第21話 紹介(後編)

 ゆうちゃんが大きめの声を出すから、こっちに視線が集まってくる。私が口元に指をあてて”静かに”のポーズをとると、ゆうちゃんは周りを見渡した後、小声で改めて聞いて来た。


「なんでマスク外す気になったの?」

「負けたくないから」

「何かと勝負してるの?」

「……私が隣にいていいって、誰にでも思ってもらえるように」


 自分で言って恥ずかしくなる。まともにゆうちゃんの方を見れないから、どんな顔をしているか気になる。呆れられていないだろうか。


 自分の顔が整っている方であることを自覚はしている。メイクも最近はうまくできてるし、何より好きな人が毎日褒めてくれるから、多少なりとも自信を持って顔を出すことができたのだ。


 私なりに、ゆうちゃんの隣に立っていても遜色ない、ふさわしい人になれるように。ここで大丈夫なら、きっと学校でも勇気を出して、堂々と一緒にいられるだろう。


 ……あと、好きな人にはずっと、一番かわいい自分を見てほしいから。


 無言の間があるのがつらくて、なにか言おうと上を向くと、顔の赤いゆうちゃんが、首のあたりを掻いているのが見えた。


 いつも髪をおろしているから、さわやかな印象のゆうちゃんを見る機会はなかなかない。綺麗な腕もあいまって、とても素敵だな、と思う。


「真冬の言うに、真冬の顔出しは関係ないと思うんだけど」

「こ、これは私の自己満足だからっ」

「本当に真冬のことしか見てないんだけどな」


 困ったような表情をするのが少し悲しい。そんなに私のことを隠したいんだろうか。


「いいもん、どうせ何か食べるときにマスク外すでしょ。だからこのままでいいの!」

「……わかった」


 私のことを見て、ゆうちゃんが少しの間考えて答えた。自分でまためんどくさい人になっているのが分かる。でも、譲れないものは譲れないのだ。


 ゆうちゃんの体がテーブルの上を横切って、窓際にあるメニュー表を開いてくれる。


「アイスがセット料金で安くなるから、パンケーキあたりを一緒に注文するのがベタだと思うけど。それとも、ちゃんとしたランチみたいなやつにする?」


 ゆうちゃんが腰を低くして、私の目線に合わせてくれるのがすごく嬉しい。もう少し一緒にいてほしい欲が出るけど、今はお仕事中だから。


「このパンケーキにイチゴアイスつけようかな」

「分かった。ドリンクは何が良い?」

「コーヒーにしようかな」

「本当に飲める?」

「飲めるもんっ。分かってるくせに」


 私が軽くにらむと、にこにこしたゆうちゃんが2つ返事で、スマホに注文を入力していく。


「じゃあ、ちょっと待ってて」


 そのまま、バックヤードの方に歩いていくゆうちゃん。他のお客さんに話しかけられているけど、軽くいなしてくれているみたいだから、今の時点ではだと思う。


 そのまま行き先を眺めていると、バックヤードの入り口側で、大人の男性の人と話しているのが見える。あの人が、若菜ちゃんの親戚の人かな。


 私の方を指さしている男性の手を払って、手差しに変えさせるゆうちゃんが見えた。それが面白くて笑っていたら、向こう側の声がこちらまで聞こえてきた。


「葛西さん、あの子は友達?すごいきれいな子だね」

「店長もそう思います?」

「うん」


 こちらを見てうなずいている。周りの人もちらちらと、向こうとこちらに視線を行き来させているから、少し気まずくて、パンケーキの味がしなくなったらどうしよう、なんて思っていた時。


「でも、あの子に手出すのだめですよ。店長がやったら犯罪なんで」

「私は妻子持ちだし、妻一番だからそんなこたぁしないよ」


「良かったです。あの子、私の彼女なんで」


 コップの水が、地震が起きたわけでもないのに、グラグラと揺れて見える。今持っているお冷の水が、グラス越しに伝わる体温のせいで沸騰しそうなんじゃないかと思う。ゆうちゃんは本当に何を言ってるんだろう。


 あっけにとられた店長さん?に対して、このレシートはサービスにしてなんて言って、無理を通すゆうちゃん。うまくいったのか、どや顔をして、肩で風を切って歩いてくる。


「真冬。全部は無理だったけど、ドリンクはサービスにしてもらえたから」

「……ゆうちゃん、さすがに恥ずかしいよ。あと、さっきの言葉って……。まだ、私たち付き合ってないんじゃないの?」

「でも、これで浮気してないって確証が持てるでしょ?それに」


 首のあたりに何かつけているのだろうか、曇りの天気を上書きするような、涼しげなシトラスの匂いが香ってきて。


「今言ったの、本当にする。次の休みが楽しみだね」


 いたずらっぽい顔で、そう言って笑った。





 ――――――――――――――――――





 ……パンケーキとアイスは、ちゃんとイチゴの味がした。


 アイスのトッピングをした人には、パンケーキの生地を甘すぎないものにわざわざ変えているようで、最後まで同じペースで食べ抜けられる、至高の1品だった。


 緊張で壊れてそうな味覚の心配をしていた私だけれど、決してそんなことはなく。余計に、さっきの恥ずかしい出来事が現実なんだと思い出された。


 他のお客さんが席を立って通りがかるときに、男女問わずおめでとうとか、お祝いの言葉をかけてくれる人もいたのは嬉しかった。


 けれど、お会計の時の店長さんはゆうちゃんをちらちら見ながら、額に玉汗の浮かぶ真剣な顔で”頑張って”と言っていた。ゆうちゃん、裏の方での振る舞いはどんな感じなんだろう……。


 その当人が、わざわざ玄関口の方まで送って来てくれている。



「今日はどうだった?」

「疲れたけど、パンケーキのおかげで元気になった」

「また、いつでもおいで。今度は全部サービスだよ」


 店長さん、かわいそうかも……?


「そういえばなんだけど、来週の土日は開けてくれるかな」


 カフェで途切れた話の続き。こちらの顔が真っ赤になるのが分かる。もともと一緒にいると思っていたから、予定はよほどのことがない限り、いつでも開いているけど。


 余裕がないので無言でうなずくと、ゆうちゃんが微笑みながらこっちを見てくる。


「いちご食べたからそんな真っ赤なの?」

「違うっ。今度の日曜日は、バイト入ってないの?」

「今までシフトの日は皆勤だったから、初めて休みいれてもらった。真冬の家に泊まろうと思って」

「え」


 聞いてない、と思ってしまったのが顔に出てしまったのだろうか。ゆうちゃんが優しい目で続ける。


「別に変なことしないよ。日中はお出かけして、夜はゆっくり過ごすだけ。」

「でも、次って」


 ゆうちゃんは、次の休みが楽しみって。いったい、何が待ってるんだろう、なんて。考える間もいらないほど、何してくれるかは答えが出ているけれど。


 それに期待しすぎちゃいけないなんて咎める自分もいる。でも、私を幸せにしてくれるなにかであることは、絶対間違いないし。だって。


 私のことを、彼女って言ってたから——


「そうやって、私のことばっかり考えてて」


 そう言ったゆうちゃんに突然抱きしめられる。それはつかの間の出来事で、あっけなく離されてしまう。


 ゆうちゃんの顔はほんのり赤くて、照れたような顔。少し余裕のある、私のことを愛してくれているのが分かるような、温かい目。


「ま、また、家に帰ってから、ね」


 私はそう告げて、できるだけの笑顔をして。手を振ってから、バス停へと向かった。




 足のもつれる自転車屋前で白線の上をまた往復する。足が忙しいから一旦立ち止まって、後ろの”彼女になる人”がいた場所を見る。


 そこでは、まだ顔の赤かったゆうちゃんが、手で顔を扇いでいるのが見えた。照れくさそうに笑って、その手のひらが私に向く。


 曇りなのに、あそこが明るく光ってみえるのは、きっと気のせいなんかじゃない。


 私びいきの暖かい太陽が、雲が覆う空の下にやってきて、みんなの前で私のことを特別彼女だと言ってくれた。


 そのときに一瞬だけ見えた顔は、初めて告白してくれた、2年前の冬にみた顔とそっくりだったから。




 帰りのバスを降りてからの道は小雨が降っていた。家に帰った後の雨音が秒針よりも早いリズムを刻んでいるのを聞いて、時間の流れが遅くなっていると勘違いしてしまいそうになった。


 あなたと通話の出来る時間が遠くなってしまいそうだ、なんて思って。寝転びながら時計裏のダイヤルを、必要もないのに何度も触っていた。

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