第23話 壁

 人のカーテンが開いた。顔を真っ赤にして、小さい声で訴える親友がそこに立っている。少し前に静まったはずの歓声が、今度は向こうに円を作る。


「だから、ずっと男子振ってたんだ!」

「一途じゃん。葛西さんっ」

「顔真っ赤にして可愛い~。あの鉄面皮の王女がね」


 囲まれている話題の人は恥ずかしいのだろう。大層お怒りのようで、肩をわなわなと震わせている。


「うっとおしいから早くどいてっ」


 手で小さく振り払って、私たちの方に歩いてくる。さっき、黒板側の扉の陰で、こっちを見ていた結希には気づいていた。思ったよりも真冬ちゃんに優しくしてくれているのを見た手前、思ったように怒ることができないのだろう。


 私は今、結希の席に座っている。私の方にカツサンドをトンと置いた後、結希はやむなく後ろの席にドスンと座る。かなり疲れたような顔をしている結希を見るのは初めてで面白い。


「結希さん? ”結希さんの真冬”に会うために来たのに、何でそんな怖い顔してるんですかぁ」

「久しぶりに言われた。”鉄面皮の王女”。若菜の広めたあだ名」

「そんなこともあったっけ?」

「あった。しかも何あれ、さっきの話ぶりも相当うざかった」

「ごめんね~。あんたが入りにくそうにしてたからつい」


 笑って茶化すと、頬杖を突こうとしていい塩梅の位置を探す結希の目が細まり、真顔になった。もじもじと動かすの位置が落ち着いたのか、急に話し出した。


「知ってる。……だから、まあ感謝してる」


 聞きなれない言葉を発した結希をちゃんと見ようとすると、頬杖が傾いて顔が奥の方に寄っていくから見えなくなる。


「ありがと」

「結希……」


 こいつが、こんなに嬉しいことを言ってくれるなんて。今年になって、嬉しいことが多くなってきたような気がする。この人たちのめぐりあわせは、わたしにも幸せを分けてくれるんだな。


 そう思いながら、幸せを分けてくれるもう一人の美少女が、横でにこにこしているのを尻目に席を立つ。


「まあ、せっかく結希が勇気出してここまで来たんだし、邪魔するわけにはいかないよねー」


 結局、人を捌くので昼ご飯を食べていなかったから、机の上に供えられたパンを片手に持って、二人を見下ろす。


「結希の感謝の気持ちは、この潰れたパンをまた買いなおして、形にしてくれればいいよ」

「は?それがおごりのご飯じゃん」

「弁償だよ、つぶれてるから」

「頭おかしいんじゃないの」


 ごちゃごちゃいう結希を後にして、軽やかに教室を出る。


 今後もしばらくは周りが騒々しくなるだろうけど、この楽しい日常のためなら、いくらでもあいつらの為に頑張ってやろうと思った。




 ―――――――――――――――――




「パンは色々用が済んでからでいいよ~」


 ふざけた道理をまくし立てた若葉が教室を出てから、真冬と顔を見合わせる。


「ゆうちゃん、おかえり」

「ただいま。今日は、随分と思い切ったことを言ったね」


 お互い、少し時間を置いたおかげか頭が冷静になっている。余裕そうな真冬がにっこり笑いながら言った。


「でも、本当のことだよ」

「そう」


 はっきり言われると照れてしまう。お互い、好きあっていることが感じられて幸せな気持ちになった。


 真冬を見つめる視線に、自然と熱がこもってしまうのが自分でも分かる。まっすぐ見つめた真冬の目に映った私が、赤く燃えているような気がした。


 そんな私を見て、真冬が言う。


「さっき若菜ちゃんが言ったことも、本当でしょ」

「ん」

「だから、早く彼女にしてね」

「…周りに聞こえてるし。ていうか、ここまでやっといて彼女じゃないのとか、突っ込まれそうではあるけど」

「ゆうちゃんなりに、なにか考えがあるんでしょ?なら、きっと大丈夫だよ」


 にこりとする、私のかわいい人には敵いそうにないから、とりあえず無言でいる。ビニルに穴をあけて無理やり出したクリームパンを頬張った。


 そうしていると、弁当箱を開けて卵焼きをつついていた真冬が何か思いついたのか、少しにやけた顔で話す。


「これからは”あーん”とか、しちゃってもいいかもね?」


 照れながら言う真冬が可愛すぎて、嚙む口の動きが止まってしまう。みんなの前でするにはいささか甘すぎるとは思うんだけれど。


私がするのは良いけど、されるのは私の性格的に耐えられそうもない。でも、真冬が楽しみなら、これも練習いないといけないな。


 何とかパンを飲み終えた後で、真冬に言葉を返す。


「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」

「でも、ゆうちゃんもやりたそう」

「……家で練習してからの方がいいよ」


 ”ほら、マスクみたいに”と濁すと、声を出して笑う真冬。その光景を学校で見たことは、ここしばらくなかった。


「真冬のそういう顔が見られるの好きだな」

「ほんと?」


 真っ赤になる真冬。


「勇気出してよかった」

「次は私の番になるわけだけど、土曜まではまだ数日あるから。多少期待して待ってて」

「凄く期待してる」


 幸せそうに喜ぶ可愛い人が、私にエネルギーをくれる。こんな素敵な女の子の本気を出した姿を休日だけでなく、朝からずっと見られるようになるのだ。


少しでも取りこぼすことのないように、ずっと近くにいたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る