第28話 星
重くはないけれど、量が多くてかさばる荷物を白と水色の部屋に降ろす。私たちは、真冬の家に帰ってきた。
歩き回って若干疲れているはずなのに、真冬はカレーを作るため、腕まくりをして張り切っている。昨日のうちに準備してくれていたらしい食材を、台所の方に並べていく。
真冬宅の台所は、私の家の物よりも広い。うちは料理するつもりがあまりなかったから、多少狭くても、物さえ置ければ構わないと思っていた。
でも、やっぱり作業スペースは広い方が良いと思う。二人で並んで作業できたりと、一緒のいられる時間が長くなるから。
……もっとも、私は小学生のお手伝い程度しか、できることがないんだけれど。
真冬が私の横で微笑んで見守ってくれているのが恥ずかしい。ゆっくりジャガイモの目を取って、ピーラーで皮をむいて。どんどん隣の人に渡していく。この共同作業を、数種類の野菜がなくなるまで何度も繰り返した。
「ゆうちゃん、また危ないことしてる」
「疲れたの。充電中」
鍋をかき回す真冬の腰に腕を回して密着する。
「前来た時は、用がなくてもしてきたでしょ?」
「抱き心地が良いんだよ」
「最近食べ過ぎたかも……。丸くなったかな」
真冬が頭だけ傾けて、私に擦り寄ってくる。真冬のさらさらの髪が、顔に当たって流れていくのが気持ちいい。
正直、真冬はもうちょっと肉付きが良くなったとしても問題はないと思う。でも、腕の中に納まるちょうどいい大きさの、この可愛い人をずっと堪能したい気持ちもある。
「そんなことないよ」
「本当?」
「ほら、こんなにすっぽり納まるでしょ」
真冬をもう少し強く抱きしめる。照れたのか鍋の方に向く真冬の首筋に顔をうずめる。
「黙っちゃった」
「もう。もうすぐできるから、お皿早く取って」
耳を赤くした真冬の手が、腰に回した私の手の甲を控えめにつねる。怒ってはいなさそうだけど、からかいすぎると機嫌を損ねてしまうかもしれない。
後ろの棚の方にある青い模様の描かれた皿を2枚取る。その時、細い腕が私の腰のあたりに回ってきて、暖かい温度が伝わってくる。
「お皿、落とさないでね」
後ろから控え間に真冬がくっついてくる。真冬も、私に甘える口実が欲しかったんだろう。次第に強くなりつつある腕の強さと、擦り付けられる頭の感触をいとおしく思う。
真冬に抱きしめられることを想定していなかった。というのは、驚いたわけではなく、私から抱きしめた時の感触しか考えていなかった、ということだ。
背中に感じていた温度がなくなったから、後ろを振り向いてみる。真冬がこちらを真剣に見ているから、皿を台所の方において、真冬の方に両手を開いてみせる。
真冬がじりじり近づいてくる。私からも近づいて、お互いに回した腕に力を入れ合う。
やっぱり、これが一番だと思う。真冬の感触と、頬に差す茜の色を眺められるのことで得られる、複雑な感情を体感できるこの方法が。
単純な好きとか、この子が見せる感情を、ここで独り占めできる独占欲とか。きっと、そう言ったごちゃまぜの感情を、真冬も感じている。
「これ、好き」
「好きなんだ?」
「ゆうちゃんもでしょ」
「そうだね。真冬は何で?」
「……愛されてる感じがする」
真冬はそう言って離れようとするから、頬に手を添える。すぐに、”準備の出来た”真冬に熱を落とす。
「私もそう思う」
「ゆうちゃん、急すぎ」
「ごはん、食べるんでしょ。はやくしないの?」
固まる真冬を置いて、皿の上にご飯をよそう。しゃもじと一緒に手のあたりを濡らすのを忘れていたから、思ったよりも熱い、立ち上る蒸気に我慢する。
そうしていると、真冬が後ろから抱き着いてくる。私が皿を持ってカレーをのせるために移動しても、真冬は窮屈な足取りのままついてくる。
その甘えん坊な姿が可愛くて、思わず触れたくなるけれど、さっきの蒸気のせいで手が濡れてしまった。このまま触っても良いかと思案してしまう。
結局、私から触ることはなかった。そのあとは、のせるだけの手順で私が完成させたカレーをテーブルに運ぶまで、真冬は私にくっついたままだった。
食べ終えた私は、お風呂を先に頂いて、ソファの上でくつろいでいる。真冬はいま入浴中だ。
一緒に入らないかなんて軽く誘ってみたけれど、顔を真っ赤にした真冬に、無言で風呂場の方に追いやられてしまった。
別に、よこしまな気分なんて無かった。昔みたいに一緒に入れたらよかったなんて思ったけれど、さすがに早すぎたらしい。
今日撮ったプリクラを財布から取り出して眺める。いつもよりだいぶ”盛れている”私たちが、普段は取らないポーズをしているのを見て口角が上がる。
今日は本当に楽しかった。最近こんな感じの、買い物だとかの遊びに行くことはなかったから、一生分楽しんだ気がする。
そう思っていたら、後ろの方から扉の閉まる遠い音がしてくる。プリクラを財布にしまって、真冬が帰ってくるのを待つ。
「わっ」
「おっと」
しばらく待つと、真冬が後ろから大きめの声を出して、私の前の方に大きめの影を投げだしてくる。
びっくりして真冬の顔を振り向くと、にこにこした表情がかなり近い距離にある。どうやら、足音を忍ばしてきたらしい。
真冬の方もその距離が予想外だったのか、恥ずかしそうな微笑みに変わる。そして、さっきの影の方を指さした。
「髪、乾かして」
その正体はコンパクトドライヤーだった。可愛い人の体を冷やさないために、まだ慣れていないコンセントの位置を探した。
真冬の髪が、1枚の布から幾多もの絹糸になっていく。ベッドに腰かける私は、下に座る真冬の髪を、宝石を扱うようにしながら乾かしていた。
ドライヤーの電源を切って、まだ温かさの残る細い髪に指を何度か通す。毛先まで愛しい髪が手のひらから零れ落ちるのを見て、真冬に髪を乾かし終えたことを伝える。
「もう終わったの?」
「丁寧に乾かしたから、結構時間かかったと思ったけど」
「そっか。誰かに乾かしてもらうの、気持ちよかったからあっというまだった」
「真冬、うとうとしてたもんね。眠い?」
真冬は結構早いうちから、ドライヤーの暖かさにまどろんでいた。傾く頭をしょっちゅう前に戻そうと頑張る真冬が可愛かった。
「眠くないっ。まだ起きるの。やりたいこともあるし」
「やりたいこと?」
急に立ち上がる真冬がふらつくのを後ろから慌てて支える。すぐに真冬は、クローゼットの中から何かを持ってきた。
よく見ると、白色の丸のような形をした機械だった。金属の細い足がついていて、自分で立つようになっている。実家に置いてあったラジカセよりかは、だいぶ端子が多い。
「これ、何?」
「今に分かるよっ」
その丸をテーブルの上に置いて、得意げな顔をしている。
真冬が説明書とケーブルを追加で出してきて、にらめっこしながらゆっくり繋いでいく。繋ぎ終わった真冬が、説明書を片手にベッドの上に上がってくるから何かと思えば、照明のリモコンを探しているようだ。
私の後ろに無造作に放り投げられていたリモコンを私越しに取って、そのまま体を預けてくる。
真冬の指が、長方形のひときわ大きいボタンを押して、部屋が暗闇に包まれる。ベッドの上の私たちを暗闇の奥から迎え入れたのは、空に浮かぶ大小とりどりの、瞬く光の海だった。
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