第二十二話
それから竜也は、体操服のような服装を与えられ、それに着替えてグラウンドに出ていった。ちょうど一年生の一時限目の授業は体力向上訓練という事で、グラウンドにみんな集まっていた。
女子の中に男子一人……。この状況をハーレムとか喜んでいる者の気が知れない。皆の奇異の視線に
—— ブ、ブルマー?
—— どうしたの?
竜也の驚愕の思念が伝わって来たエレーナは、不思議そうに問い掛ける。
竜也は、エレーナの
—— あんまり見られると恥ずかしいんだけど……。
—— 僕の居た世界では、とうの昔に廃止になった体操着なんだ。こんな所でお目に掛かれるとは思ってもみなかったよ。
—— 廃止……? もしかしてタツヤの居た世界の女子は、みんなパンティー一枚で運動しているの?
—— いや……。
竜也はその場面を想像して、思わずニヤつきかけた。
—— ブルマーの代わりにハーフパンツを着用しているよ。ってか、その戯言は僕の思考だよ。
—— 戯言っていう言い回しは、私の言い方よ。
二人は一週間の間、延々と話しているうちに言葉や思考が、いろいろ混じってしまっていた。
—— そんな事より、よく見せてよ。
—— 恥ずかしいわ……。
エレーナは、そう言いながら
竜也の顔がブルマーに吸い込まれるように寄っていく。
「はい! いちゃつき禁止です!」
そんな二人の間にロベリアは割って入る。
「色ボケ女改めバカップルですね。いい加減に自覚して下さい。そして周りを見回してみなさい」
エレーナは、我に返って周りを見渡す。
軽蔑と好奇の入り混じった視線が二人を見つめていた。
今更ながら羞恥心に頬を染める。
竜也は、ロベリアのムチムチボディーのブルマー姿に釘付けになっていた。食い込みは形をくっきりと浮かび上がらせている。
ロベリアは、それを隠そうと体操着の上着を引っ張ってみるが、今度は胸が強調されてしまう。
竜也は、その胸に顔を埋めそうな勢いで吸い寄せられていく。
すかさずエレーナは、竜也の頬をつねり上げる。
「これは少々問題がありますわね」
「この問題で僕の元居た世界では、ブルマーは絶滅危惧種に指定されているんだ」
「先ほど廃止になったとか言っていませんでした?」
「体操着としてはね。マニアックな店ではブルマーを履いた娘がいまだに健在みたい」
「あなた達、いい加減にして下さい」
ロベリアに睨まれ、二人は首を
「はい、全員整列!」
教師のサバティーがやって来て号令を掛ける。
「今日は、まずA班は格闘訓練。B班は体力向上訓練を行います」
サバティーは、チラリと竜也に視線を向ける。
「タツヤ殿は体力向上訓練側です。今日は、いったいどれくらいの体力があるかを見定めさせて頂きます。その後、ロベリアさんの考案した訓練方法に従って特訓してもらいます」
—— 特訓!
竜也は首を
特訓とは、特別訓練の略。いや、特別を超えて特殊訓練だろう。その内容は死に直面している。この訓練を学校側は承認したのだろうか……?
「では、各班分かれて訓練を開始して下さい」
竜也の物思いを、サバティーの掛け声が遮った。皆が各班に分かれて、きびきびと俊敏に行動する。まるで軍隊の動きだった。
「
ロベリアの誘導でトラックへ向かう。
「トラックは一周四百メートルです。タツヤ殿は、時計を持っておられますか?」
駆け足でトラックのスタート地点へ向かいながら、ロベリアは竜也に尋ねる。
「いや……、今は持って無いです……」
ジュリアにもらった水晶時計は、体操服に着替えた時に置いてきてしまっていた。
「水晶掲示板に経過タイムや、自分のラップタイムは表示されるのですが、校舎側を向いているのです。第四コーナー側からは見えにくいので、これを使って下さい」
そう言いつつ水晶球を渡してくる。ジュリアにもらった水晶時計より少々大きめで数字も見やすい。手首に固定できるバンドも付いていて、まるで腕時計だった。
しかし第四コーナーを意識するような走り方が出来るとは思っていない。苦笑いを漏らしながら腕に巻き付ける。
「それは非常に高価な物です。一時的に貸し出すだけですからね。丁重に扱って下さい」
竜也は、
「では、時間です。スタート!」
甲高い電子的なブザー音が響き渡る。腕時計と化した水晶球を眺めていた竜也は、皆のスタートダッシュに巻き込まれ、よろけて倒れ込んだ。まるで百メートル走のような出だしに圧倒される。
エレーナが、思念で心配気に声を掛けてきたので大丈夫と返しておく。素早く起き上がると走り出す。
ちなみにエレーナは、格闘訓練側の班だ。インフィールド内で組み手をやっている。
素早く起き上がったのにもかからわず、皆はもう第一コーナーを抜けていた。
とりあえず自然な呼吸を心掛けて走り出す。オーバーペースにならないように、スロースタートで行く事にする。
半周走った頃には、皆は一周走り切っていた。コーナーの膨らみで余分な距離を走らないようにする為に、一列にはなっているが、ほぼ全員が固まっている。まだまだ皆は余力がありそうだった。
一周走る頃には、全員に追いつかれていた。凄まじいスピードで追い越されていく。スロースタートだと言っても、手を抜いている訳では無い。少々気が急いてしまう。
しかし一周走る間に、皆は二周走っているのだ。信じられないペースだった。
トップを走っているのはジェレミーだ。フルマラソンを二時間で走るペースがあれなのだとしたら自分は四時間ペースか……。
妥当なペースだと判断する。腕時計にチラリと視線を落とす。べつに一周のタイムを見る為では無かった。ロベリアの『非常に高価な物』と言っていた言葉に引っかかるモノを覚えたからだ。
時計は、日付や温度といった機能を省いたとてもシンプルな表示だ。その分、文字は大きくて見やすい。
ふと、表示されている画面の端に矢印マークを見つける。水晶球の表面を矢印に向かって軽くなぞるようにスワイプさせてみる。
画面がめくられるように表示が一変する。最初の画面の下には、およそステータス画面と
体力、精神力、
更に矢印をスワイプさせる。その下に隠されていた画面を見て眉根を寄せる。
一定の間隔で明滅する光に合わせて、滑らかな曲線を描く線グラフがピコピコと跳ねあがるように動いている。瞬時に心拍数だと判断する。
線は一本だけでは無い。様々な色の線が複数、銘々の形を成して曲線を描いている。
グラフの横には様々な数値が羅列している。書いてある文字はフラクトゥールのような文字なので読めないが、およそ心電波形を表すグラフだと判断する。
更に矢印をスワイプさせる。次の画面には、一筆書きで人間のパーツを書いたような簡素な人形が描かれていた。
その人形は現在、走るような形に身体を動かしている。自分の状況を表している物だと推測する。人形の左手は目前に掲げられて動いていないからだ。試しに右手を大きく振り回してみる。人形もそれに合わせて右手を大きく振り回した。確定だ。
その人形の横に表示されている文字と数字の羅列は、目にも止まらぬ速さでスクロールしてゆく。生体信号の全てのデータが、リアルタイムで表示されている様だった。
それが最終画面だった。元の時計の画面まで戻る。逆方向に付いている矢印マークに向かってスワイプしてみる。
四百メートルトラックを頭上から見た絵が描かれていた。その一点に黄色い点滅が表示されている。言うまでもなく自分の位置だろう。
水晶球の表面をつまむようにピンチインしていく。セント・エバスティール魔法学院の全体が表示される。さらに広範囲を写すようにピンチインしていくと、学院とその小さな丘の周りの様子が写し出されてきた。
学院を出た事の無い竜也には、未知の領域だ。サラスナポスの町並みに焦点を合わせてみる。いったいこの世界の町とは、どんな物なのか頭の中で思い描いてみる。
更にピンチインしていく。大陸全土が映し出される。かなり正確だ。まるで航空写真を見ているような精密な大陸図だった。大雑把な表現をすると、この大陸に×印をつけたような国境があり、西側にコスタクルタ王国がある。北側がウリシュラ帝国、東側がオセリア連邦、南側がアルガラン共和国だ。サラスナポスの町は結構中央に近い。各国が何十年も小競り合いをしていると聞いているので、戦争になった時は怖いような気もする。
そんな事を考えながら走っていると、背後から来た集団に抜かされていく。
ものすごいスピードだ。早すぎる。しかもコーナーでの追い越しなので、何人かの娘に睨まれた。誰かが舌打ちをした。貞淑さと気品が売りの学院が聞いて呆れる。
しかし、本当に皆の邪魔をしている。水晶球の時計に気を取られていて、ペースが落ちてしまったのだ。
竜也は、慌ててペースを上げる。コーナーでペースを上げた為、追い抜こうとしている後ろの娘に
竜也は更に加速した。
先頭集団のペースは相変わらずだが、徐々に付いていけなくなった者達が脱落している。ロベリアもその一人だった。第二コーナーを抜けた所で竜也に並ぶ。
「見てしまいましたね……」
ロベリアが短く言い放つ。
「なにを?」
竜也は、それが何を意味しているのか分かってはいたが、
「まぁ良いでしょう。ロックをかけ忘れた私の落度です。タツヤ殿が元の世界で『
「『
ロベリアの顔が、しまったというように歪められる。
「
「ノウキンの意味が分かりませんが、侮蔑の言葉である事は分かりますよ」
「それで『
ロベリアは、走るスピードを上げた。竜也もそれに追従する。
ロベリアは、さらに加速してゆく。竜也も負けじと加速してゆく。
竜也は、ほとんど全力疾走をしていた。ロベリアも余力のないところにオーバーペースを強いられ、二人はすぐに失速していった。
その後は言わずと知れた事だが、グダグダになってしまった。
一時限目が終わった後、竜也はインフィールド内でぶっ倒れていた。完全にペース配分を間違えてしまった。
—— こんな事なら一周待ってロベリアさんを捕まえるべきだった……。
隣で仰向けに倒れているロベリアをチラリと見やる。
ロベリアの体操服は、汗でベッタリと濡れて身体に張り付いていた。規格外の爆乳が荒い呼吸に合わせて大きく波打っている。
竜也は、とりあえず色々な疑問は後回しにして、この光景を眼に焼き付けておく事にした。
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