第17話 奢るべき
思えば結希がバイト先を紹介してほしいと話しかけてきたのは、夏休みのころだった。
なにかと話題になることが多いやつ、とかそんな印象を抱いていた。問題児でもないし、成績も良かったようだけど。
男女の性別関係なく、見る目を1度は釘付けにする、アイドルのような綺麗な外見。猫目の、はねた髪を伸ばしている黒髪の美少女。
入学当初はかなりの男子生徒に言い寄られていたけれど、本当に眼中に無いみたいでガンガン振り続けた。
その潔いまでの裁きっぷりに、どんなイケメンに告られた事実があっても、どの女子にも、グループにも僻まれることはなかった。いい意味でも悪い意味でも、注目を集めていたと思う。
そんな別世界の人間が私に話しかけてくるものだから、人間関係の広い私でも、及び腰になりかけるのは当然だった。
「え、急にどうしたの」
「さっき、バイト募集中って言ってた。夏休みにやることないから、バイト先探してたんだよね」
「あ、そゆこと」
クラスメートに話していたのを聞かれていたらしい。周りの人には彼氏がとかプールが、とかで断られていたから、さっさと親戚に伝えようと思っていた。
結希と面と向かってちゃんと話すのは初めてだった。なのに、あまりに堂々とした話っぷりだから、驚いて地に足つけた私の、脱ぎかけの靴のかかとがつぶれてしまっていた。
「良かったら、立ち話もなんだし、適当なところで話そうよ」
うなずく結希。周りの人がいう噂よりかは、だいぶましな人なんだなと感じた。バイトの説明をしてる私に対して、すでに片鱗を見せる、口の悪さがあったけれど。
連絡先を交換して、バイト先を見学したりして。親戚からの評判も悪くないし、変わったやつと顔見知りになったと思った。
そのあと、3か月くらいしたころには、友達と言えるくらいに仲良くなっていた自信がある。
だから、思っていたより素直な結希のふとした挙動が、少し気になることがあった。
いつも、隣のクラスを通るとき、何となくそっちの方向を見ていることに気づいた。
興味がないものはとことんどうでも良い、といった考えの結希のことだ。なにか悩みがあるのかと単純なことを思っていた。
だから、悩みを聞いたげるなんてふざけて絡んでみた時に、素直にうなずく結希に飼い犬がやっとなついたような感情を覚えて、かなりうれしく思ったものだ。
「私、好きな人がいるって、男子振るときに言ってたじゃん」
「ああ、あれね。今は落ち着いて、こっちもだいぶ気が楽だわ」
結希とかかわることが多くなって、私伝いに話そうとする下心が丸見えのやつもいた。それを思い出して、素直に気持ちを言葉に表す。だって、本当に面倒くさかったから。
でもそんな私の頭の中は、次の結希の言葉ですぐに空っぽになった。
「あれ、本当。同じ学校に、好きな人がいるんだよね」
「……はい?」
目の前の鉄面皮に驚いた。ハンバーガーを齧りながら、淡々と話す相手に、そんな人がいるとは思わなかった。
「……え!?」
マジで誰なの、とまくし立てる私に”うるさい”と言い放つこいつにもだいぶ慣れてきた。
話してくれた内容は、
・中学からの同級生
・背は低い
・周りには気づかれていない、見てくれが良くて好みの顔
のいくつかぐらいで。それ以上の特徴をねだるとはぐらかされる。まだ固いローファーのつま先で小突いてくるから、追及はやめた。
大抵の積極的な男子は振ってきたこいつだから、少なくとも控えめな奴が好きなんだ、とだけ察しはついたけど。
問題なのは、どこを探してもそんなやつはいない。ましてや中学の時の同級生なんて、そんな男子は先生に聞いてもいなかった。
からかわれたのかと思って何度も聞いてみるけど、本当に情報を出さないから半信半疑だった。何より、嘘をつくようなやつではなかったから、なにかぼかしたりでもする理由があるんだろう、と納得していた。
……でもまぁ。言ってた通りの、まさか同性を好きだとは思わなかった。
――――――――――――――――—―
放課後。真冬ちゃんはたまたま近くに来ていたお母さんと一緒に買い物に行くらしいから、玄関口で別れる。
今日もそうだけど、最近の真冬ちゃんは感情を表に出す機会が多くなってきた気がする。全部が隣のこいつのおかげというか、せいというか。
美少女たちが目の前でてんやわんやしているのを見る分には、アイドルのライブDVDによくある、オフとか舞台裏の特典映像を見るみたいで楽しいけども。
「あんたさ、真冬ちゃんのこともちゃんと考えてあげな?大事にしてあげないと」
前のつんけんしたのが振り返って、不満げな顔をする。
「自分なりにはしてるつもり」
「バイトのこと話してなかったり、付き合わないまま振り回したりしてるじゃない」
図星なのか、下を向き始める黒犬。真冬ちゃんのことになると、とことんへなちょこになる友人の変わりようが、少し面白い。
「私なりに計画があるんだよ」
「どんな計画ですか、結希さぁん」
おどけて言うと困った顔をしている。友達なんだから、話してくれてもいいじゃないかと思う。
やがて、結希が口を開いた。
「中学の時、真冬と付き合ってた時期があって。色々あって今に至るんだけど」
「……は?」
「ちゃんとよりを戻したいと思ってるから、ペアリングとか渡して。形にして伝えたいと思ってるんだよね」
1回も聞いたことのない情報が耳に入ってきたのに脳が混乱してきた。こいつはまだ、友人たる私に秘密を隠しているのか。
今日はちょうどいい。結希の背中にあるリュックを引っ掴んで、進路変更をする。
「ちょっと!あとちょっとで電車来るんだけど!」
「いやいや、そんな重大な話なら相談のってあげるって!新情報出てきたし?わたしに色々隠してたお詫びに、ハンバーガーでも奢るべきじゃない?」
「あっちまで、30分ぐらいかかるじゃん……」
結希の心底イヤそうな顔も見慣れたものだ。
「友達付き合いも、ちゃんと忘れないでねー」
「……はいはい。高いの頼んだら許さない」
「セットにとどめておくから大丈夫だって」
「お金貯める宣言したばっかりなのに。マジうざい」
なんだかんだ乗ってくれる結希の悪態が心地よい。今度は、真冬ちゃんも連れて一緒に来よう。
最近は胸焼けするような日が続いているけど、なんだかんだ活気があって楽しいなと感じる。今まで”広くて浅い付き合い”が多かったけれど、”狭く深い付き合い”も大事だな。
……あと、甘いものを見せられた後での、おごりのハンバーガーは絶対美味しいだろうな、なんてことを、バイパスの長い歩道を通りながら思った。
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