第27話 土曜日 の選択

 チェーン店でスパゲティを食べ終わって、お腹を落ち着けるために、私たちは少しの間だけおしゃべりしていた。


 このあと私は、最初から寄るつもりだったとある場所に真冬を連れていく予定だ。もしその前に真冬が寄りたそうな場所があるなら、そっちの方へ先に行っておきたい。


「この後、真冬はどこか寄りたいところある?」

「うーん、どこにしようかな」


 真冬が、お腹のヘソがついているであろう所をさする。真冬はごろごろひき肉が入ったミートソーススパゲティを食べていたから、大層満足したのだろう。少しだけうっとりした目をしている。


 私のクリームスパゲティも分けてあげた。食べるのに夢中だったのもあるけど、スパゲティで”あーん”はハードルが高すぎるから、今回はなくて良かったと思う。


 真冬が考え込むのを見て、私から行きたい場所を提案する。


「良かったら、アクセサリー見に行きたいんだけど。一緒に来てくれない?」

「ゆうちゃんの、アクセサリー……!」


 真冬がガバッと背もたれに寄っかかっていた体を起こす。私のアクセサリーというか、また別の目的があるんだけど。ちょうど興味を持ってくれてうれしいし、わくわくしている様子をみて良かったと思う。


 でも、もう少し休んでからいこう。真冬の目がしゃっきりするまで、まだ時間がかかりそうだ。


「もう少し休んだら一緒に行こうか。先にいろいろ買っちゃったから、見るだけになっちゃうかもしれないけど」

「行きたい!行ってみたいっ」


 とても食いつきの良い真冬が、満たされたお冷をぐっぐっと頑張って飲み干す。それを見届けて5分くらい経ってから、ふたりで食器を返却しに行った。







「ここが……!」

「私も初めて来たけど、かなり数が多いね」

「ゆうちゃん、おしゃれだから結構来てそうなのに」

「ピアスとかしないからね。そういうのは、大学生になってからにしようか、って思ってた」

「そうなんだ」


 真冬は私の後ろに引っ付いて、大量のアイテムをじーっと眺めている。


「遠くで見ててもしょうがないよ。隣においで。一緒に見ようよ」

「でも、全部宝石みたいで恐れ多い……」

「大丈夫、割っても私が全部買ってあげるよ」


 そんな軽口を叩くと背中の溝に指でつつかれる感触がする。きっと先に行ってとか、早く進んでの合図みたいなものだろう。


 でも、あれだけ興味がありそうだった真冬が、ここに来てうじうじするのはもったいない。後ろを振り向いて、真冬の腰に手を回す。びっくりしている間にすっと、後ろに回り込んで逃げられないようにした。


「ほら、一緒に行くよ」

「こここっ、心の準備がぁ……」


 情けない声を出す真冬を一歩ずつ動かして、ゴールドのライトが反射して輝くアイテムたちを鑑賞し始めた。





 少し経つと慣れたのか、顔を近づけてみる回数が増えてきた。今見ているコーナーは店の入り口付近で、ハンドメイドの作品が多く展示されている。


 そのわりにリーズナブルでカラフルなものが多いから、道行く人もちらと寄って見て行っているのがわかる。


「真冬はこの中だと、なにか良いなって思うものある?」

「んー、数が多すぎてわからないかも。今までこういうの、ちゃんと見たことなかったからなぁ」


 真冬の目がある商品で留まる。


「ピアス、興味あるんだ」

「ゆうちゃん、ピアスは大学生になってからにするつもりって言ってたなって思って」


 うちの学校はテスト後に1回は容疑指導が入ってしまうから、ピアスを開けるにはちょっとハードルが高いと思ってしまう。


 校則は厳しいわけではないけど、うちの学校は進学にも力を入れているから、体に跡が残るようなアクセはチェックが入りやすい。頭髪とか制服は緩いんだけど。


 前に薄皮が耳に張っている生徒が長めにチェックを受けていたのを見て、凄くめんどくさそうだなと感じてしまった。


「興味はあるんだけど、シンプルな奴の方が好きかな。真冬はどう?」

「うーん、こんなにいろいろあると、自分で選ぶのは難しいね」


 これだけの種類があると、選ぶのに時間がかかるのは確かだ。台紙についたピアスを真冬の耳のそばにいくつかあててみる。


 全部似合うといっても過言ではない気がするけれど、真冬の反応が1番大事だ。


「こういうのが似合うんじゃない?」

「可愛い。これならつけたいって思うかも」

「これはダメみたいなのとかある?」

「あの重そうな輪っかみたいなやつ」

「それ、イヤリングだと思う……」


 真冬が口に手を当てて、恥ずかしそうに笑う。


「私は詳しくないの。ゆうちゃんが先に行ってくれないと、やっぱり不安かも?」


 真冬が後ろに回ってしまった。このまま、真冬を引き連れて進もうとしたとき、真冬の手が肩の上にのって、少し重みを増したから立ち止まる。


 後ろを首だけで振り返ろうとする前に、背伸びした真冬が耳元でささやいてくる。


「今度は、自分で買ってつけてみるね」


 一気に体が軽くなる。振り向いて見た真冬の距離が近くて、お互い赤くなる。


「ゆうちゃんが似合いそうなのを教えてくれたから、楽しみにしててね」


 真冬なら、何をつけても着ても似合うだろうな。ピアスに関しては、真冬の耳に跡が残るのが心配だけど。


「夏休みなら、終わりぐらいには穴が塞がるだろうしいいかもね」


 真冬の耳朶を触って、薄いのを確認しようとしたつもりだけど、いつの間にかその柔らかさを堪能してしまった。サラサラで気持ちよくて、夢中になってしまった。


 真冬がジト目をしたのに気付いて、思わず手を離す。耳のあたりをさすった真冬が、顔を赤くして言った。


「……ゆうちゃん、そういうつもり?」

「そういうつもりではない!」


 思わず大きな声を出してしまったから、周りを見渡す。通路側にいる何人かから不思議そうな目で見られるから、真冬の手を握って奥の方へと連れだした。





 奥の方は、さっきよりもきらびやかな空間になっていた。品物がショーケースで守られたその場所は、さっきのコーナーとは雰囲気が違う。店員が何人かついて、案内してくれたり、試着させてくれるといった感じだ。


 さっきの明るい暖色の店内と違って、大半が白で統一された世界に、重ねてホワイトのライトが降り注ぐ。ショーケースの台の大理石柄が映えて、そこへと自然に吸い寄せられる。


 事前に電話で、欲しいいくつかの商品の在庫があるかは確認していた。財布の中身も十分足りるようにバイト代をおろしてきているし、問題はない。


「真冬、こっちおいで。一緒に見よう」

「私が入るのって、良くないんじゃない……?」


 手を繋いでいるのと、真冬が及び腰になっているのもあって、小さく歩を進めてきた。


 やっとガラスに辿り着いて商品を眺めた時、値段を確認した真冬が、ぶんと顔を背けてしまう。


「何で?一緒に見たい」

「冷やかしになっちゃうよ」

「気にしないで。私、買う分くらいのお金はあるから」


 声も出さずに顔をサーっと青ざめさせる真冬の両手を握って揉む。


「一緒に、どういうのが好きだとか見るだけ。それならいいでしょ?」

「う、うん、それならいいかな」


 次のショーケースでたまたま6桁に近い値札を見かけた真冬が放心してしまったけれど、その手を引いて、お目当ての商品を探しに行った。







 それはすぐに見つかった。いくつかのリングが、行儀よく並んでいる、銀色のコーナー。シンプルなリングが並びで置かれていたり、流れる線のような細工がされたリングが、支え合うように立っていたり。


 私が今日ここに来たのは、ここのペアリングが欲しかったからだ。もう、どんなことがあっても二人でいるという私なりの決意の形を表したかった。


 私が働いて、自分の力で買える値段の物だから、どうしても高校生なりの物にはなってしまうけれど。


 それでも私は、なにか2人だけの特別な形が欲しいと思う。そして、それを真冬にも受け取ってほしい。


「真冬は、どういうリングがきれいだと思う?」

「えっえっ、わかんないよ」

「値段とか、この際どうでもいいから。私はこれが良いかなって思うんだけど」


 私が選んだのは、シルバーのメビウスリング。私はこういったジュエリーの類は、結構複雑な形をしているのもいいなと思う。


 真冬は私の選んだリングを見て目を輝かせると、指で指してそれを追いながら、周りのリングをいくつか眺める。お気に入りを見つけたのか、手を止めて私の顔を見て話しだした。


「これがいいかも」

「確かに。これ、凄く落ち着く色してる」


 真冬の選んだリングはストレートリングに分類されるものだけれど、私の選んだリングにも近いデザインだと思う。


 斜めのライン状に添えられた淡い色のピンクゴールドが上品さを醸し出していると思う。その上にのったいくつかの宝石も、色合いを損なわずに豪華さを演出している。


「素敵だね」

「……つけてみなよ」


 驚く真冬。止められないうちに、近くの店員さんを呼んで、試着のお願いを申し出る。

 そわそわしつづける真冬を見ながら、指輪を指におさめるための準備が進んでいく。







 真冬が遠慮するから、先に指を通したのは私だった。真冬よりワンサイズ大きい指輪を指に通してもらうのを、2人で眺めていた。


 真冬が選んだ指輪を、私が先に着ける。やはり、真冬はセンスが良いと感じる。ゴールドが指になじんで、そこに指輪の存在感がある。


 これは、かなりいいかもしれない。


 私はそのデザインの醸し出す美しさを真冬に見せる。真冬は私の手をまじまじと見て、もう待ちきれないといったようにも見える。


「真冬、はやくつけたいって顔してるよ」

「え!そんな顔に出てたかなぁ」


 もじもじする真冬が可愛い。店員に指輪を外してもらって、次は真冬の番だ。





 真冬が差し出した小指に、店員の人が指輪をはめるのは、正直嫉妬するけど。真冬の微笑んで指輪を見る顔がきれいすぎて、それ以外には何も考えられなかった。


 真冬は手のひらと甲を何回も入れ替えて、小指にまとう宝石をの全貌を、楽しそうに眺めている。


「似合ってるね」

「すごい……」


 真冬が喜んでくれる顔が見られるだけでも、今はすごく嬉しい。他にも、2つの指輪を勧めてみたけれど、この指輪が一番気に入ったらしい。


「こういうのを贈られてうれしい気持ち、分かるなぁ」

「真冬もやっぱり、こういうの欲しかったりするんだ」

「やっぱり憧れちゃうな、こういうの」


 店員に頼んで指輪を外してもらった真冬は、大層満足したみたいだ。指輪のあった場所を、しきりに指先でなぞっている。


 私は、これに決めた。ここまで真冬が喜んでくれるなら、今度は店員の人じゃなくて、私が真冬に、この指輪をはめてあげたい。


 そして、真冬に、これからのことを誓うんだ。


「すみません、これ、2つお願いできますか」

「えっ」

「真冬は、彫刻とか入れてほしい?名前とか掘ったりできるけど」

「なんで、だってこれ、凄く高いよ……?」

「実は、最初から買うつもりで来たんだよ」


 真冬は泣きそうな顔で私の顔を見る。私は、真冬の手の甲に、自分の手を重ねる。


「今日楽しみにしてって言ったのは、これのことだよ。真冬のこと、本当に大事にするつもりだから。今度は私が、指輪、つけてあげたいな」

「ゆうちゃん」

「泣いちゃうと、プリとかの写り、大変になるかも。まだ、もう少し回るでしょ?」


 鼻をすすって、目頭を少しだけ人差し指でなぞった真冬が満面の笑みを浮かべて、私に抱き着いてきた。人目なんか気にせずに、今までで一番強く抱きしめられる。


「ありがとう。大好き」


 私も真冬を優しく抱きしめ返した。まるで、婚約指輪のようなそれを、真冬の指にはめるその時が近いことに頭がいっぱいになる。もっと、この子を幸せにしたい。いろんなものやことを、この子にささげたいと思った。








 結局、早くリングをつけたいから、刻印は入れなかった。


 買う人の大半が、記念日とかを入れるような物なんだろうけれど、こういうところの我慢のもろさは子供が出てしまったかもしれない。もし、入れたくなったら、時間が経ってもいいから、また二人で訪れよう。


 この後もまた楽しいことをいくつかして、それから二人で家に帰る。こんなに楽しく歩いているのに、早く帰りたいなんてもったいないことを思うなんて、と、お互いに顔を見合わせて笑った。

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