第16話 続く日常
夢のような土曜日が去った後も日常は続いている。けれども、まだ5月の半ばで、夏の始まりも来ていないのに。2人だけの時に感じる熱さが、まだ残っている気がする。
あの休日の出来事で、もっと距離が縮まったような気がした。帰りにしてみた恋人繋ぎは、いつもよりスムーズに受け入れられた。
駅のホームで、からかうつもりで言った”周りの人に見られるよ”なんて言葉には、
『このままがいい』
なんて甘い言葉を耳元でささやかれてしまった。私の理性をとどめるように促す、真冬の白いマスクが、人の前で奥の紅を奪うことを許してくれなかった。
お互い恥ずかしくても、夜の通話の習慣は崩さなかった。カメラをオンにして話す真冬の恥ずかしそうに目をそらす顔に、この女の子のことを早く手に入れた実感が欲しい、と感じてしまう。
もっと、欲しいもののために頑張ろうと思った。
そして、月曜から2日間にかけて行われた中間テストを終えた。5教科の、期末の半分ぐらいしかないテスト。
日曜日は恒例の用事があったから、勉強する時間は多く取れたとは思えなかった。でも、多少なり忙しい1日のおかげか、いい意味で”甘い夢”から現実に引き戻されたなと思う。
赤点がないのは確実だ。今回も真ん中より少し上位の順位をキープできるだろう。
「真冬ちゃん、何見てるの」
「観葉植物だよ。大きいのは部屋に置くの難しいから、小さいサボテンとかもいいのかなあ」
「言ってくれたら置くのに」
提案をするも真冬に無視される。
「手厳しいねー、恋人なのに」
「恋人なんかじゃありません。そんなに欲しいなら、自分で水やりしてくださいっ」
「だから違うの、真冬が来てくれるなら全然置くよって話だって。前も言ったでしょ」
「結希がもので釣ってるって話?」
「それもあるけど、ゆうちゃんが意地悪してくるって話」
知らず知らずのうちに、悪評が広まっていく。二人の冷めた目に、否定の両手を振るので精一杯だ。手首から先が飛んで行ってしまいそう。
「ゆうちゃんのお金遣いが心配になってくる」
「大丈夫だよ真冬ちゃん。この人、真冬ちゃんのためなら何でもするから」
若菜に言われるのは癪だけど、本当にそうだと思う。好きな人のためなら、何をも投げうってでも行動したくなる。
真冬から活力と幸せを貰えるから、前よりも生き生きとしている自分が分かるし、真冬がネガティブになる必要もないくらい、たくさんの物を貰っている。言語化できないものもたくさん。
「いつも思う。ゆうちゃん優しすぎて、急に飛行機買ってきたとか言いそう」
「真冬が欲しいなら頑張るけど」
「……ほんと、今年から急に活気づいたよね。1年きっかりでやめるつもりだったはずのバイトも、まだ続けてるし」
「……バイト?」
しまった。こんな形で話題に出ると思っていなかったし、若菜に話さないでと釘を刺すこともしていなかった。
真冬にはまだ話していない。1拍置いて、やっと理解した真冬が、私の方へ飛びついてくる。
「ゆうちゃん、バイトしてるの!?」
「バイトシテナイヨ」
「誤魔化すの下手っぴすぎ!教えてくれてもいいじゃんっ」
バイトは、私の今後の計画の生命線だから、しばらくは秘密にしておきたかった。
バイト先に来てくれたりする分には構わないんだけれど、何に稼いだお金を使うかで追及されると、嘘が言えない性格が出てしまうかもしれないし。
「だから日曜日はいつも用事があるって言ってたんだ……」
若菜が説明する。
「うちの親戚の人がカフェやってるんだって。意外と人が結構来てて忙しいから、結希を紹介したのが去年の夏休みだったかな。本町の方にあるから、ここの生徒はめったにいかないけど。意外と若い人多いよね」
若菜の言う通りで、ここからは車で30分はかかるし、向こうにはチェーン店のカフェもあるから、ここ周辺の遊び目的の生徒はだいたいそっちに流れる。
でも、私が入るのは日曜日だから、それなりに混みあっているとは思う。この学校の人は、そんなに来ないけど、大体は若い人が客層を占めている。
「結希さぁ、まだ話してなかったの?隠し事ばっかしてると、そのうち愛想尽かされるかもよ」
「いや、それはない、とは思ってるけど……?」
無言で、ジト目の真冬に距離を詰められる。
「若い人いっぱい来てるんだ」
「いや、でも知らない人ばっかだし、別にやましいことないよ」
「じゃあ、何で秘密にしてたの」
「ほ、ほら。まだ教室の掃除が残ってるからさ」
用具入れに向かう私。それのあとにもついてくる真冬がしきりに、眉間にしわを寄せて、私の顔を覗いてくる。
「浮気もの」
真冬がそっぽを向いて若菜の方へと向かってしまったから、慌てて後を追う。
「そんなことしないって!買いたいものがあるから続けてるだけだって!」
「いい、知らない」
「結希、掃除終わりに集まるって班長が呼んでるよ」
「それどころじゃないから、私抜きでやって!」
真冬をなんとか宥めようとする私に、廊下からクラスメートの注目が集まっている気がする。
いつもは真冬との仲を見られても気にしないけれど、こんな不格好なさまを見られるのは恥ずかしいと思った。
……ていうか。そもそも、浮気してないし。
HR後も、なかなか機嫌を直してくれない真冬に焦った。でも、目を合わせないほど怒っているわけではないらしい。
名前を呼べばこっちを向いて、それからそっぽを向く真冬。思わず”可愛い”と言うと、耳まで真っ赤になる。後ろからは”のろけないで”と誰かの茶々が入るけど無視する。
「理由あるのはわかるけど、少しでも不安にさせるのはよくない」
「……ごめん」
真冬が席を立って、座る私の前に立つ。上から見下ろされて少し戸惑っていると、急にポリエステルの生地が飛び込んできた。
後ろを向いた真冬が、私の膝に座ってきたのだ。受け止めるために回した腕から、硬さのある布越しに細さを感じる。強めに抱きしめると、赤くなったうなじが、髪をよけて現れる。
「安心してくれた?」
「まだ。できないから、今度見に行く」
「分かった。土曜日開けておくね」
「違う。土曜日は一緒にいる。日曜日に、行くから」
真冬が頭を預けようとするけど、膝上に載って甘えることがなかったから、そのまま顔がかなり近くなってしまう。
真冬は私の胸のあたりが来ると思っていたのだろう。顔が真っ赤になってしまっている。
「場所知らないのに来れるの?」
「さっき、不安にさせないでって言った。場所、教えてくれないの?」
可愛い人のおねだりには逆らえない。手を取って、できるだけ優しく伝える。
「教えるよ。でも、バイトするのはちゃんとした理由があるの。でも、それはまだ秘密。それはいい?」
「それは、土曜日しだい」
真冬が離れようとするのを引き留めようとする。けれど真冬は早急に離れたいようで、頭に疑問符が浮かぶ。
「ゆうちゃん、思ったより、見られてた」
周りを見ると、男女問わず色んな人がこちらを見ている。滅多に真冬から膝上に載ってくることはないから、それが途切れて少しショックだった。
「あんたたち、甘ったるいのはいいけど、社会性を学ぶのが学校だからね」
いつも聞いてる声に熱を冷まされる。
「私の彼女になる人を見ても、何の意味もないのにね」
「胸やけすっご……」
若菜が大層呆れた顔で、お茶をがぶ飲みしている。気心が知れた仲だからこそこういう反応ができるのだろう。それにしても、思ったよりも周りが沸いているようでびっくりした。
何でも、甘いに越したことはないのにと思いながら新品のコーラを飲み始める私を、真っ赤になった真冬の袖が早く帰りたいと急かしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます