第3話 特権

 あの後はすぐに若菜が帰ってきて、私たちはとっさに何事もなかったようにふるまおうとした。


 だけど、とっさのごまかしに納得いかなそうな”お元気”の質問攻めにあった真冬はあたふたしていて。それが可愛くて、私の頬は知らないうちに緩んでしまっていたようだ。


 私は理不尽にも、”なんだその顔は”と詰め寄ってきた若菜の勢いにまきこまれるはめになってしまった。



 若菜の追求から逃れた後に校舎を出て、駅のホームに向かい3で歩く帰り道。私たちは駅員のいないホームで、4両編成の電車がやってくるのを待つ。


 向こうのホームとこっちとを繋ぐ跨線橋には、階段にも電車待ちの生徒が並んでいる。


 早めに帰ろうとしていたらぎゅうぎゅう詰めの電車に乗ることになっていただろう。そう考えた私は少しげんなりして、学校に残って話をしていて良かったと思った。


 ちらりと隣にいる若菜を介して、笑う真冬を見る。真冬は友達が多いタイプではないから、打ち解けて楽しそうにしているのを見ると、私も嬉しくなってくる。


 長めの前髪に隠れている表情だって、残っている記憶と笑った口元から簡単に想像し出来てしまう自分がいる。


 ——未練タラタラだな、私は。


 。中学生の時から全く振り切れていない私の記憶など、もうじき思い出になるかと思っていた。


 それなのに、実際に目にしてしまうとすぐに開いてしまう自分の栓は、もうどうにもならないのだと自分で気づいてしまう。


 なんて思いにふけっていたら、横から飛んできた声のおかげで現実に引き戻される。


「結希?ゆーうーき。話聞いてた?」

「ごめん、聞いてない。」

「うわぁ、正直すぎ。せっかく真冬ちゃんが話しかけてくれてたのに」

「真冬が?それはごめん」


 すぐに謝るけれど、真冬は驚いた顔をしてわたわたしている。真冬は嘘がつけないからとても分かりやすい。若菜の方に向き直る。


「若菜。すぐにバレる嘘はつかない方がいいと思うけど。特に人を使うやつ。」

「なんで話聞いてないのに嘘だってわかるの」


 ニヨニヨしながら半歩近づいてくる若菜を、少しのけぞってけん制する。調子に乗っている若菜は、明らかに何か感づいているようだ。


「なんとなく。そういうふざけた顔してた。」

「まぁたそうやってはぐらかして。さっき真冬ちゃんに、中学の時の同級生って教えてもらいましたけど」

「いや、私言って、ていうかゆうちゃんには言わない約束でって……!」


 感づいてしまっているどころではなかった。もっとあたふたする真冬の手と頭の先が、目の前のにやけた友人の後ろ側に見える。


 私の知らないうちに仲良くなるのは別にいいことだが、真冬の優しいところに付け込むのが早すぎるんじゃないか。少しの呆れと、嫉妬してしまう気持ちが少なからずある。  

 

 だけど、今の私には文句が言えない。第一もう付き合っていないし、友達であるかどうかも、今はあいまいなわけだから。


 今はそんなことを考えるのは一旦やめよう。私は”中学のときの同級生”として知られたぐらいならまだ良いか、と思いながら二人の方を見て口を開く。


「そう。中学の時の同級生。同じ学校に入ったのは知ってたけど、話す機会もなかったから。久しぶりに顔を見たって感じ。」

「それにしては仲良さそうじゃない?ゆうちゃんなんてさ」


 察しの言い若菜が続ける。


「結希だって、そういう呼び方とか距離感とか、あんまりそういうの好きなタイプじゃないじゃんね」


 嫌がる態度露骨に出るし、なんて私のことを良く分かった言葉を投げかけてくる。図星だけど、電車が近づくにつれてコールされる女性のアナウンスと合わせて、こうるさいと癪に感じてしまう。


「別にいい。距離感とかそっちが言えたことじゃないし、気にすることでもないでしょ」

「そんな~。私もゆうちゃんって呼んでみたいのにな」

「あ、あはは……」


 下手に腰をくねらせてふざける若菜に苦笑いする私と真冬。そうしていると、止んだアナウンスの代わりに、レールを伝う音が大きさを増して近づいてきて、私たちの前で静止しようとする。


 我が先にとかけるシューズの音が近づいてきて騒がしくなってきたから、適当な自動ドアの先まで急ぐ。


 どうせ聞かせるつもりもないから乗り込む前に、音が一番重なるタイミングをはかって、つぶやいてみた。


「そういうのは、真冬の特権だしね」


 特権の”つもり”の方が正しいなと思う。若菜も相当仲のいい、私のただ1人の友達だけど。真冬以外に許していないその呼び方は、私にとっては特別で。

 

 その特権は、別れた後もそこに残しておいたままで、取り上げたとかそういうつもりもないから。だから、真冬だけでいいのだ。


 なんだか恥ずかしくなったから、自動ドアを数回ノックする意味の分からない行動をとってしまう。


 恥ずかしいから、開きかけのドアに体をねじ込ませた。向こう側にある、開かない方のドアに寄りかかり、何事もなかったような装いをして陣取る。


 そんな私を呆れた目で見る若菜より先に入ってきたのは、頬を赤らめた真冬だった。聞かれたかと思ったけど、きっと自意識過剰だ。若菜より遠くに真冬はいたから、そんな考えは杞憂だと思う。


「結希、さっきなんて言ったか聞こえなかったんだけど」

「電車、来たよって言っただけ。ほら、まだ入ってくるから」


 たくさんの人が乗り込んできた。私たちの会話は、詰めて固まるように移動している途中で途切れる。


 座席横のスペースに追いやられつつある私と、隣の真冬との距離が近づいてくっつく。そのおかげで心拍数が高くなった。


 私の方が背が高いおかげで、自分で自覚できるほどおかしくなっている顔を見られないで済むのは、運が良かったと思う。


 鉄の手すりをつかむと、少し左に揺れた景色が、右の方へ速度を増して進んでいった。

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