第15話 加熱
覆いかぶさってくるゆうちゃんの体温が伝わる心地よい時間が過ぎて、体が離れてから少し経った。隣り合って座る私たちの手は重なったままだ。
「そろそろ、勉強しなきゃ」
「勉強できる気分じゃなくない?」
それもそうだ。勉強なんて、夢中になったあの時間からの落差が激しすぎて集中できる気がしない。
「集中できない、かも」
「でしょ。このまま映画見よっか」
「……できないようにさせたくせに」
ゆうちゃんの肩に頭を寄せて、握る手を振って抗議する。ゆうちゃんは笑って、指を絡ませてくる。互いに預けあう体の温かさが心地よい。
「そういえば、もう1個の部屋見てない」
「ベッドとか置いてあるぐらいだけどね」
「見ていい?」
かなり見てみたい気持ちがある。ゆうちゃんの部屋に入ってから、雑誌に載っているようなおしゃれな光景が飛び込んできて飽きが来なかった。
部屋の広さもあるけど、テレビの横についた大きなスピーカーにびっくりした。マーブル模様の入った可愛いテーブルとか、ほとんどの家具の色が黒色で統一されていて、凄くおしゃれだと思う。
ゆうちゃんのずぼらな性格の采配で、床の端に追いやられた本たちも、この部屋だとおしゃれの一部に見えてしまうのが不思議だ。
「そんな面白くないけどね」
「ううん、ずっと飽きないよ!私の部屋よりも大人っぽいし、おしゃれでびっくりした」
「そう?カタログ見て揃えてるだけだから、私のセンスかどうかは怪しいけどね。」
草とか買う?とゆうちゃんが話してきたが、意味が分からなくて首をかしげる。どうやら観葉植物のことだったらしくて、思わず笑ってしまう。
「笑ってるし。そういうの好きかなと思ったのに」
「ごめんね。さすがに草は分からないよ」
「別にいいし。真冬が置きたいの、後で買うから探しといて」
「買うの!?」
ゆうちゃんのお金遣いにびっくりする。ゆうちゃんは私のためなら本当に何でもしてくれるから、家でも買ってくるんじゃないかと心配になってしまう。
「買うよ。室内で育てられるなら、一緒にいてくれるでしょ」
「……ベランダがあるところがいいって言った」
こういう話を持ち掛けられて、何と答えればいいのかわからない。
「遊んでくれるでしょって意味だったんだけど」
こっちの気も知らない、ニヤニヤとこっちを見て来るゆうちゃんに少しムカッとする。
「自分で選べばいいでしょっ。ゆうちゃんの家なんだから、ゆうちゃんが水あげるの!」
反撃を受けてしおれるゆうちゃんに、機嫌直し(私)の寝室見学を申し入れる。いい返事の”はい”が聞こえて、2メートルぐらいしかない扉まで手を取って案内してくれるのであった。
寝室はドレッサーとベッド、サイドテーブルが置いてある、意外とシンプルな部屋だった。それでも、置かれたマットやライトがさっきのリビング同様、シックな環境を演出している。
「すごい、ホテルみたい」
「真冬に言われて綺麗にしたからね」
部屋の真ん中までくまなく見ていたら、机の上に置いてあるミラーが目に入った。
「これ……」
「ああ、真冬が修学旅行の時にかわされそうだったやつね」
偏見だけど、こういう土産物を長く使っている人はあまり見たことがない。ご当地柄が入った小物を買ったりした人たちが、いつの間にか全く別の物を使っているのは、何度も目にしてきた。
「まだ使ってくれてたんだ……」
「うん、物持ちいいでしょ。思い出の品だからね」
かなり嬉しくて、口角が上がってしまう。私との思い出が、ずっと部屋に置いてあるということは。どうであれ、あれからも私のことを頭の片隅に置いてくれていた証だから。
「真冬のこと忘れなかったよ」
「同じ高校だからね」
「違うよ。離れててもずっと考えてたよ」
また、”好き”以外の言葉で、私を骨抜きにしてこようとするゆうちゃんに翻弄される。顔が真っ赤なのを隠したくなってくる。
何をいまさらと思うかもしれないけど、言葉に込められた重さが凄いから、その分心に伝わってくるものがある。幸福感と羞恥に板挟みにされてしまう。
そんなことを思っていたら急に手を引かれて、ゆうちゃんと一緒にベッドへと飛び込んでしまう。ベッドのスプリングが、私たちを軽々と受け止める。
さっきと違って、下になったのはゆうちゃんだった。
正直、ゆうちゃんの顔も私の好みぴったりだから、いつも下から見上げている端正な顔を見下ろす形になって、少し背徳感がある。
「今日、泊っていきなよ」
「え!?」
そんな邪なことを思っていた矢先の提案だったから、とても驚いた。見ると、ゆうちゃんが優しく微笑んでいる。
「さ、さすがに今日の今日ではだめだよ!」
「ふふ、今度ね。言質取った」
「泊まって何するの」
焦って失言ばかりしてしまう。ただ遊びに行くだけなのに。してほしいことがたくさんあるのがばれてしまわないかと焦ってしまう。
「一緒にいられる時間が長いとうれしいし。あと」
ゆうちゃんの顔が少し赤い。
「テスト終わるし。勉強とか理由なしに甘えたいんだけど」
私の好きな人が可愛すぎて何も言えない。この人の、こんなに素敵なところを私だけが知れる喜びに、確かに今浮かれている。
ゆうちゃんは私の感情を常にかき乱してくる。さっきのリビングでの行為のせいで、強い熱にうかされている。
だからその熱を、私も私がされた場所を狙ってゆうちゃんに移す。私は学習しない。そんなことをしても、お互いのボルテージは高まるばかりなのに。
私から、1度だけで終わるつもりだった。でも、目を細めて受け入れたゆうちゃんが起き上がってきて。馬乗りになったままの私の頬や耳に、片手で数えられるくらいのキスを落としてくるから、枷が外れてしまう。
私も、もう1度、同じことをしてみる。下手だから、口のそばにキスを落としてしまって、恥ずかしさから見えない背中を何度もさすってしまう。
それで燃え上がるゆうちゃんが近づいてくる先を、顔をそらして我慢させる。でも、ゆうちゃんに顎を優しく掴まれて、唇の横にキスを落とされる。
「これならいいんでしょ」
そんな言葉に、もっとと私の目が求めてしまうけれど、何とかゆうちゃんに抱き着いて、行為を終わらせる。
このままだと、何でも許してしまいそうだ。だから、早く好きって、付き合ってほしいと言ってほしい。早く、もう1度あなたの恋人になりたい。
今さらリビングに戻る気にもならず、そのままベッドで私たちはしばらく、二人の心地よい空間に身を任せていた。
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