第19話 我慢

 真冬に口づけをされながら、言われた言葉の意味を考える。本当に?どこまで?


「あのさ、真冬」


 目の前で私をじっと見つめる可愛い人を呼ぶ。すると、茶色みを帯びた宝石が私のことを見つめて来る。


「どうしたの?」


 にっこり笑う真冬。こんなに可愛い女の子が、私に触れられることを許してくれたのが信じられない。


「真冬は、どこまで許してくれるつもり?」

「どこまでって……」


 お互いに顔が熱くなる。真冬が私の手のひらを揉み始めるから、真冬が多くの言葉から選んで、私に伝えようと試行錯誤しているのが分かる。


「最後までするつもりだったの?」


 最後まで真冬が言い終えるときには、蚊の鳴くような声になっていた。私もそこまでしようとは考えていなかったから、慌てて弁解する。


「いや、触れてみたいと思うけど!順序ってものがあるからさ、真冬はどのくらいのペースで考えてるんだろうって思っただけ!」


 なんてことを言ったけれど、無意識に触れようとした時点で、私の潜在意識が真冬の全部を求めようとしているんじゃないかとうすら思う。


 私の言い訳に近い弁解を聞いて、真冬の表情が少し柔らかくなった。


「もう少しゆっくりなペースが良いかも。ゆうちゃんが甘えたいって言ってたから、できるだけお願いは聞いてあげたいと思う」

「分かった。嬉しい。ごめんね。怖かった?」


 真冬に伝えたい感情の種類が多くて、カタコトになってしまう。


 私のことを信頼してくれていたとはいえ、まだお互いに知らないことを、真冬が先に知る流れになっていたのだから。きっと、不安だったに違いない。


「ううん。私のこと、本当に好きなんだなって思ったから、いいの」


 真冬の言葉にホッとする。この女の子は、私のことを1番に大事にしてくれている。1番に好いてくれているんだと、安心して思える。


 私はそんな包容力のあるところも含めて、真冬の全部が好きなんだ、とあらためて思った。零れる言葉が制御できない。


「うん、好き。真冬のこと、好きだよ」

「……やっと聞けた」


 真冬の笑顔が咲く。私の言葉で、こんなにも笑ってくれる。世界で唯一の、私だけの花。


 好きという言葉1つ言うのに、だいぶ時間をかけすぎたと思う。でも、私にとっては大事な言葉だから。


 ちゃんと、真冬のために、自分の気持ちを理解して使いたかった。こんな2文字の単語で、私の大きい感情の一部でも、伝えることができただろうか。


 そう思っていたら、真冬の頬に涙が伝うのを見えた。それをそっと指で拭って、言葉にせずとも雰囲気で分かる、をした。


「ふふ、嬉しい」

「真冬って、意外と涙もろいよね」

「そうかも。私も知らなかった。”私も知らない私のこと”、もっと知って、覚えてほしい」

「ずっと一緒にいるから、きっと全部わかるようになるよ。私のことも、ちゃんと覚えてね」


 しばらく、お互いに向き合って、近い距離を過ごした。表情一つ見逃したくないと思っていたら、いつのまにか瞬きなんて、とうの昔に忘れてしまっていた。





 ―――――――――――――――――




 それからもう少し経って。


「でも、その服を着てきたのはいただけないね。私はほかの乗客が許せないよ」


 このくらいの文句を言うくらい、別にいいだろう。真冬の薄着は私だけ見ればいい。ましてや公衆の面前でなんて、私が嫉妬するのを分かっているはずなのに。


 かなり不満な私に対して、真冬は照れくさそうに笑っている。


「来るときね、ちゃんと着てきたよ、この上に」

「どういうこと?」

「可愛い服、ゆうちゃんに最初に見てほしいから、この上にパーカー着てきたの。しわになるかもしれないから不安だった」


 真冬が”ネタばらし?”をする。


「本当に?」

「うん。バッグの中に入ってるよ」


 真冬の言葉を聞いて、心底安堵した。本当にそのままここまで来ていたのなら、一生根に持つタイプの記憶を残してしまうことになるだろうから。


「良かった。真冬が乱痴気になったかと思った」

「ふぅん、そんなに信用してないんだ」


 ”リビングに行けば分かる”と、少し膨れた真冬がベッドから降りようとする。けど、真冬は私の上に座っているから、その腰を手で押さえつける。


 真冬が自分でついた嘘でこうなっているんだから、仕方ないじゃないか。


「真冬だって嘘ついたから、おあいこじゃないの」

「ゆうちゃんが意気地なしだからっ。ゆうちゃんのためにしたんだし」


 そう言って、恥ずかしさを誤魔化す真冬の腰を引き寄せて、かなり近い距離で見つめる。そらす顔を優しく抑えて、こちらに向かせる。


「真冬が手を出してほしいから、私を煽るためにしたんじゃないの?」


 反撃のカードが無い真冬は赤くなって、小さくなるばかりだった。


 ふと、今日の真冬の服に目線が行ってしまう。目の泳いでいる真冬のおかげで、ばれずに眺めることができる。


 ここまで近いと、真冬のぴったりとした黒色のインナーが、半透明の布越しに起伏を感じさせる。


 無言の私が気になったのか、こっちを向いて来た真冬の上目遣いが、私の邪な気持ちを呼び起こそうとしている。決して、煽るような感情をのせて来てはいないはずなのに。


「真冬」

「……なに」

「真冬が悪いよ」


 そういって我慢の出来ない私は。


 真冬の柔らかな片方に手のひらを沈めた。


 真冬は想像していたよりも動じなかった。私の方をちらと見て、顔を真っ赤にしたまま、私に体を預けてきた。


 ”許可が出た”私はしばらく、その手に力をいれたりいれなかったりして。そのふにふにとした触覚を感じた。


 自分のを触っても何にも思わないけれど、自分の好きな人の体を、自分だけが触れる独占欲と優越感が体に渦巻くのを感じる。


 真冬が、わたしとはまったく違う生き物のように感じてしまう。


 同じ性別のはずなのに、真冬の女の子の柔らかさをひどく感じてしまって、もっと欲しい欲が出る。それを、手を動かすのをやめて抑えるの繰り返しをする。


 時間にして1分くらいの長いときが過ぎただろうか。真冬がしっとりした目で、私を見つめて言った。


「……ちゃんと、覚えた?」


 のどからヒュッと、隙間風が差し込んできたときのような、か細い音が鳴ってしまうのが情けない。


「お、覚えた」

「えっち」


 少し拗ねた顔の後、ふっと笑って許してくれる、私限定の女神様。


 真冬の一言にかなり恥ずかしい攻めを受けているけど、動揺もあって、手が吸い付いて離せない。正直、このままでいたい欲もあるし。


 私の真っ赤な顔を、片手だけ出して真冬が撫でて来る。


「好きだから、させてあげてる」

「……はい」

「ちゃんと分かってる?」

「とても、分かった」

「じゃあ、私のしてほしいこともして」


 真冬のおねだりが聞こえてきたから、そのままキスをして、もっと熱くなったお互いの空気と、真冬の息遣いを感じた。


「次のお泊りも、ここまでならいいよ」

「本当ですか」

「うん。そういうゆうちゃん可愛いから。甘えてくれるの、楽しみにしてる」








 お互いの”甘えあい”が終わったのは、私のお腹の音が鳴った後だった。二人で笑った後は、リビングで真冬の作ったサンドイッチを食べる。


 それからは私の選んだ適当な映画を2本くらいだらだらくっつきながら見て。いつもより遅い時間に、真冬を駅まで送っていった。


 大人になったような午前と、前みたいな過ごし方の午後の時間。行き来した、忘れられない2つの時間のおかげで、明日も頑張れると思った。


 明日来てくれる真冬に、いいところを見せなければ。


 ……今日みたいな、甘えんているところだとか、余裕のないところだけでなく。


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