた。
しばらくして、頭を
—— いいでしょう。
ロベリアは気合を入れて起き上がると、もう一度、メニュー画面を呼び出す。ホログラムキーボードも呼び出すと、画面は文書作成モードに切り替わった。
~勇者育成計画~
最初にそうタイピングする。
魔物の軍団が、この国に襲来するまで、あと八ヶ月と少々の猶予期間しかない。その間に、あの平民を勇者に仕立てなくてはいけないのだ。トレーニングメニューは殺人的なものになっていく。
唯一の救いは、現在確定しているあの男の隠し技能は、治癒魔法での副作用が無いという事だ。
通常、治癒魔法で体力を回復させると、副作用として
しかし竜也は、そんな副作用をものともせず動き回れるので、これを利用すれば死に至る寸前までトレーニングを行使し続ける事が可能……かもしれない。
ロベリアは、暗い影のある笑み漏らしながら、拷問のようなトレーニングメニューを作成していった。
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