第二十三話 

 二時限目の授業は格闘訓練になった。A班とB班入れ替わりという訳だ。


 竜也は休憩時間中の大半を、ぶっ倒れたまま過ごした。横で倒れているロベリアのおっぱいが目的だった。

 もっとも途中でエレーナに見つかり、嫌というほど頬をつねり上げられたのだが……。


 竜也は動けるようになるまでの間に、『将軍ジェネラル』の技能スキルについて考えを巡らせていた。ロベリアは自分が元の世界で『将軍ジェネラル』の技能スキルと同じようなモノを持っていた、と言っていた。


 元の世界で持っていた技能スキルというモノに付いて、思い当たるものを考えてみる。成績は中、運動もそこそこ。可もなく不可もない平凡が売りの自分に、特別に秀でたものは一つも無い。どう考えても何も思い浮かばなかった。


 竜也は、再度ロベリアの元に向かう。直接、彼女から聞き出すしか無いと判断したからだ。


 ロベリアは竜也がやって来ると、竜也が話し出す前に話を切り出してきた。


「『将軍ジェネラル』の技能スキルについては、後程お話し致します。それで宜しいですか?」


 以外にも素直に話してくれるようだ。少し拍子抜けしながら、それでもこれで一つ謎が解けると安堵あんどする。


「そうそう、もう一つお話しておかなければならない事があります。タツヤ殿にお貸しした水晶球ですが、それは呪われた品です」


 安堵あんどしたのも束の間、ロベリアが突拍子も無い事を言いだした。

 竜也は、反射的に腕時計と化している水晶球に視線を落とす。現在は時計をディスプレイしていて、刻一刻と時を刻んでいる。慌てて画面をスワイプして、先程確認した画面を表示させていき、どこか異常がないか確認する。異常が無い事を確認すると、いぷかしみながらロベリアに視線を戻す。


「もうお気付きと思いますが、その水晶球にはタツヤ殿のバイタルデータが、全て記録されるようになっています。タツヤ殿がどのような行動を取った時に、どのようにパラメーターが変化するかを調べるものです。これを一週間付けていただき、バイタルデータを取らせていただきます」


 竜也は、水晶球を留めているベルトを外そうとする。しかし、なかなか外れない。


「呪われていると言ったのは、その事です。どんな事をしても一週間は外れません」

「そんな……。じゃあ、あの時はどうするの?」


 竜也は、少々頬を赤らめながら問い掛ける。


「我慢して下さい」


 ロベリアは、にべもなく言い放つ。


「一週間も我慢できないよ」


 竜也は悲鳴のような声を上げる。切実そうだ。その様子を見てロベリアは小首を傾げる。


「一週間くらいは我慢して下さい」

「絶対無理だって!」


 竜也に力説されて、ロベリアは頬を赤らめる。


「男性は、その……。本当に一週間も我慢できないのですか?」


 非常に恥ずかしそうに尋ねる。


「え? ロベリアさんは、何だと思ってるの? 僕が言ってるのはトイレの事だよ」


 その答えにロベリアは、ハトが豆鉄砲でも食ったような顔をした。それから思いっきり顔を赤面させる。


「ロベリアさんは、何と勘違いしてたのかな?」


 竜也は、わざと意地悪に質問をする。


「それは……、あの……。その……」


 ロベリアが返答に窮していると、いきなり背後から稲妻の如く素早さで人影が飛び出してきた。

 エレーナだった。彼女は竜也の不埒ふらちな思念が伝わってくると、ランニング中にもかかわらず飛んできたのだ。


「あなた一国の王女様相手に、何を考えているの?」


 エレーナは、思いっきり竜也の鳩尾みぞおちに拳をめり込ませる。


 竜也は、くぐもった悲鳴を上げながら身体をくの字に折り曲げた。


「ちょ……、ちょっと待って……。エッチなこと考えていたのはロベリアさんの方だよ」


 竜也は腹部を片手で抑え、もう片方の手を、追撃を牽制するように振り立てながら言い訳をする。


 エレーナは、竜也の思念を読み解く。


「勘違いを誘うような、紛らわしい言動をするからいけないのです」

「エレーナも勘違いしちゃう?」


 ついつい悪戯心が出てきて意味深に聞いてしまう。そしてエレーナの拳が握られるのを見て、竜也は両手を振り立てながら数歩後退る。


「ちょっと……。淑女たるもの暴力は駄目だよ」


 エレーナは、竜也の右手首を手刀で叩き落とすと一歩踏み込み、がら空きの鳩尾みぞおちに正拳突きを放つ。


 竜也は、たまらずくずおれた。


「ぼ、暴力……反対……」


 息も絶え絶え、絞り出すように抗議の声を上げる。


「これから格闘訓練なのでしょう? これは暴力では無く、格闘術の特訓です」


 エレーナはそう言い残すと、颯爽さっそうとトラックへ帰って行った。


 竜也は、なんとか上半身を起こす。


「誰が何と言おうと、これはれっきとした暴力だよね?」


 隣のロベリアに同意を求める。


「これで暴力と言っていたら、これからの特訓は拷問と言った方が良いかもしれません」


 竜也の顔面が蒼白になる。例の練習メニューを思い出す。確かに、このままでは殺されかねない。


「タツヤ殿の格闘教官は、ドリーヌさんに頼んであります。せいぜい死なないように頑張って下さい」


 竜也が逃げ出せないか隙を伺っていると、ドリーヌがやってきた。ロベリアには少し胸の大きさは負けているものの、魅惑では断然彼女の方が上だ。ロベリアが普段無表情なのに対し、かなり愛嬌があるからだ。


僭越せんえつながら、私がタツヤ様の格闘教官を務めさせていただきます」


 ドリーヌは、竜也に対して優雅にお辞儀をする。人懐っこい笑みに、このムチムチボディーは破壊力抜群だ。竜也は無遠慮にドリーヌの身体に視線をわす。


「まずは基本の型からいきますね。まずは力を抜いて肩幅に足を開いて下さい」


 ドリーヌは、竜也の視線に気付いている筈なのだが、気にも留めていない様子で受け流していた。


 —— 見られ慣れているという感じなのだろうか……?


 竜也は頭の中で、そのように解釈しながら言う通りにしてみる。それだけでも少々ぎこちない。


「これを自然体と言います。格闘に限らず剣を扱う訓練でも、まずはこの自然体から型に入っていくので覚えておいて下さい。次に、ここから少し腰を落とします」


 ドリーヌは、竜也の背後から膝の裏を自分の膝で少し押して、腰の重心を下げさせる。背後に回ったドリーヌの胸が、背中に押し付けられる。予想に違わぬ感触が返ってくる。


「そのまま半歩、左足を出してみて下さい……。腰は引かないで……」


 ドリーヌは、竜也の背後から密着したまま、屁っ放り腰を自分の腰で押して姿勢を矯正する。


 竜也は、別の用件で腰が引けてくる。チラリと、トラックを走っているエレーナに視線を向けると視線が合う。


 彼女が意外に嫉妬深い性格である事は、ジュリアとの一件で確認済みだ。そして周りの人達が思っているよりもろい事も分かっている。彼女に余計な心配をかけない為にも、ここは真面目に取り組むことにする。


 しかし、そう思っていても言う事を聞いてくれないのが男の身体だ。


「そのまま両手を胸の前まで持って来て、軽く拳を握ります。拳は打ち込む瞬間に握り込みます。それまでは力を入れずに……。肩も、もう少しリラックスして……」


 ドリーヌは、そんな男の事情には構ってくれない。


「この構えは、すべての構えの原点となります。ここから相手の動きに合わせて、色々と構えは変わっていきます」


 ドリーヌは、竜也の目の前に回り込む。


「まずはその構えから右拳を、ここに打ち込んでみて下さい」


 ドリーヌが、竜也の目線の高さと適度な間合いの位置に手の平をかざす。


 竜也は、言われるまま右拳をドリーヌの手の平めがけて打ち出す。指摘どおりに打ち込む瞬間に拳を握り込む。


「上体を前傾させてはいけません。身体の芯に一本の棒が通っているような感覚で、視線もぐらつかせてはいけません」


 ここまで来ると非常に難しい。


「腰が浮いてきていますよ」


 再び背後に回ったドリーヌに、膝カックンを食らう。

 ドリーヌの胸が、また背中に押し付けられるが、もうその感触を楽しんではいられなかった。


「右拳と左拳が滑車で繋がっている感覚で、右拳を突き出すと同時に左拳を引きます。それと同時に肩と腰を捻り威力を倍増させます」


 ドリーヌは、手本を見せてみる。


「私的見解では、引き手に意識を集中させると始めは上手くいくと思います」


 竜也は引き手に意識を集中して拳を繰り出してみる。なるほど、先程よりはマシになったように思う。


「また腰が浮いてきていますよ」


 再度、膝カックンを食らう。背中に当たる胸の感触に背筋を伸ばす。


 その様子をエレーナは、胡乱うろんな目付きで眺めていた。


 —— わざとじゃ無いんだよ。


 心が繋がっているので、故意でやっている訳では無い事は、エレーナも分かっている筈なのだが、竜也は言い訳をしてしまっていた。

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