第三話 

「ねえ、この子を休ませてあげられそうな所ってない?」


 竜也は気を失ってしまった女の子から視線を上げて、周囲を見回しながら尋ねてみる。


 すかさず一人の娘が進み出てくる。ふわふわのミディアムヘアーの巨乳ちゃんだ。あまり見てはいけないのだろうが、つい眼がそちらへ向いてしまう。


「私はドリーヌ・エマーソンと申します。以後、お見知りおき下さい」


 ドリーヌと名乗った娘は、チラリと気を失っている女の子に一瞥いちべつをくれてから、この建物の出入口に視線を向ける。


此方こちらへ来て下さい」


 ドリーヌは、出入口に向かって歩き出した。

 竜也が、その娘に付いて行こうとした時、一人の女性が静止の声を張り上げた。二十代後半から三十歳位の女性だった。たぶん教師だと推測する。


「聖堂から出る事は、まかり成りません」


 サバティーは、ようやく思考停止から復帰していた。

 おしゃべりなドリーヌを、ここから出すわけにはいかない。周囲を素早く見渡す。ジェレミーが適任なのだろうが、彼女は今から召喚の儀式だ。


「良いですか、今エレーナさんが召喚した男性の件について箝口令かんこうれいを敷きます。今後許可が出るまで禁を破ったものは厳罰が処されるので注意して下さい。それからシェリルさん、申し訳ありませんが学院長を呼んできて下さい」


 シェリルは無言で頷くと、聖堂を出ていく。

 周囲からは動揺の騒めきが漏れる。


「お静かに! それでは次、ジェレミーさん」


 ジェレミーは毅然きぜんと立ち上がった。しかし、あふれ出る笑みを隠すのに必死だった。ライバルだと思っていたエレーナは、なんとも珍妙なモノを召喚してしまった。今後しばらくは、からかいのネタに困らない。

 そして、まれに見る使い魔を召喚するのは、自分に確定したのだ。


 ジェレミーは魔法陣の中央に立ち、両手を組み瞑想めいそうすると召喚の祈りを捧げだす。


「—— ねぇ、これは何をやってるの?」


 竜也は、隣の巨乳ちゃんに現況の説明を求める。


「使い魔召喚の儀式よ。これは魔法学院最大のイベントで、生涯を共に過ごす伴侶を呼び出す儀式なの。そこでこの娘は……」


 六人掛けの長椅子に、竜也に膝枕されて横たわっているエレーナに視線を送る。


「貴方を召喚したという次第です」


 たしか使い魔召喚について書かれてある本には『生涯を共に過ごす伴侶と言っても過言ではないしもべ』と書いてあった筈だ。


 ドリーヌが、また面白半分に事を引っき回そうとしているなと、ジェレミーの召喚の儀式を見守りながらも、耳をダンボのようにして男とのやり取りに聞き耳を立てている周りの生徒達は、密かに溜め息を吐く。


 男の反応は、微妙なモノだった。意味を分かっていないのか、小首を傾げるだけだ。ここで『生涯を共に過ごす伴侶って……』と、顔を赤らめて慌てふためく展開を予想していたドリーヌは、ガッカリと肩を落とす。召喚されてまだ混乱気味なのかもしれないと諦める。


 そうこうしている内に、ジェレミーの召喚の儀式は最終局面を迎えていた。

 膨大な光が一気に爆発したように弾け飛ぶ。その光が消滅した後には、モグラがチョコンとたたずんでいた。


 ジェレミーは、唖然あぜんとモグラを見つめる。

 その顔に失望の色がうかがえるのを見て、モグラはその大きな瞳にうるうると涙を浮かべていく。

 これには、さすがのジェレミーも慌てだした。


「ごめんなさい、貴方が悪いわけじゃないのよ。いいえ、貴方は最高だわ」


 ジェレミーは、モグラを抱きかかえるとキスをする。


「貴方が使い魔になった瞬間、貴方の事が全て分かるようになったように、貴方にも私の今の気持ちが分かるかしら?」


 モグラは、大きな瞳でじっとジェレミーを見つめながらコクリと頷く。


「本当に貴方は最高のパートナーだわ」


 ジェレミーは、モグラを抱きかかえて魔法陣から出る。

 ローレンス、ミルドレットを筆頭に大勢の生徒達がジェレミーを囲み、特殊能力を聞いていた。


 特殊能力は、穴を掘る事。一見、なんの変哲もないダメ能力のように見えるが、特質が凄かった。術者の能力関係なしで、どんなモノにも穴をあけられるのだ。

 術者の能力の条件が付いたとしても、ジェレミー程の能力なら色々使い道がありそうなのに『術者の能力関係なしに、どんなモノでも』となると無限に可能性が広がる。


 サバティーは、ようやく全員の召喚の儀式が終わって一息ついていた。問題はエレーナの召喚した男性だけだ。この件は、学院長のスベントレナに相談しなければならない。


 最後の締めの言葉を発しようとしたその時、聖堂の扉が開き一人の女性が入ってきた。


「すみません、遅刻しました」


 聖堂に入って来たのは、学年最高位の魔力を持ちながら最下位に甘んじているロベリアだった。

 サバティーもロベリアの存在をすっかり忘れていた。召喚の儀式は星の並びの関係上、年に一回しか出来ないのだ。今日を逃すと落第という事になるのだ。


 ロベリアは、無表情のまま魔法陣に入っていく。そして両手を組み召喚の祈りを捧げだした。


 やがて目前の中空が光り輝きだす。ここまでは全員同じ現象なのだが、ロベリアの場合は、ここからが違っていた。光は七色に色彩を変えていく。


 周囲から、どよめきが漏れる。

 膨大に膨れ上がった彩光は、これまでで一番大きくなり爆発するように消滅した。


 周りでその様子を見守っていた皆が、その眩しさに顔を背け、または眼をつむり回避する。そして魔法陣に眼を向けた時、そこには七色に輝く蝶のようなはねをもつ竜が、ふわふわと空中に浮いていた。


 思い出した時だけはねを羽ばたかせているような、ゆっくりとした動きに合わせて光の鱗粉が中空に舞う。その姿はまさに妖精だった。


 ロベリアは、自分が妖精竜を引き当てたというのに終始無表情だった。自分が妖精竜を引き当てて当然と思っているのかもしれないが、真意の程は測り兼ねた。

 授業に出てくること自体がまれであり、表情を崩している所を見た者がいないからだ。


 ロベリアは、妖精竜にそっと口づけすると魔法陣から出てきた。そこへ皆が一斉に押し寄せる。百年ぶりに召喚された妖精竜の特殊能力とは、いったいどんなものなのか一刻も早く知りたがっていた。


「そんな大した能力じゃないわ。ただ他の使い魔の能力をコピー出来るってだけ。

 一度コピーした能力は、ほかの能力を上書きしない限り使えるけど、新たに能力をコピーしたら前の能力は使えなくなるから使い分けが難しそう。

 それではサバティー先生、用が済んだので早退します」


 ロベリアは、それだけ言うと聖堂から出ていこうとする。


「待って下さい、ロベリアさん」


 サバティーは、慌ててロベリアを呼び止める。


「エレーナさんの召喚した男性の件について話があります。間もなく学院長がいらっしゃるので一緒に相談に乗って頂けませんか?」


 ロベリアは周囲を見回してエレーナの姿を探す。やがて六人掛けの椅子に男性に膝枕されて横たわっているエレーナを発見する。まれに見る使い魔を召喚しても無表情だった彼女の顔に驚きの表情が現れる。


 丁度その時、聖堂の扉が開きシェリルと学院長のスベントレナが入って来た。

 その後ろには二年担任レベッカと三年担任のオリビエまでもが来ていた。


 スベントレナは、素早く男に視線を走らせる。


「皆さんは、しばらく聖堂内で自習をしていて下さい。サバティー先生、此方こちらへ来て下さい」


 スベントレナは、聖堂の奥に面している控室に向かう。三人の教師達とサバティーに促されたロベリアは、その中に入っていった。


 竜也は、どう見ても現実としか思えないリアルな造りのゲームの世界に心をワクワクさせながら事の成り行きを見守っていた。


 —— さっき遅刻して来た娘のおっぱいもデカかったな……。


 隣に座っている巨乳ちゃんと見比べる。むっちむちの巨乳ちゃんと体格は同じ位なのに、さらに大きかったように感じる。


 —— それからモグラを召喚したジェレミーって娘も、細身ながら結構なボリュームがあったな……。


 この時竜也は、自分の運命の歯車がみ合わずに外れてしまっている事に気付かず、呑気のんきな事を考えていた。

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