三題噺、ではない。仮にだとしたらお題が偏り過ぎている。
平均顔、という概念があるらしい。
うろ覚えなので以下、根拠は不明、ということで話を進めていくが、いちおう調べれば何かしらの根拠は見つかるだろうとは思う。
ともあれ、平均顔。
いわく、「若い人の顔が覚えられない」「今のアイドルはみんな同じ顔に見える」という現象にかかわってくる概念で、それらは年のせいだとか関心がないからではなく、この平均顔に由来するものであるらしい。
平均顔というのは要するに、その人にとっての人間の顔面の平均値。その人がそれまでの人生で見てきた「顔」を平均化した、頭の中だけにある「顔面イメージ」。これと、現実の顔を照らし合わせて、差し引きするなどして、人の顔というものを覚えたりなんだりしているのだとか。
つまり、世代Aの中での平均顔、その中でも「美形」とされるものが、その世代Aにとってのアイドル。
ちなみに、日本人の顔立ちだか骨格だかはここ十数年で変化しつつあるらしい。そうなるとおのずと、世代Aから時を経た世代Bが平均的に目にする顔も変わってくる訳で。
世代Bからすると、世代A(昔)のアイドルというものは「顔は整っているかもしれないが、特別カッコいい・カワイイとは感じない」という感覚になるのかもしれない。
分かりやすく大まかにたとえると、世代Aは昭和生まれ、世代Bは「いわゆる令和世代」という感じ。今はこの中間にあたる「平成生まれ」が現役世代だから世代Aのアイドルと世代Bのアイドルが共存できている、のかもしれない。
もう少しすると、ともすれば今テレビとかに出ているアイドルの顔を「良い」と思う人はいなくなるかもしれない。そのころにはまた別の世代が台頭しているのだろうけど。
同じような理屈で、たとえば江戸時代の人物画。美人画とかに描かれる女性。正直「これが、美人……? 江戸の人の価値観はちょっと理解できないかな……」という感じなのだが、それも現代人の平均顔からかけ離れているせいでそう思えるのかもしれない。
実際ああいった顔立ちをしていたのかは定かではないが、ああいう絵から「イメージできる」ところに平均顔があったのかも? 自分でも何言ってるのかはちょっと分からない。
海外では昔、「太っている人」がモテていたとか。太っているというのはイコールじゅうぶんな食事ができる・それだけの財がある、ということで、つまり金持ち。身分が高い。だから異性に好かれる。そうした価値観の違いもあるのかもしれない。
……異世界転移とかタイムトラベル系も、そういうところを加味すべきなのかも?
異世界人や江戸人からすれば現代日本人の顔はだいぶ奇妙に見えるだろうし。
源氏物語か何かの話。真っ暗なところで一夜を共にした相手の顔を、朝になって見てみると、すごいブサイクで驚いた、みたいなエピソードがあるそうだが、この「ブサイク」の描写も、現代的に見てみると、「日本人離れした、海外系の顔」という風に解釈できるらしい。
つまり、その時代の日本人にとって外国人は見慣れないものだったから、日本人顔という平均顔から大きく外れたものだったから、奇妙に見えた、ということ。
顔も分からない相手と一夜を共にする、という前提からぶっ飛んでるんだけど、顔が分からないこそ外見じゃなく中身で通じ合えたのかもしれない。
話が多少変わって。
ドラマなんかで使われる「悪役」の顔も、制作陣の中で共有される「悪役」のイメージから俳優が選ばれているのかもしれない。
逆に、「こういう顔が悪人顔です」という風に喧伝していけば、それを見た人たちの認識に刷り込みを行えるかもしれない。ドラマなんかで「悪役の顔はこんな感じ」というのを見慣れたせいでそういう、文化とか定型化みたいなものがされていって、今の「悪役顔」があるのかも。
ちなみに「平均顔の変化」というのは物理的な変化……実際に顔立ちが変わっていることの他にも理由があるらしい。
つまり、加工。「盛る」というやつ。
ある番組で、小学生女児に「加工した友達の顔」と「本物の友達の顔」を見せたところ、前者を「友達の顔」として選んだ。理由は「こっちの方がカワイイから」。友達もそれを喜んだ。
「本物の顔」は「友達の顔じゃない」という認識らしい?
こういう加工なんかで、みんなそれぞれ、自分の理想の顔、というものを幼いうちから自由にみられるようになって。だんだんと「平均顔」の平均値が押し上げられて、理想化されていっている、らしい。
他人には分からないけど、本人は気にしてる、だから整形する。自分の見た目にコンプレックスがある。というのも、自分の中の理想顔が影響しているのだろうと思う。
そしてその理想顔が簡単に画像の中につくれるようになっている……。
ぶっちゃけ、個人的に言うと、加工された写真……目が大きくなってたりするやつ。ああいうのを気持ち悪く感じるのだが、これも自分の中の平均顔から逸脱している……かたちが変わっているために感じるのだろう。
しかし、そうした加工写真をその人たちは「カワイイ」と思ってつくってるし投稿している訳で。私と彼らとの間にはそうした隔たりがある様子。それは別にいいが。
漫画やアニメの実写化も自分としては「下手なコスプレをしている」ようにしか見えないのだが、現代人にとっては「キャラクターにそっくり」なのだろうか。金髪とかのカツラやカラコンがどうも付け足しただけのもので、違和感しかない。
最近、海外のアイドルの顔が、「整いすぎていて作り物みたいで気味が悪い」と感じる。個人の感想なのでどうでもいいのだが、そういう感じに、世代を隔てると、好みの顔立ちというものにも隔たりがあるのだろうと思う。
君の顔が好きだ、というと最低な告白に思えるけど、「現実の顔が好き」って、その人の平均顔の中で理想的・美形のものである、ということで、発見すること自体レアだし、実はけっこうな誉め言葉に当たるんじゃないだろうか。まあ「顔だけ」となると話は別だが。
まあ、自分の好きな顔を見てればいいし、自分がカッコいい・カワイイと思う自分になればいいと思う。「俺、カッコいい」ってなるとイタい人だけど。
漫画やアニメの絵柄の変遷にも、そうした平均顔の感覚が影響しているのだろうか?
絵師や漫画化の作画の変化も、その人の好みとかが影響してくるんだろうか? その人の「絵柄」というのも、ある種の平均顔なんだろうか?
アニメ的なイラストが嫌いな人も実写的な平均顔との乖離が理由で嫌っているんだろうか?
分かんないけども、話変わって生成AIのイラストについて。
最近は見かける機会がなかったので今はどうなってるか分からないが、個人的にAIのつくるイラスト……アニメ調のそれは、みんな似たり寄ったりの顔立ち、色使いをしていると感じていた。色の話はいいとして、顔。
パッと見でこれはAIだな、と分かる顔。「かわいくない、とは言い切れないけど、好みではない」という感想。これを投稿してる人たちはこの顔がカワイイと思って投稿しているんだろうか、と常々疑問。顔そのものはどうでもよくて、全体として、「そういう絵」というのが好きなのかもしれない。顔というのはあくまで一部分、とか?
ともあれ、この「パッと見で分かる顔」……これも平均顔が影響しているのだろうか、と考えてみた。
要するに、AIが学習したイラスト全体の平均値、そうして割り出された「カワイイ顔」が「それ」。
……AIが「カワイイと判断した顔」ともいえるかもしれない。
……AIの好みの顔?
その顔に共感できない、違和感を覚えるのはもしかすると、AIが学習したのが「アニメ調のイラスト」だけでなく、「実写的なイラスト」も含むからなのかもしれない。それらの平均をとるから、どうも奇妙な感じに映る。
ともすれば……「僕の考える最強にカワイイ顔100」を読み込ませれば、「僕専用カワイイ顔生成AI」が誕生するのかもしれない。
……個人の趣味の範囲でお楽しみください、という話だが。
AIがつくる「実写顔」もみんな同じような感じだった。少なくとも最後に見た時はそう。今はどうか分からない。
AIのそうした実写顔が平均顔の一種だとすると、その実写顔の中に何か見えるものがあるかもしれない。あの人に似てる、とか、そういう。
まあAIくんの好みの話はいいとして。
理想化された顔で他人を判断するようになったら、現実の顔とのギャップをどう考えるんだろう。
アイドルを追っかけてる人が、周りの異性とアイドルとを比べて、周りのことをカッコいい・カワイイと思えない、みたいな話はよくある。二次元が好きで三次元に興味がない、とか。
自分も最近、Vtuberの配信とか見てる時、広告で実写の人間の顔が映ると「きもちわるっ」ってなる時ある。重症ですかね。
逆に、アイドルの画像だけを見て、いざ実際に対面するとそのギャップに落胆する、ということもあるのではないか。あるいは「恋は盲目」という言葉が適用されるのか。だとするならもう、その人が追っているのはアイドルそのものではなく、まさしく「偶像」、理想のイメージなのかもしれない。
飛躍しすぎかもしれないが、実はこの平均顔やともすれば生成AIの存在が「少子化」に影響しているのかもしれない。
これもうろ覚えの知識だが……若いころからポルノ画像を見て育った男性が、いざ実際に女性と交際し関係を持とうとすると、その女性に対して性的興奮を持てなかったという。これも平均顔の影響……理想化された性的なあれこれと現実のそれとのギャップの理由があるのかもしれない、が。
調べてみると、その男性の脳の……なんかこう性的興奮とかにかかわる部分が通常のそれより縮小だか肥大化していたという。
脳を騙す、って言葉があるけど、そういう風に習慣が脳に影響を及ぼすものらしい。
実際の女性に性的な関心を持てない、というのは「女性に対して好意を持てない」とかに繋がっていって、ゆくゆくは「女性に関心を持たない」、という風になっていくのではないか。
これと平均顔が合わされば、なんかもう異性に対して好意を抱く人も減っていって……、ということになるのではないか、と。アイドルの追っかけ云々もそういう事情が絡んでくるのでは。
ポルノ、というとだいぶあれだが、たとえば昨今のソシャゲも露出が高い、きわどいイラストなど多く。SNS上には卑猥な画像はいくらでも存在しており、なんなら生成AIで自ら作ることも可能……。
現代のキッズたちがそうして早い時期から「理想化されたやーつ」に浸っていると、上述のような弊害が起こり得るのではないか、などと。
少子化って、比較的平和な文明がいずれ至る終わり、のひとつなのかもしれない。
なんか前にも似たようなことを書いたような気がする、かもしれない。
関心云々以前に、人付き合い、というのもAIの台頭でややこしくなっている観念だと思う。
相談事はAIにすればいいし、AIが理想の話し相手、なんなら彼氏彼女になりえる時代。
そもそも、平均顔などのあれこれで、個々人の持つ好みっていうのは大きく違う訳で。世代が違うっていうのは「文化が違う」に等しい隔たりがあるような気がする。
ほんの数歳ちがうだけで、けっこうなジェネレーションギャップが存在しうるのかもしれない。
……そんな相手と「付き合う」というのは相当なストレスの発生することだと思う。
じゃあ同世代ならいいか、といえば……これも「AIが話し相手」になってくると、どうなってくるんだろう?
AIが個々人にフィットした理想の相手になれば、それとの対話によって「個人性」っていうのが出来てくるから、同世代間にも「違い」が出るだろうけど。
AIが「みんな同じ」だとしたら、人間側の平均化が起こるような気もする。よく聞く話に、「違う人から同じようなメッセージ」的なのがある。別人なのに履歴書のアピール内容がまったく同じ、とか。小学校で募集したなんかの標語で、まったく同じ文章のものが入賞したとか……(これは審査側にも問題がありそうだが。
そういう風に没個性化が進めば、まあ同世代間でも話は合うだろう。けど、それなら別に話す必要もなく、AIでよくない?ということにもなりえて。
……理想的なのは、AIがコミュニケーションツールとして人と人の間を取り持つこと、なのかもしれない。
話変わって。
ウィキペディアで見たものでこれもうろ覚えだが、どこぞの国には日本語で言う「肩こり」って言葉がないらしい。だからその国の人は「肩こりにならない」……だって「肩こり」は存在しないから。
しかし人体的には「肩こりに相当する症状」はある訳で……これをその国の人たちは別の症状、別の概念で理解しているのかもしれない。
言葉っていうのは人のものの考え方、文化に大きく影響される、するものだと思う。
肩こりが存在しないなら、日本で孫が祖父母にする「肩たたき」も何をしているのか理解できないかもしれないし、「肩たたき券」なんてもっと理解しがたいだろう。理解できない文化。
日本と中国は漢字を使うが、中国のニュースなんかを見るとどうも使われている漢字に違和感……なんか物足りないような印象を受ける。画数が足りないような、部首が抜けてるような。同じ漢字のようで、違うもの。
熟語の意味も違ったりするのだろう。ちらっと見かけた番組で「大根役者」という言葉をとりあげていたが、日本で言うと「下手な役者」みたいなニュアンスだが、中国で「大根」というのは「太っている」みたいなニュアンスになって、「大根役者=太っている、ぶさいくな役者」みたいな暴言になるらしい。
中国つながりで言えば、中国は料理を「残す」ことで「もう満腹」みたいに示す習慣?があるらしい。そうするまで無限に料理が出るとか出ないとか。日本だと「お残しは許しまへんでー」ってなる。中国の人には理解できない台詞なのかもしれない。
親切のつもりで言った言葉を不快に受け取るかもしれない。だから言葉の使い方には気を付けよう……なんて、文化や風習の違いまで意識して他人と接するのにも限界がある。
人付き合いっていうのは相当な気遣いを要求されるものなのだ。
昔、適当に観ていた映画で、金髪の女性ヒロインと、ヒロインではない金髪女性を「同一人物」だと思い込んでいたことがある。途中でヒロインじゃない方が死んで、「あれ? ヒロイン死んだ……と思ったら」ということがあった。
……この件に関しては、ふたりの女性のそばに「同じ男」がいたのも誤解した理由だと思うが。つまりその男、ヒロインともうひとりの女性相手に二股、不倫していたのである。
……映画の意図とはたぶん違うだろうが、まあそういう誤解をする程度には、自分は外国人の顔の見分けがつかない。男性はかろうじて分かるが、どの国の人かなんてさっぱり。
たまにテレビCMで「この女性、何歳だか分かりますか?」っていうのあるけど、「分からん」。人の顔見て何十代だとか判別できない。
たぶんこれらは人の顔を見慣れていないせいなんだろうと思う。平均顔が定着していない、存在していないから、おぼろげに記憶されてる、のかもしれない。
似た感じで、洋画ではよくアジア系の役者が「日本人役」をしていることがある。たぶん西洋人は日本人と中国人の見分けがついていない。正直なところ、日本人でも中国人っぽく見えることはある。
なんで顔の話に戻ったかといえば、生まれた国が違うっていうのは、それだけで見慣れた平均顔、好み、言葉、思考、その他もろもろが違ってくる、ということ。
なんなら男女でも思考タイプが違うらしいから、人間ってやつは人種国籍性別問わず、みんなバラバラで、そんなんもう違う知的生命体と言っても過言ではないんじゃん、という。
……そういうものが手と手を取り合ってお互いを理解し合う、っていうのは相当無理な話だよなぁ、などと思ったわけで。
理解できない相手とそれでも共生・共存する、ということ。
要約して身近にして、「趣味が合う・合わない」という風に変換してもいい。
趣味が合わない相手と共生……一緒に暮らすって、相当な努力が必要で、気遣いと、あと我慢が要求されると思う。
我慢してなんとか割り切ったりして、妥協して、お互いを受け入れる。それが出来ればラッキー。我慢、習慣化する、慣れるということが、平均化するってことで、自分の一部として受け入れるってことなのだと思う。
これが男女の話になると、趣味が合う・もしくは合わない相手とそうして我慢の末に妥協して、相手の趣味に慣れて、共感はできないまでも理解は出来るようになって、そうやって結婚とかするのだろう、が。
子どもが生まれると、そこにまた別の価値観が発生する。男女ではなく「父母」になって、そこに価値観のすれ違いがあると、離婚、という結果になるのだろう。
結婚離婚を繰り返す人っていうのは、「男女」としてはうまくいっても……うまくいったからこのまま大丈夫だろうと進めた結果、「親」としての食い違いから破綻するんじゃないだろうか。これまでの「大丈夫」が覆される、別の指針で測るべきなのにすぐにはそれに気付けないまま。
まあ男女の話はともかくとして、そういうのの延長線上に現在の国際情勢というのがあるのかも、なんて思ったりして。
文明がどうしても避けられないプロットポイントなのかもしれない。
だからこそ、国とか宗教、人種みたいなコミュニティで異なる知的生命体の思想をひとつにして、一致団結しなきゃこの社会は成り立たないのかもしれない。だからこそ、宗教が生まれたのかも。神様っていうのは眼に見えない、平均化されないものでありつつ、あらゆる人々の中に在りえる、と。偶像崇拝の禁止ってやつはそういうことなのかもしれない?
多様化と平均化の話、とまとめることも出来る。
他人と関わらない、必要以上に干渉しないっていうのがベターじゃないかと思うけど……相手は自分とは違う生命体なのだ、という認識を持って接していくべきなんじゃないかとも。
相手が男性だから男性相手に接する態度で、というのも、「肉体は男性でも心は女性」ってことがあるから、外見で判断して接するより、やっぱり「自分とは違う生きもの」として見る方が無難に過ごせる気がする。みんな自分とは違う……ので、自分の考えや知識を前提に話してもどこまで理解されるか、という。
なんでこんな文章を書いているのだろう。何が言いたいんだお前は、と自分でも分からないことがあり、流れ、なんとなく、という直感的な動機で生きている人もきっと多いから、やっぱり世のなか「理屈に合わない」……先入観を持って接するべきではなく、常に新しいものに向き合う心構えを持っていた方がいいのかも。
でもやっぱりそういうのって疲れるから、使い慣れた常識、先入観という偏見のまま接してしまうんだろうなぁ、と。それが染み付いた、習慣化したものだから……。
でも理屈に添ってある程度の予測は立てられる訳で。
災害への備えっていうのはしておいた方がいいのだろうなあ、などと締めておく。
……あるいは、アニメとかエンタメが、異なる人々を繋ぎうるのかもしれない?